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転生令嬢の生存戦略のすゝめ  作者: 草野宝湖
第二編
74/152

74.前(ぜんちょう①)

 ラティエースは寝台の上で煩悶していた。

(乙女ゲーム、SF、未来人だと!?版元、迷走しすぎだろうがっ!!)

 いや、もうこうなるとゲームの制作会社とかそういう問題ではない。この世界は複雑すぎる。

 だが、確かに転生者が同じ世代、同じ時空からやって来るとは限らない。ゲームの設定を無視すれば、明治時代や縄文時代からだって転生してくる可能性もある。ならば、逆もしかり。未来からの転生者、いや、ビジーノの場合は召喚だが、転生・召喚も不可能ではない。

「そなた、大丈夫か?」

 侵入者があまりにも気の毒で、ビジーノは思わず気遣いの言葉をかけてしまう。

「いえ、あの、はい・・・・・・。水を頂けると」

「ああ」

 ビジーノは手ずから水差しを取り、グラスに注いで手渡してくれた。それを一気に飲み干す。

「お代わり」

 口元を袖口で拭いながら、グラスを突きつける。勢いに押される形で、ビジーノは注いでやった。

「ありがとうございます」

 ようやく落ち着いたラティエースはグラスを置いた。

「すいません。予想を突き抜ける返答で動揺しました」

「そっ、そうか・・・・・・。で、聖女のことだが」

「ああ、あれ嘘です」

「うっ・・・・・・!!」

 ビジーノは瞠目する。しかも、ラティエースは全く悪びれるふうでもない。怒って良いのか、それとも呆れるのがこの場に相応しい感情なのか。ビジーノは迷う。

「あなたは本当に、あんな幼い子を秘術の贄にするつもりですか?」

「それは・・・・・・」

 言い淀むビジーノに、ラティエースはさらに言葉を重ねた。

「それとも、あなたが贄になるつもりですか?教皇の元に行くために」

 ビジーノはバッと顔を上げた。それが答えであった。

「やっぱり・・・・・・。最初はユリちゃんに対して傲慢だなと思ったけど、それも演技だったわけですね。あなたは最初から秘術を成功させるつもりはなかったんですね?好かれでもして、もし秘術が成功したら、前教皇の元に行けない、と」

 ビジーノの沈黙は肯定だ。

「秘術ってどんなものなんですか?」

「それを知ってどうするつもりだ?」

 ビジーノは嘲るように尋ねる。

「分かりません。でも、犠牲を最小限にする方法を探したいんです。そのために知り得ることは知りたいのです」

 ラティエースはビジーノを見据える。先ほどとは打って変わって真剣な表情をしていた。

 はねのけることは簡単だ。ビジーノにはそれが出来る。水差しを落すだけで、グラスを思い切り床にたたきつけるだけで、異変を察知した護衛がすぐに部屋に飛び込んでくるだろう。

 だが、本当にそれでいいのだろうか。

(この娘は、本気でそう思っているのではないか?)

「・・・・・・そなた、今、いくつだ?」

「えっ?えっと、21歳です」

 ラティエースは反射的に答えていた。

「そうか。余が召喚されたのは18歳の時だ。3年後の21歳になって、秘術が使われた。結果は知っての通りだ。そして、わたしはあの方の年齢と同じになった」

(だから、焦っていた。随分とロマンチストだなぁ・・・・・・)

「秘術は、地獄(ゲヘナ)の門を開くものだった。高位悪魔と相対し、贄と引き換えに願いを叶えてもらう。大抵の教皇と聖女が失敗していたのは、悪魔の位が高すぎ、贄がその対価に相当しなかったからだ。でも、わたしたちは違った。悪魔はあの方の願いを叶えると言った」

「じゃあ、魔法障壁は消えるはずだった?」

「あの方が願ったのは、わたしを生かすこと。魔法障壁など微塵も興味がなかったようだ。いや、3年の間に考えが変わったのか。それに、魔法障壁は消せないと悪魔は言った」

「消せない?なぜ?」

「わからない。ただ(いにしえ)からの盟約。女神との誓約とも言っていた」

(悪魔と女神が契約したんか?そんなのありか?いや、聖職者が悪魔と契約する聖法があるなら可能か)

