47.断罪・処刑、みんなでやればこわくない①
いよいよ始まる断罪の時。
エレノアは、前世で、この場面を見るために、コマンドボタンを嬉々として押したのだ。ヒロインのパロメーターを最高値まで上げ、イベントを完璧にこなした。隠しイベントもあますことなく攻略した。
攻略対象であるマクシミリアンをはじめ、アレックス、ブルーノ、フリッツ、カスバートの好感度は最高値であった。
エレノア・ダルウィン公爵令嬢、ラティエース・ミルドゥナ侯爵令嬢、ゲームではアマリア・リー男爵令嬢によく似たシルエットが、エレノアたちの背後に映っていた。他にも、退学していった令嬢、メーン伯爵令嬢の姿もエレノアの取り巻きの一人、顔のないモブとして映像に収められていたのかもしれない。
断罪・処刑されるべきだと思った。それほどのことを、彼女たちはヒロインに対して行ったのだから。ヒロインは幸せになるべきだし、エレノアたちは罰を受けるべきだと思った。
(でも、今は違う)
壇上に立つマクシミリアン、そして彼の胸元に手をやり、しなだれるようにして寄り添うバーネットを見上げる。
バーネットをいじめてもないし、むしろ、ヒロインの肩書きを悪用するバーネットを横暴を止めてきた。それでも、バーネットが正義だというのならば、エレノアたちは、このままゲーム通りの末路を迎えるのだろう。
だが、エレノアたちが過ごした17年間はゲームが作る虚構ではなく本物だった。悲しみも、もちろん、喜びも、楽しかったこともあった。ゲームのように画面だけを見つめるのでなく、その身に、現実の痛みとして受け止めた。ゲームのような少ない選択肢から選ぶ人生ではなかった。
(わたしたちの人生は選択肢3行なんかじゃ決められないわ)
何度も、何度も、細い、蜘蛛の糸のような希望に賭け、活路を見いだしたこともあった。何より、エレノアは独りではなかった。
そうして、今、此処に立っている。
(上等だわ)
マクシミリアンが、壇上からエレノアの名を呼ばわる。続いて、ラティエース、アマリアの名も呼ばれた。エレノアはゆっくりと壇上に向って一歩、一歩、踏みしめて歩く。アマリアもその後ろから続く。壇上に続く踏み台のような階段の手前で止まる。
深呼吸し、背筋を伸ばす。そして、ゆっくりと顔を上げる。マクシミリアンを、その双眸に捉え、真っ直ぐに彼の蔑む視線を見返した。
「エレノア・ダルウィン公爵令嬢!俺はここに宣言する。貴様との婚約を破棄し、改めてこのバーネット・カンゲルと婚約することを!!」
プロム開始、数分前。
マクシミリアンとバーネットは壇上の端、緞帳の手前に立っていた。ブルーノたちが先に壇上へ上がり、プロムの開始を宣言し、その後に、二人が登場するからだ。
「バーネット」
マクシミリアンは優しげな声で、バーネットの名を呼ぶ。
「何です?」
言って、バーネットはマクシミリアンに身を寄せた。次の瞬間、首に手を掛けられ、そのまま緞帳近くの柱に押しつけられる。首に掛かった手に力が込められた。
「お前の願い通り、皇妃にしてやる。子も産ませてやる。だが、これ以上、俺に恥をかかせるなら、どうなるか分かっているな?」
バーネットは苦しさでもがくが、マクシミリアンが力を緩める気はない。小刻みに頷くそぶりを見せたが、手を放してくれる様子はない。
「こんな馬鹿な女だと分かっていたら、側に置いていなかった。これなら、エレノアの方がましだったかもしれないな」
そう吐き捨てて、マクシミリアンは、力任せにバーネットを押し倒した。そのまま床に引き倒されたバーネットは、マクシミリアンを信じられない目で見上げた。
「殿下!わたしは殿下のためにいつも一生懸命お仕えしてきました。確かに、わたしは身分卑しい男爵令嬢で至らない点もありましたが、それは殿下も承知のことだったじゃないですかっ!」
「ああ、そうだ!だが、こうまで俺を窮地に追い詰めるとはな」
(何を言っているの?)
