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転生令嬢の生存戦略のすゝめ  作者: 草野宝湖
第二編
71/152

71.変(へんせつ②)

「レッツ、逃亡!!」

 ラティエースは部屋に戻った直後、宣言する。

「いつかこうなることを予想して、緊急バッグ用意してたもんね。はい、ユリちゃんもこれ背負ってね」

 アマリアは隣の小部屋から雑嚢やお手製リュックサックを抱えて戻って来る。エレノアも動きやすい服に着替え始めている。すでに着替え終わったラティエースは扉付近に立ちナイフの柄に手をかけ、警戒していた。

「ちょっ、ちょっ、待って下さい!!」

 ウェルチカが、戻るや否や4人が臨戦態勢で動き回る様子に、動揺している。一体、食事会で何があったのか。

「ラティ。やっぱり魔法国を目指すの?」とエレノア。

「そうだね。ラドナやロザには迷惑かけられないし、下手すると引き渡されるだろうし」

 どこかの街道都市に出て、その都市にギルドがあれば手紙を届けてもらうことも可能だろう。さらに金を上乗せすれば、早馬を出してくれるかもしれない。それが駄目なら、無理を押してでもラドナの国境まで足を伸ばし、狼煙による合図を送るか。レイナードには事前に狼煙の色で状況を把握できるよう打ち合わせをしている。狼煙をリレーのように送り、最後は王都まで確認させるという非常に古典的だが確実な方法だ。

「わたしたちを受け入れてくれるかなぁ……」

 アマリアは荷物を点検しながら言った。

「まずは、ウィズが出入りしている魔法国の外郭都市を目指す」

 こちらには聖女がいる。魔法国は興味を持つはずだが、ユリをどう扱うか。

(ロフルトと似たようなもんだろうな・・・・・・)

 ただ聖女を魔法国に抱えることで、ロフルトに秘術を使えなくするというメリットがある。その部分を誇張し、身の安全を図る。今のところ、ラティエースが思いつく交渉の道筋はこんなものだった。

「お願いですっ!状況を教えてくださいっ!!」

 ウェルチカが悲鳴に近い声を上げた。

 ウェルチカがいないものとして話を進められるのも不快だが、どういうことなのか知らない事には、不快と決めつけていいか分からない。それに、できることならユリたちの側に立ちたかった。

「ウェルチカ。そこの柱に立ってくれる?」

「エレノアさん。その縄なんですか!!」

「縛るのよ?」

 至極当然にエレノアが言う。

「いや、何で?」

「身動きを抑えられて取り逃がしたというふうにした方が、あなたにとっても良いでしょうから」

「いやいやいや……」

 ウェルチカが首を振って拒絶の意を示すが、エレノアは構わず縄を掛けようとする。心なしか鼻息が荒い。

 と、その時であった。

「しっ!!」ラティエースの鋭い声が飛ぶ。「誰か来た。人数は……二人だな」

 アマリアはユリをかばうようにして抱き寄せ、エレノアもウェルチカも出入り口の扉を注視する。扉に面する壁にラティエースが立ち、ナイフを抜いた。

 足音は規則正しい。足音の主は扉の前に立つと、ノック音が響く。

「ラティ、開けて。危害は加えないから。師匠(せんせい)も話がしたいって」

 レンの穏やかな声が響く。

「ラティ、開けとくれー。お互い誤解があるようだ。わたしの話を聞いて、それでも出ていくというなら、わたしを人質にして出国すればいい。わたしは抵抗せんし、お前さんもわたしを通行書代わりにした方が勝手が良いだろう」

 エレノア、アマリアはラティエースの判断に任せるつもりだ。ラティエースはナイフを鞘に収め、扉を少しだけ開けた。わずかに空けた隙間に、二人はスルリと部屋に入る。

「レン」

 トリトに呼びかけられると同時に、レンは法典の一文を読み上げ、十字を切る。ラティエースも何度か見たことのある光景だ。確か、結界を張る時にする所作だ。聖法使いとして一流のレンの結界だ。これで、兵士たちがなだれ込んでくることも、外から弓矢や聖法による攻撃も弾くことが出来る。

