始まりの朝
…ゼ …リーゼ リーゼ!
「起きて!リーゼ!寝坊だよ!」
「うぅ〜、呼んだぁ?」
「もう何回も呼んでるよ!寝坊だってば!」
「んー、おはよぅ、アリシア…」
私の名前はリーゼ。この春に4歳になったばっかりの6人家族の次女である。リーゼという名前は花の名前が由来らしい。私は”リーゼ”という花を見たことはまだないけれど、春に咲くとても綺麗なお花らしい。お母さんも好きな花だと言っていた。
そんなことはさておき、私の毎日は大体こんな感じで叩き起こされて始まる。
「やっと起きた!もう!何時だと思ってるの!」
「何時?」
「とっくに8の刻過ぎてるよ!寝ぼけてないで朝ごはんの準備手伝って!」
「はあ~い」
彼女は姉のアリシア。茶色がかったブロンドヘアーに、綺麗なグリーンの瞳の持ち主の美人さん。私の自慢の姉である。私とは1つしか変わらないけれど、とってもしっかり者だ。
まだ寝ていたいけれど、この姉を怒らせると、まだ夏の終わりなのに、部屋が凍ってしまう。急がねば。
着替えを2階の寝室で済ませ、まだ眠たい目を擦りながら1階の居間へ降りると、そこには母がいた。
「あら、リーゼ、やっと起きてきたのね。おはよう」
「おはよう、お母さん。体調は?」
「今日は調子がいいのよ。洗濯もできそうだから籠に入れておいてちょうだい」
「はーい」
母の名前はティーラ。母の髪色は今日みたいに晴れた空のような水色で瞳は私とよく似た青の瞳だ。街でも評判な美人で普段はとっても優しい。だけど怒るととっても怖い。姉はお母さん似だと思う。お母さんのお腹には赤ちゃんがいて、冬には産まれてくるらしい。
はぁん…私の可愛い妹か弟、待ってるよ。
「お母さん、レオンどーする?」
「ん〜、もう遅いしご飯食べさせないといけないから起こしちゃって。着替えおねがいできる?」
「うん!任せて!」
レオンは私の2つ下の弟で、もうなんてったって私の可愛い天使である。姉とお揃いのふさふさのブロンドヘアーにまん丸の青緑色のおめめ。まるでお人形である。
それに、最近ようやく「りーれ、だいすき」と言ってくれるようになった。私が教えこんだからそう言ってくれるようになったとかでは決してない。ないと言ったらないのである。今日も今日とて、朝からこの子が私の癒しだ。
「レオンおはよう。着替えてご飯食べようね」
「おあよぅ」
あぁぁ、可愛い…なんて可愛いんだろう…
まだ目は瞑ったままで起きているとは思えないし、寝かせてあげたい気持ちもあるが、そうも言ってられない。私には母から頼まれた弟の世話という大役があるのだ。可愛さに負けて寝かせる訳にはいかないのである。それにレオンの着替えを済ませたら、寝坊した私の代わりに朝食を作ってくれている姉を手伝わなければならない。
あぁ、忙しい忙しい。
レオンと一緒に下へ降りると、姉がもう朝食の準備をほぼ終わらせていた。あとはよそって、並べるくらいだ。
「これよそればいい?」
「うん、おねがい」
私も多少の料理はできるけれど寝坊することが多いので朝食は姉が作ることの方が多い。申し訳ないとは思っている。嘘ではない。
「リーゼ、お父さんにご飯だよって伝えて来て」
「お父さん外?」
「多分。畑少し見て、その後水汲んできてくれるってさっき言ってたから」
「わかった」
そう、私の家は農家である。農家と言ってもそれほど貧しくはない。まぁ、決して裕福とは言えないけれど。広い畑に小麦や大豆、芋や野菜など様々なものを育てている。野菜なんかは、売るためじゃなくて食べるためだけど。ここが私達家族の小さな王国である。
それに畑仕事を手伝ってくれる牛のスワルとエルザ、馬のジャックだっている。もちろん牛や馬と家族だけでは全ての畑を管理できないから近所のおじちゃんやおばちゃんも畑を手伝ってくれている。それと、名前はないけれど鶏も飼っていて、彼等が産んでくれた新鮮な卵を使った料理は格別である。
「お父さんおはよー」
「リーゼか!おはよう!うちのお姫様は今日も相変わらず可愛いなぁ」
