第1話:男装の陰陽師は穢された祈りの謎を追う1
第3章開幕!運命が大きく動き始める!?
※本作は同タイトルの通常版をベースに、文体をライトノベル調にリライトした“別バージョン”です。通常版はカクヨム様とnoteに掲載中。noteは一部有料でSS(キャライメージイラスト付)と用語解説も付いてます。
キンと冷えた秋晴れの空。
「うわー、見事に晴れたなー」って感じの、どこまでも高く澄み渡る紺碧が、ここ帝都・金烏京を覆っていた。
紅葉にはまだちょっと早いけど、頬を撫でる風はひんやりとしてて、ああ、もうすっかり秋なんだなーって実感する。
こういう清々しい日は、なんだかいいことがありそうな気がするけど……油断は禁物、だよね。
僕たち陰陽寮の人間が今日詰めているのは、内裏の一角、ひときわゴージャスな正陽殿の南庭。
今日は年に一度の「護国豊穣祭」だから、いつもより空気がピリッと引き締まっているのを感じる。
国の安寧と五穀豊穣を祈る、超重要な儀式だ。
帝を筆頭に、皇族の方々、そしてキラ星みたいな貴族たちがズラリと顔を揃えていて、ちょっと気圧されそう。
みんな、めちゃくちゃ豪華な装束を身に纏っていて、秋の日差しにキラキラ反射してる。
まるで、生きてる荘厳な絵巻物みたいだ。
まあ、正直ちょっと目がチカチカするけど。
祭祀を司る斎王代様の、厳かな祝詞が朗々と響き渡る。
その声は、天上の神々に届くんじゃないかってくらい清らかで、聞いている僕の心までなんだか震えるみたいだ。
実際、その真摯な祈りは、天へ届くんだろうな。
なにせ、今の帝は稀代の賢帝だって名高いし。
そのおかげで、この都も比較的平和を保ってきたんだから。
この神事もまた、その輝かしい平和を「おめでとう!」って祝って、これからもずーっと続きますようにって願う、希望に満ちた儀式のはず……だったんだけどな、この時までは。
そんな壮麗な列の、末席に近い場所。
ひっそりと、でも確かな存在感を放つ(と自分では思ってる)二人の若者。
僕、陰陽寮の若き陰陽師、安部朔夜。
そして、僕の相棒で同僚の賀茂真白だ。
陰陽寮に籍を置く者として、今日の神事の警護、そして万が一、何かヤバいことが起きた時への対処が、僕たちに課せられた大事な役目。
動きやすさを考えて、特別に許可をもらって、堅苦しい正装じゃなくて、いつもの狩衣に指貫っていうラフな出で立ちだ。
これは本当に助かる。
お手入れ頑張ってる長く艶やかな黒髪は、動きやすいように、いつも通り後ろで一つに束ねている。
数筋の後れ毛が風に揺れて頬にかかって、ちょっとくすぐったい。
でも、今は集中しないと。
ちょっと緊張しつつ、儀式の進行を息を詰めて静かに見守る。
僕の漆黒の瞳は、寸分の隙も見逃さないように、鋭く周囲を観察していた。
最近、都では、これまでとは明らかに質の違う、新たな特徴を持つ妖魔の出現が頻発しているから。
陰陽寮によって内裏には強力な結界が幾重にも張られているとはいえ、油断は禁物だ。
(この静けさが、どうか破られませんように……)
僕は内心で、強く、強く願った。
この穏やかな時間が、どうか続いてくれますように、と。
(そこ、フラグ立てんなとか言わない!)
隣に立つ真白は、いつもの軽やかさを少しだけ抑えて、神妙な面持ちで背筋を伸ばしている。
うん、珍しく真面目な顔つきだ。
でも、その明るい茶色の瞳が、時折退屈そうにチラチラと周囲を窺っているの、僕にはお見通しだ。
まったく、このお調子者は。
そんな真白が、チラリと僕の横顔に視線を滑らせてくる。
(……僕の顔、そんなに青白いのかな?)
彼が僕の顔を見て何を考えているのかは分からないけど、その真剣な眼差しに、なぜかちょっとドキッとしてしまう。
いけない、いけない。今は集中、集中。
集中……できない。
さっきから妙に視線を感じる。
僕の顔に何か付いてる?
それとも、僕が緊張しすぎてるのがバレてるのかな。
「……しかし、いつ見ても壮観だよな、内裏の儀式ってのは」
真白が、周囲に聞き取られないくらいの小声で、そっと僕に囁いてきた。
ほら、やっぱり。めっちゃ気が散ってる。
目の前に広がるのは、きらびやかな貴族たちの装束、張り詰めた厳粛な空気、そして神聖な儀式。
その全てが、日常とはかけ離れた、まるで別世界の光景だ。
うん、だからそれは僕も同感だけど。
「気を抜くな、真白。神事の最中だぞ」
僕は低く、しかし鋭く咎める。
声には、わずかな苛立ちと、それ以上の心配が滲んでしまったかもしれない。
隅っこに居るとはいえ、ただでさえ軽装で目立ってる(気がする)し。
いつ何が起こるかわからないんだから。
真白は、僕のそんな生真面目さが、少し可笑しいのか、ニヤッてした。
いや、ニヤッていうよりニコッ?
なんかちょっとうれしそう?
……いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
「わーってるって。でもさ、こんな平和な光景、いつまで続くかねえ」
「……不吉なことを言うな」
僕は眉を顰める。
で、気になって真白の顔を盗み見てみた。
今度はちょっと楽しそう……?
(もう、真白のバカ……。そんな顔されると……変に意識しちゃうじゃないか)
胸の奥が、チクリと甘い痛みを感じたような気がした。
斎王代様の祝詞が、いよいよ最高潮に達する。
玉串が厳かに捧げられようとした、まさにその瞬間だった。
「――キィィィィィィィッ!」
空気をビリビリと震わせるような、甲高い叫び声が響き渡った。
それは、明らかにこの世のものではない。異界からの、不吉な咆哮だ!
(なっ……!?)
次の瞬間、祭壇の周囲、そして居並ぶ貴族たちの足元から、黒い靄のようなものが、まるで間欠泉のように勢いよく噴き出した!
靄は、瞬く間に蠢く黒い塊へと姿を変える。
手足のない、不定形の塊のような身体。
その表面に、赤く濁った単眼が、いくつも、いくつも浮かび上がる。
――何度見てもキモい!
かつては「低級妖魔」と、そう分類されていた、蠢鬼だ。
でも、それらに混じって現れた影のいくつかは、これまでの分類では到底説明のつかない、異様な姿をしていた。
歪んだ獣のシルエット、辛うじて人型を保ちつつも、おぞましい形状に変異した妖魔たち。
中級妖魔の変異体か、あるいは、それ以上の……未知なる存在か!?
「……やっぱり、常世事件以降、妖魔の変異が加速してる……!」
真白が、歯噛みするように低く呟いた。
陰陽寮では最近、これまでの単純な低級・中級・上級という三段階の分類では対応しきれないとして、妖魔の再定義と新たな分類名称の整備を進めている。
でも、その作業が追い付かないくらいの速さで、妖魔の変異が進んでいる。
僕は素早く視線を巡らせながら、小さく息を呑んだ。
「妖気の流れが妙だ……! 結界に異常はないはずなのに……どうして、ここまでの数が……!」
荘厳な静寂は、一瞬にして破られた。
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