45.祭りの前⑦
ゴトフリー・ユニーグは、元ローエン伯爵直轄軍の兵士の一人であった。素行不良で何度か降格や減給を受けていた。そして、部下も彼と付き合えるくらいには、軍紀から逸脱してもなんとも思わない連中ばかりであった。ローエン領の小さな村に駐屯所があったが、村人からの評判は良くはないものの、酒場の貴重な収入源と言うこともあり、それなりの関係を築いていた。
潮目が変わったのは、秋が深まるころだろうか。駐屯所に届く物資が目に見えて減ったことだ。武器類は、平和な村だったため、補給の必要性はなかったが、食糧は別である。彼らは、小麦を元に、村人から生活物資を融通してもらっていたからだ。メーン伯爵領の小麦は質は良く、村のパン屋や、食堂、もちろん村人個人からも重宝がられていた。
メーン伯爵の紋章が入った小麦袋から、見たことのないマークの小麦袋に変わり、ついにはマークすら入っていない虫だらけの麻袋が届いた。さすがのゴトフリーも、ローエン伯爵に事の次第を問う書簡を出した。
返事が来ないまま月日が過ぎ、村人の態度が変わった。多少、粗暴なことをしても目を瞑ってくれていた村長が、苦情を言って来るようになった。村の若い娘に手を出す兵士に、厳罰を求めたのだ。もし申し出が通らないなら、それこそローエン伯爵に直接苦情を伝えるとまで脅してきた。最近、給金がもらえない若い兵士たちが、憂さを晴らすように村で悪さをするようになった。それはもう、若いからで済ませられる次元ではなかった。
年があけて、ようやくローエン伯爵から書簡が届いた。それは、解散命令と解雇通知が同時に記されていた。しかも通知が届いたのは、ゴトフリーとその部下のみ。ゴトフリーの目に余る行動に距離を取り、また邪険にされていた部下たちはそのまま継続して雇用するとなっていた。
ゴトフリーたちの解雇理由については、村からの苦情、目に余る問題行動の数々が列挙されていた。激怒した兵士たちの一部が暴徒化し、それを村人と解雇を免れた兵士たちが鍬や鋤などの農具で抵抗、ゴトフリー側が負けてしまうという結果に終わった。結局、逃げるようにして隣町まで退散することになった。
このままどうするか。ギルドに所属しようにも、ゴトフリーたちの悪評はすでに広まっていた。何せ、軍事訓練を受けているはずの兵が農民に負けたのだ。これがローエン伯爵軍として所属したままだったら、それこそ恥さらしもよいところだ。
(どうしたものか……)
考えあぐねているうちに、旅費は減っていく。約60人の大所帯を抱えての大移動だ。このままでは皆で、盗賊に転職するしかない。そう思った矢先、ローエン伯爵の3男坊、フリッツが姿を現した。
フリッツは革命だと言った。貴族社会を打破し、マクシミリアン皇子の元、新しいロザを作る、と。敗北は考慮せず、勝利することを前提とした褒章の数々に、盗賊予備軍はすぐに飛びついた。ゴトフリーも、内心では謀反だろうと気づいていたが、目先の金の方が大事だった。今日まで3日、まともな食事をとっていないことも、判断を鈍らせた。
こうしてフリッツの呼びかけにより、集団は徐々にその数を増やし、途中、モードン侯爵領の傭兵たちも合流し、メブロ手前に着くころには、その数は800人に膨らんだのだった。
メブロは北方にもその噂が届くほどの栄えた町であった。あくまで目的地は帝都であった。このまま800人がメブロに押し寄せれば、街は警戒し、門を閉ざすかもしれない。ゴトフリーは、他の隊長たちと相談し、警戒されぬよう100人単位の8個小隊に分け、それぞれ別ルートから帝都を目指した。ゴトフリーは、くじ引きで、メブロを通過しての帝都行を獲得し、久しぶりに部下から褒めそやされた。
しかし、小隊に分けてもメブロの街は、門を閉ざした。ここで、ゴトフリーは判断を誤った。それは、マクシミリアンにとっても大打撃になるものであった。このまま、メブロを迂回し、帝都に向かえば、大隊はその数を減らすことなく帝都に到着していたはずだ。フリッツがすでに手配していたから、帝都の城門は楽々通り抜けられたし、寝台や食事にもありつけた。が、ゴトフリーは、メブロの警戒を、自身の敵意と判断し、近くにいた小隊を呼び寄せたのだ。海路とメブロと反対からのルートでやってきた約200名は無事に帝都に到着したが、それ以外はメブロの周囲を囲い、とどまった。600人がメブロの前で足止めの状態となったのであった。
