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春の花嫁  作者: 夜凪
第1章 農村のお姫様
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斬新なアイディア

無事就職活動を終えた私だが、今新たな壁に直面している。

あの日就職決定と同時に、冬が明けるまでになんでもいいから一着服を作ってくる、という課題をキリアンさん直々にいただいた。この世界の服は前世とはだいぶ違う。よくあるTシャツやパーカーは着ないし、もちろん着物も着ない。突然やってきた小娘が、いきなりこの世界にはないものを作り出せば怪しまれることくらいはさすがにわかる。だからこそ難しいのだ。そんなこんなで、ここ1週間このことで頭がいっぱいだ。普段辛口を叩く私の姉ですら心配そうに私を見る。心配してよく部屋に掃除に来てくれるから、心なしかいつもより部屋が綺麗になった。


しかもなんでもいいって言われると、余計難しいんだよねぇ。それに自力でって言われてるから、アデルにも変に協力してほしいって言えないし…


そもそもこの家には試作品をいくつも作れるほど多くの布はない。つまりほぼぶっつけ本番状態だ。あるもので作るというのは案外難しいのだ。

キリアンさん曰く私のことをよく知るための課題らしいけど、まるで就職試験第二弾のような感じがして身構えてしまう。クビなんて言われたら私は立ち直れない。私の人生がかかっているかもしれないのだ。

う~んと頭を抱えていると、アデルが部屋に入ってきた。


「寝ないのですか?」

「うん、というか何だか寝られない」

「一緒に寝ますか?」

「うん」


そういえば一緒に寝るのは久しぶりな気がする。


冬が近づいてきて、この頃は家の中にいても肌寒い日が続いている。廊下を歩いていると、くしゅんと弟のかわいいくしゃみが聞こえた。私も風邪をひかないようにと足早に隣の部屋に入る。


部屋に入るとすでに寝る支度を終えたアデルが、ベットの上で手招きをしている。


「何か悩み事ですか??わたくしでよければ話を聞きますよ」


いつもと同じ貧しい布団でも二人で入ると、心なしか暖かい。アデルの温かさに安心したからか、私の中での悩みが少しだけ小さくなった。


相談するかどうか悩んでいると、アデルがゴソゴソと引き出しを漁り、私の手にそっと毛糸を置いた。


「もし眠れないのであれば、編み物でもやりますか?あんまり遅くなってしまうと朝起きられないのであれですが」

「うん!やる!」


どうやらアデルはここ最近編み物にハマっているらしい。冬が近づいてきて寒くなったと言うのもあるらしいが、この間アデルとアリシアと3人で入ったあのレストランの店主に編み物クラブへ入れてもらったらしい。