「トリト卿、今日までご挨拶にも伺わず申し訳ありませんでした。こんな形で対面することをお許し下さい」

 ラティエースは真っ先に詫びる。

「構わん、構わん。お前さんたちは、レンの悪巧みに巻き込まれたんだ。こちらこそ、挨拶に行けずにすまなんだね」

 老爺はそう言って、人の良い微笑を浮かべた。

 トリト・カーウィンは、例の合宿の教師の一人だ。当時は司祭であったが、現在はその一つ上の位、枢機卿である。トリトに聖法の才は全くない。彼の地位を支えているのは、その見識である。ロフルト教を中心とした歴史研究の第一人者である彼は、その穏やかな性格もあり多くの支持者がいた。

「さて。お互いの持っている状況をすりあわせて、妥協点を探そうじゃないか」

 トリトはそう言って、くしゃりと笑った。

 レンはドアの前に座り込み、端から会話に参加しない意思を示していた。

 ウェルチカが率先して、お茶の用意をしてくれた。茶の支度を待って、トリトはウェルチカに話しかけた。

「すまんが、君は聖下の元に行ってきてくれないか?今は、薬で落ち着いているが目覚めたら何を指図するか分からない。目を覚ます前にわたしたちは聖下の元に戻る予定だが、念のためお願いできないだろうか」

 ウェルチカには聞かせられない話をするから、そう言っているのだとウェルチカはすぐに悟る。残念だが、ここでごねても仕方がない。

「かしこまりました。動きがありましたらすぐに報告します」

「ありがとう」

 ウェルチカを見送って、トリトは再び口を開いた。

「すまんな、聖下はあの通り子どものようなお方でな。後で、わたしがよく言って聞かせるから、まずは脱出を取りやめてほしい」

「聖下は、何をそんなに急いでおられるんですか?魔法国側に動きがあったとか?」

 いやいや、とトリトは首を振った。

「焦っておられるのは否定せんがな。大体、前回の聖女による秘術をとっても、召喚から秘術行使まで3年の月日が開いているんだ。レンなんて、まだこんなにちっこい頃だ」

 そう言って、トリトは親指と人差し指で隙間を作り、その隙間からは細めた目が映る。

(受精卵って意味?)

 エレノアがアマリアに目配せするが、アマリアは「さあ?」と肩をすくめるだけだ。

「トリト卿。わたしたちが生まれた時点から数えて50年前に魔法障壁発現。そのときに何があったのですか?わたしたちが教わるのはいわゆる表の歴史。ロフルトがひた隠しにする裏の歴史があるはずです。そこに、聖下が秘術行使を強引に進めようとする理由があると思っています」

 ラティエースはトリトを真っ直ぐに見据えた。その眼光を、トリトは鷹揚に受け止める。

「君たちにもよく教えていたよね。歴史には表と裏がある、と」

「はい。行間を読む術をあなたさまに教わりました」

「タニヤくんは最後まで分からないと唸っていたなぁ」

「・・・・・・。やはり、ロフルトがひた隠しにしていることがあるのですね?」

「あるとも。他の国も後ろ暗い過去なぞいくらでもあるとも。・・・・・・少し、昔話をしようかね」


 帝国暦346年頃に魔法障壁が発現した。翌年、69代教皇レイルル教皇は魔法国に対し宣戦布告をした。各国に呼びかけ、大きな戦争となった。そのような中、レイルル教皇は聖女召喚の秘術を発動させ、聖女を召喚した。この秘術により、教皇は死去。召喚された聖女もその数日後に亡くなった。二人とも獣に食い破られたような死に方だったというよ。あと、遺体には掴まれたような痕、指の痕が複数認められたという報告もある。

 次代がギーランという男になった。俗物を体現したような男だが、世相を見る力は人一倍あった。悔しいが、今、わたしがこうしていられるのは、奴のお陰だ。ギーランは聖女召喚を先延ばしにし、戦争終結に力を傾けておったが、引退した高位聖職者から成る長老会に再三邪魔されてな。思うように動けなんだ。

