67.要(もとめ②)
レンは、ラティエースたちに聖女の現状を伝えた。
その前に、以下のようなやり取りがあった。
「聞いてほしいことがあるんだけど」
「いえ、結構です」
「もうラティたちにしかお願いできないんだよね」
「いえ、遠慮します」
ラティエースたちは両手で両耳を塞ぎ、拒否の意を示したが、レンは構わず話し始めた。
「実はさ、僕の上司が、子どもが大嫌いってことでね・・・・・・」
「うぐっ・・・・・・・・」
レイナードの肌が青紫色になりかけていることに気づき、ラティエースたちは早々に降参したのだった。
聖女と呼ばれる少女の状態は、ラティエースが考えているよりもひどい状況のようだった。
ハンガーストライキの状態であるということ。
誰とも話をしようとしないこと。
このままではらちが明かず、聖法による回復も効かなくなるということ。
「で、ラティたちに助けて欲しいなって」
「いや、わたしら、ドラ〇もんじゃないから」
ラティエースは立てた手のひらを眼前で左右に振りながら、真顔で言った。そうそう、とエレノア達も賛同の頷きをする。
「どら?何、それ」
「いや、いい。こっちの話」
「2か月以上経っているのよ?あなたたちは何をしていたの?」
エレノアが詰問口調で言った。
「あらゆるご機嫌取りをしたんですけど。ただ、あっちにしちゃ、誘拐犯と同じでしょうから……。名前すら教えてもらえません」
(そりゃそうだ。召喚していいですか?なんて事前申請して召喚するもんでもないだろうし)
「元の世界に返してあげたら?」
アマリアが言った。片手には水の入ったグラスを持っていた。それを、床にへたり込んだままのレイナードに差し出す。
「少なくとも、そういったことは過去の事例としてなかったと思います。そもそも聖女召喚自体そうほいほいできる聖法ではないです」
「そもそも、さ。聖女召喚して何するの」
「さーねー。それも、ロフルトに来てくれたら分かるんじゃない?」
レイは頭の後ろで手を組み、ラティエースたちから視線を外す。
「イヤな言い方するよね、相変わらず」
ラティエースが口を尖らせる。
「だって、ラティを籠絡するには、好奇心を突くしか思いつかない。聖女なんて本来、ラティには関係ないことでしょ?」
(ホント、イヤな奴ね)
エレノアは自身の認識が間違っていないことを改めて自覚する。胡散臭い。言葉巧みに真意を隠し、目的のために他人を利用する。選択させているようで選択肢はないようなものだ。
よくラティエースの性格を見抜いている。ラティエースは一見、冷たい、愛想がないなどと言われているが、一番情にあついのは意外にもラティエースなのだ。興味のないものにはとことん冷たいが、一度懐に入れたものは、その逆だ。そして、途中で放り出すことを嫌う。
「・・・・・・少し考えさせてくれ」
――――――3ヶ月後。
その日、ユリの前に現れたのは、三人の女性であった。他の人と違うのは、三人とも修道女のような真っ黒な衣装に、白い頭巾をかぶった格好ではなかったということだ。3人とも、シンプルなワンピースとパンプス、それぞれ、ピアスやネックレス、結婚指輪を付けていたりする。
「初めまして。わたしは、エレノア・ダルウィンと申します。後ろにいるのは、ラティエース・ミルドゥナとアマリア・ワイズ。本日より、あなたのお世話をさせて頂きます」
そう言ったのは、金髪に翡翠の瞳をした優しげな女性であった。スラッとした体躯で、女優と言っても驚かないくらいきれいな人だった。
「アマリアです。よろしくお願いしますね」
3人の中で、一番小柄な女性が言った。結婚指輪を付けている。褐色の肌と黒い髪。髪はゆったりとしたカールで、肩にかかっていた。エレノアともう一人の女性よりも、ややふくよかで小さい。ただ、親しみやすさを感じる口調と笑顔だった。
「ラティエースと言います。よろしければ、ラティと呼んで下さい」
そう言ったのは、黒髪と黒い瞳を持つ、少し冷たい雰囲気の女性だ。二人に比べ、平凡だ。少しつり目で、きつそうな顔立ちで、口調も冷たい。不美人ではないが、美人でもない。ただ、三人の中で一番、信用できそうだと思えるのは、言葉に裏がない気がするからだ。
エレノアと名乗った女性は、ユリのいるベッドの端に腰掛けた。そうして、ユリをのぞき込むようにして言った。
「さて。あなた、日本語分かる?」
えっ、とユリは瞬いた。今の今まで話していたのは日本語ではないのか。
「あのね、この世界の秘密その一。わたしたちが話している言葉は、他の人たちにはロフルト語で話してるって思われているの。でもね、お互いが「今から話す言葉は日本語」って認識したら、他の人には日本語に聞こえるのよ?そして、日本語を聞き取れる人はこの世界にはほとんどいないの」
(そうだったんだ・・・・・・)
エレノアは微笑んで、ユリのTシャツを指さした。
