59.求(もとめ)
翌日。ラティエースたちは、レンと共にラドナ王城へ赴いた。さすがにチャリで向うわけにはいかないので、王城より馬車を寄越してもらい、それに乗り込んで出発する。夕刻までには帰ることを言い置いて、子どもたちを通いの手伝いに任せる。ほとんどの子どもたちは、学校に行っているので、館に残っているのは、4~5人の子どもたちだけ。万が一のことも考えて、昼の営業を終えたらクレイも館に応援に来てくれることとなっていた。
今回通された部屋は、ラティエースは一度も足を踏み入れたことのない場所であった。磨き込まれた螺旋階段を上り、チェス盤のような、市松模様のような黒と白の大理石の床を進んだ先の部屋に案内された。その部屋は、若草色を基調とする王城とは違う意匠で統一されていた。
部屋は、蒼と白に統一されており、調度品もラドナ風というよりも、ロフルト風といった感じの宗教的な物が多い。白に金縁で装飾されたテーブルと、同じく金の骨組みできた椅子のクッションは蒼。背もたれのクッションには、ロフルト教の象徴、天秤をかざした女神が刺繍されていた。
(なるほど。此処はラドナであってラドナじゃないか・・・・・・)
ロフルト教皇国は、同盟国にこうした部屋を作らせているのだろう。城の中心部に、領事館を収めているようなものか。エレノアを横目でうかがい見れば、特に戸惑っている様子はない。ロザ帝城にも、ラティエースたちが知らないだけで、こうした場所があるのだろう。
「さっ。レイナードが来るまでゆっくりしてようよ」
まるで私室に招いたようにレンが気軽に言って、お茶の支度を始める。アマリアも手伝おうとしたが、「君たちはお客様だから座ってて」とレンから断られていた。仕方なく、3人は席に着く。
「ロザとそっくりだわ」
エレノアがラティエースが問う前に言った。やはりロザにもあるのか、とラティエースは確信する。
「同盟国には、この部屋を設置することが条件なのかもね」
ラティエースの言葉を予測から確定にしたのは、エレノアではなくレンであった。
「その通りさ。で、僕らはこの部屋に通行証さえ見せれば、入ることが出来る。もちろん、通行証を持っているのは司祭以上だけどね」
レンは、盆に4つのマグカップを載せていた。茶器というよりも庶民が使う無骨なカップだ。こんなものを王城で使っているとは。この部屋は、ロフルト教関係者の宿泊所も兼ねているのだろう。特に拘りがない3人はそれぞれのカップを受け取り、口を付ける。中身は、薔薇茶であった。レンも席に着く。
「此処に泊まればよかったじゃん」
「ヤダよ。ご飯美味しくないし。たまの出張くらい美味しいご飯を食べたいじゃない。普段、粗食なんだからさ」
王城には、晩餐会の食事を提供するレベルの高い料理人が揃っているはずだが。が、レンの口には、格式張った高級料理よりも、アマリアの家庭料理の方が良いということなのだろう。アマリアがまんざらでもない様子で照れている。
「エレノアさん。今日もそっちに泊まっていっていいでしょう?」
レンが身を乗り出して言った。レンはエレノアの対面に座り、ラティエースとアマリアの隣に空席を挟み、レンが座っていた。
エレノアは微笑した。
「今日のお話次第ね」
「参ったなー。今日は、野宿かもしんない」
そう言うレンは、笑顔のままであった。
レイナードは、ミルカを伴ってやってきた。レンは微苦笑し、ラティエースらは目を丸くする。
「女王陛下のご命令だ。同席させても良いよな?」
レイナードが、レンを睥睨して言った。レンは無言で肩をすくめた。急遽、椅子をもう一席用意し、円卓に、全員が揃う。
「じゃ、まずはロフルト教皇国の使者としての仕事から。3ヶ月後、ロフルト教皇国では、降臨祭が執り行われる。毎年、各国の代表が集まるから、そこで会談やらなんやらてんこ盛りの大イベントさ。本来の目的、女神の降臨を祝福するお祭りは建前と化している。エレノアさんも、出席したことがあるよね?ロザの代表として」
「ええ。公務の一環で二度くらい。大礼拝が終われば、ただの政治の場ね」
「今回、降臨祭にお三方を招待したい。教皇聖下直々の要望だ。なぜ、とか聞かないでね?それは僕には分からない。直接、聖下にお聞きしてくれ」
「神託でも降りたのか?」
レイナードが言えば、レンは「さあ」と肩をすくめる。興味もなければ、関わる気もないらしい。本当にメッセンジャーとしての務めしか果たす気がないらしい。
「見返りは?」
ラティエースが端的に問う。ただのご招待でラティエースたちが頷くとは思っていないだろう。招待されて喜んで行くなんて思っていたら、ロフルト教皇国のお花畑加減を疑う。
「ロイネリウム」とレンは一言言った。レンはゆっくりと円卓のメンバーを見回し、口角を上げる。
「あそこの目的は、領土の割譲でも報復でもない。一戦交えて停戦に持ち込み、ラドナに併合されることを望んでいる」
なっ、とレイナードが思わず声を上げる。
「それは、どういうことなんですの?南方諸国連合から抜ける?共和国と袂を分かつ、と?」
兄の代わりに、ミルカが問う。
「前提にあるのは、ロイネリウムのお家騒動だね。共和国の人身売買組織が昨年、壊滅しただろう?あれは共和国から委託を受けていたロイネリウムの大切な収入源だった。その大元をぶっ潰したことで、ロイネリウム王は窮地に陥った。何せ国王主導の事業だったからね。