あ、編み物クラブって嘘じゃなかったんだ。

ここをこうして、今度はこっちの毛糸を持ってきて…


「リーゼは本当に手先が器用ですね」

「アデルも上手だね、誰かに教わったの?」

「幼い頃、母に教わりました」


アデルのお母さんか…そういえば私もお母さんに編み物習ったな、懐かしいな〜


感情に浸っているとアデルが手を止め、ふとこっちを見つめてきた。


「そんなに難しく考えなくていいと思いますよ?」

「え?」

「リーゼの良いところはあれこれ考えずに突き進むことですよ。何を悩んでいるのかはよく分かりませんが、何事も楽しんでやればきっと上手くいきますよ」


あぁ、私課題とかそういうことにとらわれて、今までみたいに純粋にドレスを作りたいって気持ち忘れてたかも。


前世でとはいえ一度はドレスデザイナーだったという過去が、いつの間にか悪い意味でのプライドとしてまとわりついていたらしい。


「何か困ったことがあれば、私でもアリシアでもお友達にでも相談していいのですよ。私たちは皆あなたを応援していますからね」

「うん、ありがとう」

「さ!早く寝ないとですよ。明日はまた森へ行くのでしょう?」


あ、忘れてた。寝坊したらまたみんなに怒られる。


アデルに急かされかぎ針と毛糸をしまう。名残惜しいが今日はここまでだ。


明日ニックとマリアにでも相談してみよっかな。



案の定、翌朝私は寝坊した。


「ねぇ!もう!集合時間!早くして!みんな待ってる!」

「ぁぁぁぁあ!まって!髪型決まってない!」

「髪型なんてどうだっていいから!行くよ!」

「そ、そんなぁぁぁあ」

「いってきます!」


アリシアに強引に手を引っ張られ、足早に家を出る。


そんなこと言ってるけど、お姉ちゃんだって今日はルイお兄ちゃんがいるからって、いつもより綺麗に髪の毛まとめてたの知ってるんだからね。


ふてくされながら足を進めていると、すぐに集合場所にたどり着いた。


「遅れてごめんなさい!」

「ごめんなさい…」

「どうせリーゼがいつもみたく寝坊したんだろ?」


ううっ、ルイお兄ちゃん…事実だけどひどいよ…


「全員集まったから行くぞ!森でのルールは絶対破らないこと。わかったな?」


どうやら最後は私たちだったらしい。少しだけ申し訳なく思ってしゅんとしていると、ルイお兄ちゃんが頭を撫でて慰めてくれた。さすが初恋製造機である。


「お前また寝坊かよ」

「朝は苦手なの~!マリアおはよう!」

「おはようリーゼ」

「俺にはあいさつしねぇのかよ」


さっきから不満そうに口をとがらせているニックは置いておき、森へとみんなで歩いていく。森が近づいてきてもまだニックはムスッとしている。


いい加減機嫌直せばいいのに。


「そういえばふたりは今日何頼まれたの?」

「私は今日も木の実と何かあったら果物もとってきてって言われたよ。リーゼとニックは?」

「私も木の実と果物!あとはルイお言いちゃんたちに薪を分けてもらってって言われた」

「リーゼ、嘘つかないの!キノコも頼まれたでしょ?」


うぅっ…お姉ちゃん地獄耳過ぎるでしょ…ていうかいつからいたの。さっきまであっちの方にいたじゃん。


前世ではそんなことはなかったけど、今の私はどうもキノコが嫌いなのだ。お子ちゃまな味覚に逆戻りしているからなのかはわからないけど、とにかく体が受け付けない。好き嫌いにはトラウマが原因の場合もあるらしいけど、そんな記憶はない。あの美味しさを同じように味わえないと思うと、少し寂しい。転生の弱点があるとすればこういったところだろうか。


「まあいいよ、キノコと薪は私が集めとく。じゃ、あとでね」

「おねがいねー!」


キノコは置いといて、薪に関してはルイお兄ちゃんと話したいだけだろうけどね!


とはいえ薪を集めるのは大事な私たちのお仕事である。冬が近づくにつれて必要な薪の量も増えてくる。それに一度雪が降ってしまうと、ひと月以上は雪がやまず、外に出られない。もし一歩でも外に出てしまえば子供の私は3秒も立たないうちに雪に埋もれてしまう。それくらいここの雪はひどいのだ。私が例の一件で寝込んでいる間に収穫祭も終わり、いよいよ冬備えが始まった。お父さんたちは最近畑で大忙しだ。寒さで畑がすべてやられてしまっては、私たちの生活は成り立たなくなってしまう。というわけで、そんなお父さんたちに代わって森で食料や薪やらを集めるのは、私たちお子様のお仕事なわけである。


「ねえ、ニックさっきから何怒ってんの?」

「別に」

「何それ」

ニックの態度にイライラしていると、マリアが私とニックの間に立って口を開いた。

「もう!ふたりとも喧嘩しないで!せっかく二人に会えるの楽しみにしてたのに」


マリアにそういわれると何も言えなくなる。いつだって私とニックはマリアにはかなわないのだ。

「「ごめんなさい」」


私たちが反省しているのが伝わったのか、マリアは満足そうにうなずいてにこっと微笑んだ。

「よし!じゃあ仲直り!ほら行くよ!あのおっきな木まで競争だよ!」


本当につくづく私たちの扱いがうまいと感心する。中身が大人であるはずの私よりずっとお姉さんだ。


なんかそう考えたら急に恥ずかしくなってきた。


余計なことを考えるのはやめて、競争に集中する。中身がどうであれ今は子供なのだ。


「いぇーい!一番乗り!」

「スタートは俺たちの方が早かったのに、な?マリア」

「ほんとだよー」

「えへへん!あ、ここ…」


ゴールの大きな木の先には私のお気に入りのお花畑が広がっていた。冬が近づいているというのにあたり一面綺麗なお花が咲いている。この寒い風さえ吹かなければ、今が冬だということを忘れてしまいそうだ。


