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転生令嬢の生存戦略のすゝめ  作者: 草野宝湖
第二編
57/152

57.訪(おとない)

 ――――――帝国暦417年葵の月一五日 ラドナ王国王都ラドナ

 王城に続く大通りを、一台の変わった乗り物が疾走する。それは、馬車よりも速く、馬車のように大通りの大半を占拠することもない。隙間を縫うようにスルスルと軽快に道を進んでいく。大通りの両端に店を構える店主たちにとっては、おなじみの光景であった。

「なんじゃ、ありゃ」

 野菜や果物を物色していた男が、先ほど走り去った珍妙な乗り物に目を丸くする。おや、と店の女主人が瞬く。

「あんた、見たことないかい?あれは、チャリという乗り物らしいよ」

「チャリ?馬か?」

「形はそうだけどね。こう前と後ろに車輪がついていてね。それを自分の足で漕いで、進める乗り物なんだと。止まるときやスピードを落すときは車輪を止めるブレーキとかいう車輪止めで止めるんだと。まぁ、この間はぬかるんだ道に突っ込んで、全身泥だらけになってたけどね」

「へー・・・・・・。それにしても、そのチャリに乗っていたのは、ありゃ、女か。スカートがはためいていたぞ」

「そうよ。チャリなんて珍妙な物に乗るのは、ラティちゃんたちぐらいだろうね。ほら、丘向こうの孤児院があるだろう?あそこの人間さ」

「ああ。あそこか・・・・・・。エリーさんとかいう美人がいる孤児院だろう?もう一人いたな。たしか、アマリアちゃんとかいうチビっこい娘」

「こらこら。あれでも人妻だよ?孤児院を手伝いながら、向こうの通りで旦那さんと食堂をやってるよ。最近、評判でね」

「ほー。若い娘さんが集まって、孤児院かい?修道女ではねーな・・・・・・」

 黒い修道女の服を着てはいなかった。白のブラウスにえんじ色の長スカート。はためくスカートからは、茶色のブーツがチラリと見えた。

「ラティちゃんは何でも屋かねぇ。王城にもよく出入りしているし、レイナード王子も利用してるって噂だよ」

「そりゃ、また・・・・・・」

 未婚の娘は両親に従い、結婚すれば夫に従う。基本的に家から出ずに、家事をこなす。そういうものだと思っていたが、先ほどの娘は、その真逆のような姿であった。風を気持ちよさそうに受け、行きたいところに行くような。

「まあ、とにかく。知っていて損はないよ。何か困ったら、ラティちゃんに相談してみな」

「おうっ・・・・・・」

 そう言って、男は店の主人に銅貨を数枚渡した。


 ラティエースは、表向きは孤児院の職員として名を連ねていたが、実際は、「何でも屋(フィクサー)」をしていた。貴族令嬢の肩書きが取れた今、身動きは取りやすくなっている。それでも当初の予定であった世界中のファンタジー要素を見て、体験する旅はできていない。ロザ帝国を出奔して以来、それにまつわる雑事を片付けていたらあっという間に三年が経ち、未だに片付けられていないのが現状だ。その現状に不満がないといえば嘘になるが、そもそも生き残ることが目的だったのだ。旅の出発が少々遅れたとしても仕方のないことだと受け入れている自分もいた。

 さて、ラティエースの仕事であるが、なにもなんでも屋(フィクサー)と看板を下げているわけではない。が、そう知られてしまっている。レイナードだけでなく、ラティエースの居所を聞きつけた商会や教皇国の人間までもが、あくまで秘密裏に困りごとを持ってくる。その問題も、小さなことから国家レベルのものまで様々である。この間は、共和国まで飛び、約1年がかりで、犯罪組織を壊滅させた。

 仕事を受ける条件は一つ。レイナードがいいと思ったものだけ。それだけだ。レイナードはラティエースたちの保護と引き換えに、仕事を依頼する。レイナードは各国にイニシアチブを取れるというわけだ。ラティエースに仕事を直接依頼するのはNG。あくまで、レイナードを通すことを条件とし、依頼側もその条件をしっかりと守っている。

 そういうことで、ラティエースは他の二人と異なり各国を飛び回り、一年の大半を海外で過ごしているものの、当初の目的である魔法の国や、龍の国には近づくことも出来ていない。エルフも、ドワーフも、人魚も、今のところ、お目にかかれていない。

 そして、今は。レイナードの呼び出しにより、来月の首脳会談の相談を受けているところであった。

「じゃあ、今度の二者会談に、通訳が必要ってわけだね。エリーで良いだろ」

「そうしてくれると助かる。礼儀に煩く、気難しい人なんだ。機転のきく人を大臣の側に置いておきたい。あと、うちの料理長が、アマリアさんに、晩餐会のメニューについて相談したいそうだ。向こうの人の好みやらなんやらを知りたいそうだ」

