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転生令嬢の生存戦略のすゝめ  作者: 草野宝湖
第二編
60/152

60.会(さいかい①)

 ロフルト教皇国。聖都ロフルトは、霊峰ロフルトを中心に斜面に沿うように教会関係の建物が建ち、裾野に街が広がっている。世界最大の宗教国であると同時に聖ロフルト教の総本山である。

 国王の代わりに教皇を頂き、枢機卿、司祭、助祭、信徒の順に階級を置いている。また、軍事力として神兵軍も保有していた。他にも、外交や各国の折衷を担う機関もあるという。

 天地戦争で人間に味方した女神を信奉し、力のある信徒は聖法を使用することができる。そのための教育機関も擁している。聖法は、主に、能力向上、癒やしや結界等の防御に纏わるものも多いが、戦いにおいても魔法攻撃を凌駕する聖法もあるという。

 ロフルトは、この宗教という影響力を利用して、各国を取りまとめていた。その影響力の大半を、平和に使っていたからこそ、今の地位にあるが、聖ケイドン魔法国に関してだけは、例外と言えよう。ラティエースに言わせれば、「とち狂った」ことをやっている。それだけ憎いということなのだろう。50年ほど前に、ただのケイドン魔法国から聖ケイドン魔法国に改名したことも物議を醸した。明らかに喧嘩を売る行為であったし、その喧嘩をロフルトは高値で買ったのだ。その結果、ロザ帝国も戦渦に巻き込まれた。結局、当時の教皇と魔法国のトップ大魔道師が相打ちとなって終わった。その後、ロフルトは新たな教皇を、魔法国は三賢者と七人の魔女(セブン・シスターズ)という魔女たちが合議制で国を治めることとなった。

 聖ケイドン魔法国は、共和国、帝国に汲みしていないとはいえ、やはり謎多き国であることには変わりない。ロザ帝国もラドナ王国も、ロフルトとの方が距離が近い。これは魔法という性質によるものだろう。魔法は魔素がないところでは使えない。上級の魔道師は己の魔力だけで魔法を行使できると言うが、とにかく魔法頼みの聖ケイドン魔法国では、領土拡大というものができない。よって、国に閉じこもる傾向にあり、食料や生活雑貨といった自国で生産できないものを輸入するくらいで、他国との積極的な交流を望まない。ただ、魔法の研鑽だけは異常な熱意を有しており、そのためには人体実験もいとわない。魔法国の唯一のギルドは実験に必要な道具を手配する窓口も担っており、その関係でラティエースも転移装置の契約にこぎつけた経緯がある。

 また、ウィズは魔工学というロザでも珍しい分野の研究者であり、魔法国には何度も出張や研修に行っているが、あくまで魔法国の外郭の街にしか立ち入れないらしい。それでも、国外の人間に対して魔法国の人間が、ここまで受け入れるのは珍しいことであるという。

 ウィズとラティエースは、魔素や魔法の原理について少しだけ論議したことがあるが、ウィズはラティエース以外にこうまで話の通じる相手と出会ったことはない。ラティエースが異端ともいえる。レンと話してもラティエースのようにはいかないだろう。

 ラティエースは、教養としてロフルト教のことは学んでいた。学園では必須科目でもあった。教典の暗記が主で、暗記は割合得意であったラティエースは毎回、高得点をマークしていた。

 とかく魔法にしても、聖法にしても要は使い方次第ということだろう。レン自身を含めて他の合宿メンバーはよほど困難な状況に陥らない限り、レンの聖法に頼ることはなかった。聖法も魔法もチート的なもので、己の実力と勘違いしては痛い目を見ると教え込まれていたからだ。代わりに師の一人であったトリト卿からは、魅了魔法や錯覚魔法の見破り方や、結界を突破する裏技などは叩き込まれた。

 ――――――とにかく魔法にも聖法にも予備動作が必ずあります。呪文や聖典の読み上げですね。それをさせないことも効果的ですよ。前もって罠のように仕掛けてある場合は、離れた距離から聖力や魔力を察知すること。この2つの基本を守れば大抵のことには対処できますよ。

 レン以外は魔法も聖法の素養はなかったが、周囲の状況から違和感を拾う方法。その違和感が人によるものなのか、魔法、聖法によるものなのか。状況から推測する(すべ)を教わった。