父の名前はリューク。茶髪に黄緑色の瞳、そして焼けた肌に筋肉のついたちょっと強面に見える父だけど、とっても優しい自慢のお父さんだ。そんな父は働き者で街の色んな人から慕われている。街に用事がある日の帰りには、よくお魚や美味しそうなお肉なんかを貰って帰って来る。
「ご飯できたって」
「そーか、わかった。今行くよ」
「みんなに朝ごはんはもうあげた?」
「あぁ、もうすっかり食べ終わったぞ」
「そっか、私達も早くしないと怒られちゃうね」
「そうだな」
スワル達にご飯をあげるのも、寝坊をした日には、私の代わりに父や姉がやってくれる。寝坊する癖を治したいとは思っていても、なかなか治らないものである。
ごめんね、お姉ちゃん…お母さんとお父さんも…
畑の近くには川が流れているけれど、飲み水なんかは家のそばの井戸から汲んでいる。さすがにこれは私ひとりでは出来っこないので、父にお願いする。
「戻ったぞー!」
「あ、お父さん。ありがとう!ご飯出来たよ!」
手を洗って私達が席に座ればみんな揃って朝食だ。大した仕事はしていないけれど、お腹はペコペコだ。
今日の朝食はチーズを乗せたパンと野菜スープだ。
「「「いただきます」」」
「はーい、召し上がれ」
私には今とは別の世界で生きた“記憶”がある。そうは言っても今の私はまだ4歳の小娘だ。赤ちゃんの頃のことだって、それに“昔”のことだってほとんど覚えていない。何となく今より便利な生活をしていた様な気がする、というくらい曖昧な感じでしか思い出せない。思い出そうとしても、何か靄モヤがかかった様に思い出せない。
いつから記憶があるのかも分からないけれど、何となく生まれた頃からそうだったんだなと思う。
いつか思い出せるかなぁ…
…もぐもぐ…うん。おいしい…
「ごちそうさまでした。ねぇお姉ちゃん、時間大丈夫?」
「わぁ!大変!リーゼ、洗い物と片付けお願い出来る?私もうすぐ行かなきゃ遅刻しちゃう」
「うん、まかせて」
姉が急いでいるのには訳がある。
この領地では子供達は"学校"というものに行くらしい。週に一度村から少し離れた学校に行き、子供達はそこで読み書きだったりの教育を受けられる。みんながみんな行くわけではないが、姉はこうしてたまに学校へ通っている。私も次の誕生日を過ぎると行くことになるらしい。
あんまり乗り気じゃないんだけどなぁ。
「今日もまっすぐ帰ってくるから、お昼前には帰って来られると思う!」
「そう、その頃にはアデルも帰ってきてるかもしれないわね」
「「ほんとに?!」」
「えぇ」
アデルというのは私達のもう1人の“家族”である。
元々旅人で、困ってるところをお父さんとお母さんが助けて、それからずーっと一緒に暮らしている。その時のことは、私は生まれたばっかりだったから、ほとんど覚えていないけれど。
今もたまにどこかに出かけて素敵なお土産を持って帰ってきてくれる。この間は街で"鏡"を買ってきてくれた。この世界で鏡はかなりの高級品らしい。あの時初めて自分の顔を見た衝撃は忘れられない。目の色がは母と同じだと知ったのはその時だ。それに私の目がおかしくなければ、鏡に映った女の子は可愛かった。母や姉の顔立ちが整っているのを見ていたので、そこまで不細工では無いだろうと思っていたが、ちゃんと可愛い女の子がそこにはいたのだ。
アデルはお母さんの様な、年の離れた姉のようなそんな人だ。
早く会いたいなぁ…。
「それじゃあ、いってくるね!」
「いってらっしゃい!」
姉が学校に行く日は、姉の代わりにたくさんお手伝いをしなければならない。いつも姉がやっている家事を中心にお手伝いをする。もちろん畑仕事もするけれど、子供の私にできることはまだ少ない。
今日はお母さんの体調がよくて、洗濯は手伝わなくていいって言ってたから、とりあえず掃除と料理だけすればいいんだよね。あ、洗い物残ってたんだった。そしたら、まずは洗い物からだね!お昼にはまだまだ時間あるし!よし!やるぞ!
