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転生令嬢の生存戦略のすゝめ  作者: 草野宝湖
第二編
77/152

77.裏(しろ)

 ラティエースを先頭に閑散とした地下道を進む。ユリは眠たげな目をこすりながら、エレノアに手を引かれていた。その後ろにはアマリアが続く。

 ウェルチカは約束の刻限に、見張りに薬を盛った。

 準備を整えたラティエースたちはソッと部屋を抜け出し、寝こけている見張りの横をすり抜け地下道を進んでいた。

 聖都ロフルトは、元々、旧時代の遺跡を土台にして作られたという。使える建物はそのままに、そして朽ちた建物は、その上に新しい建物を作った。ラティエースたちが滞在した宿舎は均した土地の上に作られた物だったのだろう。地下のそこかしこには、柱の跡や女神の石像もそのまま残っていた。此処には、一大文明が花開いてたいのだろう。ゆっくり堪能したいが、残念ながらそういう場合ではない。

 ラティエースは先頭に立ち、慎重に奥に進んでいた。そうして歩き続けて四半刻。

「この辺でいいか」

 そう言って、ラティエースは歩みを止めた。そこは地下道の踊り場のような場所であった。4人が一休みできるくらいの空間は確保されている。

「じゃあ、さっき話したとおりに」

「本当に一人で大丈夫なの?」

 エレノアはラティエースに荷物を手渡しながら言った。

「むしろ一人の方が動きやすい」

「あっそ」

 エレノアが目を細めて吐き捨てる。

「ねぇ、ラティ。ウェルチカちゃんの言うこと、本当に嘘なの?教皇様は本当に逃がそうとしてくれたんじゃないの?」

 アマリアが不満げに言った。

「それならもっと確実な方法をとる。少なくともレンを使うはずだ」

「そうだけど・・・・・・」

 アマリアの心配も分かる。もし教皇の好意が本当だったら、せっかくの逃亡の機会を失うことになるのだから。

「それにユリはウェルチカを信頼していない。だって、ね」

 言って、ラティエースはユリを見る。ユリはすでに目が覚めていた。

「あの人が、帰れないって言った。生け贄になって死ぬんだって」

 ――――――帰れませんよ?あなたは生け贄になって死ぬのだから。

 そう言ってユリを絶望の淵に追いやったのは、ウェルチカだったのだ。当初は気がつかなかったのだが、ふとしたときにウェルチカが黒縁眼鏡を外した。その顔に見覚えがあった。ユリは腰を抜かしそうになったが、何とかこらえて平静を装った。ラティエースたちだけに打ち明け、それからウェルチカの行動に警戒するようになったのだ。決して、こちらが疑っていることを悟られないように。

「・・・・・・そんなことを言う人が、わたしらの逃亡を素直に手伝うと思うか?」

 ラティエースがアマリアに向けて言えば、アマリアも観念したようだった。

「分かった。ラティとユリちゃんの直感を信じる」

 アマリアの賛成も勝ち取り、ラティエースは満足げに微笑む。

「じゃあ、わたしたちは元来た道を戻るわね」

「うん。わたしは、この地下道を一通り探索してから戻るよ。エリーは戻ったら、見張りをたたき起こしてトリト卿にこれを渡してくれればいい」

 そう言って、ラティエースはメモを手渡した。

「・・・・・・分かったわ」


 さらに半刻後。ラティエースは人の気配を感じ、耳を側立てた。レン一人の足音を想定していたが、足音は二人。

(まさか、追っ手か・・・・・・)

 ラティエースは戸惑う。地下道に逃げ道はない。

(二人なら何とか相手できるか・・・・・・)

 ラティエースはナイフの柄に手をやる。

「ラティ、僕だ」

 聞き慣れたレンの声に、ラティエースは安堵する。レンには連れがいた。

「天罰官フィン・スレイ・・・・・・」

「先日はどうも」

 明らかに憮然としているフィンに、レンが苦笑する。

「さすがに僕だけじゃ心許ないし、説得力がないからさ。彼に付き合ってもらったってわけ」

 あまり他人を信用しないレンが連れてきた相手だ。それなりに頼れそうだ。

「聖下への忠誠心は僕と引けを取らないから」

(なるほど。こいつもレンと同じか)

