男装の月神は陰る陽光に戦慄する2
密儀の準備は厳かに進められた。
神界の最も神聖な場所、「輝耀殿」での儀式のため、楽師の神々が集められ、幾重もの結界が張られた。限られた神々だけが立ち入ることを許される空間だ。
今、私は「神衣の間」で男装を解いていた。
(何百年ぶりだろう、この姿は……)
髪を結っていた紐をほどくと、銀髪が滝のように背中を流れ落ちる。
感覚が不思議だ。
厚手の男神の装束を脱ぎ、代わりに薄絹の白銀の儀式衣を身にまとう。
鏡に映る自分の姿を見て、複雑な気持ちになった。
(これが本当の私……)
認識疎外の術を解くと、体中に張り詰めていた神力の緊張が緩み、解放感と共に深い疲労が押し寄せてきた。
男装の姿よりも、こちらのほうが本来の自分だ。
それなのに……
「月の女神ともあろう者が、自らの光を恐れるなんて」
自嘲気味に呟いた。
この美しさが呪いのように思える。
(でも、儀式のためには……)
心を整え、眉間に月の印を描き、手首と足首には銀の鈴を付けた。
動くたびに、澄んだ音色が響く。
私は気づかなかった。
部屋の隅、わずかに開いた障子の隙間から、一筋の金色の光が差し込んでいることに。
***
満月の夜がやってきた。
神界の「輝耀殿」は神秘的な光に包まれていた。
中央には円形の舞台があり、その周りを取り囲むように楽師の神々が位置している。
舞台の向かいには高座があり、そこにアマテラス姉様が威厳を纏って座していた。
イザナギ父様も静かに見守っている。
「始めよ」
父様の声を合図に、儀式が開始された。
(ここからが本番……)
まず静寂が訪れ、次いで楽師たちの奏でる神秘的な調べが空間を満たしていく。
笛の音、琴の響き、太鼓の鼓動。
それらが混ざり合い、神域全体が音楽そのものになっていくようだった。
そして、私は舞台に姿を現した。
(姉様のために……世界のために……)
白銀の衣をまとい、銀髪を背中に流したその姿は、まさに月の化身。
肌は真珠のように輝いているはず。
一挙手一投足に宿る優美さを意識しながら、私は静かに舞い始めた。
最初はゆっくりと、そして徐々に複雑な動きへと変化させていく。
手首と足首の銀の鈴が、動きに合わせて清らかな音色を奏でる。
やがて舞に合わせて、私は歌い始めた。
言葉というよりも、魂の響きに近い。
現世と神界の境界を越えて届く、月の女神の真なる声。
現世では、この瞬間、月が異様な輝きを放ち始めているはず。
人々は思わず空を見上げ、その美しさに魅了される。
自然と手を合わせ、知らぬ間に祈りの言葉が口から溢れ出す。
「月の神よ、我らに平安を」
「月の光よ、闇を照らしたまえ」
そうした祈りの言葉が、細い糸のような光となって月へと吸い上げられていく。
そして神界では、それらの光が私の周囲に集まり、私の舞と歌によって純化され、さらに強い光となっていく。
もはや自分自身を意識していなかった。
(姉様への敬愛と、世界の安寧への願いだけ……)
ただそれだけを思いながら舞う。
魂が解き放たれていくような感覚。
(姉様のために)
私の心からの思いが、儀式の力をさらに高めていく。
現世から集められた信仰の光は、私を中心とした大きな渦となり、やがてその光がアマテラス姉様へと流れ始めた。
姉様の体が金色に輝き始め、その輝きは次第に強くなっていく。
儀式は最高潮に達した。
私の周りを巡る光の渦は巨大になり、その中心からアマテラス姉様へと一気に流れ込む。
爆発的なエネルギーの移動に、神界全体が振動したのが分かる。
姉様の体からは今や眩い光が放たれ、見つめることさえ困難なほどだ。
(これだけあれば、きっと反天照派なんて……)
儀式の終盤、私の舞いはさらに激しくなった。
感情のすべてを込めた最後の舞い。
全身から放たれる光が輝耀殿を満たし、楽師たちの奏でる音楽と完全に一体化する。
そして、最後の一音と共に、静かに舞いを終えた。
両手を広げ、月光のような白銀の光を放ちながら、ゆっくりと頭を垂れる。
(完了した……)
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