この非道が明るみになり、王太子が蜂起。父殺しを達成し、玉座に着いたが、今度はその弟が兄と対立。その弟にロフルト教皇国は、祝福を与えなかった。つまり、ロフルトは王と認めないと言っているのと同じ。女神が認めない王を側近たちは引きずり下ろし、あっさり処刑。さて、残った王族は?」
「ロイネリウム王には、庶子も何人かいたし、直系の妹姫もいただろう。彼女は若いながらとても聡明だと聞いていたが?」とラティエース。
「真っ先に父を断じて、離宮に幽閉。その後は行方不明さ」
「じゃあ、側近が身売りを考えているのか?」
レイナードが思案顔で問う。この裏話を受け止めきれていないし、その発端に、ラティエースもレイナードも無関係とは言えない。
最初は子どもを死産と偽られた母親が疑問に思い、ラティエースに調査を依頼したことが始まりだ。病院を調べていくうちに組織に行き着き、そのバックに共和国の上級役人が関わっていたということだった。此処で手を引くことも考えたが、子どもの生存が確認できるまでは、とラティエースは深部まで調査した。その結果、組織を壊滅させることを決意した。悲惨な結果に終わり、依頼者の子どもも助けられなかった。それでも母親はお礼を言ってくれた。生き残りの子どもたちは、今、孤児院にいる。
「そこまでは。でも、そうなんじゃないの?残っている王族は傍系ばかりだし、妹姫は行方不明」
「降臨祭を理由に、ロイネリウムはラドナとコンタクトを取りたいということか。その仲立ちを、ロフルトが行う、と。だから、わたしたちは大人しく降臨祭に招かれろ、と。なるほど、確かに大きな見返りだ」
「仮に話が決裂したときは?今更、共和国にすり寄るの?」とエレノア。
「まあ、小国の運命だ。お家騒動の時に、おさめるどころか煽ることすらした共和国に対し、腹に一物抱えたまま、すり寄っていくんだろうね」
「・・・・・・。併合するということは、ラドナの庇護に入るということだ。そんな防衛力、ラドナにはないぞ」
レイナードが不満をぶつけるように、レンに強い口調で言った。
「そこは、ロフルトが神託でも何でも出して、ロザや近隣諸国に協力を仰ぐよ。信仰を守る弱き民を守る神の兵として派兵させる」
「随分と用意がいいのですね」ミルカが言う。「ロフルトは最初から、こうなる筋書きで動いていたのでは、と疑ってしまいますわ」
「こらこら。共和国も疑って、ロフルトも疑っていたら、疑心暗鬼の極みで身動き取れなくなるよ?」
「そうなる原因に、あなたの軽薄さもあるのですよ」
確かに、レンの態度は一貫して他人事だ。それは彼の性格だし、今更、矯正は無理だ。
アマリアは、誰かが発言するたびに目線だけを動かして、薔薇茶を飲む。この場に、何かふさわしい考えも言葉持たないアマリアはただ黙ることに注力する。
「レン。ロイネリウム軍には共和国軍もいるんだろう?留守中に、ラドナに侵攻されたら堪ったもんじゃない」
「そうだね。さすがに共和国軍の旗を揚げてるわけじゃないけど、紛れているだろうね。今の大公軍とラドナ軍と同じさ」
「ウチは、あくまで武器と教練だけだ」
ロザの軍人が紛れているとばれれば、ロザは共和国に宣戦布告したも同然だ。その辺の機微は、大公は神経質なくらい気を使う。
「大公殿下は、清廉でいらっしゃる。でも、後々考えるとその方がいいんだけどね。つまり、共和国も内紛でここまでロイネリウムが弱体化したのは計算外だったんじゃないかな。ラドナはそうじゃなくても、ロイネリウムは、確実に共和国の軍人が紛れてる。どう言い逃れする気かは分からないけど、勝つ気でいるんだろうね」
「意外と、ロイネリウムだけじゃなく、共和国も追い詰められているのかもね」とエレノア。
(ああ、だからか・・・・・・)
先ほどから、レイナードをチラチラ見る視線。それは、ミルカからの視線だ。そして、女王がミルカを同席させたのも、こういう事態を想定してのことか。
(母さんが出れば、もう、全部解決するんじゃないか?)
レイナードはすべてを放り投げて、そんな投げやりな考えに飛びつきたくなる。
「ミルカ」レイナードは妹の名を呼び、真っ直ぐ見据えた。「行ってくれるか?」
「はいっ!」
ミルカがはっきりと言った。
次に、レイナードはラティエースを見る。エレノア、アマリアを見つめ、再度、ラティエースを見据える。
「3人とも、降臨祭に出席してほしい。・・・・・・頼む」
ふう、と大きな溜息をついたのはエレノアだった。
「そうなると思っていましたわ」
「逃げ場ないしね・・・・・・」
「もう仕方ないよね」
3人が3人、それぞれの言葉で降参の言葉を口にする。「よかったあ」と暢気な声を上げるのはレンである。
「じゃあ、早速、準備をしないとね。ラティ、アマリア、戻るわよ。最低でも1ヶ月は留守にするんだから」
「そうだね」
「クレイにも言っておかないと」
そう言いながら、ラティエースたちは席を立つ。
「じゃあ、わたしたちはこれで失礼します。あっ、レンさん。しばらく、準備で忙しいので、宿泊先は他を当たって下さい」
エレノアはそう言い捨てて、部屋を後にする。ミルカもラティエースたちを見送ると言って、一緒に出て行った。部屋には、レイナードとレンの二人だけになる。
「・・・・・・。あの・・・・・・」
レンは、あざとく小首をかしげて、うるんだ瞳でレイナードを見つめる。
「とっとと戻れよ、ロフルトに」
レンが口を開く前に、レイナードがきっぱりと言う。今から王都を出ても、次の街にはたどり着けないだろう。
「野宿決定?」
その言葉に、返答はなかった。