「そのTシャツ、魔女っこ○○ちゃんのキャラクターでしょう?アリスちゃんだっけ?」
この世界に来てから、入れ替わり立ち替わりに人がやってきては、食事を取らせようとしたり、風呂に入れようとしたりとした。しかし、ユリは断固として拒否した。聖女様、聖女様と呼ばれる度に、ユリは怖くなった。だがユリが出来ることなどたかがしれている。それでもユリは抵抗した。部屋に閉じこもり、ひがな一日中ベッドの隅で固まっていた。時々、大人たちがユリに光を浴びせたり、呪文を唱えていったが、ユリは目を瞑って耐えた。
このTシャツは唯一のユリと元の世界の接点なのだ。手放したくはなかった。
「あの、何で・・・・・・」
「わたしも元は日本にいたのよ?」
「でも・・・・・・」
容姿はどう見ても外国の人だ。辛うじてラティエースは日本人に見えなくもないが。
「ちょっと事情があってこういう容姿なんだけど。ねぇ、まずは名前を教えてくれない?」
「・・・・・・ハタナカユリ」
言葉はスルリと出た。今までの大人たちとは違う。ユリのことを聖女様と呼ばないし、彼女たちは優しい大人そのもので、ユリに何かを求めたりもしない。ただ気遣ってくれている。だから、話してみても良いと思ったのだ。
「そう、ユリちゃんね。急にこんな処に連れてこられて怖かったわよね。でも、もう大丈夫よ。わたしたちがあなたを守るからね」
ユリはどう答えて良いか分からなかった。守って欲しいわけではない。ユリは元いた世界に帰りたいのだ。
――――――帰れませんよ?あなたは生け贄になって死ぬのだから。
そう言われて頭が真っ白になった。急に訳の分からないところに飛ばされ、混乱しているうちにそう言われた。
「ねえ、元いた世界に帰りたい?」
心の内を読み取られたようで、ユリは驚いた。弾かれたように顔を上げれば、エレノアが困ったような微笑を浮かべていた。
「ごめんなさいね、わたしも元いた世界に帰る方法は知らないの」
そう、とユリは俯いた。でもね、と頭上から声が降りかかる。
「一緒に考えることは出来るわ」
えっ、とユリは顔を上げた。
「あなたが帰りたいというならば、わたしたちは協力する。一緒に帰れる方法を探しましょう?でも、その前にしっかり準備をしないとね?」
「準備・・・・・・?」
「そうよ。まずはお風呂に入りましょう。その後、ご飯を食べましょう。そうして寝て、またご飯を食べて。そうやって、体力を付けるのよ。何をするにしても、身体に力を蓄えないと動けないわ」
「でも、でも・・・・・・」
この世界に来て、初めて「帰ること」を肯定してくれる大人に出会った。ユリはフッと緊張が解けたかのように声を上げた。
「もう二度と帰れないって、言われた。だから、だから・・・・・・」
言って、ユリは顔をくしゃくしゃにして涙を流す。やがて、うわーん、と声を上げて泣き始めた。
「そんな意地悪なことを言ったのは誰かしら?わたしがやっつけにいってあげるわ」
そう言って、エレノアはユリを抱きしめた。泣き続けるユリに、好きなだけくよう、背中をポンポンと優しく叩き、頭を撫でる。
ユリが泣き止んだのは、二時間後であった。その間、エレノア以外の二人も辛抱強く待機していた。
「じゃあ、まずはお風呂ね。ああ、その前に水分を取った方がいいわね」
「うっ、うん・・・・・・」
「エリー。わたしが連れて行くよ」言って、「ほら、ユリ。行こう?」
ドア付近に立っていたアマリアがユリに向って手を差し出す。チラリとエレノアを見れば、「行ってらっしゃい」と無言の微笑を浮かべた。
「此処のお風呂、凄いんだよ!噴水見たいのがあって、滝もあったよ!」
アマリアが無邪気な笑顔で言うので、ユリもつられて笑顔になる。その二人を少し離れた場所で、エレノア、ラティエースが見やる。
「さすがだ、みんなのママ」
胸元で腕を組んで、壁にもたれ掛っていたラティエースが言った。
「誰が、ママよ」ラティエースの胸骨辺りに、拳をトンと当て、「まずはお風呂よ。虐待されていないか、確認して」と耳打ちする。
「りょ!」
了解の意味で、ラティエースはおなざりの敬礼ポーズで応じた。
「あと、ユリちゃんに帰れないっていった人物の特定ね」
「それ、難しいだろうな」エレノアが重ねて問う前にラティエースは続ける。「ロフルトの人たちにとっては、聖女が元の世界に帰るなんてとんでもないってスタンスだろ。聖女が帰れるわけがないっていうのが常識だから、言った言葉なんじゃないのかな」
「皆、帰れないって知ってるのね」
うん、とラティエースは頷いて、「人物特定は後回し。まずは、帰れないと思ってる根拠を調べる」
「それは同時に還る手段を探すということになるわね」
「ああ。前回の禁書写本も一部だけだったし、聖女のことだけじゃなかったから。聖女のことを中心に調べてみるよ」
「わかったわ。ラティはそっちを優先して。ユリちゃんはわたしとアマリアでケアするわ」