 そして、フィンはレンよりも一つ高い第三席。

「・・・・・・フィンの方が思いは大きいみたいだな」

「それは違うよ。僕はちょっと上層部に嫌われているだけで、実力は第二席に匹敵するさ」

 口元の端をひきつらせながらレンが弁解した。

「先月の訓練で秒で瞬殺されたくせによく言うぜ」

 フィンが吐き捨てる。

「上層部受けも大事だけと思うけどね」

「うっさいな。すぐに追い越すさ」

 で、とラティエースは声色を変えた。

「エレノアたちは?」

「大丈夫、師匠が保護した。向こうにもばれてないよ」

「そんで、この地下道を探索して何になるんだ?」

 低い声色でフィンが話に割って入る。

「この罠が長老会か教皇か確認することが一つ。あとこの地下道がいずれ逃走経路に使えれば、と思いまして」

「それ、俺に言って良いのか?」

 自分の考えをあっさり開陳するラティエースに、フィンは不審な目を向ける。さすがはレンの友人だ。レンと同様の扱い辛さがある。

(ラティエース・ミルドゥナ・・・・・・・)

 彼女の名を知らぬ者はいない。エレノア・ダルウィン公爵令嬢と並ぶロザ筆頭貴族の娘。元ミルドゥナ侯爵の娘で、その地位は弟に引き継がれている。その弟も若いながら優秀で、頭角を現していると聞く。

 マクシミリアンの乱でも死者を出さずに街を守り切り、乱の収拾に身を削って、さらには放逐されることを厭わなかったという。その後はラドナ王国に身を寄せ、商会経由で細々と商売をしたり、身寄りのない子どもを引き取り孤児院を経営したりと、一見、クリーンな生活をしているようにみえた。

 しかし、間近に見るラティエースはその評判とは違う印象だ。ロフルト教皇国の聖女にまつわる水面下の権力争いに一石を投じ、必要ならば教皇の寝所まで突撃する女だ。少なくともただの貴族令嬢ではない。

「じゃあ、行こうか」

 ラティエースの言葉に、二人は異論を唱えず、3人は歩き出す。

 しばらく無言で歩いていると、フィンがピタリと足を止めた。2人も止めた理由を問うことはせずに、足を止める。

「誰かいる・・・・・・」

「出口側の兵士かな・・・・・・」

 中々姿を現さないラティエースたちを捕まえるために出口で張っていた兵士が、急いてやってきたことを想定した。

「いや・・・・・・。うめき声?」

 フィンが言って、ラティエースにもその声が聞こえた。前からだ。

 3人は顔を見合わせ、再び歩き始める。向うは声が聞こえた方角だ。廊下を進み、分かれ道では声のする方を選んで進む。

 近づくにつれ、声が大きくなり、それと共に鎖の音も混じって聞こえた。

 誰かがもがいている。鎖を引きちぎろうと暴れるているのだ。一体、何故、こんな処に鎖につながれた人間がいるのだろうか。

「此処、秘密の拷問部屋か何かあるのか?」

「いや・・・・・・。此処は特にそんな施設はないはずだ」

 フィンは首を左右に振って答えた。少なくとも天罰官は把握していない。

 うめき声。叫び声。鎖の音と水の音。ウェルチカが言っていた地下水道が近いのかもしれない。

 細い通路を進むと、石造りの階段に行き着いた。ここから外に出る道が続いているのだろう。ウェルチカの言ったとおりである。階段側には手すりのようなものが設置されているが、長らく使われていないことが分かる。

 階段を降りていくと、声はさらに明瞭になる。階段の幅も狭まり、降りきるとさらに道は細くなり、人が一人通れるくらいの狭さであった。一本道を進み、ようやく分かれ道に出る。一方は扉が、もう一方は先に続いていた。そして、声は、その扉の向こうから響いていた。

