51.根源貴族会議②
根源貴族会議に出席を許されているのは、八家の代表と皇帝のみ。その慣例が、ついに破られようとしていた。史上初、部外者が出席するのだ。
それが自分たちだという事実に、3人は打ちのめされていた。
「いーやーだー!もう終わりだー!!」
ラティエースが、スーパーでお菓子を買ってもらえない子どものように絨毯の上で両手両足をバタバタさせる。
ラティエースが嘆けば、アマリアも「いやだー。死にたくないよ-」と自分を抱きしめるようにして、上下に手を動かす。ガタガタと震えている。
「そうとは決まったわけじゃにゃいでしょう!」
と言いつつも、エレノアも不安そうだ。
「噛んでんじゃん!!」
「エリーも不安なんじゃん」
「大体さぁ、こんな薄っぺらな乙女ゲーム、こんな複雑な貴族構造とか作り込んであったのか?」
ガバッとラティエースは起き上がり、エレノアに恨みがましそうに言う。
「薄っぺらとか言うな!!全ての関係者に謝りなさい!たしかに、有料の追加シナリオ多すぎて、課金商法とか言われて炎上したけど・・・・・・」
最後の方はしりすぼみになり、独りごとを言っている状態になっていた。
そもそもラティエースの言葉をそのまま受け止めるとしたら、舞台はロザ帝国だけで完結するし、軍が動員されるような謀反も起きない。根源貴族会議なんて、影すら出てこなかった。
あー、あー、とか言いながら絨毯の端まで移動し、自主的に何かの具にように包まれていくラティエースを見ながら心中で呟く。
召喚命令書を受け取ったとき、ダルウィン公爵家は、上へ下への大騒ぎであった。ちょうど、その頃、エレノアの私室で、3人で集まっていたときだったのだ。当初、それはエレノアだけだと思っていたラティエースは大いにからかった。
「やーい。目、つけられてやんのー!よかったぁ、たかが侯爵程度の娘でー」
すぐさま、それは自分に返ってきたのであった。ラティエースにも同じ書簡が届いており、ミルドゥナ侯爵邸まで届けず済んだ、と使者がラティエースに同じものを手渡した。受け取った直後、フラリと身体を倒し、絨毯の上に倒れ込んだ。
「人を呪わば穴二つ」
「ラティって、自分に立つフラグにはすごい鈍感なのよね」
帰宅したアマリアにも、やはり同様の書簡が届いていた。
夜逃げするように、早急に国を出た方がいいのか。と本気で考え始めた頃、祖父の大公が、「取って喰いはせんから、大人しく出てこい」と言ったのであった。
日をあけずに、再び同じ格好で皇城に赴いたラティエースたちは、大会議室へ案内された。そして、その暖炉が隠し扉になっており、地下に続く階段が現れる。
「すっげー」
「ホントにこういうところがあるのね」
「うんうん。奥に進めば宝箱があるのかな?」
「宝箱どころか、その場でズドンだったりして・・・・・・」
そんな軽口を叩きつつ、3人は案内人の後ろを追う。案内人は石扉の前まで案内すると、元来た道を一人だけで戻っていった。
「失礼しまーす」
一応、声を掛けて、ラティエースたちは石扉を押し開く。
室内には、すでに根源貴族の面々と皇帝ケイオス一世が出そろっていた。一斉に、視線を向ける。
ラティエースはエレノアの背後で、室内の構造、出入り口までの歩数確認と、貴族たちの立ち位置を確認する。レッグホルダーで固定した太もものナイフの感触を確かめる。この中で人質に取れそうな人物は少ない。紅一点のアンナ・プロミネンスか、地蔵のようなウルティマ男爵か。いざというとき、身内のレオナルドが味方をしてくれるとありがたいのだが。
「さっすが、ラティエース嬢。部屋に入ってまず、逃走経路を確認するとは」
ライオットが、相変わらずの姿勢で言った。テーブルに長い足を投げ出し、椅子にもたれて、頭は組んだ手の後ろで支えている。
と、そこに、アンナが立ち上がり、3人の前に立つ。
黒に近い紫の髪色で、その髪は縦ロールになって、肩口まで伸びている。装飾品はすべてダイヤで統一されており、喪服のような色のドレス。一見地味だが、よく見るとドレスはすべて細かなレースで作られていた。また、胸元には大きな谷間があり、どこか隠微な色香を漂わせるアンナと3人の小娘。蛇に睨まれた蛙になったような気分だ。
スッと絹の手袋が伸び、そのまま両の手がアマリアの頬を包んだ。えっ、と目を剥く前に、アンナがアマリアの頬を円を描くようにゆっくりと回す。
「もう、もう、もう!あなたたちったら!勝手にケイオスと話を付けちゃって!あなたたちは最大の功労者、国を救ったのよ?それを自主国外追放だなんて!!何を考えているのっ!」
アマリアのもっちりとした頬をこねながら、アンナがプリプリした様子で言う。ついでに、アマリアのコネ具合も速度を増す。少なくとも敵意や本気で咎める様子はないようだ。
「安心しろ。ここに来てもらったのは、君たちに国に留まるよう、我々がお願いしたいと考えたからだ。むろん、そのための対価は支払おう」
