95.邪悪な三人組と龍人
龍人・蒼の前には、三人の人間が並んでいた。
一人は女。年の頃は二十代前半、黒髪の小柄な娘だ。
もう一人は娘よりも少し年上の男だ。ほっそりとした体付きで、顔立ちも屈強の真逆を行くような優男だが、なにがしかの訓練は受けているようにも見える。
そして、最後。女ではないが、男でもない。そもそも人ではない。人の形をした何かだ。闇を塗り固めて人の形を模し、美しい顔を貼り付けたような生物。
(珍しい組み合わせだ)
一人は、魔素を纏わぬ娘。もう一人は逆に魔素が体の奥まで染みついた男。そして、最後は異形。三人の中に上下関係は見られない。異形が二人を従えているわけでも、二人のうちだれかが異形を隷属させているわけでもなさそうだ。
蒼は、蒼龍族の族長と薙尊国の女との間に生まれた。今は、龍の国と薙尊国の橋渡し役を担っている。蒼は他の龍人と違って、言葉を発して対話をすることが出来る。龍人はお互い思念で会話するため、会話のために口を開くことは少ない。父の側女であった母から薙尊語を教わり、成人と同時にこの役職を得た。誰もが汚れた地に降り立ったと嘲笑していたが、彼は構わなかった。龍の国でもそしてこの薙尊国でも異質な目で見られることは変わりない。
蒼は人の顔かたちをしていて、体躯も人間そのもの。顔の縁に薄っすら蒼を纏った白い鱗がある。その鱗は手の甲や足先にもちらほらあって、その鱗さえなければ人と変わらないだろう。ただし、肌の色は人と異なる。薄っすら薄雲が混じった青色をしている。後は目だ。こればっかりは、人の瞳とは異なる。
薙尊国は元々、龍の国を追放された龍人が作った国だ。土着民と交流を重ね、今の国になった。そのためか、国の上流階級の者たちには、特に瞳に龍人の特徴が出る。常盤の巫女などそれが顕著だ。彼女にははっきりと金の瞳孔が刻まれている。
蒼の母は違う。彼女は平民であり、たまたま蒼龍に見初められた運の悪い人だ。そのまま攫われるように龍の国に移り住み、蒼を生んだ。それからひっそり親子で暮らしてきた。いつか母国に帰れることを夢見て。蒼は、父である蒼龍に請うて、母と共にこの国での生活を望んだ。父は龍人に「蒼」という名を与え、薙尊国での役割を与え、この国に留まる大義名分を用意してくれた。
さて、目の前の三人に意識を戻そう。
常磐の巫女の仲介で、紹介された三人組。彼らに、龍の国への道筋を付けてやって欲しいとのことだった。蒼は、限られた者しか使えない清浄門の通過を、彼が認めた者に限り特別に許可できる権限を与えられてた。今のところその権限を使う機会はなかったが、彼らにその許可を与えて欲しいというのが、常磐の巫女の要請であった。
彼女には恩がある。母が穏やかな生活を送れているのも、巫女のおかげだ。だからこそ、可能な限りその期待に応えたいのだが。
アマネ・リアとかいう娘と目が合う。アマネは「へへへっ」と愛想笑いを浮かべる。少し下に視線をやれば、悪徳商人のように手を揉んでいる。
(この三人組は龍の国で何をしようというのか)
嫌な予感しかしない。
巫女の願いであっても、蒼にとってはあまり居心地の良くなかった龍の国であっても、邪悪な者を通すわけにはいかない。それくらいの郷心は蒼にもある。
龍の国に行く方法は、清浄門以外にもある。霊峰「九龍山」から行くルートだ。ただし、清浄門は、通り抜ければすぐに龍の国だが、九龍山の場合は、すくなとも三年はかかる。彼らは何らかの理由で近道を使って龍の国に行きたいのだろう。
(だが、清浄門の門番として邪悪な者を招き入れるわけにはいかない)
蒼と三人組は宿の奥座敷で対面していた。上座に蒼が座り、その前には膳が据えられている。豪奢な食事と、なぜか生肉。正直、生臭くてかなわない。何故か、生贄というか供物を連想させるが、蒼は基本的に食事は必要ない。
蒼は遠回しに何かを言うことを苦手としていた。だから、率直に告げた。
「オマエラジャアク。リュウノクニ、イレタクナイ(お前ら邪悪。龍の国、入れたくない)」
3人が3人ともきょとんとする。龍人は続けた。
「ドウシテモキタイナラクーロンサンカラハイレ(どうしても来たいなら九龍山から入れ)」
アマネはぽかんと口を開けて呆けている。
クロムは口を引き結んで、瞠目している。
もう一人、得体の知れない男は、艶のある黒髪を一房つかみ、枝毛を探し始めた。
蒼が立ち去った瞬間、アマネはアモンに掴みかかった。
「てんめーのせいだぞ!!この肝臓悪魔がっっ!!」
飛び掛かった手を絡め取り、アモンとアマネは、腕を肩当たりまで上げ、両手をつなぎ合わせる格好で対峙する。
「誰が肝臓悪魔ですかっ。わたしはまだしも三人とも邪悪と判じられたんですよ?わたしだけのせいじゃないでしょうにっ!!」
アモンが言い返したと同時に、アマネは額をアモンの額に付けてにらみ上げる。
「いいや、お前のせいだね。お前だけのせいだね!!」アマネは断じる。
「ったく。あまりの捨て台詞に僕も呆けてしまいましたよ。「他人を邪悪という人が邪悪なんですぅー」くらい言い返せればよかったんですが」
クロムが嘆息交じりに言う。
「そう、それそれ。失礼しちゃうよね、まったく。そりゃあさ、自分のことちょっとは性悪かなとは、思ってたけど」
(アマネさんの中で、邪悪>性悪なんだ・・・・・・。でも実際どっちが悪質なんだろう?)
「でも、どうします?実質、龍の国出禁ですよ?行ってもいないし、やらかしてもいないのに」
クロムが言った。
「やらかす前提だったじゃないですか。あの龍人はそれを察知してわたしたちに来るなと言ったんでしょう」
アモンはアマネを突き飛ばし、着席する。突き飛ばされたアマネもすごすごと自席に戻る。
「仕方ない。プランBだ」
真面目な顔でアマネが言った。
「プランBって・・・・・・」
「今から考える」
と、そこに「失礼します」という声が割って入った。襖が開き、年若い給仕が顔を見せる。
「あの、お客様にご面会の方がいらしゃっています。これを見せれば分かる、と」
そう言って、給仕の娘はすすっ、と部屋に入り、布に包まれた印籠を見せた。その紋を見た瞬間、3人は輪になって、拳を握った腕を引き、ガッツポーズを決める。
(鴨がネギをしょってやってきた)
三人は同時に同じことを思った。
蒼の言った「邪悪」は、あながち間違っていないのかもしれない。




