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予想外(よそうがい)、ただひたすらに、予想外

 職場(しょくば)業務(ぎょうむ)をこなしながら、脳内(のうない)スクリーンはコンビニ女子(じょし)店員(てんいん)ちゃんとの(おも)()()っていく。大抵(たいてい)のコンビニ(てん)はそうだろうが、職場(しょくば)(ちか)くのコンビニでは店員(てんいん)勤務(きんむ)シフトがあって。(よう)するに、(つね)(おな)時間(じかん)(たい)に、(おな)店員(てんいん)がいる(わけ)ではないのだ。


 ファーストコンタクトを()たした(あと)も、私は平日(へいじつ)(すべ)てを職場(しょくば)(ちか)くのコンビニ(がよ)いに(つい)やしていたけれど(この(ころ)(たん)に、(なに)(かんが)えず昼食(ちゅうしょく)()っていただけだ。食堂(しょくどう)に行くのは時間(じかん)勿体(もったい)なかったし、私は自分(じぶん)でお弁当(べんとう)(つく)()もなかった)、(のち)()しとなる女子(じょし)店員(てんいん)ちゃんと()うことは、そう(おお)くなかった。


 しかしコンビニには店員(てんいん)休憩所(きゅうけいじょ)があって、どうやら彼女は、そこから店内(てんない)にいる私の様子(ようす)()ていたらしい。私なんかを()(なに)面白(おもしろ)いのかは()からなかったけど。私が(つね)(ひと)りで、コンビニで()べものや()みものを()って(かえ)姿(すがた)は、女子(じょし)店員(てんいん)ちゃんの興味(きょうみ)()いたようだった。


『お(ねえ)さん、よく()るネ』


 その彼女から、そう()われたのはファーストコンタクトから一週間(いっしゅうかん)ほどが()った、ある()午後(ごご)三時(さんじ)ごろで。私はおやつを()いにコンビニを(おとず)れていた。(いま)のベンチャー会社は、社員(しゃいん)がおやつを()べることに寛容(かんよう)なのだ。


 そのとき(みせ)()いていて、レジの(まえ)にいたのは私だけで。女子(じょし)店員(てんいん)二人(ふたり)いて、()(すこ)()()()(きゃく)から(こわ)がられていた店員(てんいん)ちゃんが、私の会計(かいけい)をしてくれた。


 最初(さいしょ)()った(ころ)の彼女は()()()()だったけど、しばらく()ないうちに彼女は化粧(けしょう)(おぼ)えていた。(ああ、彼氏(かれし)ができたのかな)と私は(おも)ったものだ。そう(かんが)えながら、同時(どうじ)(さび)しさを(かん)じたのが(われ)ながら不思議(ふしぎ)だった。


『う、うん。職場(しょくば)(ちか)いからね』


 そう(かえ)しながら、つい彼女の胸元(むなもと)()()く。最初(さいしょ)()ったときには隙間(すきま)なく()められていた、コンビニ制服(せいふく)胸元(むなもと)は、(いま)はボタンが()いて(しろ)(はだ)()える。その胸元(むなもと)には十字架(じゅうじか)だろうか、アクセサリーがあって、まるで()(たか)い私の視線(しせん)誘導(ゆうどう)しているかのようだ。この(ひら)いた胸元(むなもと)とアクセサリーは、その()以降(いこう)もずっと()わらなかった。


『ふーん、大変(たいへん)だネ』


 敬語(けいご)など()らない、というような口調(くちょう)でそう()われて。彼女の(よこ)にいた女子(じょし)店員(てんいん)が、()()えて(あわ)てている。(きゃく)のプライバシーを(かんが)えれば、こんなに失礼(しつれい)()()けもないだろう。


 しかし私は、(わら)ってしまった。そうか、私は大変(たいへん)だったのか。その(とお)りだった。ずっと職場(しょくば)(しば)()けられて、およそヘルシーとは()えない(しょく)生活(せいかつ)()いられている。そんな私の姿(すがた)を彼女は()てくれていたのだ。そして、気遣(きづか)ってくれたのだから(おこ)()なんか()きなかった。


 私が(わら)って、()(まえ)の彼女も一緒(いっしょ)(わら)う。(となり)女子(じょし)店員(てんいん)は、(なに)()こっているのか()からない様子(ようす)(こま)っている。(ほが)らかな(わら)(ごえ)(かさ)なって、オフィス(がい)でこんな(ふう)(わら)ったことがあっただろうかと私は(かんが)えていた。




