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転生令嬢の生存戦略のすゝめ  作者: 草野宝湖
第一編
53/152

53.祭りの後④

 ――――――ロザ皇城内・貴族牢

 一般牢と異なり貴族牢は、一般牢よりは生活感のある設備が揃っていた。牢屋であることに変わりはないが、椅子もベッドも、そしてトイレも風呂もある。書籍の貸し出しや差し入れ、面会も一般牢に比べ、容易かった。食事も一日三食、一般牢のそれよりも充分豪華である。そして、毎日、医師の検診が受けられる。お陰で兵士から乱暴されることもなく、ただ無為に日々が過ぎていく。

 バーネットが、此処に入れられて早1ヶ月。その間、誰もバーネットを訪れることはなかった。両親でさえ。

 兵士たちが交代の際に交わす会話には極力耳を澄ます。これが、バーネットが外の情報を得る唯一の手段であった。その内容から、カンゲル男爵はすでに帝都におらず、母も行方知れずらしい。しかもバーネットは今や貴族どころか、平民だという。

(何で、こうなるのよ・・・・・・)

 いくら考えても、なぜ、自分が今の立場に置かれているか理解できない。いや、分かっている。バーネットは負けたのだ。あの卑怯者たちに。財力と権力を使い、ゲームのシナリオを曲げ、バーネットとマクシミリアンを此処に追いやった。

「許さない・・・・・・」

 バーネットが譫言のように呟いたときであった。物音が響く。扉がきしみを上げて開く音と、靴音。靴音からしてこちらにやってくる人数は複数だ。

(何かしら?)

 こんな夜更けに。牢には、天井近くに格子をはめただけの窓があった。そこから、日が昇るか沈むかくらいは分かる。それに、正午告げる鐘楼の音も此処には入ってくるから、大体の時間は読めた。

 この期に及んでも、バーネットは、自分を訪れる人間は、自分の味方なのではないかという希望を捨てていない。だからこそ、ある程度健全な精神を保てているともいう。

「バーネット・カンゲル、立て!」

 姿を現したのは、皇城を守る兵士たちであった。フルフェイスの兜と黒光りする鎧。手には長槍を携えている。

(ああ・・・・・・)

 ついに、自分が斬首台に向うのか。バーネットは一瞬にして、絶望に染まった。

 ところが、バーネットが連れられたところは、とある皇城の一室であった。その部屋までたどり着くまでに、少々、時間を要した。その間、彼女はぼろ切れのような服を纏い、衆目に晒された。これは、バーネットの自分の都合でしか考えられない頭に、現実というものを理解させた。屈辱で顔を上げられない。クスクスと笑う声から逃げたいのに、縄を掛けられているから耳を塞げない。角を曲がるとバーネットにとってはさらに耐えられない状況になる。そこには、バーネット同じような薄汚れた服を着たマクシミリアンがいた。彼もまた、恥辱の道を歩かされたのだろう。屈辱が表情から見て取れる。部屋までは二人揃って歩かされた。

 ようやくたどり着いた部屋は、特に何もない部屋であった。そこそこの広さはあるものの、二脚の椅子は、牢屋に置かれている粗末な椅子と変わりなかった。椅子の正面、数歩離れたところに、講壇が設置されていた。それ以外に何もなく、石壁に囲まれている。その講壇の前に、ロフルト教の法服姿の人が立っていた。振り返った少年とも青年とも言いがたい幼い顔立ちの神父。いや、司祭の法服だ。彼は顔に似合わず随分と高位の聖職者であるようだ。

「そこでぼんやり立ってても始まらないから、とっとと入ってよ」

 天使の(かんばせ)を持つ司祭はずいぶんと素っ気なく言う。

「何、此処・・・・・・」

 そうぼんやり呟くバーネットに、兵士が強引に押す。椅子に座るよう指示され、縄を掛けた兵士は、そのまま椅子の背後に立つ。マクシミリアンはまだ暴言を吐く余裕はあったが、結局は椅子に座らされた。

