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転生令嬢の生存戦略のすゝめ  作者: 草野宝湖
第二編
58/152

58.戯(たわむれ)

 ラティエースたちは、ラドナ王都の中心部より少し離れた小高い丘の上に居を構えていた。昔は、貴族の別邸だったという館を買い取り、改装して住んでいる。孤児院と図書館、そしてラティエースとエレノアの仕事場を兼ね備えてもあまりある大邸宅である。子どもたちが遊べる庭もあり、食糧保管庫代わりの倉庫も付いている。

 ラティエースはチャリで緩い上り坂を上がりきってから、降りる。運動不足を自認しているので、毎回、チャリから降りずに登り切ることを目標としている。今日も登り切ることが出来て安堵していた。ただし、激しい動悸と息切れが中々おさまらない。

 ラティエースは、チャリをそのまま押して、玄関隣の空間に停めた。チャリは他に二台とまっていた。エレノアとアマリアの分である。子どもたちにも練習させているが、二輪をバランスをとって漕ぐという動作は意外に難しいらしい。壊れにくい、特殊な木材を使用したチャリは量産できないし、補助輪を3台のうちの一つに付けるという話も出たのだが、3人ともやんわりと拒否をした。

「ただいまー」

「お帰り!」

「おかえりなさーい」

 早速、子どもたちが飛びついてくる。

 孤児院には現在、18人の子どもたちがいる。性別、年齢、国籍も様々で、飛び交う言語も多数入り交じっているが、此処ではロフルト語を共通言語としていた。

「はいはい、ただいま。カーク、背中に乗らないで、歩けない。ほら、汗臭いだろ?」

 そう言いつつ、ラティエースは自分から振り払おうとはしない。子どもたちもまたくっついたまま、人数だけが増えていく。

「ラティ、お客さん!」

 ラティエースの左手を掴んだ少女、ハンナが言った。

「お客?」

 そう、と言って、少年が右手を掴んで引く。目的地は食堂のようだ。

 食堂に入ると、テーブルの中心に見覚えのある青年が座っていた。勉強を見てやっているようで、テキストを指さしながら、子どもたちの回答を待っている。

「ありゃ、レン?」

「お邪魔してるよ、ラティ」

 いつもの法服ではなく、ブラウスとスラックスというどこにでもいそうな青年の格好をしていた。天使のような愛らしさは隠しきれようはないが、それでも3年も経てば愛らしさの代わりに整った顔立ちが引き立っている。

「どうしたん?急に」

 上着を脱ぎながら、ラティエースは言った。

「はい。「聖法」を十回書いて。・・・・・・ん?ちょっと近くまで来たからさ」

「レイナードには会ったの?」

「もちろん。その足でこっちに来たんだ。エレノアさんには言ったけど、僕、今日、此処に泊まるから」

「そりゃ、構わないけど」

 幸い部屋は有り余っている。子どもたちには年齢に合わせて個室を与えているし、幼少の子たちは、相部屋だが、それはそちらの方が寂しい思いをしないで良いのではないか、という判断によるものだ。

「楽しみだなー。アマリアさん家の食事。下手なホテルよりもこっちの方がいいに決まってるもの」

「ウチをホテル代わりにしないでよ」

「聖法札を置いていくね。前の分を掛け直しておくよ」

 にっこり、とレンは微笑む。

「おねがいしやっす!」

 ラティエースは掌を返して、姿勢を正し、軍礼するように頭を下げる。

 聖法札とは、強力な魔除けとでもいえばいいだろうか。結界術にも似ている。悪意ある者には、この館は認識できないような効果や、館に続く森を彷徨い、館に近づけない効果があり、司祭のものとなれば効果は絶大だ。護衛を雇うと子どもたちが怯えるため、定期的にレンから聖法札を取り寄せていた。

