プロローグ
凍てつく寒さが続く中、私、源夢花は今日も病室のベッドに横たわっている。
死の狭間に立たされ続けながら生きる日々はなかなかにつらいものがある。
ーー特に暇だといろいろ考えちゃうんだよね…
この病院に再び入院してから何年か経つが、今年に冬は一段と寒さがひどい気がする。
今日は雪が降っている。どうりで寒いはずだ。
冬は嫌いではない。寒ければ着ればいいだけであるし、雪の日のドレスは幻想的で映える。刺繡の施された長いトレーンやヴェールがあれば完璧である。
――うん、ほらね。やっぱり、綺麗だ。
そんなことを考えながら、ふと時計に目をやる。
もうすぐ「あいつ」の来る時間である。
間に合うだろうか、なんて不吉なことを思いながら、テーブルの上に散らかったスケッチを横目に、重い瞼を再び閉じた。
私は幼いころから体が弱かった。入退院を繰り返し、ようやく元気になったかと思えば、すぐに風邪をひいて家に籠りっぱなし。そんなこんなで幼稚園に行った記憶なんぞほとんどない。今考えるとお金がもったいないとすら思ってしまう。一つだけ覚えているのは、ほかのみんなよりも肌が青白い私を見て、「おばけがいる」と、泣きそうな顔で鼻くそ坊主が言ったことくらいだろうか。
いたいけな少女にそんなことを言わないでほしいものだ。
そんな私でも成長するにつれて体が少しは丈夫になって、学校にも行けるようになった。
友達もちゃんといた。体育に参加することはほとんどなかったが、それでも体育祭は楽しかった。
クラスメイト全員のTシャツをアレンジしたのは流石に大変だった。
身体を動かすことができない代わりに、誰にも負けない特技が私にもあった。裁縫だ。
狂ったように布を集め、押し入れに入りきらないほどのドレスを作った。
夢中になりすぎてミシンが使えないように、部屋のコンセントすべてにテープを張られて塞がれたのはいい思い出である。夜中の作業は流石に嫌だったらしい。
幼いころ病室で何もすることのない私に、母が裁縫を教えてくれた。
はじめはお気に入りのクマのぬいぐるみのお洋服。母の日のトートバッグや文化祭の衣装。数えきれないほど作ったが、何を作ったかすべて覚えている。
何かを作るたびに誰かがほめてくれて、私が作ったドレスを着て、嬉しそうにくるっと回る。
それがたまらなく嬉しかった。
「姉ちゃん、起きてる?」
少し不安そうな、だけれどもどこか嫌そうな声で、現実世界へと引き戻された。
「いま、まさにあんたの声で起こされたよ、、、」
「ならよかった」
そう言ってわたしが起きていることにほっとしたのか、よいしょといって窓辺の椅子に腰掛けた。
まだまだ若いの、におじさんみたいなことを言わないでほしいものだ。
「机の上散らかすのやめろっていつも言ってるよな」
「あー、ごめん」
「母さんも俺をこき使うしさ。明日は母さんがこっち来るって言ってたけどよ、まったく。」
ぶつぶつと文句を言いながらあっという間に片付けていく姿は、母そっくりである。昔からこんなことばっかりだから、もはやどちらが姉で弟かわからない。
片付けてもらったスケッチ達は持って帰って貰うように頼んだ。どうせここに置いてあっても、もう見ることもなくなってしまうだろう。弟はめんどくさそうな顔をしたが、引き受けてくれた。いつもそうだ。やさしい大人に成長したな、だなんて感傷に浸っていると、体がだんだんと重たくなってくる。
ーーあぁ、そろそろかもしれない。
そう思い、弟の手を精一杯握った。
「なんだよ」
「こう、ちーちゃんのウェディングドレス。わたしの力作だからって伝えてね。」
「千夏さん、姉ちゃんにも絶対みてもらうんだってダイエット頑張ってたよ」
「そっか、」
千夏は私の幼馴染で、一番の親友だ。体が弱かった私をいつも助けてくれたし、いつも私の夢を応援し続けてくれた。
あぁ、最後に幼馴染の結婚式くらいは見たかった。けれどもう限界みたいだ。
最後の力を振り絞り、私は必死に声を出した。
「…こう」
「ん?」
「ありがとう」
「…姉ちゃん?」
さっきまであんなに重たかったはずの体が、軽い。
私、死んだんだな。
親孝行もせず、親より先に死ぬ親不孝な娘でごめんなさい。
いいお姉ちゃんじゃなくてごめんね。
もっとたくさんのドレスを作って、世界一のドレスデザイナーになりたかった。
そして出来れば、自分の作ったドレスでバージンロードを歩いてみたかった。
まあ、死んでしまった私にはかなわぬ夢なわけだけれどね。
人生後悔ばっかりだ。まだ私27だよ。やりたいこと沢山あったのに。
神様、どうかもう一度私にチャンスをください。
いい子にします。机の上もちゃんと片付けます。
だからどうか、私を生まれ変わらせてください。できれば高級ミシンも一緒にだなんてわがままは言いません。
そんなことを考えながら、私、源夢花は死んだ。
はずだった。
皆様初めまして。夜凪と申します。夜に凪と書いて「よなぎ」と読みます。
皆様に少しでも物語を読んでいただけるよう、完結目指して頑張ります。
よろしくお願いします。