54.祭りの後⑤
ロザ学園カフェテリアでは、従業員が勢ぞろいしていた。コックも給仕も皆、中央の長テーブルに集合している。テーブルの上には、大きな木箱が4つほど置かれていた。
「皆さま、営業前に集まっていただき、ありがとうございます」
給仕長が言った。
「そうだぜ?仕込みもまだ終わってねーのに」
イバニスが早速、声を荒げる。
「料理長、申し訳ありません」
鷹揚のない、朗読するような口調で給仕長、アリー・バーンは言った。
「その木箱となにか関係があるので?」
ザックが言った。アリーが厨房の状況を知らないわけがない。それでも招集をかけた。それほどのことがあるのだ。だからこそ、イバニスも厨房の若い連中が突っかかる前に、自分が声を上げたのだ。
アリーは女性だ。厨房のコックたちは残念なことに女性蔑視のきらいがある。給仕長が女と言うだけで、コックたちは言うことを聞かないことも多い。しかし、此処は違う。イバニスは、アリーの腕を高く買っている。「もし自分が独立したら、アリーに絶対に声を掛ける。アリーが仕切る店は絶対に繁盛する」と公言してはばからない。その左証に、毎年、有名レストランの関係者がスカウトにやってくる。カフェテリアでの采配に感銘し、スタッフの研修や講演なども依頼されている。だからこそ、アリーは給仕長として、君臨することが出来るのだ。
イバニスの弟子にも女性はいるが少数だ。男性であれば自分の店を持っていてもおかしくない腕前の者たちばかりだ。イバニスは性別に関係なく、実力主義をうたっているが、世間はそうではない。だからこそ、イバニスは自身の弟子として鍛え上げ、それから自立を促す。イバニスの修行をクリアーしたという経歴は、男女問わず、プラスに働くのだ。今年は、パティシエに一人、料理人を一人、皇城に送り込むことが出来た。二人とも早速頭角を現しているらしい。給仕の方も大貴族の邸宅、有名店に、男女問わず好条件で職を手にしている。
「ええ。先ほど、エレノア・ダルウィン公爵令嬢、ラティエース・ミルドゥナ侯爵令嬢、そして、アマリア・リー男爵令嬢から届きました」
そう言って、木箱をポンと軽く叩いた。
「お世話になったお礼とのことです」
そう言って、手紙を掲げる。アリーは読み上げることはせずに、隣に回す。皆に、黙読させるということらしい。
「こちらは、コックコートと給仕の制服です。D-roseのデザインですよ。先ほどデザイン画を確認しましたが、とても素敵ですよ。明日から、こちらの制服にしましょう」
「コックコートにしゃれっ気なんていらねーよ」
と言いつつ、イバニスは自分のサイズがあるか木箱をあさっている。隣で、シドも身体に合うか合わせている。
別の木箱には、珍しい香辛料や、イバニスが気に入る年代物の蒸留酒、菓子や保存食なんかもふんだんに詰めてあった。
――――――イバニス料理長たちのごはん、また食べに行きます。
蒸留酒のラベルには、ラティエースの字でそのように記されていた。
「酒のラベルに落書きしやがって、台無しじゃねーか」
そう言いつつ、イバニスの微笑が解かれることはなかった。
「ほら、ザック」
ロイから手紙が回されてくる。ザックはまず、手紙を嗅いだ。
「なんか、良い匂いがする・・・・・・」
「お前に回ってくる間に、何人が同じことをしたんだろうな」
乾いた笑いをロイは浮かべる。友人が哀れで仕方がない。
流麗な文字で、初等部から高等部まで、いつも美味しい食事をありがとうございました、と世話になった感謝が綴られていた。卒業してしまうと、此処の食事がとれないことが残念だ、とも書かれていた。
(俺も、給仕できなくて残念です・・・・・・)
「給仕長!この手紙、もらっていいですか?」
ザックは手を上げて、元気よく申し出た。
「駄目です。額縁にはめて、スタッフルームに飾ります」
アリーはにべもない。しょんぼりするザックに、アリーは一通の手紙を差し出した。
「エレノア様の手紙は駄目ですが、こちらは構いませんよ?あなた個人宛ですので」
言って、アリーはザックに手紙を渡す。ザックはそれを受け取り、裏書きを確認する。宛名はザックで、送り主は、ラティースとアマリアになっていた。
(その他からもらってもな・・・・・・)