「出し・・・・・・。許し・・・・・・。○してくれ・・・・・・」

 うなり声と共に求める救助の声。3人は扉に近づき、フィンが扉を押すと、鍵は掛かっておらず、すんなりと開いた。扉の向こうには、鉄格子が降りていた。中は意外にも広かった。しかし、灯りも無く、目をこらして、ようやく二つの影を認めた。

 痩せた老人が鉄格子の前に座り込み、格子を掴んでいた。しわがれた声で助けと求めている。垢と糞と尿の匂いが強烈で、扉を開けた瞬間に、3人は顔を顰め、口を手で覆った。それぞれそれなりの劣悪な環境は慣れているが、此処はさらに強烈であった。

 もう一つの陰は隅に丸まって、ピクリとも動かない。

「助げ・・・・・・。もう、いいがら・・・・・・」

 鎖の音に混じって、老人は言う。

「おい、お前。お前は誰だ」

 フィンが問いかけても返答はない。

「誰だ、お前」

 フィンが重ねて問う。

 老人は涙に濡れた顔で助けを求める。格子と格子の間から鶏ガラような手を伸ばす。

「・・・・・・フェネル」

 はっ、とフィンとレンが瞠目する。彼らの知るフェネルとは似ても似つかない。

「レン、開けられる?」

「いや。聖法が掛けられている。解除の法は・・・・・・。駄目だ、高度な封印だ。専門家を呼ばないと駄目だね」

「じゃあ、回復聖法を掛けることは?」

「それならできるよ」

 レンは言って、老人に聖法を掛ける。フィンは手持ちの水筒と干し肉を手渡してやった。老人の食事を待って、再び、フィンが問いかける。

「おい。お前がフェネル様ってどういうことだ?影武者だったのか?」

「違う。最初は、あちらが影武者だった・・・・・・。わしは、わしは、教皇の地位を望み、あいつに願ったのだ。あいつは、ケイルルを排除したが・・・・・・。ううっ、わしは戦争続きの中、教皇になることが恐ろしくなった。そうしたら契約反故だとかで・・・・・・」

 そう言って、老人は首を振って、「ううっ」と呻く。

「あいつは、わしが召喚し、契約した悪魔だ」

 なっ、とフィンが瞬く。

「貴様、邪法を!!」

「でっ、出来心だったんだ!まさか本当に召喚できると思わなんんだ。許してくれ、許して・・・・・・」

「待って」

 老人に掴みかかろうとするフィンに、ラティエースがすかさず割って入る。

「じいさん。そしたら、今のフェネルは人間ではなく悪魔なんだな?」

 そうだ、と老人は肯首する。

「じゃあ、そこにうずくまっている奴は?」

 よくよく見れば、うずくまる陰はミイラのように包帯で全身をぐるぐる巻きにされていた。包帯は長らく替えられていないのか、膿んで変色している箇所が見られる。

「・・・・・・。分からん。ただ、19年前に運び込まれてきた。死にかけていたところを、あいつが手配した者たちが治療して、そのまま放置されている。時々、聖女様の名を呼ぶ」

「アカネ様?」

「そうだ。あと月見がどうのとか・・・・・・」

「月見?何だ、それ」

「・・・・・・。ラティ、フィン。とにかく進もう。あなたはもう少し此処で我慢してもらう。必ず人を連れて助けに行く。それまで、あの人にも気を配ってくれ」

 老人は涙を流して頷いた。

 フェネルに擬態した悪魔。フェネルの教皇になりたいという願いを叶えようとして、それを反故にされ、怒った悪魔がフェネルを地下深くに閉じ込めた。

 その目的は何だ。先々代から教皇を支える大老という地位にあって、悪魔は何を望んでいるのだ。その魔手は真っ直ぐにビジーノに伸びている。

 レンは身震いした。彼女が危ない。その危機は、すぐそこまで近づいてきている気がしてならなかった。

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