 次々と明らかになる真実に、ラティエースはただ黙するしかなかった。

「正直・・・・・・・」

 そう言いかけて、部屋の外がにわかに騒がしくなった。

「聖下、ご無事ですか!!」

 フィンがドアを蹴破るようにして飛び込んでくる。ラティエースは目を剥くが、咄嗟にビジーノがシーツをラティエースに掛けて背に庇った。

「無礼であるぞ!!」

「はっ。しかし、先ほど、レンが・・・・・・・」

「レンがどうした?」

「レンが連れていたウェルチカという修道女は偽物でございます」

 レンは言った。ウェルチカがここに来たのは初めてだ、と。嘘である。ウェルチカは何度も出入りしている修道女であった。

「知っておる」

 紗の向こうから冷淡な声が響いた。

「全て、余が命じたことだ」

「では、その背に庇われているのは・・・・・・」

「聖女の世話係のラティエースじゃ」

「なぜ、そのような者が・・・・・・」

「こうでもしないと密談が出来なかったからだ」

「密談ですって!?」

「煩いっ!!」ビジーノが一喝する。「そなた、いつから余に下問できる立場になったのだ!!しかも、寝所に飛び込んできよって!!」

「もっ、申し訳ございません!!」

 フィンは慌てて膝をついて、頭を下げる。

「レンはどうしておる?」

「今、第6席と第7席で抑えております」

「すぐに解放してやれ。それと他言無用だが、騒がせた原因は余にある。密談は、聖女に少しでも心安らかに過ごして頂くために、どうしたらよいかラティエースに相談しておったのじゃ。表だっては、誰の口からばれるか分からんからな」

「さっ、左様でしたか・・・・・・」

「許せ。そして、理解したならば下がれ」

 はっ、と短く言って、フィンは静かに部屋を後にした。

「もう良いぞ、ラティエース」

「はっ、はい・・・・・・」

 ラティエースは身体を覆ったシーツから顔だけ出して答えた。

「どうしたのだ?」

「あの・・・・・・。腰が抜けました」

 ラティエースは情けない声で告白した。


 翌日。

 晴れ渡る空の下、ラティエースが適当に作った縄跳びでユリが遊んでいた。それを丸テーブルに座って、ラティエースはぼんやりと見ていた。

 あの時、ラティエースはこう言おうとしたのだ。

(正直、愛する人に殉じたいという気持ちは理解できない、と。前教皇が自己犠牲を選んだのは、アカネに生きて欲しかったからだ、と)

 でも、今はそれが正しいとは思えない。何を言っても薄汚いきれい事にしかならず、それを自分の口から吐き出されると思うだけで気分が悪い。

(ああー・・・・・・)

 ラティエースはテーブルに突っ伏す。しばらくして、対面に椅子をひく音と、物音が響いた。エレノアかアマリアが座ったのだろう。ラティエースは顔を上げることなく、突っ伏したままであった。

「まーた、だいじょばないの?」

 エレノアの声が頭上から聞こえる。と、同時につむじに人差し指が触れた感触があった。

「聖女と、未来人と、悪魔で聖女ってどう思う?」

「・・・・・・聖女がかぶってるわよ。あと悪役令嬢、どこいった?」

 うー、とラティエースの返事は要領を得ない。

(こりゃ、子ども返り・・・・・・。甘やかしてってか)

 ラティエースのつむじをグリグリしながら、エレノアは考える。夜中、こそこそと外出し、明け方戻ってきた。朝になったら、レンはレンで頭に包帯を巻き、頬にも大きな湿布を貼り付けていた。明らかに、暴行を受けた後だ。何かがあった。しかもエレノアたちに内密で。ならば、エレノアは知らないふりをするのが良いのだろう。

(ったく、秘密にするなら最後まで突き通しなさいよ・・・・・・)

 そこがラティエースの甘ったれた部分だ。嘘は突き通さなければ、ならないのだ。中途半端にばらすくらいなら、最初から嘘をつくな、と言いたい。どいつもこいつも、嘘を突き通す覚悟というものが足りない。つまらない嘘を繰り返す小物をエレノアは最も唾棄する存在としている。

「痛い・・・・・・」

 気づかぬうちに怒りに任せて力を込めていたらしい。

「ああ、ごめん。他に言うことは?」

「悪魔と契約しませんか?」

あんた(悪魔)とは、もうずぶずぶの契約関係だけど?」

(悪魔と契約。それは魔法の基礎だ。魔の力を借りて力を行使するのが魔法か。それは常に魔と契約している状態ってことよね?)