 ラティエースが連れ帰った孤児たちは、訳ありの子がほとんどだ。逆恨みで今も命を狙われている子もいる。

「食事の準備、手伝ってくる」

 そう言い置いて、ラティエースは食堂を後にした。


 キッチンは、アマリアの希望通り広めに設計されていた。今は、アマリアとエレノアが、スープを温めたり、メイン料理の味付けをしたりと、キビキビと働いている。通いの手伝いもいるが、仕上げは基本的に3人で行う。子どもたちには配膳はさせるが、年長の子どもたち以外は立ち入り禁止としていた。その子たちも、エレノア達の許可がないと入ってはいけない。以前、冷蔵庫を開けっぱなしにして、食材が台無しになってからの対策であった。

「わたしはカトラリーの準備かな」

 シンクで手を洗いながら、ラティエースが言う。

「お願い」とアマリア。

 今日は、珍しく揚げ物らしい。のぞき込めば、肉の塊がふよふよと油の上に浮いている。

「トンカツ?」

「そっ。レンさんのリクエスト。店じゃ、売り切れで食べれなかったからって」

「ああ、そう。ごめんね、なんか」

(あいつ、そういうところちゃっかりしてんのよね・・・・・・)

「いいよ、別に。わたしも久しぶりに食べたかったし」

 ラティエースは食器棚に戻り、皿やカトラリーを、カートに乗せていく。そこに、エレノアがスープ鍋を持って近づいてきた。

「明日、3人で王城に来て欲しいって。何か聞いてる?」

 いや、とラティエースは左右に首を振る。

「そう・・・・・・。あいつ、胡散臭いわね」

 エレノアは眉根を寄せて言い、ラティエースの様子をうかがう。

「その認識で結構」

 気分を害したわけでもなく、ラティエースは頷いた。

「この世に聖職者という職業があって本当に良かったと思うよ。そうじゃなかったら、あいつは、快楽の赴くままに世界を混沌に落すような奴だ。あいつは、「面白そう」の一点で動く奴だからな」

「よく聖職者になれたわね」

「神様を信仰する集団も所詮は人の集まりで、意思決定は神ではなく人だ。自分たちの正当性に神という枕詞を使ってるだけさ。あいつはその建前を存分に利用できる奴だね。神を大して信じていないくせに、聖法使いとしては一級というのも皮肉だよね」

「随分と辛辣ね」

「そう?」

 ラティエースはどちらかというと法の信奉者だ。神だの王だののように、時代や世相によって形を変える意思決定を嫌う。意思決定者が善良な者ならば、それは善政という形で返ってくるだろうが、逆ならば人々は不幸一直線だ。ならば、良法を敷き、時には最高決定者ですら縛る法を制定した方がいいと思っている。そして、その法が正しく施行されているか監視する機関、守らなかった者を罰する機関、そして守ったものを保護する機関を設けることも大事であると考えている。と考えつつも、あくまで理想論だと冷めた見方もしている。法には完璧さを求められるが、意外と抜けも多いのだ。その抜けを使って有利に事を運ぶなんてことをラティエースはこれまでのやってきたのだから。

「ただ、法ではなく施政者個人に助けられてきたことは自覚しているけどね」

 こうして命があるのは、ケイオス一世たちの特別な配慮によるものだと分かっている。自分たちが恩恵を受けた側だから良かったものの、逆だったならば、時の権力者を恨み、失脚させるために行動を起こしていたかもしれない。

 ラティエースは出入り口のベルを手に取り、鳴らす。カートを廊下に出す頃には、食事当番の子どもたちが駆け寄ってきた。

「気をつけて運んでね」

 エレノアの言いつけに、子どもたちは素直に「はーい」と返事する。

「トンカツももうすぐ揚がるからねー」

 火の側で、アマリアが声を上げる。これにも「はーい」と子どもたちは返事をした。カートを運んだら、すぐにとって返すだろう。

「じゃあ、わたしたちはレンとかいう人のお遊びに付き合わされるってこと?」

 エレノアは不快感をあらわに、眉根を寄せる。

「そうならないように務めるよ」

 どこか責めるような口調のエレノアに、ラティエースは苦笑して応じる。

「先に食べてて。わたし、湯汲みしてから食堂に行くよ。今更だけど、汗臭いや」

 このまま会話をしていても分が悪いと感じたラティエースは正々堂々と逃げることにした。

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