 幸い、魔導師とも聖法使いともやり合ったことはないが、傭兵ギルドには時折、その能力を高く買われて国を捨てた者たちもいるという。犯罪や暗殺に特化したギルドには彼らの能力は欠かせないないということだろう。


 降臨祭前日。ラティエースたちは、ロフルト教関係者の中でも高位の聖職者とその関係者のみが出席を許される晩餐会に招待された。利害関係のある各国の有力者すら出席を許されないものらしい。つまり、ロザ帝国、ラドナ王国も王族でも立ち入れない内々の場ということ。「だから安心していいよ」とレンが請け負った。聞けば、そういう政治がらみの関係者は別のところで場が設けられ、枢機卿たちが接待をしているそうだ。ミルカ王女は補佐官のエントたちと共にそちらに出席している。

(縁談攻勢に苦労してそうだなぁ)

 ミルカにとっては、本格外交デビューだ。ビジュアルが秀でている分、有利だと言えるが。もちろん見てくれだけで外交など有利に運べるわけではないが、やはり見た目は大事だ。大きなアドバンテージになる。その美貌をさらに輝かせるために、エレノアはデザイン画を何枚も書いて、sabrinaのドレスを仕立てていた。

(そっちも話題になるといいなぁ)

 そんなことを考えながら、小腹を満たそうとビュッフェを物色していると、アマリアがラティエースの袖を引いた。

「あのさ、ラティちゃん。あのロフルト教の人たちがしてる鎖みたいなブレスレットって何?」

 ロフルト教の法服を着ている人の中には手首に細い鎖のブレスレットをつけている。一本の人もいれば、何重にも着けて一本の太いブレスレットのようになっている人もいた。

「ああ、あれは・・・・・・」

「天鎖っていうんだよ」

 ラティエースのかわりにこたえたのは、何時のまにか背後に立っていたレンであった。

「天鎖?」

「縛り、誓約を具現化したものだよ。あれをしているのは上級の聖職者たちばかりなんだ。それだけ教会の秘密を知ることになるからね。万が一裏切ったり、誓約を破った場合はあの鎖が対象者の命を奪うんだ。代わりに誓約を女神に捧げることで強い聖法が使える。もちろん誰でも使えるわけじゃないけどね」

「ウソっ!?怖くない?」

 アマリアが愕然とする。

「そう、怖いんだよ。だから、辞める時はやめたいですって申し出て教典を返却し、聖法を使えないように封印してから辞めるのが一般的だよ」

「あっ、ちゃんと辞められる方法があるんだね」

 安堵した表情でアマリアは言った。

「もちろんさ」

「なんだ、よかったぁ。あっ、でも、レンさんは天鎖がないね」

「僕は最年少司祭だけど、上層部から嫌われてるから教会の秘密とか教えてもらえないんだよねー。だから、縛る必要なしって思われてるの」

「なるほど」

「納得されちゃったよ」

 レンが自嘲と共に言う。

「アマリア、エリーが呼んでる」

 アマリアが振り返るとエレノアが手招きしていた。「行ってくる」と言いおいて、アマリアは歩き出した。二人は手を振って送り出す。

「・・・・・・で、なにか言いたげだね、ラティ」

 言っていいのか、とラティエースが視線で問う。

「良いよ、黙っていられるよりマシ」

「天鎖は、手首だけにかけられるものじゃないでしょ」

「ありゃ、知ってたか」

「ロフルトの武力執行機関天罰官は、聖法による天鎖を心臓に巻かれてるって聞く」

 天の、女神の代理として天罰を下す天罰官。彼らには生殺与奪権が教皇から与えられている。元々は、魔導師を根絶するために作られた機関だという。実行機関の天罰官の下には各国に協力者がおり、彼らは罰官と呼称されている。罰官は、ギルドの人間、各国の官吏または軍人、平民として、あらゆる場所に網羅されていると聞く。天罰官も罰官もお互いが何者であるか知らないし、すべてを掌握しているのは教皇のみと聞く。天罰官の組織は、大きな諜報機関の役割も兼ね備えている。

 レンは司祭であると同時に、天罰官でもあった。

「・・・・・・ラティってさ、僕のお尻のシワの数まで知ってるんじゃないの?」

「666本」

「即答しないでよ。ってか、悪魔の数字ってどういうこと!?あっ、違う!僕、そんなにシワないよ!?」

 戯けて返す一方で、レンは不思議と落ち着いていた。ラティエースが、レンのもう一つの顔を知っていても、それを仲間たちに教えることはないという確信があった。カノトあたりは独自のルートで知っているかもしれないが。レンの知る仲間はそういう人たちであった。この独自の絶妙な距離感。レンは友人、知人はそれなりにいるが、弱みを握られても良いと思える人間はラティエースたちだけであった。