「きれいだね」

「だな」

「うん、ほんとに綺麗」


綺麗なお花を見ているといい考えがピコーンと思い浮かんだ。

「ねえねえ、ここで少し早めのお昼ご飯食べようよ!私もうおなかすいちゃった」

「寝坊して朝ごはん食べられなかったからでしょ?」

それもある。

「さぼりたいだけだろ?」

それもある。

ふたりの言うことが図星過ぎて何も言えずにいると、クスクスとマリアが笑い始めた。

「まあ、たまにはいっか」

「マリアらしくねぇな」

「私もおなかすいちゃったの~」

そうと決まればお昼の準備だ。今日は一日中森にいる予定だったからお昼ご飯をしっかり持ってきたのだ。


お昼ご飯を食べていると、今日の本題を思い出した。そう、今日私は二人に相談事をしに来たのだ。お昼食べてるときにでもきこっかなーと思っていたのだが、危うく忘れるところだった。まあ、ニックはもう食べ終わっちゃってるんだけど。


「ねえねえ、二人に相談があるんだけど」

「どうしたの?」

「私ドレスデザイナーになることにしたんだけどさ」

「ドレスデザイナーってなんだ?」

「あれ?私この話しなかったっけ?」

私の質問に、2人は揃って首を縦に大きく振った。


言ってなかったっけ、言ってないかも。うん。


そうして私は2人にドレスデザイナーというお仕事について、そして今までの経緯を事細かに伝えた。


「つまり、リーゼは服を作りたいってことか?」

「ドレスね」


いちいち細かいなという顔をしながらも、ニックは私の話を真剣に聞いてくれた。マリアは少し眠そうにしているが。


「そんで何に悩んでるんだっけ?」

「課題の服のデザイン。ドレスっていう指定はないけど、せっかくなら私はドレスを作りたいの」

「そうは言われてもな、俺はドラス?なんて見たことないけからよくわかんねぇんだよな」


ドレスね、と再び言うと、ニックは少しだけむすっとしながらおうむ返しをした。言い方まで真似をしてくるが、よりによって似ているのが少し腹立たしい。ふと左を向くとマリアが地面に横たわってスヤスヤと寝息を立てている。どうやら私の話が長すぎたらしい。


正直かなり悲しいよ。


マリアのお母さんは工房で働くお針子さんをやっている。私のお母さんも結婚する前は同じところで働いていたらしく、今でもマリアのお母さんとは親交がある。


正直ニックよりマリアの方が頼りになりそうとか思ってたのに…ニックもいつのまにかそこら辺の草花で遊び始めてるし。


「ねぇ、私の話聞いてる?」

「聞いてるってば」


むっすーと頬を膨らましていると、ニックが手を止めてこっちを向いた。


「よくわかんないけどそんな悩んでも仕方ないだろ。俺にはドレスのことなんてよくわからないけど、きっとそのキリアンって人はリーゼに何か感じとったんじゃないか?だからリーゼの作りたいものを、リーゼにしか作れないものを作ればいいんだと俺は思うぜ」

「私にしか作れないもの…」

「よしできた」


そういうとニックは私の頭にぽんと花冠をおいた。


「前にリーゼが作り方教えてくれただろ?」

「練習したんだ」

「まぁな」


まだまだだねと言うと、うるせぇと言いながらもニックはどこか嬉しそうだった。小さな手で作られた花冠はお世辞にも綺麗とは言えないが、とても可愛らしかった。冬の間も咲き続けるこの世界のお花がもっと好きになった。冬に咲く花は長持ちしやすく、物によっては数ヶ月もつ。前にアリシアが森で取ってきてくれたお花は冬を丸々乗り切って、春になっても綺麗に咲いていた。


「このお花畑みたいなドレスがあったら素敵だよね」

「そうかもな」


ん?


