63.知(ちしき①)
聖女召喚騒ぎから2か月が経とうとしていた。
あの大地震で建造物の崩壊は確かに多かったが、幸いと言うか怪我人はいたものの死者はゼロだったらしい。火事も一軒も起こらなかったというから本当に奇跡が続いたらしい。
ラティエースたちは、混乱の中、理由もなくロフルトに滞在するわけにもいかず、数日滞在した後、ラドナ王国に帰還した。その間も、ラティエースたちは出来る限り怪我人の救護や炊き出しなどを手伝った。教皇からは直接の礼や対面はなかったものの、ラティエースが事前に要求した禁書の閲覧を許可してくれた。ラティエースは暇を見つけては2人を引き連れ、片っ端から書き写したものを土産とした。
ロイネリウムとラドナの会談も白紙となり、緊張感はただただ増すばかりであった。しかし、ミルドゥナ大公の名代であるブルーノが密かにロイネリウム側と接触し、開戦を引き延ばすことに成功したとのことだった。布陣は解かれていないものの、今のところ動きはない。その間、アダムは徹底的に兵士たちを訓練していた。士気の維持が、相手の戦意を挫くと目算してのことだ。
ロイネリウムの補給も永遠とは続かない。やけになって攻撃してくるよりも、白旗上げて降参してくれる方が助かる。元々、併合を目的としているのだから、相手側もその機会を狙っているはずだ。
ラティエースの周囲はこうした状況下にあった。そして、ラティエース自身は、あの少女の不安げな表情が脳裏に焼き付いたままであった。
あの瓦礫の山で見た少女は、どうなったのだろうか。呆然とした表情で、不思議そうにこちらを見ていた。キャラクター入りのシャツとデニムの短パン、紺色のスニーカー。どこにでもいる日本の子どもだった。
(まだ、6歳かそこらだろう……)
ずいぶんと幼い少女だった。聖女というからには、ある程度成長した、ラティエースたちよりも年下か同い年位を想像していた。
件の少女は、しばらくしてからレンや他の神兵、信徒たちと共にどこかに連れていかれた。不安そうな彼女に何か言ってやれればよかったが、混乱の中、ラティエースもそこまで気遣える余裕はなかった。急いで戻り、途中、カスバートを拾ってエレノア達と合流した。ミルカや、ブルーノ、アレックスもいたが、旧交を温めることもなく、それぞれの護衛官や秘書官と、今後のことについて話し合うために場所を移動した。あてがわれた簡易テントで数日過ごし、ラティエースは帰途についたのであった。
2カ月が経ったものの、レンからも特に連絡はなく、少女の安否や正体も不明のままだ。3人はとりあえず元の生活に戻ろうと、孤児院の子どもたちの世話や商会、D-roseやsabirinaの店舗やデザイナーたちとの打ち合わせ、さらにラティエースはレイナードやアダムの処を行き来し、戦況を注視していた。開戦の小さな火種も今は見逃したくなかった。慌ただしく過ぎ去る日々は、かつての日常とほぼ同じになっていった。
今日は来客の予定があった。その客は、昨日からラドナ入りをしてくれている。もうそろそろ館に馬車が入ってくるはずだ。
子どもたちの案内で、ラティエースの私室に招かれたのは、ウィズであった。旅行鞄を両手に抱え、一つは子供たちが持っている。
「ありがとう」
持ってくれた子どもに飴玉の入った袋を手渡し、ドアを開けて出ていくよう促す。子どもたちは無邪気に飴玉の袋を回しながら、部屋を出て行った。いつもなら、こどもたちは居座ろうとあの手この手と使うのだが。ウィズは意外と子どもの扱いが上手い。
「悪いね、呼びつけて」
ラティエースは、応接用のソファーにウィズを導き、自身はローテーブルをはさんだ対面に座る。
「いいさ。君は一応、ロザに立ち入れないんだから。で、急に何だい?聖ケイドン魔法国のことを教えてほしいって」
無駄な挨拶を省き、すぐに本題に入る。ウィズも無礼なんて全く思っていない。旅行鞄からいくつかの書籍を取り出し、広げて見せた。
ラティエースも勉強用の帳面や筆記具を広げている。
「まあね。魔法には興味があったけど、そもそも魔法国の成り立ちとか知らなかったし。ちょっと勉強してみたくなって」