 わたしがギーランの名代、使節として戦争終結のために飛び回り、レオナルドや、やがてフレイア女王と知り合った。少しずつ戦禍が縮小されていく中、ついに逃げ切れなくなったギーランは聖女召喚の秘術を行った。結果はもちろん失敗。ギーランは無残な姿であったよ。先代と同様の死に方だった。皮肉にも、ギーランの死後、ようやく戦争が終わった。

 そして、71代目教皇はスフォンという青年で、当時は33歳。史上最年少の教皇だった。長老たちの後押しで即位した身元不明の青年であった。経歴も何もかも真っ白だったよ。ただ聖法使いとしてはずば抜けていた。彼は即位して3年後に聖女召喚の秘術を行使し、アカネという少女を召喚した。

 先代はアカネ様をたいそう大事にしていた。恋仲かと疑う者もいたくらい四六時中、共にあった。事実はどうだったか知らないけどね。長老会は今度こそ秘術が成功すると疑わなかった。実はね、秘術が成功したら、先代は退位する予定だった。アカネ様と共に穏やかな生活を送りたいと希望されていた。長老会は難色を示しつつも、魔法障壁破壊の功に報いる形でその願いを叶えるつもりであった。

 ただそこに一つの疑問があった。秘術を成功させたからと言って、アカネ様が生存するかどうかは分からない、と。聖女召喚の際の失敗例から見れば、秘術の失敗は想像できる。それに、秘術が成功しても聖女が無事とは限らない。二人がその事実に気づくのに、そう時間はかからなかった。

 長老会との密約を交わしてから法陣が反応しなくなった。先代も聖力を保てなくなり、体調を崩すことも多かった。アカネ様が賢明に看病し、聖法の能力を開花させたのもこの頃だ。徐々に、二人は追い詰められていった。二人は、二人の世界に閉じこもるようになる。長老会はせっつく。そうやって、運命の日を迎えた。

 秘術はね、降臨祭の時のあの廟で行われるんだ。つまり、秘術に立ち会えるのは当人たちのみ。そこで何があったか分からないが、現場の痕跡からこう推測されている。

「アカネ様が、スフォン教皇を贄に秘術を使った、と」

 言って、トリトは顎髭をしごいた。

 こちらに背を向け、扉の前に座りこむレンの肩がピクリと動いた。この件は極秘であった。現場検証の長であったトリトがこの件を秘匿することにしたのだ。立てた膝に顔を埋めるレンは静かに驚愕していた。

「・・・・・・そんなこと可能なのですか?」

 ラティエースは絞るような声で問うた。

「さてね。秘術を行うことは可能。でも、その結果は最悪だった。それくらいしかわたしには分からない」

「あのー・・・・・・。ひょっとして、今の教皇って、実は・・・・・・」

 アマリアが遠慮がちに手を上げながら言う。エレノアも同じことを想像した。もちろん、ラティエースもユリもだ。

「そう。アカネ様じゃ」


 とりあえずは、ラティエースたちに逃亡を保留してもらうことに成功したトリトとレンは部屋を出る。話をしている間、ウェルチカが戻ってくることはなかった。つまり、教皇は未だ眠っているのだろう。

