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春の花嫁  作者: 夜凪
第1章 農村のお姫様
7/9

就職活動

週末になり、再びロレアヌス商会へ行く日になった。

絶対に無理をするなと言う両親の強い圧と共に送り出された。今日はアデルと私の2人っきりだ。お母さんのお腹がだいぶ大きくなってきてから、私かお姉ちゃんが必ず家にいることになっている。この世界に私たち農民が気軽に行ける病院なんてものはないから、万が一の備えが大事らしい。助けを呼べる人がいるかいないかでは生存率が大きく変わる。


確かにお医者さんがいない中で1人で出産となったらえらいこっちゃだよね。


「じゃあいってきます!」

「気をつけてね!お母さんのことは私に任せて!」

「うん!よろしく!」

「いってまいりますね」


私がよくアデルと2人で出かけるのは、私の手綱を1番上手く握れるのがアデルだかららしい。喧嘩して暴れる私を宥めるのは俺でも骨が折れると、父が愚痴をこぼしていた。人を魔物の様に言わないで欲しい。心外である。


まぁ、それは置いておいて、こんな華奢な体で、なおかつ貴婦人の様な雰囲気とは裏腹に、アデルが強いことは近所でも有名な話である。以前森に出た魔物を細い薪一本で倒したのは有名な話である。近所の子供たちの中で一番強いルイお兄ちゃんもドン引きしていた。


そりゃそうだよね、大型犬くらいの大きさはある魔獣をアデルが倒したってなったら誰でも驚くよね。だらかといって、私を魔獣みたいに扱われたらたまったもんじゃないけど。


それにしても相変わらずこの街の盛況ぶりといったらすごい。相変わらず色々なところからきた馬車や商人とすれ違う。アデル曰くお貴族様が住む街に行くにはこの街を通るしかないらしい。だからいろんな馬車が通ったり、商人が集まったりして交通だけじゃなく公益の拠点ともなっているとのことだ。


「もうすぐお店に着きますね」


店の扉に手をかけようと思ったら、依然と同様中から身なりの良い店員が迎えてくれた。


「ようこそおいでくださいました。さあ、中へご案内いたします。アデル様、リーゼ様」

「私のこともおぼえてくれてたんですか?!」

「ええ、それはもちろん」


あ、そりゃそっか。始めてきたと思えば急に倒れたお客さんなんて、忘れたくても忘れられないよね。

そういえば、この人なんて言うんだっけ。名札はついてるんだけど字がまだ読めないんだよね。なんて読むんだろ。


「あの、えーっと」

「そういえば、依然いらした際に名を申して上げておりませんでしたね。わたくしはアヌークと申します。以後お見知りおきを」

「リーゼです!よろしくお願いします!」

「本日はどうなさいました?当主のキリアンは本日不在なのですが」

「えーっと、この間の謝罪をしようとおもって…」

「そのようなことはお気になさらないでください。こうして大元気な姿を拝見できてうれしい限りです」


ううぅ、なんていい人。だが今日は謝罪だけでなく就職活動をしに来たのだ。なんか緊張してきた。


「あの、アヌークさん。それと今日はお話があってきたんです」

「それでは少々お待ちいただけますか?」

「は、はい…」


「リーゼ、私は席を外しましょうか?」

「あ、うん」


知ってる人、ましてや家族に見られながら就職活動をするのは、何というか気恥ずかしい。

アデルの申し出をありがたく受け入れることにした。


「お待たせいたしました。こちらはノア。キリアンの息子でロレアヌス商会の次期当主にあたります」

「ノアと申します」

「り、リーゼです!」

「それで、今日はどのようなご用件で?」

「ここで働かせてください!」


よし、言った。言ったぞ。どこかで聞いたことのありそうなセリフだが、とっさに出てきたのがこれだった。既視感なんてもの、いまはポイだ。


「就職希望ですか?あいにく人は足りています」


なんかノアさんが店員から急に面接官になった気がする。恐る恐る上を向き、二人の顔色をうかがうと、はっきりとノーと顔に書かれている。確かに一回客として来ただけの、しかもこんなちんちくりんの四歳児を簡単に雇ってくれるとは思っていない。しかもアデルがいなければこんなお店とは一生縁のないような農民の娘だ。だからといって、あきらめる気はさらさらない。


「まずはお二人にお見せしたいものがございます」

「これは?」

「私が刺繍をしたハンカチです」

「嬢ちゃんが…」


作戦その一。実際にものを見せる。ベットの上でやることがなかったついでに、お母さんとアデルに綺麗めな布と糸を借りて作っておいたのだ。


「上手いな、これは本当に君がさしたのか?」

「はい。もしよろしければここで簡単な刺繍を実際にお見せします」


作戦その二。その場でやって見せる。前世からの職業柄、こう見えて刺繍は得意なのだ。

ポシェットの中から簡易裁縫セットを取り出し、作業を始める。小さな手でやりにくいうえに、人に見られながらとなると緊張するが、問題はない。なんとなくかわいい方が採用率が高そうだと思って、花束の絵柄を刺した。


「こんな感じです」

「ほう、手に取ってみても良いか?」

「もちろんです」

「縫い目もきれいで、刺すのも早い…」


お、これはいいのでは?

