78.表(くろ)
女神を奪われた国の人間が、彼を喚んだ。
普段なら無視をするのだが、この日だけ違った。退屈しのぎに小さな虫けらと戯れようと考えたのだ。人間と契約し、人間の世界に降り立った。
地獄とは違う世界は、彼を魅了した。時折、上位悪魔が人間の世界に昇った後、中々戻ってこないと聞いていたが、確かに噂に違わず面白い。
彼が降り立った国は、ロフルト教皇国という国だった。女神を信奉する国だが、肝心の女神がいない。聞けば、奪われたという。奪った国は、聖ケイドン魔法国といった。
(なるほど。奪われたか・・・・・・)
解釈の違いというのだろう。が、それを正すつもりはない。その方が面白そうだ。
ロフルトは、魔法障壁を消滅させるために、邪法の贄となる聖女の召喚を度々行っていた。毎年、降臨祭の折に行うが、滅多に成功することはなかった。
だが、彼は知っている。確かに、天上から聖女を召喚することは容易くなかったが、その代わりに幾つもの魂が召喚されていることを。異界から呼び出された魂は、器となる誰かの体に溶け込み、魂の記憶を持ったまま覚醒した。聞けば「転生」というらしい。
転生者は実に面白い。この世界にはない知識を保有し、この世界を変革していく。その魂の輝きは、天命図を見れば一目で分かった。
彼は、転生者の人生を追うことに夢中になった。途中、フェネルという男と契約し、大老という実に便利な立場を得た。彼の大好物は混沌、悲嘆、狂乱だ。レイルルという教皇を惑わし、世界に戦争を呼び寄せた。そうすれば、転生者はもっと輝き、彼の想像を超えた何かをもたらしてくれるはずだ。
ゲームを行う上で、彼は自分に制約を課した。それは、悪魔の力を封印することだった。レイルルを惑わしたのも、あくまで人の力の範囲内であった。
トリトとギーラン、ニーカという若者が戦争終結に向けてもがく姿も滑稽だった。特にトリトは国境を越えて志を同じくする者を集め、戦禍を縮小させていった。このまま放置すれば、彼の娯楽が消える。それは困る。大老としてケイルルを操っていたが、そのことに疑問を持ったのもトリトとギーランであった。ギーランという男は興味深かったが、邪魔だった。大老の地位をフル活用し、教皇になったギーランを聖女召喚と秘術行使に追い込んだ。
やりすぎたと気づいたのは、ギーランを消した直後であった。
(戦争で随分と「転生者」が減った・・・・・・)
彼は、スフォンという少年を教皇に推した。つい先日までロフルト教の信徒でもなかったが、その聖力の保有量はずば抜けていた。聖女召喚の術を何回か繰り返しても、死ぬことはあるまい。事実、聖女の召喚は成功しなかったが、魂を招くことはできた。
15年前、10人の転生が確認できた。他国の人間に宿ったため、四六時中の追跡は難しく、天命図でその様子をうかがうくらいしかできなかった。一度に、同じ世代が10名も墜ちてくることは珍しいことだった。5名は同じ国、同じ貴族社会の中にいた。残りはすぐに消えたから、亡くなったかそれとも天命図の及ばない地域、龍の国あたりに墜ちたのかもしれない。あのあたりもこの世界に実在する異界のような存在で、彼は手出しが出来なかった。
ラティエース・ミルドゥナ侯爵令嬢。
エレノア・ダルウィン公爵令嬢。
アマリア・リー男爵令嬢。
バーネット・カンゲル男爵令嬢。
そして、カスバート・ケトル。
特に、上記4名は、天命図において実に奇妙な動きを示した。バーネットは奇矯な軌跡を描き、ことごとく3人の星に衝突していく。衝突し、はじき返され、軌道変更してはまた衝突する。だのに4名とも砕け消えない。
彼もフェネルという皮を脱ぎ捨て、本来の姿で彼女らの動向を見守りたかったが、そうもいかなかった。フェネルとして長年過ごしたお陰で、急に姿を消すことは出来なかった。本物は使い道があるかもしれない、と地下牢に放り込んでいたが、今更、交代というわけにもいかなかった。4人の動向も気になったが、ロフルト教皇国をおざなりにではできない。
フェネルの意に反するようになったスフォンを、秘術行使のどさくさに紛れて害し、本物のフェネルと同じ牢に放り込んだ。そして、アカネという少女を教皇にした。聖女が聖女を召喚し、秘術行使を行えばどうなるのか。面白そうだ、と思ったのだ。
そうこうしているうちに、あの4人の決着がついた。バーネット・カンゲルはマクシミリアン謀反の幇助の罪でマクシミリアンと共に幽閉。その前にも国内外で問題を起こしていたため、皇子と共に身分を剥奪された。救国の令嬢たちは国を出奔し、新たな地で生活を始めたという。決着が付いても、三人の星の輝きは相も変わらず消えていなかった。見れば、3人の軌道はビジーノの軌道に沿っていた。聖女が召喚されると、交差するようになった。
彼は高揚した。聖女が聖女を使って秘術を行使し、それに3人の転生者が交わる。何かが起こる。混沌か狂乱か、それとも安寧か。面白い。見てみたい。