「君もずいぶん変わった処に興味を持つんだね。ボクとしては、同志ができて嬉しいけど」
ウィズは三年間ずっと髪を伸ばし、その髪をひとつ結びにしていた。綿の白シャツと細身のパンツ、使い古したブーツ。どこかにフィールドワークに行くような軽装だった。女らしさを削った服装なのに却って女性らしさが際立ってしまっている。ウィズは年々、儚げな美貌が際立つようになっていた。言い寄ってくる男たちも増えて、本人は心底煩わしく思っている。
「ロザが30年前まで戦争をしていたのも、元々は、魔法国とロフルトの争いが発端と聞いている。知識としては知っているんだけど、あくまで試験対策程度の知識だしね。ウィズは研究者として歴史も研究しているんだろう?」
ラティエースは、万年筆を人差し指と中指で挟んで、クルクルと器用に回す。ペン回しと言うらしく、ウィズたちも教わったのだが、習得できたのはレイナードとレンだけであった。
「もちろんさ。そもそも、魔法国とロフルトはお互い不干渉で、今日のように蛇蝎のごとく嫌っていたわけじゃないのさ。それこそロザが建国される前、元々は同じ魔法・聖法が融合された術、他に表現が思いつかないから「術」と言うけど、それを使っていたそうだよ。しかし、派閥ができて、魔法と聖法を使う者に分かれ、それぞれが国を作ったとされている」
「元々、同じ国だったのか?」
「そうじゃないよ。それぞれの国に術者がいて、魔法を使う者は魔法国に、聖法を使う者はロフルトに移住したんだろうね」
「聖法使いは、その気になれば魔法を使え、その逆も然り、か……」
そうだったかもね、とウィズは言って、専門書の挿絵を指差した。魔法国の魔法障壁の絵である。一言で言うならば、国一帯をぐるりと囲う円柱だ。
「そして、50年前、突如、魔法国に魔法障壁が出現した」
「それが戦争の発端か?」
「よくわからない。だけど、時期的には合うよね」
敵対する片方に、強力な壁が出現。もう一方は脅威を感じ、その壁を排除しようとした。しかし、今も障壁は健在というところから、ロフルトはその壁にかなわなかったということか。
「魔法障壁は今も健在。その魔力はどこで供給されているんだ?」
「おそらく、一年中、魔素を含む季節風が首都に吹いているんだと思う。そこからの魔力で障壁が維持されている、と一般的には考えられているよ。それでも膨大な魔力が必要だけどね」
「にゃるほど」
「ただ、それなら50年前よりももっと前に魔法障壁が出現してもおかしくなかったはずだ。つまり、50年前に何らかの発見があり、障壁魔法が発動した、ということだろうね」
「それに危機感を持ったロフルトは侵攻を開始。近隣諸国を巻き込み、ロザも戦争に加担。元々、不仲であった共和国や連邦、その他敵国との縄張り争いとなり、ロフルトと魔法国の争いが決着しても、30年前まで戦争を継続していたというわけか……」
ふむ、とラティエースは椅子の背もたれにもたれかかり、胸元で腕を組み、黙考する。
最後は、教皇と当代一の魔導師の一騎打ちで決着。相打ちとなったものの、残された者たちは争いを継続せずに、ロフルトは撤退、魔法国も追撃はしなかったという。周辺諸国の戦争は継続され続けたが、それに対し、両国は何ら手を打たなかった。
そして、現在。ロザ帝国はロフルト教皇国寄りであり、貴族、平民問わず、ロフルト教信徒は、多くいる。そして、学生はロフルト教の歴史や教典を学ぶ。反魔法国教育は行われていないが、不気味な国、謎の国というイメージがついている。
(断罪・処刑を回避するためだったとはいえ、よくもわけわからない国の魔法を使って、転移しようと考えたものだな……。我ながら無茶苦茶だ。なりふり構っていられなかったんだろなぁ)
ラドナ王国に移住してからは、転移装置は凍結している。宝飾類は、小ぶりのものが流行するようになったこともあり、加工が不要となったのだ。魔法国のギルドに定期メンテナンスはお願いしていたが、この三年間使用していない。
「ケイドン魔法国は、国名を聖ケイドン魔法国に改名した……」
「いや、改名が先だよ。確か」
(改名が先?)