「秘術は高位悪魔の召喚・・・・・・」

 ラティエースはひとりごちる。

(もう二度と、聖女召喚・秘術行使を願い出ることも可能なのかな・・・・・・)

 ただし、教皇にその気がないとできない相談だ。そして、ビジーノは、秘術をわざと失敗しようとしている。秘術自体を封印されることを認めるとは思えない。

(駄目だ、もう限界・・・・・・)

「ちょっと寝てくる」

「ええ。そうしてちょうだい」

 なんやかんやでラティエースはほぼ不眠不休で動き回っている。この庭には目立たないところにレンが手配した護衛が配置されている。しかも、修道女たちがよく通る小道にも面しているから、さすがにこんな場所で攻撃はないだろう。

「じゃ、よろしく」

 おぼつかない足取りで、ラティエースは室内に入っていく。その背を見届け、エレノアは嘆息した。

 やはり、父であるダルウィン公爵と連絡を取り、今の現状と可能であれば助力を請いたいところだ。しかし、ロフルト側が素直にエレノアの手紙を素通りさせてくれるとは思えない。検閲はあって当然だろう。

(どうしようかしら・・・・・・)


 ふらつきながら建物の中に入っていくラティエースの背を、ユリは少し離れた処から見つめていた。

「なんで、ラティ、泣きそうだったんだろう・・・・・・」

 ユリは呟いた。

 先日、ユリは暗殺されそうになった。幸い、ラティエースとレンのおかげで未遂に終わった。ユリも過呼吸を起こしかけたが、ラティエースの機転ですぐに持ち直した。

 ユリはどうしてこんな目にあうのかと怒りと悲しみに満ちていたが、ラティエースの泣き顔を見たらそれも一気に霧散した。泣きたいのはユリの方なのに。

「おーい!ユリちゃん、ボール投げて-」

 さらに離れた処から両手を振るアマリアがユリに声を掛ける。

「うーん!」

 そう応じたが、手元のボールをジッと見つめて、ユリはボールを投げようとはしなかった。異変を感じ取ったアマリアが駆け寄ってくる。

「どうした?熱中症?」

「ううん、違う」

「何か気になるの?」

「・・・・・・。あのね、なんでラティは泣きそうだったんだろうって」

「ああ、あれか・・・・・・」アマリアは視線を一瞬だけ宙にやりユリに戻す。「わたしの考えだったら教えられるけど、聞く?」

「うん・・・・・・。知りたい」

「じゃあ、そこに座ろうか」

 言って、アマリアは近くの大木の影を指さした。大木を背もたれに二人は足を伸ばして座る。

「わたしたちはさ、ユリと同じくらいのときにこの世界に来たんだ。最初はラティとエレノアが仲良くなって、そのあとにわたしが合流したって感じかな」

うん、とユリは小さく頷いた。

「わたしと、エレノア、そしてラティは元いた世界でもそれなりに楽しんで暮らしてきた。この世界に転生しても元の世界に帰りたいとも思わなかった。だって、友人や家族とそれなり(・・・・)の関係しか築いていなかったから。こっちでもそれなりの関係を築いてやっていくものだって割り切っていたのね。だけどね、わたしたちは出会ってしまったのよ」

「運命の出会い?」

 ユリの言葉に、アマリアは吹き出してしまう。普通、運命の出会いは男女間、恋愛で使うものだ。

「そうかも。わたしは、日本では表向きの親友は何人かいたけど、自分を犠牲にしてまで幸せにしたい親友なんていなかった。異世界でそういう親友に出会えるなんて思ってもなかった」