それに、初めてマクシミリアンの暴力を受けた。今まで、どんなことがあっても言葉で責められることはあっても、手を出されることはなかった。このままの体勢でいたら不味い。そう思っても立ち上がることができない。マクシミリアンは、右足を引いて、蹴り上げる姿勢を取った。バーネットは腹部を守るように体を丸め、ダメージを背中や肩で受ける覚悟を持った。
と、そこにフリッツが顔を出す。バーネットは救世主の登場に安堵した。
「殿下?何かありました?」
二人が並び立っているものと思っていたフリッツは、バーネットが床にうずくまっている様子に、眉根を寄せる。
「いや、何でもない」
「そうですか。どうぞ、お出になってください」
不審を引きずったまま、フリッツは言った。
「分かった」
マクシミリアンは何事もなかったかのように、バーネットの腕を引き、無理矢理立ち上がらせる。その粗暴な扱いに、バーネットはショックを受けていた。逆らえば、こんなものでは済まないと本能的に察知した。
(このまま、このまま行ったら・・・・・・。幸せになれるのよね?)
会場は異様な熱気に包まれていた。マクシミリアンが宣言した直後、会場は水を打ったかのように静まりかえり、次の刹那。興奮した雄叫びが爆発した。
「うおおおおおおお!」
「きゃあああ!当たったわ!!」
「マジだ!マジで言ったぞ!!」
「嘘でしょ!本当に言った!貴様って……。見て、あの手!両手を突き出して、格好いいの?あれ、格好いいの?」
「やばっ!やばいよ、これ!」
会場の盛り上がりは、最高潮に達した。その盛り上がりをさらに強調するかのように、紙片がヒラヒラと舞い上がる。その紙片には「卒業記念GIレース」と記され、その裏には、①~③までの数字が並んでいた。さらにその横には、「○」と「×」がそれぞれ記載されている。
一方、宣言した側は、会場の熱気に圧倒されていた。
(えっ、何?このライブ会場の盛り上がりみたいな雰囲気は……)
バーネットは戸惑うしかなかった。この後、エレノア達が断罪される予定だが、会場が騒がしくて次の場面に進めない。「黙れ、静まれ!」と皇子が壇上から怒鳴るが、生徒たちは聞きやしない。
振り返れば、俯いたブルーノ、口元を押さえたアレックスが笑いをこらえている。ついに、ブルーノが我慢しきれず噴き出した。
フリッツはきょろきょろ左右を見回し、どうしていいか分からない様子だ。やがて、皇子が口をパクパクさせて何かを言おうとしているのを察したのだろう。力ずくで生徒を黙らせようと壇上を降りる。
「おい、殿下のお言葉が終わっていない!静まれ!静粛に!!」
フリッツが近づけば、生徒は口をつぐむが、移動すればまた口を開くの繰り返しで、いつまでたっても皇子が喋れる状況にはならなかった。見れば、マクシミリアンは顔を真っ赤にして、恥辱で震えている。
「ぶはははははっ。本当にやった!本当に言ったよ!マジでか」
ディーンも会場の後方で、腹を抱えて爆笑していた。彼の背後には大きなボードが運び込まれていた。
「まずは第一レース。皇子は、聴衆の前で婚約破棄宣言をするか」
ボードには、箇条書きにされたレース内容と、その結果を付ける「○」と「×」が記されていた。
「さすがに、このレースで脱落する奴はいないよな」
言って、ディーンは「○」の方に、大きく「○」を書いた。
ヒラヒラと紙吹雪のように舞う紙片の裏、①の数字は、第一レースを表していた。
「ちょっと!いい加減にして!こんなことしていいと思ってるんですか?皇子殿下はエレノア様たちの悪行を知らしめるために、こうしてこの場に立ってるんですよ?」
バーネットは壇上から声を荒げる。前列には声が届いたのだろう。はっ、と一瞬だけ注目され、その後、また嘲笑の渦に巻き込まれる。バーネットも怒りで顔を紅潮させる。
騒がしさで包まれる会場に、キンキンキン、と金属同士が合わさる音が鳴り響く。それは、どの声よりも小さいが、よく通り、その音を耳にした生徒たちは自然と口を閉じた。それは、エレノアがグラスをフォークで打ち鳴らし音であった。
「エレノア、貴様・・・・・・!!」
マクシミリアンは怒りと羞恥で震えている。
(これが断罪?これがエンディングだというの?)
