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転生令嬢の生存戦略のすゝめ  作者: 草野宝湖
第一編
37/152

37.再会は、姉弟喧嘩にとって替わられる。

 雪が深々と降り積もっていく。

 その白い絨毯に散る血しぶきは不規則で、けれどその赤と白のコントラストがやけにきれいに見えた。

 5年前、ラティエースとその仲間によって、追い詰められた場所と同じところにきていた。昔と違うのは、あの時に身を挺して守ってくれた親友がいないこと、もうあの穴を通り抜けられるほど身体が小さくないと言うことだ。

 アインス・ファミリアがラキシスの惨劇において、このまま終わらせるつもりがないことは重々承知していた。それがいつになるか分からなかったが、カスバートの復讐は一旦の区切りを付けたのだ。それからは、日々が無気力に通り過ぎていく。やり遂げた達成感と、こんなことをして何になるという虚しさが同時に去来する。

 ある夜、いやあと少しで日が昇ろうとしている頃だ。ついにアインス・ファミリアが動いた。

 次々と、ジャンス・ファミリーの構成員がやられていく。その手際に、カスバートは心当たりがあった。

(そうか。ラティエースたちもやってきたか)

 もちろん、カスバートの賭博場も襲撃された。金を持って逃げようとする奴、抵抗してあっさり倒される奴、自分の女を盾に逃げようとする奴。そんな奴らの隙間を縫うように、カスバートは賭博場を後にした。

 あの頃と同じように、ラティエースたちは淡々と、まるで人形を倒すように躊躇なく、敵を屠っていく。

 カノトと呼ばれた少女は、舞踏するかのように。

 タニヤと呼ばれた青年は、看板を蹴倒していくかのようにいとも簡単に。

 ウィズという少女は、的確に喉笛を掻き切っていく。

 レンと呼ばれた少年は、鮮やかに敵の合間を駆け抜け、斬りつけていく。

 レイと呼ばれた青年は、軍人仕込みの剣さばきで敵を突いていく。

 ラティエースは5人が取りこぼした敵と切り結び、どこか危なっかしいナイフさばきだが、それでも敵を確実に仕留めている。

(オレが相手にしていたのは、こんな化け物たちだったのかよ……)

 あの時と変わらない。一方的な展開であった。

「カスバート・・・・・・」

 ラティエースの吐息が、はぁ、はぁ、と乱れた呼吸と共に、白い息となってふんわり昇っていく。

 カスバートはラティエースを一瞥し、小さな壁の穴を見つめた。少し赤黒く見えるのは、気のせいだろうか。この場で、親友は切り刻まれたのだ。五年前、ほとぼりが冷めた頃を見計らって戻れば、壁と地面にうっすら残った血痕だけがあった。

「5年ぶりかな、ソウタとして此処に立つのは」

 ピクリ、とラティエースの眉が歪む。

「お前がソウタだったんだな?」

「そうだよ。アイバソウタ」

 振り返ったカスバートは、壁に背を向けた。そのままズルズルと壁に背を預け、しゃがみ込む。

「日本人か?」

「そう。あんたもだろ?」

 ラティエースは、目を細めるだけで答えなかった。ただ顔に出さないだけで動揺はしていた。此処にも転生者がいたとは。その可能性について、全く考えてこなかったことに、ラティエースは愕然とした。

 この世界にはバーネットや自分たち以外にも、転生者がいるのかもしれない。

(いや、今はこいつだ)

 ラティエースは、スッと短刀の切っ先をカスバートに向ける。レイナードも、カノトもそれぞれの武器を構え持つ。

「最後に言い残すことは?」

「ばあちゃんが作った煮付けがもう一度、食べたかったな・・・・・・」

 言って、カスバートは目を閉じた。今更、カスバートが抵抗することはなかった。目を瞑ったのもその証拠だ。そこに戦意はなく、レイナードもカノトも、周囲の警戒はそのままに、少しだけ武器を持つ手の力を緩めた。