「それだよ!」

「なんだ急に?」

「私にしか作れないドレス!お金持ちの人たちには思いつかない、森にあるお花とか葉っぱとかで作られたドレス!」


私の興奮覚めやらぬ声に起こされたのか、マリアが眠そうに目をこすりながら、体をのっそりと起こした。どうしたの?とニックに声をかけているが、さぁ?と彼自身もよくわかっていなさそうである。


「ニックありがとう!ニックのおかげだよ!」

「お、おぅ…」


そうと決まればデザインを考えて必要な材料を集めなければならない。大きな籠を再び背負いお花畑の中心に足を進めようとして、ニックに引っ張られた。


「おい、なんか忘れてないか?」


なんか忘れてたっけ?何も忘れている気はしない。


はて?と首を傾けていると、2人が揃ってため息をした。


「仕事。俺たち午前中なんもしてないからもう遊んでる場合じゃねえよ」

「あ、」


完全に忘れていた。2人に宥められ、素材集めは次回まで持ち越しになってしまった。


そんなぁぁぁぁ。せっかく次のステップに踏み出せるってなったのに、お預けだなんて…


今にも泣き出しそうな私は2人に強制連行されながら、森の中心へと戻っていった。半べそをかき、ぶつぶつと文句を言いながらも2人がいたから、やらなきゃいけないことはあっという間に終わった。もう一度お花畑の方に戻ろうとしたら、ルイお兄ちゃんに怒られるよ?と、今度はマリアに止められてしまった。諦めて、集合場所へ向かうと、みんなに集合時間にリーゼがちゃんといるなんてと驚かれた。心外である。


「あ、リーゼいいところにいた。籠まだ余裕あるなら薪少し持ってくれない?」

有無を言わさず籠の中にどんどんと薪が詰め込まれていく。


「お姉ちゃん、流石に重い。これ以上は無理」

「そっかー、残りは私が持つよ。ありがと」

いつもならさらに持たされそうだか、機嫌がいいのか残りは持ってくれるらしい。


ルイお兄ちゃん効果恐るべし。


ルイお兄ちゃんを惚れ薬にでもしたらかなり売れそうだ、なんてことを思いついてしまった。実際はそんな商売をするわけにもいかないので、頭の片隅に追いやっておく。変なことを考えている間に、ルイお兄ちゃんによって解散命令が出されていた。


「リーゼ、ぼーっとしてないで帰るよ」

「あ、お姉ちゃん」

「なんかいいことあったの?」

「うひひ~内緒!お姉ちゃんこそなんかいいことあった?」

「なんもないよ!あっても内緒!」


アリシアを揶揄いながら歩いていると、大きな葉っぱにぶつかり尻餅をついてしまった。

「うわぁっ!いったーい」

「あははは、大丈夫?」

「もぅ!笑い事じゃない!」

「ごめんごめん」

そういいながら、アリシアは私が立てるように手を伸ばしてくれた。


私がぶつかった木はオムブレルの木と言って、森ではよく見かける木だ。私の体よりも大きな葉っぱが特徴で、雨の日には傘代わりに使われている。


「ねぇねぇ、この葉っぱ何枚か取ってくれない?」

「別にいいけど、何に使うの?」

「何かに使う」

ひょっとしたらドレスに使えるのではないかと思い、葉っぱを数枚アリシアに取ってもらうことにした。不思議そうな顔をしながらも、ヨイショと葉の根本から刈り取ってくれた。こういう時は姉が本当役に立つ。


「ありがとー」

「はいよ。ほら、遅くなるとみんなに怒られるよ」

「そーだね」


色々な収穫もあり、この日はルンルンで森を後にした。帰りに余計なお荷物を拾ったから、いつもよりも籠が重くなってしまい、体中が痛くなったのは言うまでもない。


欲張りすぎはよくないよね、反省反省。

ドレスのアイディアが思いついたリーゼです。


皆様インフルエンザ等流行っておりますので、お気を付けくださいませ。

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