バーネットは呆然としていた。ショックを受けるバーネットを尻目に、エレノアは堂々とマクシミリアンに対峙する。断罪されているのは、エレノア達ではなく、壇上の自分たちのなのではないか。そんな錯覚すらしてくる。
「婚約破棄、確かに承りましたわ、殿下」
エレノアは、目を細め、口元だけ微笑を作る。
「それと、わたくしの悪行でしたっけ?どうぞ、おっしゃって下さいまし。きっと先ほどの宣言の時のように盛り上がりましてよ?」
見れば、静かになった生徒たちはマクシミリアンたちに注目し、目を輝かせて発言を待っていた。普通、悪行を断罪するのに、目をキラキラさせて、ワクワクと言わんばかりに待機している者がいるだろうか。
いや、いる。ロザ学園の生徒たちである。
この場を作り上げたのが、エレノアというのが気に入らないが、ようやく自分の言葉に耳を傾けようとしているのだ。この機を逃す手はない。
「お前たちは、事あるごとにバーネットをいじめた。その罪は万死に値する!」
言葉を切って、エレノア、アマリアを見る。2人は、「で?」という感じで、特に返事をしない。
「まず、ラティエース・ミルドゥナ!お前は、バーネットに聞こえるように「気持ちが悪い」と言ったそうだな!どうだ?」
と言っても、ラティエースはこの場に居ない。
「どうした、ラティエース・ミルドゥナ侯爵令嬢!隠れていないで出てこい!」
「申し訳ございません。ラティエースは所用により席を外しております。代わりにわたくしがお伺いいたします」
「逃げたのか?」
「いいえ、戦っているのです」言って、「とにかく。ラティエースに命じたのは、わたくしとも言えなくはないでしょう。どうぞ、お話をお続けになって?」
「・・・・・・。お前も側にいたのだろう。ラティエース・ミルドゥナ侯爵令嬢は、言ったのか?」
「いいえ。わたくしは聞いておりません」
「嘘よ。あの時、わたしに向かって言ったんでしょう?」
バーネットが目に涙を浮かべて声を上げた。
「証拠はあるんですか?」
「バーネットが確かに聞いたと言っている!未来の皇妃に対する不敬罪だぞ」
生徒が一人、二人と、狼狽の表情を見せる。
「えっ?マジであいつ何言ってるの?」
「こじつけ通り越して、捏造だろ。あれが、皇太子?皇帝?」
ざわつく生徒たちに、マクシミリアンは自分の言葉に悦に入っている。どうして、稚拙の極みにある自身の発言に最高評価をつけられるのだろう。
「で、判決は?」
「他にも罪状はある。それを鑑みれば、死刑が妥当だろう」
「あら、まあ。死刑判決ですか?」
まったく怖がるそぶりも見せない。それどころか、挑発されているような気すらする。「さあ、如何に」とでも言わんばかりにエレノアは、マクシミリアンを見やる。
「そうだ!死刑に処す!」
マクシミリアンが言い切った瞬間、大きな歓声と共に紙片が一斉に舞い上がった。
(おいおいおいおい・・・・・・)
第2レース「皇子は、エレノア、ラティエース、アマリアに死刑を言い渡すか(全員ではなく一人でも可)」。事前の予想では、「×」が多かった。当然だ。さすがのバカでも、何の権限もなく死刑など命ずることは出来ない。ましてや相手は貴族令嬢である前に婚約者でもあるのだ。誰が、執行するというのか。後ろの腰巾着どもか?、とディーンは嘆息する。
とにかく、第2レースで敗れた者は多かったようだ。舞い上がる馬券(?)の数がそれを表している。見れば、賭博で見かける敗北者や、大穴を当てて驚喜する者たち。そういった光景が、今まさに目の前に広がっている。
「どーすんだよ。胴元、大もうけだぞ」
エレノアは死刑判決に動じるわけでもなく、身をひるがえして、生徒たちの方を向いた。