台所には水を貯めるタンクが置いてあって、そこから水を汲んで、流しで食器を洗う。
姉が途中までやってくれていたから、量はそんなにない。
ちなみに生ゴミは家の外にある土の塊にポイだ。肥料ができて一石二鳥である。
あとやらなきゃいけないのは掃除とお昼ご飯の支度か…お昼にはまだ時間あるから先に掃除だね。
「あ、お母さん。洗濯おわった?」
「終わったわよ。リーゼは次何するの?手伝う?」
「ううん、大丈夫。お母さんは休んでて。レオンは?」
「お昼寝してるわよ。あとはお願いしてもいいかしら?」
「うん!」
お昼寝だって…もう絶対可愛いよね…うんうん。早く終わらせて見に行こ…
床は昨日拭いたから、今日は掃き掃除だけでいいかな?さすがにひとりじゃ雑巾がけはできないもんね。
畑に行く時や森、街に出かける時は、家の中で履いている靴とは別の靴を履いて出かけることが多いから、家の中はそんなに泥だらけになったりはしない。おかけで掃除は楽チンだ。
2階の部屋は、レオンが起きないように気をつけながら、せっせと箒で掃いていく。
よし、こんなもんかな。綺麗になったね!
掃除が終わったら、換気のために開けた窓を閉め、次のお仕事にとりかかる。
なんかお腹すいてきたし、そろそろご飯作らないと…
え〜っと、まだパンはあるから、作らなくても大丈夫でしょ?あとは…スープと、サラダと…あ!今日卵とれてる?
鶏達は、家の外にある小さな家畜小屋に住んでいる。鍵がかかっていて、開ける時は逃げ出さないように注意しないといけない。
「よいしょっ、おぉ〜」
鶏ちゃん達、ナイス!美味しそうな卵だよ。
でも、よく考えたら夜ご飯に使うから、お昼には卵使えないよね。
う〜ん、クリットのスープ作れるかな…
お母さんに頼んでみる…?休んでてって言ったのに、ごめんね。
「お母さん、起きてる…?」
「起きてるわよ。どうしたの?」
「クリットのスープをお昼にしようかなって思ったんだけど、クリットの皮はさすがに硬くて切れないから、お願いしよっかなって思って…」
「いいわよ、ちょっとまっててね」
クリットの皮を削ぎとって貰ったら、ここからは私の番だ。
クリットのスープはそんなに難しくはない。まずは鍋にバターを溶かして、ジゼルと小さめに切ったクリットを炒める。そこにお湯を加えて柔らかくなるまで茹でる。茹で終わったクリットはフォークで潰しておく。そしてミルクを半分加えて冷ましたら、残りのミルクも加えてさらに冷やす。最後に塩と胡椒で味を整えれば完成だ。
ひとつ問題があるとすれば、重たいお鍋を冷ます時にお鍋を移動させなければならない。ミルクも野菜も、基本的には日の当たらない床下や食料室にしまわれている。こればっかりはどうしようもないので、また母に手伝って貰った。
ほんとにごめんね…。
なんやかんやでスープは完成だ。
パンも食べやすい厚さに切っておいて、食べる直前に焼けばいいので、これにて料理は終了だ。
もうすぐお姉ちゃんが帰ってくる時間なんて、手際が悪すぎると思う…これでもだいぶできるようになったんだけどなぁ、はぁ…
「ただいまー」
「おかえり、お姉ちゃん」
ほら、やっぱり。もう姉が帰ってきた。
暑い中帰ってきたせいで、姉は汗だくだ。夏の終わりと言うか、秋に差し掛かっているとはいえ、まだまだ昼間は暑い。
「はい、お水。ご飯、お父さんとアデルが帰ってきてからにしようと思ってたんだけどいい?」
「ありがと。うん、それでいいよ」
もう12の鐘がなりそうだし、きっと父も帰ってくるだろう。それにせっかくアデルが帰ってくるのなら、一緒にお昼ご飯を食べたい。今日は私が頑張って作ったのだから、尚更だ。
お姉ちゃんは学校から家に帰ってくると、いつも私に学校のお話をしてくれる。最近はかなり文字が書けるようになったと嬉しそうに私に話してくれる。
「ただいま。お、アリシアも帰ってたんだな」
「うん。ただいま」
そんな話をしているうちに、父が畑から戻ってきたので、そろそろご飯の支度もし始めなければならない。上で寝ているレオンと母を起こし、姉と一緒に支度をはじめる。
「ただいま戻りました」