今、そこに何か大事なものが隠されている気がした。
「なぜ、あえて「聖」を頭に付けた?」言って、ラティエースはさらに続ける。「魔法国の方に、正当性があるという意味か?」
「一般的にはそう言われているけど?」
ラティエースの勢いに押される形で、ウィズが答えた。
(そもそもだ。そもそも……)
前提に疑問を持つべきだ。胸の引っ掛かりが何なのか見当がつかない以上、一つ一つ丹念に確認していくしか方法はない。
なぜ、ロフルト教皇国は、降臨祭に女神の降臨を祝うと同時に、聖女召喚の儀式を行うのか。成功率は低く、教皇の身体にも甚大なダメージを与えるという秘術の秘術。
「実はさ、ラティに言われたから気になって聖女のことを調べてみた。魔法障壁が出現した翌年、ロフルトは聖女召喚に成功している」
「えっ?聖女って召喚したら目出度いって感じで、世界中に広めるんじゃないの?」
「そうなんだけどね・・・・・・。戦時中だったからなのか、どうなのか・・・・・・」
ウィズは口ごもる。確かにウィズにではなく、レンに問うべき問いだろう。
禁書の中に、歴代の聖女召喚を行った教皇と聖女召喚の結果があったはずだ。エレノアに写本してもらった記憶がある。あまりの成功率の低さと、五体満足で召喚されれば良い方で、ほとんどが、欠損しているか、絶命しているかだったはずだ。ウィズの言う聖女は、過去の事例を考えれば命があったものの数日で亡くなったと考えられる。
「ウィズ。なぜ、聖女を召喚するんだ?聖女は何ができる?」
「えっ?改めて問われると……。そうだな、まず、召喚を成功させたということで教皇の名誉になるよね。あと、何だろ。願いが叶うのかな?あとは、世界平和とか?」
「労力に見合うものなのか?」
どうもしっくりこない。そもそも、聖女を召喚して何になる。魔法障壁発現後に、悲願の聖女召喚を成し遂げても、ロフルトは一切そのことについて喧伝しなかったではないか。聖女が魔法国を邪悪だと言ったと広めれば、戦争の正当性の一つくらいにはなるだろうに。
そして、今回、久方ぶりに聖女が召喚された。いずれ魔法国の耳にも入るだろう。
(また、戦争をおっぱじめる気か?)
召喚された聖女は、せいぜい6~8歳くらいだろう。いきなりこの世界に召喚され、怯え、震え、会話もままならなかった。手を引かれ、嫌がっていた様子は見ていた。結局、抱えあげられるようにして、けがをした教皇と共に廟のあった場所から移動していた。無体な扱いはされていないだろうが、彼女の不安を根本から理解できない人たちに、彼女の心のケアができるとは到底思えない。
「聖女ってなーにー……?」
ラティエースは、ソファーの背もたれに背を預け、縁に首筋を当てる。そうして、天を仰いで言った。
「……何なんだろうね。考えたこともなかったな」
講義のお礼に、とラティエースとウィズ、途中からレイナードも加わり、街中の食堂で夕食を共にした。そのまま町で宿泊するウィズと別れ、ラティエースは館に戻っても、聖女についての疑問に取りつかれていた。エレノア達との会話も、子供たちの面倒も大きなミスをすることはなかったが、どこか心ここにあらずという状態であった。
ラティエースは子供たちを寝かしつけ、自室に引っ込む。壁一面に、聖女に関する教典の一部を張り付け、聖女にまつわる歴史も時系列順に表にして壁に貼り付けていた。子供向けの絵本や童話集からも、気になるものを抜き出し、分類していく。
(ある意味、降臨祭の女神も召喚されたようなもんだろな……)
天地戦争で人に味方した女神の一人が、今のロフルトの地に降り立ち、人々を守った。その後、女神が天に帰ったか、そのまま人の地におさまったかは伝承として残されていない。王子や勇者と結ばれたという話もない。ただ、人々を滅する神々から人々を守り、忽然と女神は物語から姿を消す。
(ロフルト発祥の物語だ。女神が主役じゃないしな……)
ラティエースは、ぐしゃぐしゃと頭を掻き、おもむろに立ち上がった。少し喉が渇いたので、キッチンに向かうことにする。部屋を出ると、隣室から明りが漏れていた。エレノアも起きているようだ。