 きちんと話したことはないが、元いた世界では、おそらくラティエースは会社員だったのではないか。そしてエレノアは既婚だったと推察できる。夫とは冷めた夫婦関係であった、と昔ポロリと零したことがあった。だからこそ、マクシミリアンとの関係も割り切れていた。

 「ラティはこの世界を割と楽しんでいたわ。貴族の娘として生まれ、しかも階級社会の上の方で、男女差別も貴族階級の上では有耶無耶になっていた。それを上手に使って商売をして、自分でお金を稼いだりしていたの。日本よりも融通が利いていたのかもね」

 男女差別。学歴社会。女性は妙齢より若い方が有利。美魔女という言葉がはやった時期もあったが、あれはただの慰めと欺瞞、とにかく一過性の風潮だ。生物学上、古いものより新しいものの方がいいのだ。

 それらにがんじがらめになって息苦しさを感じながら日本という国で生きてきたラティースにとってはこの世界は天国に感じただろう。貴族社会の選民思想も日本の差別に比べれば児戯にようなものであったし、何より大公という後ろ盾はラティエースにとって寅に翼としか言いようがなかった。大公はわかりやすい御仁だ。貴族らしい振る舞いでラティエースは大公に利益をもたらし、大公はそれを大いに喜んだ。

「少し話がそれたけど・・・・・・・。ラティはね、わたしとエレアノが泣いてたり困ったりしたら何とかしよう行動してくれる。それは、わたしたちがラティの大切な親友だからよ。もちろん、わたしだってエレノアやラティが困っていたら同じようにするわ」

「うん・・・・・・」

「でも、この世界でひどい目に遭っているユリと接して、ラティエースは自分の脳天気さにショックを受けたんだよね。自分が好きなものが、他人も好きだと思い込むってことあるでしょう?で、何とかしたいと考えたけど何も思いつかなかった」

「・・・・・・だから泣きそうだったの?」

「多分ね」

「そんなのラティのせいじゃない・・・・・・」

「だよねー」

 アマリアがあっけらかんに言う。

「ラティってそういうところあるんだよね。気を悪くしないでほしいんだけど、世界のどっかにはさ、ユリよりもひどい目に遭って子だっているかもしれないよね?だけど、一度目にしてしまったら、ラティはなかったことにできないんだよ。だからちょっとくらいの無理をして、ちょっとくらい死にそうな目に遭って犯罪組織を壊滅させたりしちゃうんだよね。で、被害に遭った子を連れて帰ってくる」

「孤児院、してるって言ってたよね」

「そう。孤児院の子たちは、ラティが色んな国から拾ってきた子たちなんだよ?」

「恵まれない子たちを此処に連れてきて、世話をしてあげてるのね。立派だと思う」

「どうかなー?全員は助けられないし、偽善は偽善だと思うよ。ラティ、拾ってきて、エリーに丸投げ。後お願い、だもん。ほら、結局、お母さんが散歩に連れて行かなきゃいけないやつ」

「それは・・・・・・」

 人とペットを同じように言うのはどうかしら、とユリは心中で思う。言わんとする処は分かるが。

「で、今、18人いるの。さすがに、エリー独りじゃ無理だから、通いの職員さんと5人で見てるんだ」

「・・・・・・行ってみたいかも」

「そうだね。落ち着いたら行こう。そのままうちの子になってもいいよ?」

「いいの?」

「もちろん。元の世界に帰れるまで、ウチにいなよ。今更、一人くらい増えたって気にしないって」

 それも悪くないかも。ユリは微笑した。

「わたし、ラティたちに見つけてもらって良かった・・・・・・」

 この先、ユリは命を落すかもしれない。もし、3人に出会ってなければ、恨みを抱いて○んでいっただろうが、今は少し違うのではないかと思う。○にたくはないが、決して恨みだけではなく、ほんのちょっぴりの感謝を抱くのではないか。見知らぬ世界で親切にしてくれた3人の幸せを願って○ねるのではないかと思う。

 そのとき、ユリたちは知るよしもなかったが、秘術行使の法陣が微かに光を纏ったのであった。

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