夢への一歩
「ん、ここ…お家?」
「リーゼ!大丈夫?!お母さーん!リーゼ起きた!」
「うん、大丈夫…」
「急に倒れて3日も眠ったままだったんだよ!ほんとによかった…」
普段滅多に風邪すらもひかない私が倒れたから、死んじゃうんじゃないかと思ったと、アリシアにボロボロと泣かれてしまった。
心配かけてごめんね…
あの時パニックになったのはアリシアだけでなく、アデルやロレアヌス商会の人達も同じようで、みんなにすごく心配かけてしまったみたいだ。特にアデルの焦り様はすごくて、なんと家まで馬車をかっ飛ばして来たらしい。せっかく馬車に乗ったのにあんまり楽しめなかったとアリシアに文句を言われてしまった。
私もどうせなら初めての馬車を堪能したかったよ…
「リーゼ大丈夫?」
「あ、お母さん、アデル。心配かけてごめんね」
「よかった、お腹は空いてるかしら?ミルク粥でも食べる?」
「うん!」
「そう、今リュークも呼んでくるわ」
「レオンもよろしく!」
わかったわよ、と言いティーラは部屋を出て行った。この3日間アデルと交互につきっきりで看病をしてくれていたらしい。確かに目の下に少しクマがあった気がする。
妊娠してて大変な時にほんとごめんね、お母さん。
「もう体調は大丈夫なのですか?痛いところはありませんか?」
「もう大丈夫!ありがとう、心配かけちゃってごめんね」
「いえいえ、ですが幼い体に無理をさせてしまったわたくしの落ち度ですね」
ん?なんか雲行きが怪しい…?
「倒れてしまうようなのにわたくしの都合で北部商店街まで連れ出してしまったために…」
「ちょっと待って?!」
いやいやいやいや、待って欲しい。あれは無理をしたとかそんなんではなくて、ただ記憶を思い出してそれに耐えられなかったからであって!
そう、私はあの日前世の記憶というものを鮮明に思い出した。生まれた時からなんとなくの記憶はあったものの、あくまでなんとなくであり、鮮明な記憶ではなかった。先日思い出した27年分の記憶は膨大なもので、4歳児の脳みそが耐えられる量ではなかった。
それにわかってはいたことだが、生まれ変われたとはいえ、自分が一度死んだという記憶はかなりキツイものがある。
それにしてもドレスを見て思い出すとはね、私のオタクっぷりには自分でも驚きだよ。
話を戻すが、前世の記憶を思い出した私にとって北部商店街という宝の山が溢れる場所から引き離されるのは許容できない。ここは、なんとしても回避せねば。
「あの日はたまたま倒れちゃっただけだから!ほら、えーっとあの、そう!楽しみすぎてあまり寝られなかったから!」
「寝られなかったのですか?ではやはり…」
まずいまずいまずい!なんで墓穴を掘るようなこと言うの!もう!私の馬鹿!このままだとほんとに街に行けなくなる!せっかくこの世界でもドレスに巡り会えたというのに!
