48.断罪・処刑、みんなでやればこわくない②
「さあ、どうする?」
エレノアは不敵な微笑を浮かべる。アマリアはその横顔が、ラティエースと重なった。不敵な微笑を浮かべ、百人中九十九人が無理だという中、たった一人だけ可能だと言い切るラティエースの横顔に。
皇子たちは、ラティエースに死刑と言い渡したのだ。バーネットが聞いたという一点のみで。では、彼らの自白はどう裁く。
「俺は、カスバート先輩に言われて、裏町で媚薬を買って、エレノア公爵令嬢の飲み物に入れるよう命令されました。たちの悪い男たちに襲わせて、マクシミリアン皇子殿下との婚約を、エレノア公爵令嬢の有責で破棄させるのだ、と。さもないとうちの商売を潰すと脅迫されましたっ。そのとき、街の有力者に助けてもらい、事なきを得ました。媚薬は、まだ手元にありますし、同じものを彼も持っているはずです。俺を助けてくれた人も証言してくれるはずです」
カスバートも、ラティエースと同様、この場にはいない。代わりに動揺するのは、マクシミリアンだ。
「おい、貴様!!」
マクシミリアンが声を荒げる。
(バカね。そこはポーカーフェイスでいないと。やりました、と自白しているようなものよ?)
「さて、そろそろ終わらせましょうか」
エレノアが言って、席を立つ。生徒たちがエレノアたちに気づき、自然と道を開けていく。エレノアが皇子たちに近づくに連れ、喧噪もさざ波のように引いていく。
「エレノア、貴様・・・・・・!!」
マクシミリアンは怒りで震えている。バーネットはその場で崩れ、項垂れている。ブルーノ、フリッツ、そして、アレックスは皇子の側でなんとか立っているが、その顔色は蒼白だ。
「さあ、自白した皆様に、公正なお裁きを。マクシミリアン第一皇子殿下」
言って、エレノアは書類の束を顔近くまで上げた。
「こちら、今日、出席できなかった方々の自白です。こちらの自白は、法務省特別法務官立ち会いの下、証言をしており、宣誓書も添付しております。どうぞ、罰してくださいまし。ラティエースを基準としたら、何名が斬首台に上るのでしょうか?」
「こんなことっ、こんな!!こんな茶番・・・・・・」
マクシミリアンが呻いたときであった。後ろに控えるディーンの側で、物音がしていた。何事だ、とか、通しなさい、とかいうやりとりが耳に入ってくる。会場の外には、カフェテリアの給仕たちが受付や外との連絡役をしてくれていた。ディーンも、その騒がしさが気になり、外に様子を見に行こうとした。ディーンがドアを開ける前に、騒ぎの原因が入ってきた。
それは、儀仗兵士たちであった。儀式用の軍服ではなく、平服を着ている。つまり皇帝の身辺を守る精鋭として彼らはやってきたのであった。生徒たちも、槍を向ける儀仗兵たちを目にして、血相を変える。
「武器をさげよ」
高貴な声が響き、その声に合わせて儀仗兵が槍を下げた。最上命令者に道を作るために、儀仗兵たちは2列に並び、生徒たちを押しやって、中央に空間を作る。
まず、その道に足を踏み出したのは、ケイオス一世であった。
続いて、マーガレット皇妃が沈んだ表情で追随する。ダルウィン公爵、オットー・ミルドゥナ夫妻の姿もあった。カンゲル男爵夫妻の姿もあり、バーネットの母ドローレスはばつの悪そうな顔で、しきりに翡翠の首飾りに触れていた。それを、両隣の夫人たちが剣呑な様子で横目で見ている。
最後尾には、カノト、タニヤ、ウィズ。彼らは儀式用の法服を着用したレンを守るようにして、進んでいる。カノトがブルーノを認めると、ウィンクを決め、小さく手を振ってきた。
生徒たちは、皇帝陛下に続き、入場する大人たちの中に、自分の親を見つけた瞬間、苦虫を潰したような顔をして、紙片をサッと床に捨てる。一部始終を隣室で見ていた大人たちにとっては今更である。
「あっ、あっ・・・・・・」
今やマクシミリアンの言葉は、言葉になっていなかった。ゆっくりと近づいてくる皇帝に、瞠目する。なぜだ。なぜ、皇帝が此処に居るのだ。
「どうした?余が此処に居ることが不思議か?」
ひいっ、とマクシミリアンは腰を抜かし、這いずるようにして後方に下がる。
(来るな!来るな!!来るな!)
父の形をした恐怖が、マクシミリアンの眼前に立つ。
「近衛軍だったか?お前の軍はお前と同じように情けなく、みっともない死を遂げたそうだ。ああ、門前を抑えていた30人程度の近衛も皆、捕まった」
皇帝が淡々と、原稿を読み上げるように言った。
「わっ、わたしは・・・・・・」
マクシミリアンが言い切る前に、レンが前に出て、皇帝の隣に立つ。
「発言にはお気を付け下さい。わたしは、ロフルト教皇国コウエン枢機卿の代理として此処におります。虚偽の発言はあまりおすすめいたしません。そのままロフルトが今後、貴国とのお付き合いをどうしていくかを考える材料となりますので」
それに、とレンは笑顔で言い渡す。「最初から最後まで、別室で拝見しておりました。近年まれに見る喜劇でございました」
だからこそ、こうして皇帝、レンの他に保護者たちも勢揃いしているのだ。皆が、マクシミリアンを見ているが、誰の目にもマクシミリアンに対する軽蔑か滲み出ていた。
バーネットもその場で崩れ落ちたまま、顔を伏せ、微動だにしていない。
「ちっ、父上。わたしは、わたしは・・・・・・」
マクシミリアンは膝をつき、ゆっくりと助けを求めるように手を伸ばす。
この期に及んでマクシミリアンは、父がその手を取ってくれると信じていた。しかし、差し出される手はなく、ケイオス一世の瞳にも、マクシミリアンへの慈悲も愛も宿っていなかった。
「茶番は終わりだ」
ケイオス一世の冷ややかな声が響き渡った。