――――――帝国暦414年紫の月二一日(卒業式まであと3日)
メブロ市庁舎は、作戦指令室へ変更された。作業台の上には、メブロの地図と、急遽用意したチェスの駒。これを、自軍と敵軍に見立て、配置していく。
「相手の所属はまだ分かりませんか?」とラティエース。
「現在、使者を向かわせていますが、向こうが敵意なしだと言っても、我々はもう信じられませんよ。奴ら投石器の準備を始めていますから」
ガリウスが、額の汗をぬぐいながら言った。室内は暖炉が備え付けてあるから暖かい。小太りのガリウスには暑いくらいだ。
「おとなしく迂回してくれれば、街は助かるが……。この先は帝都だ。理由次第ではここで足止めしないといけないだろうなぁ」
ラティエースがぼやけば、隣に立つ傭兵ギルドの団長が、「ですね」と短く言葉を切った。
「幸い、卒業式シーズンで貴族の方々を護衛する傭兵が仕事を終え、此処に滞在したり、または、帰途の護衛のために待機している者も多いです。異変を感じて引き返したり、近くの港から海路を使っている者もいるそうですし、帝都の方にも異常事態は伝わるでしょう」
荒々しい稼業のわりに、丁寧な口調の『剣』の団長、サイナス・ラングが言った。大剣を肩から掛け、本人も「大剣のサイナス」といって、その道では有名な人らしい。
「確認できました。元ローエン軍、現マクシミリアン近衛軍所属第一、第二、第五、六中隊と、モードン侯爵領所属ギルド「山猫のモルド」遊軍部隊と名乗りました」
丸眼鏡をかけた少年が、メモを片手に駆け込んでくる。彼はガリウスの弟子で、小姓のようなことをしている。ユーリックことユウと呼ばれて、皆から可愛がられている。
「元?」とラティエースが言えば、「マクシミリアン近衛軍?」とサイナスが首をかしげる。
「山猫のモルド。聞いたことありませんなあ」
元行商人で、今はメブロで小さな商会を営んでいる男、ドミニクが言った。
「わたしも聞いたことないですね」
同業者ならある程度知っていると思っていたサイナスも、初めて聞くギルド名であった。
「それに、モードン侯爵領とは。ずいぶん遠方からお出ましだ」
「ユウ君。彼らの要望は?」
「はいっ。我々はメブロを通過し、帝都を目指すものである。そちらから攻撃さえしなければ、決して危害は加えないとのことです。帝都での用向きついては、当然ながら「貴公らに関係のないことである」と言われました」
「当然ですね」
「さて、どうしたものか」
サイナス、ドミニクが口々に言う中、ラティエースはユウから受け取ったメモを凝視する。
「帝室が軍を持つことは禁じられているはずです。帝室の名を冠する軍を僭称または詐称するこは、極刑に値する、ですよね?」
「ええ、そうです。仮に帝室の方々の名を冠する軍を立てる場合、それはそれは立派な旗を掲げることになっています」
皮肉めいた口調で言ったのは、同じくメブロで劇場を営むエリカ・シンであった。自身も歌手としてステージに立つ中年女性だ。エリカはラティエースの要請によりこの場にいた。ノースエリアはその場所柄により、頑丈なつくりをしており、また逃亡防止のための城門も小さいながら、街の外の城門と同等の防御力をもっていた。現在、女性、こども、老人を優先的に、ノースエリアへ避難させている。そのまとめ役をエリカに頼み、エリカは快く引き受けてくれた。
「最近お騒がせのマクシミリアン皇子の名を冠するのも気になりますね。ずいぶんときな臭い」
「巷では、皇子は皇帝になれないと言われていますから」
「となると、黙って帝都へ行かせるわけにはいかせませんね。少なくともマクシミリアン軍の目的を聞くまでは」
一同の思いをまとめたサイナスに、それそれがうなずき、同意を示した。
サイナスが部下を呼び、指示を出す。エリカもサイナスの指示のもと、ノースエリアへ戻ろうとしていた。ガリウス、ドミニクも物資についての打ち合わせを始めている。
そんな中、ラティエースだけが窓の外を見ていた。
(卒業式、出れなくない?これ……)




