55.が、何とか回避して、今も生きています。
旅立ちの日。雲一つない晴天である。
エレノアを見送るポモーナの腕には赤ん坊がいた。ダルウィン公爵家待望の男子、ウィル・ダルウィン公爵令息である。両親にもエレノアにも似た元気な赤ん坊であった。
玄関前には、家族だけでなく、執事やメイドたちが勢揃いしていた。サリーだけは最後までついて行くと主張していたが、弟を任せられるのはサリーしかいない、というエレノアの説得にようやく頷いたのだった。それが今日の明け方のことである。それでも、名残惜しさを隠しもせず、ハンカチを片手に涙している。
エレノアの足下には、旅行鞄一つのみであった。残りは皆、邸宅に置いていく。
エレノアは、おくるみに包まれた弟の頬を軽く突く。ウィルは、気持ちよさそうに寝息を立てている。ふんわりとミルクの香りがした。
「もう少しゆっくりしていったら?」
ポモーナは、朝食から何度目になるか分からない言葉を掛けた。
「ラティたちも、もう帝都を出てるだろうから」
そう、とポモーナが残念そうに言う。
「手紙は書いてくれるんだろう?」
キンバートが、しょげる妻の肩を抱き、娘に言った。
「ええ、もちろんですわ」
「元気でな。いつでも帰っておいで。皆、君たちを待っているから」
そう言って、娘を抱きしめる。
「はい。お父様、お母様。それに、ウィル。どうか元気で。また、会いましょう」
その頃、ラティエースはメブロ近くの海岸、小さな波止場に来ていた。地元民が使う簡素な船着き場で、此処を巻き込んで、メブロを拡張するつもりであったが、さすがにまだ着工はできていない。
エレノア、アマリアとはメブロで待ち合わせをしている。
帝都のギルドから護衛も手配済だ。まずはラドナ王国を目指し、そこで生活を落ち着けてから、旅に出ようと思っているのだ。そのときは、ひょっとすると3人ではないかもしれない。
アマリアは、クレイと結婚式を挙げ、晴れて夫婦となった。二人はそのまま、ラドナ王国で生活をする予定だ。今回の旅にも、もちろんクレイも同行する。
等間隔に設置された係船柱の一つに片足を置き、黄昏れているラティエースに、カスバートが気まずそうに声を掛けた。
「あのー・・・・・・。ラティエースさん?」
「船長と呼べ」
「船で旅しないじゃん」
「・・・・・・。で、何?」
「マジでオレを連れて行くの?」
「イヤ?」
「イヤじゃないけど、オレ、一応、罪人じゃん」
「そうだね。ウィズなんて、いまだに君の命を狙っているからね」
「そう、そうなんだよね・・・・・・」
「でもさ。君も、龍や魔法。ファンタジーの世界が現実にあるっていうことで、色々、見て回りたかったんでしょう?わたしたち、そのつもりで旅するから、ついてきたらいいんじゃない?と言っても、すぐには無理だろうけどね。でも、わたしと一緒に居た方がいいと思うよ?少なくとも、ウィズはわたしの前では君の命は狙わない」
「そりゃ、そうだけど・・・・・・」
ラティエースは係船柱から足を離し、振り返る。
「とりあえず、ラドナまでは一緒に行こう。関所はわたしたちと一緒に行けば、スルーできるし。で、ラドナからは好きにすれば良い。独りで旅をしたいならそうすればいいし、何なら資金も出すよ。その場合、仕事を依頼することになると思うけど」
「仕事?」
「うん。他に転生者がいないか探して欲しい」
「あっ・・・・・・」
「もし、わたしたちのようにある程度、受け入れているなら良いけど。そうじゃないなら、保護してやりたい。帰りたいなら、その方策を一緒に見つけても良いと思っている」
「やるよ。ってか、やりたい」
カスバートは勢いよく言った。
「決まりだね」
言って、ラティエースはカスバートの――――――大分距離があるものの、背後から近づいてくる一台の馬車に気づく。カスバートも気づいて、振り返った。
「メブロで待ち合わせじゃなかったっけ」
「そうね。でも、メブロに行ったら、ガリウスとか面倒だし、このままいっちゃおうか」
「そうっすね。盛大な見送り式典、準備してそうですし」
カスバートの言葉は当たっていた。ガリウスは特注の横断幕を用意し、ラティエースの銅像が間に合わなかった分、街全体で盛大に見送るつもりでいた。
ラティエースはおぼろげな形の馬車に向って、大きく手を振った。馬車の荷台から身を乗り出した二人の人影が手を振りっている。
「さっ、行こうか」
言って、ラティエースは足を踏み出した。
転生したらなんかいろいろな陰謀に巻き込まれました。
が、何とか回避して、今も生きています。
第一編 了