もっと、もっと、楽しませてくれ。今更、地獄に戻っても退屈な日々を過ごすだけだ。同胞を蹴落とし、位階を上げる作業も、それなりに楽しんで過ごせるが、やはり、人間が決断し、行動する処を眺める方が良い。
戯れで、波紋を起こし、少し小石を投げ入れるだけでもっと面白くなる。足掻き、もがき、苦悩の末の決断を、その魂の輝きを見せて欲しい。
翌日。
フェネルが登庁すると、「宮」がにわかに騒がしかった。
「何があった?」
適当な礼をして小走りで通り過ぎようとする年若い信徒に声を掛ける。
「それが・・・・・・」
信徒はフェネルから顔を逸らし、唇を震わせる。よほど言いにくいことが起こったらしい。
「いいから、言え!」
「それが、情報が錯綜しておりまして。聖女様があの三人の世話係と逃げただとか、残りの一人だけが不明だとか・・・・・・あと、あと・・・・・・」
フェネルは辛抱強く待った。ここで追い打ちを掛ければ、信徒は恐怖で口をつぐんでしまう。
「聖下が秘術行使の瞑想に入ったとか・・・・・・。法陣の準備ができ次第、聖典奏上の段に入るとかで」
(馬鹿な・・・・・・)
「聖女がおらぬのに、どうして・・・・・・」
これ以上、情報は出てくることはない。フェネル自身が宮に行き、新設された廟にいる教皇に問い正さねばならない。しかし、廟の出入り口は天罰官と神兵軍の兵士によって封鎖されていた。
「なりません、大老」
「どけっ!聖下をお止めせねば」
強行突破しようとするフェネルを門番たちは体を張って止める。
「何故ですか?ようやく聖下はご決断なされたのですぞ」
「未だ早い!法陣にも力が満ちてない」
「聖下のご決断ですぞ!!」
この国では、教皇が絶対だ。それも、フェネルはロフルトの悲願である秘術行使を阻止しようとしているのだ。どちらが悪かは歴然だ。それでもフェネルは言いつのる。
「聖女がいないと聞いたぞ!それなのに、秘術行使など出来るわけが・・・・・・」
(せめてわたしの目の前でやってくれ・・・・・・)
「フェネル大老。これ以上、騒ぐのであれば、拘束しますぞ」
そう最後通告を行ったのは、神兵軍の将軍、マーカス・ジェノであった。屈強な体躯に、白銀の鎧を纏った男がフェネルに臆すること無く言い放つ。
どうしようか。自らが課したルールを覆し、悪魔の力でこいつらを排除するか。
と、そのときであった。廟の扉がゆっくりと内側から開く。
「騒がしいぞ」
扉から姿を現したのは、ビジーノであった。眉をひそめ、扉の前の騒然した様子にさらに顔をしかめる。
「何事か」
フェネル以外の者たちが膝を折り、臣従の証を示す。立ち尽くしているのはフェネルだけであった。しかし、ビジーノはそれを咎める気はないようだった。
「はっ。フェネル様が祈りの場に押し入ろうとしたところをお止めしておりました」
「フェネル。何故、そのようなことを?」
「秘術行使はまだ早うございます。聖下、焦ってはなりませぬ。もう少し聖女様と絆を深められてからでも遅くはございません・・・・・・」
フェネルは頭を下げて教皇に意見した。
「その聖女だが、昨晩、逃亡を謀ったと聞いた。何か知っているか?」
「いえっ。それで聖女様が・・・・・・」
弾かれたように顔を上げると、どこか白けた表情の教皇と視線がかち合う。
「ところが、その逃亡を謀ろうとした聖女たちは余に庇護を求めてきた。誰かが余と聖女の仲を決定的に壊そうとしたのだろうな。余の名を使って修道女を使わし、逃亡ルートまでご丁寧に教えて。そこにはお前が目を掛けている天罰官と神兵軍が配置されていたそうだ。・・・・・・そなたの耳には何も入っていないか?」
「いえ・・・・・・」
今日のビジーノはどこかおかしい。いつもの疑心暗鬼と厭世観に纏われた教皇の姿ではない。それよりも怒りが勝り、それが彼女を覇気あるように見せている。
「ルートの出口に兵を配置したのは、そなたの命だと聞いておるが?」
「知りませぬ!」
フェネルには本当に心当たりがなかった。もちろん、教皇と聖女の関係が絶望的だということは分かっていた。だが、もう少し様子を見ようと思っていた。どちらに転がっても、それはそれで面白いと思っていたからだ。
(誰だ。誰がそんな勝手な真似をした・・・・・・)
長老会のメンバーの動きは把握している。強行派と穏健派のどちらもフェネルの意図によるものだ。あいつらは金と権力しか興味がない。会議が一向に進まないのも、フェネルがそうするよう指示をしていたからだ。お互いグルなのだ。妥協点を探らない会議などただ時間が過ぎるだけの場だ。教皇は退屈げにそれを見て過ごす。頃合いを見て、フェネルが甘言するつもりだったのだ。「聖女を○せ」または「秘術をやってみろ」と。どちらにするかはその日の気分次第だ。
「まあ、よい。聖女は無事だったのだからな」
ビジーノは素っ気なく言った。ところで、とビジーノはフェネルを見据えた。
「お前は誰だ?」