 普通(ふつう)、コンビニというのは店長(てんちょう)がいて、店員(てんいん)敬語(けいご)などを(おし)えるんじゃないかと(おも)うのだが。どういう(わけ)だか、私の()しとなった女子(じょし)店員(てんいん)ちゃんは(とく)敬語(けいご)(おぼ)えることもなく、『いらっしゃーませー』、『ありあとござましたー』の(ふた)つで接客(せっきゃく)()(とお)していた。


 そもそも私は店長(てんちょう)()たことがない。現場(げんば)()てこないタイプなのだろう、たぶん。()ったことはないけど、外国人(がいこくじん)パブというような(ところ)にいるキャストは、()しの店員(てんいん)ちゃんが(はな)すような敬語(けいご)()きの口調(くちょう)(きゃく)(せっ)するらしい。そういう接客(せっきゃく)(よろこ)ばれているのなら、きっと問題(もんだい)ないのだろう。


 私の(ほう)(へん)なのだろうが、もう私は()しの女子(じょし)店員(てんいん)ちゃんと、敬語(けいご)()きで(はな)機会(きかい)()るためにコンビニへ(かよ)っているようなものだった。なるほど、(いま)の私は男性が外国人(がいこくじん)パブへ(かよ)()()ちが理解(りかい)できる。可愛(かわい)(おんな)()気安(きやす)(はな)せれば、そりゃあ(たの)しいに()まっているのだ。


 そして私は、自分が(ふか)みにハマってしまったのを自覚(じかく)している。今風(いまふう)()えば、(ぬま)にハマったのだ。(すこ)(まえ)までは、彼女は私に()っての()しであって、ただ(なが)めていれば満足(まんぞく)だった。なのに(いま)は、それだけでは後悔(こうかい)すると()かってしまった。


 私はベンチャー会社の派遣(はけん)社員(しゃいん)という、不安定(ふあんてい)立場(たちば)だ。何時(いつ)職場(しょくば)()わってもおかしくない。()店員(てんいん)ちゃんだって、いつまでコンビニでバイトを(つづ)けるか()からないのだ。(なに)(こう)(どう)()こさなければ、私と彼女は、すぐに疎遠(そえん)になるだろう。


 私は彼女と、仲良(なかよ)くなりたかった。コンビニに(かよ)(きゃく)店員(てんいん)という関係(かんけい)だけで()わりたくなかったのだ。自惚(うぬぼ)れと(わら)ってもらって(かま)わないが、彼女は私に好意(こうい)()っている()がするし。以下(いか)根拠(こんきょ)()べてみたい。


 私と出会(であ)ってから()もなく、()店員(てんいん)ちゃんは化粧(けしょう)(おぼ)えて、胸元(むなもと)()けるようになった。そして彼女は、基本(きほん)接客(せっきゃく)塩対応(しおたいおう)なのだが、私には愛想(あいそ)()くなるのだ。つまり彼女は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが私の(かんが)えである。


 まるでストーカーのような思考(しこう)だ、それは(みと)める。客商売(きゃくしょうばい)だから(おも)わせぶりなことを()って、(みせ)にお(かね)()とすように仕向(しむ)けているだけだという反論(はんろん)もあるのだろう。それに(さい)反論(はんろん)したいのだが、コンビニの店員(てんいん)が、そこまでするだろうか? ホストクラブじゃないんだから。


 私の()店員(てんいん)ちゃんは、むしろ(なん)にも(かんが)えず、ただ私に好意(こうい)()けているだけじゃないのか。その好意(こうい)が、どれほどかは()からない。()ってしまおう、私は彼女と恋人(こいびと)同士(どうし)になりたいのだ。だけど彼女は()たして、私と同程度(どうていど)(おも)いを()っているのだろうか?


「あれ、お(ねえ)さん。仕事(しごと)()わったノ?」


「うん。(いま)(かん)ビールを()って(かえ)るところよ」


 そして現在(げんざい)午後(ごご)六時(ろくじ)()ぎ。脳内(のうない)スクリーンの上映会(じょうえいかい)(すで)()わって、ある()の私はコンビニのレジ(まえ)で彼女と対峙(たいじ)している。(いま)(さら)だが、仕事中(しごとちゅう)()しの姿(すがた)脳内(のうない)上映(じょうえい)するのは()めたほうがいい。(こい)(やまい)加速(かそく)させるばかりで、そうやって()のオタクは()(ほろ)ぼしていくのだろう。