ラティエースはノックして、ドアを開けた。
「まだ起きてたの?」
「ええ。そっちこそ」
エレノアは、書類仕事を片付けていたらしい。
「ちょっと考え事」言って、ラティエースはふと思いついた。「エリー、ゲームのセリフ集、まだ持ってる?」
ラティエースたちは、3年前の断罪・処刑回避のために、エレノアの記憶を呼び起こし、ゲームのセリフ、登場人物、場面、日にち、ありとあらゆる事象を事細かに書き上げた冊子を作っていた。それをもとに、ゲーム補正についての許容範囲を試したり、作戦などを立てていたのだ。そのマニュアルは暗号代わりにすべて平仮名で書いていた。
「ええ、ちょっと待ってね」
エレノアはそう言って、スライド式の本棚を移動させ、そこに鎮座する金庫のダイヤルを回す。辞典ほどの冊子を取り出し、ラティエースに手渡した。
「今更、これがどうしたの?」
「うん?ちょっと、ヒントになるかと思って。しばらく借りるよ」
「ええ、いいわよ。もう使ってないし」
「……女神さまに関するゲームイベントとかあった?」
「女神様ってロフルト教の?いいえ、そもそもロフルト教なんてものもゲームには出てなかったわ」
「だよね……」
パラパラとめくりながら、ラティエースは言った。
「やけに考え込んでいるようだけど、大丈夫?」
「だいじょばない」
ふう、とエレノアはため息をついて、「だったら話してみたら?」
「……わたしたちはまだゲームの影響を受けていると思うか?」
ラティエースは視線を冊子に向けたまま問うた。
「いいえ。バーネットも皇子様と結婚できたし、わたしたち邪魔者はこうして彼女たちの前から消えた。ゲームの要望通りの結末を迎えたわ。あなたは、まだゲームの中だと思ってるの?」
「うーん、よくわからないけど、そういう可能性もあるのかなって。あのさ、『ラブラブ学園~恋しちゃったの~』って、続編とかあったの?」
ラティエースは冊子を脇に挟み込み、エレノアを見る。エレノアも手にした万年筆を机に転がし、ラティエースを見据えた。
「ないと思うけど……。転生後に現世で発売されていたら、わたしは知りようがないわ。でも、学園ってついている以上、学校がメインなんじゃないの?」
「普通、そうだよなー……」
「わたしも、それなりにゲームに詳しいつもりだったけど、ひょっとするとバーネットも相当にやりこんでいたんじゃないかしら」
「その割に、お粗末だったじゃん」
「そりゃ、取り巻き男子がいたといはいえ、3対1だったもの。それに、あの子はゲームに抗う必要がなかったじゃない」
「それもそうか。ゲームどおりにしてればハッピーエンドは確実だったわけだし」
(バーネットか……)
ひょっとするとエレノアとは違う視点で、また何か別の情報を持っているかもしれない。
「あなた、バーネットと会おうとしてる?」
「ダメ?」
「そんなに切羽詰まってるの?」
「いや、とりあえずかき集めたいんだよ、情報を」
「聖女とやらの?片っ端から集めてるじゃない。昨日だって、ブルーノ君から倉庫に入りきれないほどの本を取り寄せてたでしょ」
数日前に、ラティエースはブルーノに手紙を送り、別邸にある蔵書の中で女神に関するものを送ってほしいと書き綴っていた。ブルーノは早々に、大量の書籍を館に送ってくれていた。便箋にして七枚から八枚はある手紙は、はじめと終わりだけ読んで、「ありがとう、助かった」と付箋紙に書きなぐり、ラドナの焼き菓子と一緒に送った。
「うん、そうなんだけど……。転生者からの視点がほしい」
「そのためのバーネット?」
「他にいないし」
ラティエースは、はなからカスバートは数に入れていなかった。
「今、あの人たちがどういう立場にいるか分かっているわね?」
「恩赦だろ?」
「それでも会うの?」
「可能なら」
エレノアは厳しい顔を崩さず、それでも黙ったまま、ラティエースを見つめる。
「……。分かったわ。お父様に連絡を取ってみる」
エレノアはとうとう根負けして言った。