「それでは、今から二人の結婚式をはじめまーす」

 厳かとはほど遠い投げやりともとれる口調。それよりも、結婚式とは何だ。

「ラティは獄中結婚で、適当に書類にサインさせればいいって言ってたけど、せっかくだし。一生に一度のことだからね。でも、不快なことには変わりないから、さっさと終わらせよ」

「おーい。司祭、しっかり仕事しろー」

 気安い口調のヤジは、マクシミリアンの後ろに控えた兵士からであった。兜を取った兵士は、バーネットたちと変わらぬ年齢くらいであった。

「そうよー」

 女性の声は、バーネットの後ろの兵士からのものだ。同じくこちらも兜はとっている。

「ちょっ、ちょっと待て!結婚とは何だ!」

 マクシミリアンが夢から覚めたようにハッと我に返る。

「夫婦になることだね。それを神様に認めてもらうこと。さっ、僕のありがたい説教に感謝して、さっさとそこに向かい合って並んで」

 怒濤の展開に動けないでいるバーネットに、女性兵士は脇に腕をやり無理矢理立たせる。そして、講壇の前まで押す。一方、もう一人の浅黒い肌を持つ兵士は、暴れるマクシミリアンには難儀しつつも、腹に一発入れて大人しくさせ、バーネットに向き合わせる。

「はい。では、お二人の結婚を、ロフルト教皇国司祭、レン・ユーカスの名において認めまーす」

「待て!その前に誓いの言葉だろうっ!俺はこいつを伴侶とは認めないぞ!!」

(それは、こっちの台詞だわ)

 そう思っても、バーネットは黙っていた。もう逆らう気力もないのだ。一々、反論し、暴れるマクシミリアンには感心を通り越して、哀れにすら見える。

「君たちの結婚は勅命でもある。ほら、指輪も用意したよ。僕らがお金を出し合ったんだから、感謝してよね」

 装飾もないハリガネのようなリングが二つ。盆の上に並べられ、それをウィズが運ぶ。

 ふと、視線を感じ、バーネットが司祭、レンを見る。レンは天使のような微笑を見せた。

「バーネット嬢。これは僕らからの贈り物だよ。君は彼と結婚したいがために、此処までやってきたんでしょう?僕の友人をずいぶんと苦労させてくれたみたいで。そのお礼だよ。結婚は、愛し合う二人でなくても、憎み合う二人でも出来るんだよ。神の祝福はちょっと無理そうだけど、僕が君たちを祝福しよう」

 その後、暴れるマクシミリアンに、タニヤがマクシミリアンの手を握って、無理矢理、結婚誓約書にサインさせ、同じようにタニヤが操り人形にようにして指輪をバーネットにはめさせ、何とか式を終了させた。

「こんなもの、こんなもの!許されるかぁぁぁ」

 部屋の外に出されてからも、マクシミリアンの絶叫が響いた。この後、バーネットも牢に戻される予定である。

 バーネットは、正直ホッとしていた。行きと同じように二人揃って元来た道を辿ることになると思っていたからだ。

「ああ、カノト。ちょっと待って」

 そう言って、レンが項垂れて座るバーネットの前に立つ。

「君には聞いておきたいことがあるんだよ。ねえ、なんでラティエースを斬首台に送ろうとしたの?彼女が君に何かしたとは思えないんだけど」

 ラティエース。その言葉は、バーネットに少しだけ活力を取り戻させた。そう、その憎い名前を。

「それがシナリオだからよ!」

「シナリオ?君のシナリオ上、ラティは死ななきゃいけなかたってこと?別に、ラティは皇子妃なんて狙ってないよ?」

「むしろ、そういう冠は嫌うたちよね、あの子」と、カノトが口を挟む。

「わたしをいじめる奴は皆、処刑されなきゃいけないのよ!そして、わたしは皇子と結婚して、幸せな生活を送る。決まっていたのに!決められた運命だったのに!あいつらが、全部台無しにした!!」