「分かった。伝えておく」

 ラティエースは、帳面に書き付ける。

「それとな、非公式の要請なんだが」そう前置きをして、レイナードは茶器をソーサーに置いた。

「ロザの人間が、君と会って話したいんだそうだ」

 ラティエースは、「げっ」と顔をしかめる。

「ケイオス一世の退位に伴うことだろう。イヤなら断っておく」

「レイナードが断れば、ラドナに変なケチがつく。いいよ、会う。けど、同席してくれると助かるかな」

「分かった。そのように伝えよう」

 3年経てば、少しは変わっていく景色もある。そして、人も。目の前のレイナードも、3年前よりもずっと大人びて見える。相変わらず、摂政と名乗っているものの、実質、王と何ら変わりはない。元々、きれいな顔立ちをしているが、そこに精悍さが加わり、またひと味違う美貌を作り出している。

「どうした?」

 ラティエースの視線が、レイナード一点に注がれていることに気づき、レイナードが声をかける。

「いや・・・・・・。剃り残しがないかな、と」

 ラティエースは気恥ずかしさを隠しながら、咄嗟に戯れ言を零す。

「お前なぁ・・・・・・」

 レイナードは苦笑する。その所作も、どこか洗練されていて、ドキリとさせられる。その感情に名をつけるわけにはいかない。だからラティエースはそれを台無しにする言葉を選ぶ。

「そういやさぁ、レイナードは、縁談とかないの?」

 へっ、とレイナードは目を丸くする。

「お年頃でしょ?しかもラドナの跡取りでしょ?そういう話、出てないの?」

 レイナードは言葉に窮した。

 縁談なら、掃いて捨てるほど来ている。

 女王からも、ラティエースを諦めて、母の勧める女性との見合いをするよう暗に言われている。

 そろそろ、キリを付ける時期かもしれない。心では分かっている。この3年間、レイナードも、ラティエースも、友人という距離から一ミリも縮められていないのだから。

「お兄様には、婚姻よりまだやることがありますのよ、お姉様」

 第三者の声が割って入る。ラティエースとレイナードの使っているテーブルには、いつの間にか、両肘を付いて、組んだ指の上に顎を乗せたミルカがいた。

「おまっ、いつから・・・・・・」

 レイナードは驚きの声を上げる。

「あら、ミルカ王女殿下。ごきげんよう」

 ラティエースは平静を保った声で言った。

「ごきげんよう、お姉様。ところで、お姉様。そろそろ、ボウム高原に向うお時間では?」

「あっ、そうだった!ハイネマン大佐と会う約束があったんだ!」

 言って、ラティエースは帳面や資料をかき集め、乱暴に書類ファイルに挟み込む。

「じゃあ、レイナード!また詳細が決まったら連絡する!!」

「あっ、ああ・・・・・・」

 ラティエースは慌ただしく出て行った。ラドナ兄妹は笑顔で、その背を見送った。

 チッ、と舌打ちがする。

「おい・・・・・・」

「何です?お兄様」

 ミルカは、ラティエースが座っていた椅子に座る。

「一国の王女が舌打ちなんてするな」

「お母様でも、そうしていたと思いますわ。まったく、3年も時間がありましたのに、お兄様は一体、何をしていらしたの?」

「仕事だよ?」

 主に、女王の代理、摂政としての。

「せっかく、お姉様はフリーになりましたのよ?もう障害も何もないじゃありませんか!」

「あのなあ。そんな簡単にいくかよ」

 レイナードは頬杖をついて、憮然と言い返した。

「お姉さまは、確かにミルドゥナ侯爵令嬢の籍を抜かれて平民となっていますが、ミルドゥナ大公の孫女としての地位は維持されたままです。エレノア公爵令嬢に至っては、籍も抜かれておりません。アマリア様は、クレイ様と結婚されて、確かに平民となりましたが」

「つまり、いつでもロザに戻れる身分ってわけだ」

「ええ、そうです!だからこそ、今のうちに既成事・・・・・・」

「やめろ。妹の口からそういう話は聞きたくない」

「お兄様」ミルカは真面目な顔をして、「ロザは今、代替わりの重要な時期です。あの3人を利用しようと触手を伸ばす者は多いはずです」

「分かってる・・・・・・」

 ロザ側が非公式の面談を申し込んできたのも、その一つだろう。

(分かっているんだけどな・・・・・・)


 ――――――ラドナ王国南西・ボウム高原

 ラドナ王国の王都ラドナより南西約二〇キロの位置に、ボウム高原と呼ばれる高原と窪地がある。今、この場所は、徴兵によって集められたラドナ国民の訓練場となっていた。レイナードは、ラティエースの力を借りて、ミルドゥナ大公の軍事援助を取り付け、訓練教官、武器等を送り込んでもらうことに成功した。

 現在、アダム・ハイネマン大佐による軍事訓練が行われていた。

 整然と並ぶ兵たちと、その兵の前、中央に設けられた壇上の上からハイネマンが、怜悧な眼光で彼らの動きを監視している。

(あの目、懐かしいな……)