グエンが低い声で言った。
「あの、わたしからも個人的にお礼を言わせて下さい。あなたたちが対処してくれたからこそ、両親は無事でした。兄婿もメブロで商売をしておりましたし、親戚には、皇城で働いている者もおります。あのままマクシミリアン氏の思い通りになっていたら、わたしは二度と、両親にも、家族にも会うことはなかったでしょう。エレノア嬢、ラティエース嬢、そして、アマリア嬢。本当にありがとうございます」
この中では一番年若いマイロ・カレーナ男爵の感謝で、ようやく3人の警戒が薄れた。
「さあ、座ってくれ。とことん、口説く落すから、そのつもりでな」
エドウィンが言った。
「ちなみに、わしと皇帝はオブサーバーだ」とレオナルド。
「もうっ。身内のあなたが説得しなかったら、誰が説得するというの?」
アマリアが椅子に座ってからも、背後に立って、アンナはアマリアの頬を突いたり、もんだりしている。よほど肌触りが気に入ったのだろう。アマリアも抵抗することなく、なぜか平然としている。
根源貴族の面々の説得に、3人が自分たちの意見を変えることはなかった。
「龍の国?そんなの見て、何になるんだよ」
と、ライオットが言えば、グエンが「そうだ」と頷く。
「エルフに、ドワーフ。それに、魔法か・・・・・・。君たちは、魔法使いか何かになりたいのか?」
「いえ。ただ見てみたい。できるなら、体験もしてみたいですね。龍の背に乗って空を飛んでみたいですし、魔法も使ってみたいです」
「おじさま、わたしたちは世界中を旅してみたいのです。それは貴族令嬢である限り、無理でした。ましてや、皇妃となれば、プライベートで国を出ることすら苦労したでしょう」
「確かになぁ・・・・・・」
エドウィンも同意するしかない。
「世界中の色々な料理も食べてみたいんです!わたしたちの知らない料理がこの世界にはいーっぱいあるでしょうから」
「まあ、アマリアちゃん。そんなことだったら、わたくしが世界中から料理人を呼び寄せてあげるわ?だから、国を出ることはなくてよ?」
「先ほどから言っているように、君たちは救世主だ。結婚も自由にすれば良いし、生活も保障しよう。好きなだけ贅沢をしても構わん」
「贅沢に興味はありません」
ラティエースがあっさり言った。
「そんなの、いつかは飽きるだけですよ」
と、アマリアが口を挟む。ようやく、アンナが元の席に着いた。
「君たちは、何というか」言って、ライナーが頭を抱える。「欲がなさ過ぎるだろ」
そうかな、と3人は同時に思う。欲張りだったからこそ、此処に居るのではないか、と思っている。旅費代わりにしっかり賠償金も受け取るつもりでいることだし。
「もう、よしなされ・・・・・・」
それは、ずいぶんとしわがれた声であった。ウルティマ男爵が発言したのだ。
「うわっ、置物がしゃべった」
言ったと同時に、エレノアがラティエースの後頭部を強めに叩く。スパンという小気味の良い音ではなく、更に重いズバンという重い音。その音に、ライオットとライナーは目を見開くが、ラティエースは表情筋一つも動かさない。ライオットとライナーは、二度、驚く。
エレノアも、まさか発言するとは思っていなかった。一応、胸が上下していたから、呼吸をしていることは分かっていたが。
「でも、じーちゃん先生・・・・・・」
「そうですよ、先生。このまま認めてしまえば、我々の大義が・・・・・・」
「大義ではなく、見栄だろう・・・・・・。お前たちがお嬢さん方を引き留めるのは、ひとえに己の身勝手だ。長期的に見れば、国に留まってもらった方が、政治を動かしやすい」
そう言い切られてしまっては、返す言葉がない。実際、3人は皇子派を排除するために、利用できる牽制用の駒だ。なにせ、マクシミリアン氏の存命が決められたのだから。皇城の貴族牢から一生出られないものの、いつ、どこで政治が変わるか分からないのだ。マクシミリアンは、その点に於いて風を変える重要な駒だ。捨て駒になるかどうかは本人の才覚次第だろうが。
「お嬢さん方はその気になれば、黙って国を出ることも出来た。だが、国を憂いてくれているからこそ、国外追放という名目を我らに与え、皇子派と反皇子派の争いが大きくならないようにしてくれたのだ。まあ、ただの時間稼ぎにしかならず、いずれ両者が衝突するのは避けられないがな」
「ただこの時間は貴重だぞ?可能な限り引き延ばし、平和を享受する。そして、両者の争いを最小限にとどめる。そのためにやることは山積みだ」
レオナルドの言葉に、「そうだとも」とウルティマ男爵が人のよい微笑を浮かべる。
「お嬢さん方。旅を終えたら、是非、ロザ帝国に戻ってきて欲しい。この爺に、旅の思い出を聞かせておくれ。そして、もし、挫折しても、我々はいつでも君たちを迎えるよ。帰る場所がある。どうか、それを忘れないでおくれ」