すぐに調子に乗るのが私のダメなところだと母が言っていたが、今は調子にでも乗らないと緊張で気絶しそうだ。


「だが、これだけで採用は無理だな」

「そうですか、、、」


さっきまでの気分が嘘かのように、ガクンと項垂れて下を向く。


「今日はもう帰った方がいい。時期日も暮れる」

「わかりました、今日は帰ります」

「あぁ、一応このことは当主にも伝えておいてやる」

「ありがとうございます。また来ます」


ま、そうだよね。これだけで採用されるとは思っていない。だが私を甘く見ないでほしい。私の諦めの悪さは世界一なのだ!

タイミングを見計らったかのように、ちょうどアデルがお迎えに来てくれた。どうやら買い物に行っていたらしく、ちょとした茶菓子を手に帰ってきた。先日のお詫びにとアヌークさんに渡していた。正直ちょっと食べたかった。


その日からしばらくは、何度もロレアヌス商会に通って就職依頼をしていた。キリアンさんの時もあれば、ノアさんの時もあって、追い返されることはなかったが、ノアさんにはまた来たのかという顔をいつもされた。


そしてここ最近ロレアヌス商会で話を聞いていて気づいたことがある。この世界にはブランドという概念があまりない。もちろん、高級店で買ったという自己満に近いものはゼロではないらしいが、それよりもいかに高い布か、いかに高い糸かという値段にしか重きを置かれないらしい。お貴族様にとっちゃあれかもしれないが、正直安くてもいいものはあるのにと思ってしまう。様々な話を聞くたび、ブランド設立というものがこの世界でできるのかと不安になる。が、夢は絶対にあきらめない。


あれから二、三週間、毎日のようにロレアヌス商会に通いつめた。今日はアデルが仕事らしいからアリシアと二人きりでお店に向かう。いい加減諦めなよと言われたが、無視をして足を進める。


「こんにちは、アヌークさん」

「今日もいらっしゃったのですね」

「もちろんです」

「今日はキリアンもおりますので、お呼びしますね。こちらでお待ちください」


普通に考えたら特に買い物をしに来た訳でもなく、就職志願をする小娘を雑に追い返さないのは、本当にすごいと思うし、この店に出会えたのは本当に運がいいと思う。


アデルがいいお店だって言ってたのも今では本当によくわかるよ…


「ああ、待たせたね」

「キリアンさん、とノアさん」

「俺をおまけみたいに言うな」


ここ最近のノアさんは初めのころの印象とは違い、まるで親戚のおじさんみたいだ。話によると私と同い年の娘さんもいるパパらしい。


「ここで働かせてください!最初は普段着の手直しでも何でもやります!どうかお願いします」

「あのなぁ、何度も言ってるけどよ」

「一ついいかい?」

「はい」

「どうしてそんなにここで働きたいんだい?」

「…夢で、夢で見たんです。」

「夢?」

「…私が作ったドレスを着た人の笑顔をです」


実際には夢で見たわけではなく、前世での出来事だ。


中学二年生の時、文化祭の衣装として初めて人が着られるドレスを作った。親友が演じる主人公、シンデレラのドレスをどうしても作りたくて、勇気を振り絞って衣装係に立候補した。ドレスに袖を通したときのあの顔を私は忘れたことはない。彼女は目を輝かせて、どこか涙目で、本物のお姫様のようだった。きっとあの時だ。私がドレスを作りたい。そう思ったのは。


千夏、元気かな、。。結婚式見たかったなぁ。

もう戻ることの出来ない前世を思い出し、少しだけ鼻の奥が痛くなる。


千夏なら、絶対大丈夫だって何の根拠がなくても応援してくれるだろうな…

そんなことを思い出しながら、話をつづけた。


「私が作ったドレスを着て、誰かが喜んでくれた。褒めてくれた。それがたまらなく嬉しかったんです。私が見ていたのは単なる夢かもしれない。それでも、どうしてももう一度あの笑顔が見たかったんです。今度は私がこの手で作ったドレスで」

「そうか、わかった」

「親父…?」

「ここ、ロレアヌス商会で服が売られるようになったきっかけは、自分作った服を着た子供の笑顔が忘れられない、なんて親心からなんだよ」


「リーゼ、今日から君はこの店の従業員だ」


「ふぇ?」


「今日から、よろしく頼むよ」


「やったー!ほんとにほんとにほんとですか?!」

「ああ」

「ありがとうございます!!」

「リーゼ、よかったね」

「うん!」


ついに就職!夢への第一歩である。少し落ち着いたら?という姉の声は私にはみじんも聞こえない。


大喜びをしているリーゼを見守るキリアンの藤色の目は、優しい親の目をしていた。

リーゼ就職決定です。

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