「レン、どうした?」

 傍らに立つレンを見上げて、トリトは言った。

「僕はずっと・・・・・・。ずっと、お二人の愛は偽物なんじゃないかと思っていました。だから、秘術が失敗したんだ、と」

 ああ、とトリトはレンの言いたいことを悟った。

「でも、先代はアカネ様を死なせたくないから、自らが贄になったのですね」

 それは、紛れもない愛ではないか。自己犠牲なんてただのエゴだとも思うが、自分には出来ない芸当だ。

「本当のところがどうだったかは分からんけどね」

 トリトはそう言うが、トリトも同じ推測をしたからこそ、前回の秘術の一件を秘匿したのだろう。今の今までレンにも教えぬまま。

「ところで、レン。お前さんも、そろそろ決めないといけないよ」

 トリトに唐突とも言える切り出しに、レンは目を丸くする。

「何を?」

「・・・・・・お前さんがラティたちを巻き込んだ理由を、わたしが気づかないと思ったかい?大方、降臨祭に呼んで、聖女に出会わせることで、ラティの関心を寄せさせる。その後、秘術の真実を知れば、ラティたちが秘術をさせないために、聖女側に立つことは分かっていたはずだ。あの子は変なところで合理的だからね。聖女が望めば止めはしないが、その逆なら全てをなげうってでも阻止に動くはずだ。そういうところ、レオナルドさんにそっくりなんだよ」

 そう。自分が出来ないから。だから、ラティエースに止めてもらいたかった。

「でもね、その段階はとうに過ぎた。お前さんは、敵対するなら聖女の側に、聖下の意思に沿うなら聖下の側に立つべきだ」

師匠(せんせい)はどう思う?」

「わたしか?レンの好きなようにすればいい。わたしはしょせん聖法使いとしては三流の聖職者だ。力ある者の気持ちは分かってやれない」

「ずるいよ、その言い方」


 さて、とラティエースはレンとトリトの退出を確認して言った。

「どうする?脱出を続ける?保留にする?」

「えっ!?でも、さっきはトリト枢機卿に逃げないって……」

 ユリが言う。

「うん、言った。でも、気が変ることもある。明日気が変わるか、今気が変わるかの問題」

 ラティエースは平然と言う。

「出た。ラティのああいえばこういう屁理屈」とアマリア。

「で、相手が同じ事したら、ぶん殴るために地の果てまで追いかけるのよ」とエレノア。

「うるさーい」ラティエースはユリの前に立ち、腰を落としてでユリと視線を合わせた。「ユリがどうしたいかあの場では聞けなかった。で、ユリはどうしたい?」

「わたしは……。ラティ、助かるのはどっち?逃げないのと、逃げるのと」

「そうだねぇ。逃げたら追われる。ロフルトは大きな宗教国家だから、きっと他の国も協力する。ずっと隠れてこそこそ逃げ回ることになる。逃げなければ、儀式に付き合わされ最悪死んじゃう。でも、ユリは聖女だ。儀式の大切な要素。だから、こういう場所で害されることはない。……と思う」

ラティエースは答えではなく、脱走と脱走しなかった場合の予測を述べた。

「トリト卿がおっしゃった通り、儀式はすぐにしなくてもいいのよ?それまでに、ラティたちと解決策を探すわ」

 エレノアが助言する。今のところ成果は出ていないが、諦めるつもりもない。

「……分かった。今は未だ逃げない」

 ユリは決断した。

「本当に、それでいいのか?」

 ラティエースが意地悪く問う。しかし、ユリは揺らがなかった。

「だって、逃げるのはいつでもできるから」

 ラティエースの双眸を真っ直ぐ見つめてユリは言い切る。

「あら・・・・・・」

「わぁ・・・・・・」

 我が子の成長を実感した親のような気持ちで、アマリア、エレノアが感嘆の声を上げた。ラティエースもユリに微笑みかける。

(わっ・・・・・・。ラティって、こんなふうに笑うんだ・・・・・・)

 ラティエースが、こんなに優しげな微笑を浮かべるとは、ユリにも予想外であった。

「じゃあ、決まりね。もう深夜、いや日付変わってるよ」

 アマリアが手を叩いて言った。

「ユリ、寝る準備しておいで」

「うんっ!」

 ユリは頷いて、応接間を出て、寝室へ向かう。

「ユリ、大丈夫かしら?」

「自分で考えて決めたみたいだし、大丈夫でしょ」

 手近な椅子を引きながら、ラティエースは言った。ドアの前に背もたれを向け、座席を扉とは反対に向ける。ラティエースはまたがるようにして座り、背もたれの縁に顎を乗せた。