本格的に焦り始めた私は膨大な記憶の中からもヒントを探すが、何も出てこない。
「ほ、ほら!それにお店の人にも色々迷惑かけちゃったし!謝りに行かないと!」
「謝罪でしたらわたくしが代わりに行きますよ?」
いやいやいやいやいやいや!そーじゃないんだよ!どーしよ、え、誰か助けて?流石にここで目の前にぶら下がってる人参、というかお宝を流す訳にはいかない。既に私の元ドレスデザイナーという血が騒ぎまくっているのだ。
「お店の人も私が元気になった姿を見た方が安心できるんじゃない?ね???」
「そういうものですか」
そう言ってアデルはしぶしぶオッケーを出してくれた。あの日以降、なんだかアデルが過保護になった気がする。
目が覚めてから、元々頑丈な体のおかげもあり、私はあっという間になった。起きた次の日には森に行き、その次の日には週末再び北部商店街へと行く許可をアデルからもぎ取った。
前世の病弱な体とは大違いだよ…
記憶を取り戻して変わったことといえば、ドレスデザイナーになりたいという明確な夢を再び持ったくらいだ。いくら「夢花」として生きていた時の記憶を取り戻したとはいえ、私がリーゼとして生まれたことに変わりはなく、夢花という人間はもうどこにもいないという事実に時々悲しくなった。生まれた時から少し記憶があったからなのか、大きく人格が変わるなんてこともなく、それが少し寂しくもあった。
あくまで記憶や知識としてしか残っていないっていうのが、なんか余計に悲しいんだよね…
とはいえせっかく生まれ変わることが出来たのだから、私のやることはもう決まっている。
前世で叶わなかった世界一のドレスデザイナーを目指す。これが私の生きる目標だ。この世界では2度と見るはずのなかったであろうドレスに巡り会えたのだ。これはきっと何かやるべきことがあるに違いない!と思っている。そうと決まればまずはお父さんとお母さん、そしてアデルに協力依頼をしなければならない。この世界で子供1人で夢を叶えるのは不可能だということくらいは流石にわかる。
「ねぇねぇ、お母さん」
「あら、どうしたの?晩御飯作るの手伝ってくれるの?」
「それはもちろんそうなんだけど、ご飯食べ終わったらお母さんとお父さん、それからアデルにお話があるんだけど」
「改まってどうしたのよ」
「大事なお話しなの!」
「二人に伝えておけばいいのね。わかったわ」
私が珍しく真剣な顔で頼み事をしていることに驚いたのか、ティーラは戸惑いを見せたが、晩御飯の支度の続きをリーゼに任せると、リュークとアデルの元へ向かってくれた。
お母さんありがとうー!
ご飯を食べた後の家族会議に備え、私は頭の中をフル回転させて準備を始める。こういう時に大切なのはまずプレゼン能力だ。ドレスを売り込んだ駆け出し時代を思い出し、懐かしさに胸が熱くなりながらも、どうすれば良いかを必死に考える。
でも多分きっと大丈夫だとは思うんだよね。
私の家は農家だからいずれ誰かが継がなければならないが、この世界で家を継ぐのは基本長男で、女の子のしかも次女の私はあくまでお手伝い要員のようなものだ。
記憶を取り戻す前は少なくともこの家を出るなんて選択肢は一ミリも思い浮かばなかったが、今はそれ以上に夢をかなえたいという気持ちが強い。そう思うと記憶を取り戻したことで少しは私も変わったのかもしれない。晩御飯を食べ終え、私なりの正装に着替えてプレゼンの準備をする。別に大したことを話す訳ではないはずなのに、いざ家族を目の前にすると緊張してくる。
「あのね、お父さん、お母さん、アデル、私ドレスを作りたい!」
「急になんだ?」
「急じゃない!ずっとやりたかったことなの!」
私が生まれて初めてこんなに熱意を持って話していることにみんな驚いている。起きてからの1週間、どうしたら夢を叶えられるのかをずっと考えていたのだ。
「お父さんとお母さんみたいに誰かのためにお野菜とか育ててるみたいに、私も誰かを元気にできる服を作りたいの」
「そう、そんなに言うならやってみなさいと言ってあげたいところだけど、きっとそんな簡単なことじゃないわよ?」
「わかってるよ…」
「まぁ、一度やってみたらいいんじゃないかな?」
「お父さん…」
「そうは言っても私たちが何か手助けしてあげられる訳でもないし…」
すんなりと協力してもらえるという浅はかな考えとは裏腹に、現実は思ったよりも厳しかった。
どうしよう…
「それでもやりたいんだろ?」
「うん!」
「はぁ、一度やると決めたことは絶対やり切らないと気が済まないのは誰に似たんだか。きっと私は何か力になってはあげられないけど、そこは自分の力でなんとかなさい」
「お母さん…」
「どうせ反対しても仕方ないんでしょ?」
「それなら一度全力でやってみなさい」
「ありがとう!私絶対頑張る!世界で一番有名なドレスデザイナーになって、お母さんに素敵なドレスプレゼントするね!」
「あら」
何とか家族からの了承を得て、本日の会議は終了した。
泣きながら喜ぶ私を何泣いてんだと宥めるリュークの横で、どこか悲しそうな目をして笑っているアデルに私は気づかなかった。
記憶を取り戻したリーゼは燃えています。ハードモードの予感がする夢に向かって全力で突き進みます。