「アデル〜!おかえりなさい!」
1週間ぶりくらいにアデルが帰ってきた。アデルがどこに行ってきたかは詳しくは知らないけれど、いつもよりも少し帰りの荷物が多い気がする。
「あら、アデル。おかえりなさい。今日はリーゼがお昼を作ってくれたのよ。食べましょ」
あ、お母さん。それ、今私が言おうと思ってたやつ…
アデルが戻ってきたので、みんなでご飯を食べ始める。もちろん席はアデルの隣をちゃんと確保した。お父さんがちょっと拗ねてた様な気もするけど、気にしない気にしない。
私がどれだけ頑張ってこの料理を作ったかを力説すると、アデルがとても美味しいと沢山褒めてくれた。
「そういえば、今回の旅はどうだったの?どこ行ったの?」
姉がそう訪ねると、みんなが頷いている。父や母も知らないらしい。
「そうねぇ、色んなところに寄ったけれど、昔の友人に会いに行ってたのよ。」
アデルのお友達か…どんな人だろう。絶対美人だろうな…
アデルは本当に美人さんだ。もちろん母や姉も美人だけれど、なんと言うか何もかもが綺麗なのだ。キラキラ光るエメラルド色の髪も、夜のお月様のような目も、普段の仕草も何もかもが綺麗で見とれてしまう。
「そうそう、みんなにお土産があるのよ。ちょっとまっててね」
昼食が食べ終わるや否や、アデルはそう言って席を立った。部屋から戻ってくると、アデルは大量の荷物を抱えて戻ってきた。戻ってくる前にテーブルの上を片付けておいて本当に正解だったと思う。
「まずはこれね。美味しそうで、つい買って来ちゃったのよ」
そう言ってアデルがテーブルに置いたのは大きなチーズだった。絶対に「つい」で買って来るものでは無いと思う。すごく高級品とまではいかなくても、そこそこの値段はする。
「次はこれ。リュークさんが飲んでもいいのだけれど、お料理にも使えるかなと思ってね」
これはワインだ。レムのお酒で、よく料理にも使われる。お父さんが目を輝かせているけれど、私とお姉ちゃんは料理に使う気満々だ。
「そしてこれはティーラさんに。まだ今の時期は必要ないとは思うけれど、そのうち必要になるもの。受け取ってください」
アデルが母に渡したのは少し大きめのブランケットだ。ブランケットはかなり暖かそうで、それに綺麗な刺繍も施されている。秋になり始めて、夜になると段々風が冷たくなってくるので、母には必要かもしれない。
「最後はリーゼとアリシアによ。ナングルの実とアルメロよ。知ってるかしら?」
「わぁぁぁ!すごい!本当に貰っていいの?!ありがとう!」
椅子をガタッと音を鳴らしながら、姉が立ち上がった。本当に嬉しかったらしい。
ナングルの実は暑い地方で採れる果物で甘くて美味しいのだ。この街ではほとんど売っていない。そしてアルメロはそれよりも希少な果物だ。かなり高くて、食べたことはない。名前を聞いたことがあるくらいだ。お父さんもお母さんも目をまん丸にして驚いている。
「あ、そうそう。旅の帰りに街の北側によってきたんだけどそこに素敵な小物屋さんがあって、そこに素敵な髪飾りもあったのよ。買って帰ってきても良かったのだけど、リーゼもアリシアもまだ街の北側に出かけたことはないでしょ?せっかくだから今度一緒に買い物に行かない?」
「い、いいの?!北側でしょ?!」
今度は私が立ち上がって反応する。
だって、あの北側だ。北側には沢山の商会が並んでいて、お金持ちが沢山いるところだ。農民の娘なんかが行くようなお店はない。本当にそんなところに遊びに行っていいのだろうか…?
「お母さん、いいの…?お父さんも」
「アデルがいいって言うならいいんじゃない?」
「ほんと?!ほんとに?!やった〜!ありがとう!」
姉は急に興奮しだした私に少し不安そうな顔をしているが、私は大満足だ。
物心着いた頃から、服やリボンや可愛いものが大好きで、いつかは街の北側のお店に入ってみたいと思っていたのだ。
「いつにする?いつにする?!」
「そうねぇ、来週の週末辺りはどうかしら?」
「週末ならアリシアの学校も心配ないし、いいんじゃない?」
お出かけは来週の週末に決まりだ。
はぁ、待ちきれないよ…
いよいよ本編開始です。