「念のため、今日は見張る。二人も寝て」

「レンさんが、部屋中に結界を張ってくれてるし、護衛も増やしてくれるって言ってたのに?」

「うん。ちょっと、興奮して寝れないや」

 アマリアが小首を傾げて言った。レンは基本的に信用ならないが、つまらない嘘をつく人とも思えない。トリトもいたことだし、滅多ことはしないはずだ。

「そう。じゃ、わたしたちは遠慮なく寝るわよ」

「うん」


 部屋は消灯され光源はラティエースの側にあるランタンのみだ。

(そういや、要人警護って訓練はなかったっけ・・・・・・)

 この場合、ドアとテラス側とどちらに警戒した方がいいのだろうか。ぼんやりとした灯りと奥に続く闇を見ながら、ラティエースは考える。ユリの選択は正しかったのか。それとも誤りなのか。ラティエースたちが出来ることは何なのか、と。

(まさか、あんなふうに答えるなんて)

 エレノアたちも、ユリの成長に驚いていたが、それはもちろんラティエースも同じだ。それどころか、急成長に戸惑いすらあった。

(そりゃ、そういう選択肢を突きつけたのは、わたしだけどさ・・・・・・)

 急成長の反動はないのだろうか。そうならざるを得ない状況だったとはいえ、やはり幼い子どもには酷ではないだろうか。

 衣擦れの音が耳に入ったのは、ちょうどそんなことを考えていたときであった。振り返ると、夜着姿のユリが立っていた。

「ユリ?どうした?トイレか?」

 ううん、とユリは首を左右に振った。

「ラティは寝ないの?」

「うん?今日はちょっと夜更かししようかな、と」

「・・・・・・そう」

 ユリはトコトコと素足でラティエースの側まで寄ってくる。

「一緒に起きてちゃだめ?」

「だめー」ラティエースは戯けて言って、「そこのソファーでいいから横になりな」

 ラティエースは有無を言わさずユリの手を引き、ソファーに横たわるよう無言で指示する。ユリも反抗せずに、仰向けになった。ラティエースはブランケットを掛け、すぐに立ち去らずに、ユリの頭部に近いソファーの縁に腰掛け、ユリの額から頭に掛けてゆっくりと撫でる。

「ラティは、元の世界に帰りたくないの?」

「全然」

 あっさりした物言いに、ユリは瞬く。

「えっ、そうなの?」

「わたしとユリでは、この世界に来た状況が異なるからね。帰るなんて発想はなかったけど、この世界を思いっきり楽しんでやる、とは思ってたよ?」

「楽しむ・・・・・・?」

「そう。この国にはドラゴンやペガサス、人魚に、エルフやドワーフと言った想像上の生き物が現実にいる世界なんだ。わたしはファンタジー映画や小説が好きだったからね。この世界に転生できてラッキーと思ったこともあるんだ」

 今のところファンタジーよりも血なまぐさい人間同士の争いばかりに巻き込まれているが。

「転生?ラティーは日本人じゃないの?」

「日本人だったよ。でも、気づいたらユリと同じ歳くらいの子どもなってた。ああ、小さくなったわけじゃないからね。この世界に元からいたラティエースって人に乗り移ったって感じかなぁ・・・・・・」

「そうなんだ・・・・・・。エレノアたちも?」

「うん、そう」

 ふーん、とユリは言ったきり押し黙る。そして、ユリがブランケットを頭でかぶるように上に引き上げた。

(ありゃ、イヤだったかな)

 やはりエレノアのようにうまくいかないな、と思いつつ、ラティエースは腰を上げようとした。しかし、すぐにすすり泣く声が耳に入ってくる。

「ユリ」

「ごめんなさい、ラティ」

「謝らなくていい。泣いていいよ」

「うん・・・・・・」

 ユリはラティエースの膝に置かれた手を掴み、声を殺して泣く。

「わたしはこんな世界、楽しくない。こんな世界、大嫌い。ウチにうちに帰りたい・・・・・・。パパやママに会いたいよぉ・・・・・・」

 嗚咽混じりにユリが言う。

「そっか・・・・・・」

 ラティエースはそう言ったきり言葉を発することはなく、ただユリが眠るまで側に居続けた。


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