「台無しにしたのは、君の残念な頭だろ。まあ、いいや。じゃあさ、何でソレ、使わなかったの?」

 ソレ、とレンが指さしたのは、バーネットの腹部であった。

「悪口を言ったなんて、子どもでもするようなことを死刑だって言うより、そのお腹の子を、謀殺しようとしたってした方が、説得力あったでしょ。何で、そうしなかったの?」

「何で・・・・・・。子どもなんて・・・・・・」

 本当はあのとき言おうとした。プロムが始まる直前に。でも出来なかった。力任せに引き倒され、アザができるほどの力で腕をひかれた。エレノアに婚約破棄を言い渡すときも、肩を掴まれ引き寄せられた。掴まれた上腕部には今もくっきりと指の形が残っている。バランスを崩し、マクシミリアンの胸に縋るようにしてバランスを取った。バーネットはそこで確信した。マクシミリアンは、もうバーネットを道具としてしか扱わないのだ、と。そんな豹変した彼に言うことなんてできなかった。

「僕さ、司祭なんだよね。聖法を使わなくても、その人を見れば、なんとなく命の数がダブっていることが分かる。こういう時ってさ、大体、妊婦さんが多いんだよね」

「ひょっとして、皇子の子じゃないの?」

 バーネットは答えなかった。代わりに、彼らにダメージを与える言葉を必死に探した。

「あなたたち、ラティエースの友達でしょ?なら、知ってる?わたしと彼女は姉妹の可能性があるのよ?あなたたちがやったことは、友人の妹を辱めているのよ?どう、満足?あのラティエースにもわたしと同じ血が流れている!わたしは、ずっと阿婆擦れだの何だの言われてきたけど、あの女にもその素質は十分にあるのよ!気をつけなさいね」

「そう言って、ミルドゥナ侯爵家の養女になったようだけど。安心しなよ、君とラティに血の繋がりはないよ。もちろん、ブルーノ君ともね」

「何でそんなこと分かるのよ!」

「君、本当に何も勉強してこなかったんだね。聖法には、魂の流れを色や形で捉える方法がある。最近だと、親子鑑定にも使われていてね。昔、君とラティ、または君とオットーさんとの親子鑑定を頼まれたことがある。似ても似つかない色だったよ。それを鑑定書にして、大公に提出済みだ。教皇聖下のお墨付きだよ。ただね、カンゲル男爵と君の魂の色と形は同じだったよ」

「残念でしたー」

 カノトがとどめを刺す。

 養父と思っていたカンゲル男爵が、実父だったとは。バーネットは、「あっ・・・・・・」と小さく呻いたきり、黙りこくった。

「お腹の子をどうするかは君の自由だけど、これ以上、馬鹿な真似は止めた方がいいんじゃないかな。せっかく助かった命だしさ」

「ちなみに、あんたたちが生きていられるのは、ラティエースたちのおかげよ」

「――――――こうして二人を邪魔する者たちは消えたのだった。おめでとう、バーネット嬢」

 カノトは無言で縄を放り捨て、レンと一緒に部屋を出て行った。

 バーネット一人になった部屋からは、やがて、すすり泣く声が響くのであった。


「ねえ、さっきのセリフ何?こうして、邪魔者は消えただの」

 レンとカノトは廊下を横並びで歩いていた。

「ん?ああ、あれね」レンは言って、微笑み、「エンディングだよ」

「なにそれ」

 カノトは訳が分からないという顔をする。

「けじめ。シナリオからの決別。開放と言ってもいい。これで、ラティエースたちは本当の意味で呪縛から解き放たれた。そのために、絶対に必要なセリフさ」

「わからん」

「いいんだよ、それで。さっ、タニヤとウィズを迎えに行ってこの証明書を提出しに行こう」

「そうね。とっとと終わらせて、飲みに行きましょ」

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