(僕も同じ位、弱みを握ってるしね)

  握るだけで、今のところ使う予定はない。たとえ裏切られても使うことはないのではないかと考えている。なぜなら、それを使って命が助かっても彼らに嫌われて生きる方が辛いからだ。

 彼らは、レンの上っ面を一週間で見破った。なんでもいいよ、きみたちの好きな方にしなよ、と笑顔を浮かべるレンに、ラティエースは「お互いが好きなものを選ばないとフェアじゃないだろ」とレンの物言いを嫌った。ならば、とレンは彼らを試した。

――――人の愛情を試すようなことをするな!俺達はそんなことをしなくてもお前のことを大事に思っている。同じだけお前に返せなんて言わない。俺等が勝手にお前のことを気に入っているだけだからな!

 タニヤはそう言って、快活に笑った。

 レンの価値観をぶっ壊したのは、ラティエースだけではない。タニヤもレイナードも、ウィズもカノトもそうだった。ロフルトの教典に囲まれ、上っ面だけは清廉なレンに彼らは全く興味を示さず、レンの悪魔の顔の方を好んだ。

 彼らはとことんレンの思い通りにならない人間だ。低俗で、欲深いくせに、どんなに誘惑されようとも自分が決めた一線を越えない。それどころか、相手からそそのかされるのを嫌い、あくまで自分たちの行動で欲を満たす。建前や見栄、虚栄なんてものは興味を示さず、他人のためとか言いながら己の欲を満たすやつを心底嫌う。彼らは自分なりの正義を持っていた。時折、それはぶつかるときもあるけれど。その正義を元にした一線を彼らは守りつづけていた。

 レンはなんだか馬鹿らしくなって、被り続けた仮面を彼らの前だけ外すようになった。後年、育ての親はレンにこの場所を与えようとしていたのだと気づく。

「あれ、カスバートじゃん」

 ラティエースの言に、レンは我に返る。

「そうそう。それで呼びに来たんだった」

 レンが言い終わる前に、ラティエースは歩き出す。

 女性と楽しげに会話しているカスバートの背後に回り、女性が離れたタイミングで腕を伸ばした。

「あんた、こんなところで何やってんの?」

 ラティエースは怒りを押し殺した声で言い、カスバートの後頭部を片手で掴む。ラティエースの手はバスケットボールを掴めるほどの大きさはない。つまりカスバートの頭を掴むというより、置いた手に力を込めて食い込ませるといったほうが正しい。そして、それはかなり痛いということだ。

「痛い、痛い、痛い!!」

「うわー。久しぶりだね、カスバートくん」

「本当に。元気にしてた?」

 アマリア、エレノアが、カスバートの苦痛に歪む表情を無視して、挨拶をする。

「アマリア嬢、エレノア様、たった、助けて!!」

 二人は笑顔を浮かべ、左耳に左手を当てて、耳をカスバートに少し寄せる。

「いや、聞こえてるっしょ!」

「貴様。三年間どこをほっつき歩いていた。年始と建国祭の時期に簡単なはがきだけよこしやがって」

「暑中見舞いと年賀状だよ!社会人の基本だろ」

「だったら、年末年始、お盆休みに、ゴールデンウィークに孫を見せに帰省するもんじゃなくて?」

「嫁も孫もいねーよっ!!」

「元犯罪者だもんね」

 アマリアがカラカラと笑いながら言う。

「あら、やだ。元じゃなくて現よ。それにね、アマリア。元だろうが現だろうが、お嫁さんもお子さんも、お孫さんだっている犯罪者はいるわ。差別発言になるから気をつけなさいね。カスバートくんは、ただただ御縁がないだけなのよ」

 言って、エレノアも鈴を転がしたように笑う。

「はーい」

 優秀な生徒よろしくアマリアが元気よく返事し、エレノアは満足げな顔でアマリアの頭を撫でている。

「これに懲りたらマメに連絡しておいで?」

 ラティエースが気の毒そうに言った。

「・・・・・・はい」

 言って、カスバートは項垂れた。

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