「さあ、皆さん!殿下がわたくしたちの罪を断罪してくださいます。良い機会です。皆さんも、罪を告白し、殿下の判決を聞きましょう!!」
再び、会場に歓声が上がった。
第3レース「罪を告白した自分に対し、死刑を言い渡すかどうか」。
此処が裁判所で、裁判官に言い渡されたら、それこそ失禁するくらい驚くだろうが、此処は幸い、プロムだ。不謹慎であることも分かっているが、そもそもプロムは少しくらい羽目を外しても良い、という不文律もある。
この最低で、最悪な茶番を、楽しまないでどうする。そのために、大金を賭けたのだから。
「わたくしは、毎日・・・・・・。バーネット・カンゲル男爵令嬢が退学になればいいと思っていました!」
わたしも、わたしも追随する女子生徒はひとり、また一人と手を上げる。
「わたしは、バーネット・カンゲル男爵令嬢のアンケート用紙だけ回収しませんでした。婚約者を取られ、貢ぐだけ貢がせて捨てたからです!彼は高等部2年の時に退学し、今も、領地に引きこもっています」
「僕は、バーネット・カンゲル男爵令嬢と交際し、いずれは結婚をと考えていました。誓いの証に宝飾店で翡翠のネックレスを贈りました。しかし、だんだん無視をされるようになり、「バーネットに近づくな」とフリッツ・ローエン伯爵令息に訓練と称して、骨折するまで剣を打ち込まれました」
フリッツが顔を歪ませる。確かに、そういうこともあった。バーネットが、つきまとわれて怖いと怯えていたからだ。
「俺は、バーネット男爵令嬢から伝言を受けましたが、ブルーノ・ミルドゥナ侯爵令息に嘘の待ち合わせ場所を教えました。そうすれば、少しでもバーネットと話が出来ると思ったからです」
なっ、とブルーノは瞠目する。そういえば、そんなこともあった。今でこそ怒りはないが、前と同じ気持ちだったら、掴みかかっていただろう。
「わたしは、バーネット・カンゲル男爵令嬢とペアを組んで、詩の朗読をするよう教師から言われましたが、当日、仮病を使って休みました。以前、カンゲル男爵令嬢と組んだ伯爵令嬢が、マクシミリアン皇子殿下に、叱咤されたからです。理由は、「全部バーネットが考えたんだろう」と。しかし、何もしなかったのはバーネット男爵令嬢なんです」
「俺は、バーネット・カンゲル男爵令嬢に色目を使ったとか言われて、ブルーノ侯爵令息、フリッツ伯爵令息に殴る蹴るの暴行を受けました。そのときの診断書もあります!!」
アマリアも、エレノアも慌てふためく壇上の皇子たちを、楽しげに見ている。二人は、近くのテーブル側の椅子に腰掛けて見物していた。此処に、ラティエースがいない事が本当に残念でならない。
「エリー。わたし、墓穴をドリルで掘りまくる人、初めて見た」
「そうね。より深く、より迅速に、より早く。って感じね」
「迅速と早くって、意味、同じじゃない?」
「確かに、そうね」
「ラティが居たら、どう言ってたかな?」
「そうね、なんて言ったかしら。一つ言えることは、彼らにとってラティエースが居ないことは喜ぶべきことでしょうね」
「えっ?どうして?」
「あの子はね、どうせ落すならより高いところから落すって悪い癖があるのよ?もっと煽りまくって、とんでもない発言を皇子から引き出すでしょうね。「死刑からの~?」とか言って」
ああ、とアマリアは納得した。確かに言いそうだ。妙にものまねが似ているところがまた想像力をかき立てる。
「より高いところから、より深い墓穴に落ちるって。何かの構文みたいだね」
「そうね」言って、小さく嘆息し、「そろそろ、別室の皆様にも登場してもらおうかしら」