肝心のエレノアからでなくては意味がない。そう思いつつも、ザックは手紙を開封した。
脈は、ナシよりのアリ。 ラティエース
エリーは、包容力があってオトナな人がタイプ。 アマリア
たった二行の手紙であった。
ザックは、へなへなと空気が抜けた風船のように、その場で膝を折る。
「どっ、どうした?」
ロイが、急に膝を折ってその場にへたり込むザックに声を掛ける。
エレノアに想いを寄せている。そう言うと、皆が、「やめておけ」、「諦めろ」と言った。思いを隠すことも、諦めることもできないザックが取った方法は、ネタにすること。いつしか、誰もがザックの恋心を冗談やギャグの一種だと思い、自身もそう振る舞った。
だが、ラティエースとアマリアは違ったようだ。諦めろでも、止めておけでもなく、そっと背中を押す言葉。
(でもまあ、それはそれとして邪魔してくるんだろうな)
そう接点のない二人とザックだが、ザックは正確に彼女らの性格を把握していた。
「ロイ。あいつらは、どこへ行ってもやっていけるぞ・・・・・・」
(その他なんか言って、すんません・・・・・・)
――――――ロザ学園内・総合社会研究部部室
「結局、どういうことっすか?」
ディーンより部長職を引き継いだアリッサは、テランの説明に首を傾げた。
「ディーンが画策した博打は、もちろん無効となりました。それは分かりますね」
「うっす。さすがに、皇帝陛下まで出張ったプロムの裏で行われていた博打を認めるわけにはいきませんよね、そりゃ」
「そうです。となると配当金どころか、馬券の返金を行わなければなりません」
「はあ、そうですね・・・・・・」
「そこで、ディーンは、馬券購入者を対象に返金を呼びかけましたが、誰一人、手を上げませんでした」
そりゃそうだ、とアリッサはひとりごちる。
誰が、プロムの断罪劇を博打の対象にしていたと自白できるのか。それほど面の皮が厚い者など、数人しか思い浮かべられない。例えば、ディーン先輩とか、ラティ先輩とか。その数人も胴元側に居るから、実質ゼロだ。
「申し出がない使途不明金がこの金額です。そこで、ディーンはこの博打の金をすべて、総合社会研究部に寄付するという形を取りました」
「アリなんすか?」
「アリかナシかと言えば、ナシですけどね。しかし、宙ぶらりんの大金に何かの名義を付けないと裏金と変わりませんから」
「じゃあ、これ、全部、総合社会研究部の部費っすか」
「そうなります」
「ディーン先輩、ラティ先輩、すっげー置き土産置いていきましたね」
「そうですね」
これだけあれば、総合社会研究部は、学園からの予算の割り振りがゼロでも充分やっていける。
「・・・・・・テラン先輩。この金の一部を、基金として使えないっすかね」
「基金?奨学金でも作りますか?」
「まあ、そうです。あたし、女性の自立を支援する基金を作りたいっす。エンリエッタみたいな子を助けたいっす」
「なるほど。女性自立支援ですか。悪くないと思いますよ。その辺りに協力的な貴族も顔見知りです。紹介できます」
「はい。それと、あたし、今年に開催される生徒会選挙に、生徒会長として立候補するっす!」
「おや。また、大きく出ましたね」
そう言いつつ、テランの目は優しかった。
「学校に馴染めない子、平民だからといって萎縮している子、家庭に問題がある子。ぜんぶ、ぜんぶ、このロザ学園が受け口として機能させたいっす」
「それは、また・・・・・・」
「生徒会が、その子たちを守る盾になるっす!」
テランは微笑を浮かべ、「独りじゃ無理ですね」
「はいっ!」
その後、アリッサは生徒会長には落選したものの、書記として生徒会入りし、生徒会長と共に次々と改革を断行していく。
そして、ずっとずっと先の未来。総合社会研究部が発起した基金も設立され、以後、女性が社会進出するための後押しをしていくことになる。またこの基金を元に、帝国初の女子大学も設立されることとなる。それ以外にも、職業訓練所などを次々と創設し、国民の生活向上に大いに貢献することとなる。
さらなる蛇足ではあるが、この基金の資金を提供したディーン・ヴァルリアは、後にロザ学園理事長に就任することとなる。彼の妻はアリッサといい、大変仲睦まじい夫婦として有名となった。彼らは、平民初の宰相テランと共に、国を支える大きな柱となるのであった。