 ラティエースは案内の兵の後ろから、ハイネマンを含めた兵たちの様子を見て思った。

 ミルドゥナ大公中央軍参謀本部所属アダム・ハイネマン大佐は、何を隠そうブルックスの息子である。アダムは、ブルックスの若かりし頃をそのまま再現させたような男である。

「ラティエース・ミルドゥナ様をお連れいたしました!!」

 姿勢を正した案内役の兵士が、敬礼と共に声を上げる。

「ご苦労。下がれ」

 アダムが低く、鷹揚のない声で応じる。「はっ!」と兵士が返し、回れ右をして、行進する足取りで去っていった。

「ご無沙汰しております。ハイネマン大佐」

「ええ。あれからお変わりはありませんか?お嬢様」

 ブルックスが執事をしていた頃、ブルックスの妻、アダムとその兄妹も一時、ミルドゥナ侯爵邸に、メイドや小間使いの見習いとして滞在していたことがあった。アダムはそのころの調子で、ラティエースをお嬢様と呼ぶ。

「おかげさまで。ずいぶんと動きに無駄がなくなりましたね」

 一糸乱れぬ様子で行進する様子を見ながら、ラティエースは感心したように言った。

「そろそろ、模擬剣や槍をもたせようかと考えております」

「どうしても徴兵された者たちは、職業軍人のようにはいきませんから、どこまで訓練したらいいか考えものですね。槍も剣も個人の技量を特出させずに平均的な技能を叩き込むって至難の業ですね」

「ええ。レイナード王子殿下からは、敵を倒す力はなくても、防げる力は持たせたいとのことです。倒すのは、それこそ職業軍人の仕事でしょう」

「ですね」とラティエースは端的に同意した。

 ラドナ王国の国土、人口を考慮しても、徴兵制は欠かせない。ロザ帝国のように広大な領土と、人口、そして、税収があるから、軍人は軍人としての職務に集中できるのだ。ラドナ王国は、兵力を補うために、農業などの従事している者たちを頭数に揃えるしかない。

 ミルドゥナ大公が、今回、軍事援助を承諾した理由は、ラドナ王国をロザ帝国南方の橋頭保の役割を期待しているからだ。もちろん、盾の役割も同時に求めている。

「……。近々、南方と一戦交えるかもしれません」

 眼下に広がる窪地を見やりながら、アダムは言う。

「そう……」

 ラティエースもまた、アダムを見ずに、訓練風景をぼんやりと見ながら答えた。

 南方諸国連合とラドナ王国は、西の国境線を接している。起伏の激しい地形での戦いになる。だからこそ、アダムは高低差の激しいボウム高原を訓練地として選んだのだろう。

南方諸国連合とは、ミアン、クサバ、サーヌ、ロイネリウムの4カ国をまとめて呼称する。ラドナは、南方諸国連合の中でも、最も広大な領地をを有するロイネリウムと国境を接する。

 ちなみにタニヤは、南方諸国連合海軍に所属していて、ミアンという国の諸島群を拠点としている。海軍は、周辺国随一の軍事力を誇っていて、ミアンを占領するにはまずこの海軍を相手にしなければならない。そして海上では地上と違って数の有利で勝敗は決まらない。船を巧みに操る能力が物を言う。今のところ、ミアン海軍を凌ぐ海軍はない。

「小競り合い程度で済めばいいのですが……」

「そうね。それでも死者が出る」

 今、訓練で汗を流している何人かが二度と故郷に帰れない。

「小国ですから」

 アダムが無慈悲な一言を放つ。

 そう、ロザとは違うのだ。3年前に第一皇子の謀反があり、それ以前にも第一皇子は国内外で色々とやらかしていたが、それでも、国外からの侵略はなかった。連邦や共和国は国境線に兵を配備したが、結局、軍事衝突は起らず、そのまま撤退していった。

「わたしたちができるのは、最後の最後まで言葉を尽くして領地に一歩たりとも敵を入れないことね」

 ラドナの外交官も、ミルドゥナ大公をはじめとしたロザ帝国も、諸外国に働きかけているときく。衝突の兆候は以前から見えていたから、ずっと裏工作は続けてきた。ロイネリウムは、特に共和国と密接な関係にあるが、いかほどの助力を得られているのだろうか。

「昨年の共和国の意趣返しってのは、考えすぎか?」

「・・・・・・。分かりません」

 昨年、ラティエースが中心となって共和国の犯罪集団を壊滅させた。これには、アダムも間接的に関わっているし、何ならセキリエやアインスも協力していた。ひょっとするとラティエースが考えるよりも共和国にダメージが大きかったのかもしれない。もちろん、ラティエースは身分を隠していたが、分かる者には分かるものだ。事実、それ以降、ロザ帝国側の接触が増えた。共和国の内情を知りたいというのと、敵国に衝撃を食らわせたラティエースを担ぎたいのだろう。一応、国外追放された身なのだが。

 ラティエースは乱暴に頭をガシガシとかく。

「その癖、未だ直っていなかったですね。思考がぐちゃぐちゃになった時に、よくやってらっしゃいましたね」

 アダムが微苦笑と共に言った。

「うん。貴族令嬢を辞められればソレで終わりと思ったんだけど・・・・・・。意外と、降りられないもんなんだな、と」

「降りる?舞台からですか?」

「うん」

 アダムは無言で苦笑した。

(無理ですよ。あなたがたは、ずっと舞台で踊り続ける運命だ)

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