「へー。お(さけ)()むんダ。(つよ)いノ? あたしは結構(けっこう)(つよ)いヨ」


(つよ)(ほう)だと(おも)うわ。大抵(たいてい)種類(しゅるい)()んでるわね、(ひと)りで」


 今日(きょう)はレジ(まえ)に私以外(いがい)(きゃく)もいなくて、(ほか)店員(てんいん)休憩所(きゅうけいじょ)にいるようで。私と()店員(てんいん)ちゃんは二人(ふたり)きりで(はな)していた。これはチャンスなのだろう。普通(ふつう)連絡先(れんらくさき)交換(こうかん)から(はじ)めるんだろうけど、そんな悠長(ゆうちょう)手間(てま)をかけたくない。男性(だんせい)(きゃく)が彼女を口説(くど)いてきたら手遅(ておく)れなのだ。私の心臓(しんぞう)鼓動(こどう)は、彼女に()かれるんじゃないかと(おも)うくらい高鳴(たかな)っていた。


「ねぇ、()いていい? 貴女(あなた)、私のことを()き?」


「うん、()きだヨー。お(ねえ)さんは?」


 どの程度(ていど)の『()き』なのかは()からない。それで()かった。ここで恋人(こいびと)がいるかを()()はないし、カミングアウトする勇気(ゆうき)も私にはない。だから、これが私の精一杯(せいいっぱい)だ。


「もちろん()きよ、大好(だいす)き。だからね……()かったら週末(しゅうまつ)(やす)みを()わせて何処(どこ)かに()かない?」


 しつこく()きまとえば警察(けいさつ)沙汰(ざた)になりかねない。それは彼女に迷惑(めいわく)だろう。これで(ことわ)られたら、もう(あきら)めようと(おも)った。


 日本(にほん)がバブルで(いきお)いづいていた(ころ)は、東南(とうなん)アジアの少女(しょうじょ)日本(にほん)(じん)男性(だんせい)()()()()()()()く。私がやっているのは、それと()たようなことだろうか。コンビニで(はたら)いているアジア(じん)の彼女を、結婚(けっこん)もできない私が口説(くど)行為(こうい)(ゆる)されるのか。立場(たちば)(よわ)いものへのハラスメントではないのかと、そんなことを私は(かんが)えた。




 その週末(しゅうまつ)。私は都内(とない)のホテルで()()ました。


 飲酒後(いんしゅご)寝起(ねお)きは(のど)(かわ)く。うーん、と()()ばしてベッドから()()がろうと()()いた。()んだ(りょう)(おお)いけれど頭痛(ずつう)はない。ジンが二日(ふつか)()いになりにくいというのは本当(ほんとう)のようだ。


「あー、お(ねえ)さん()きター? はい、お(みず)


「ああ、ありがとう……」


 室内(しつない)(そな)()けのペットボトルを、私の()しちゃんが手渡(てわた)してくれる。キャップを(はず)して(みず)()みながら、次第(しだい)意識(いしき)がハッキリしてきた。さあ、現実(げんじつ)()()時間(じかん)だ。


「どうしたノ、お(ねえ)さん。ひょっとして、記憶(きおく)がないノ?」


「いや、ちょっと()って。記憶(きおく)はあるのよ、ただ混乱(こんらん)しててね」


 記憶(きおく)はあるのだが、(のう)(なか)時系列(じけいれつ)(じゅん)になっていなかった。現状(げんじょう)確認(かくにん)すると、ここはラブホテルではない。ラブホテルの(まど)から、こんな高層(こうそう)景色(けしき)東京(とうきょう)タワーが()える(わけ)ないのだ。


 (いま)日曜日(にちようび)朝方(あさがた)で、私と彼女はキングサイズのベッドにいる。()しちゃんは(さき)()きてシャワーを()びたようで、バスローブ姿(すがた)だ。私はホテルのパジャマに()(つつ)んでいた。


「ちょっと()っててね、問題(もんだい)ないわ。(おぼ)えてるの、(おぼ)えてるのよ。ただ、ちょっと予想外(よそうがい)で、戸惑(とまど)ってるだけで。結果的(けっかてき)には大成功(だいせいこう)なんだけど、これで本当(ほんとう)にいいのかなぁって(おも)っている私もいるの。色々(いろいろ)(かんが)えを整理(せいり)したいから、(すこ)しだけ時間(じかん)をくれないかしら」


「うん、いいヨー。あたしはお(ねえ)さんの(まえ)で、(ちゅう)(けん)ハチ(こう)のように()ってるヨ」


 ベッドの(うえ)両手(りょうて)()いて、()しちゃんは胸元(むなもと)のアクセサリーを()せるような姿勢(しせい)で私を()っている。どうして、こうなったのか。(さかのぼ)って私は昨日(きのう)、つまり土曜日(どようび)記憶(きおく)時系列(じけいれつ)(おも)()こしていった。

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