 ラティエースがゆっくりと短刀の柄を持ち替える。短刀を振り上げ、座り込むカスバートの胸先に照準を合わせる。せめて、苦しませることなく死なせてやる、と心に決めた。

 ラティエースがナイフを振り下ろした瞬間と、何かが飛び出してきたのは、ほぼ同時であった。


 それは、野良犬でも、小さな子どもでもなかった。敵でもなかった。

「やめろ!ラティエース!!」

 命令でも悲鳴でもましてや懇願でもない叫びに、まずレイナードとカノトが怯んだ。ラティエースの名をはっきりと呼んだ青年を、敵かどうか迷ったからだ。迷いはそのまま彼らの動きを遅滞させた。

 ラティエースの持ち味は、俊敏さだ。誰よりも早く懐に入り、ナイフを振る。このときもまた、ラティエースは素早くナイフを振り下ろした。あと一拍、声が遅ければ、カスバートの胸元にナイフが深く突き刺さっていただろう。

「やめてくれ!姉さん!!」

 カスバートの胸の先に、チクリと痛みが走る。が、それ以上の衝撃はやってこなかった。カキン、と剣先同士がぶつかる音と、ボトリとナイフが落ちる音。

 カスバートがゆっくりと目を開ければ、そこには自分を庇うようにして立つ誰かの背中。

「リューク・・・・・・?」

 かつての親友の名を呼ばわったが、それは違うとすぐに気づく。

「ブルーノ・ミルドゥナ・・・・・・?」

 カノトが譫言のように呟く。

「止めろ!ラティエース!!」

 ブルーノがカスバートの前に躍り出る。

 フー、フー、と荒い息を乱し、威嚇する小動物のように震え、ラティエースをにらみ据えている。

「どけ、ブルーノ」

 弾き飛ばされたナイフを拾い上げながら、ラティエースは言った。

「どかないっ!」

「てめぇ・・・・・・」押し殺した怒りをラティエースは地を這うような低い音で吐き出す。「こんなところまで来て、そんなにわたしの邪魔がしたいか」

「ブルーノ、お前もやられちまう。どくんだ、そこを」

(俺に、また友人を見殺しにさせないでくれ・・・・・・)

 カスバートの言に、いやいや、とブルーノは聞き分けのない子どものように首を左右に振って拒絶する。

「駄目だ!カスバート、楽になろうとするな!謝って済む問題じゃないのも分かってる。でも、でも!僕も一緒に謝る。僕も一緒に償う。独りで背負わなくていいんだ!!」

 ここ最近のカスバートの様子は明らかにおかしかった。学園を無断欠席することも多かったし、昼過ぎに登校してきては無気力に過ごすし、話しかけても上の空だ。3日連続で欠席した今日、ブルーノは居ても立っても居られず、学園を早退してカスバートを探し回ったのだ。そこに、何かの騒ぎが起こった。ちょうど、屋台で生まれて初めて串焼きを食べ、聞き込みをしていたところだった。突如始まった争乱に、店の主人は、ブルーノと一緒に屋台と主人が立つ隙間に一緒に匿ってくれた。騒ぎが収まるまで外に出ないほうがいいと言ってくれたが、胸騒ぎを感じ、ブルーノは屋台を飛び出し、裏通りを駆けた。

「やめてくれ、もう・・・・」

 ――――――死なせて。

 あの時、仲間はこういう気持ちだったのだろうか。

 だが、ブルーノの言葉に反応したかのように、滂沱の涙が流れ落ちる。泣くつもりなんてなかったのに、身体が勝手に反応したようだ。目の前が涙でにじみ、ブルーノの背中の輪郭が淡くなる。

 と、ブルーノが、鈍い音と共に横に吹っ飛んだ。血がまばらに飛んで、雪に散った。

「こんの、クソ弟がぁぁぁ!」

 ラティエースが、ブルーノをぶん殴ったのだ。すでにラティエースの体力が尽きかかっていたのもあったのか、ブルーノがすぐに立ち直り、反撃に出る。ブルーノの拳がラティエースの腹にめり込んだ。

 ラティエースは完全に虚を突かれた。まさか、あのブルーノが反撃をし、あまつさえこんな重い拳で打ってくるとは思っていたなかったからだ。「ぐっ」と呻いて、唾液と胃液が漏れ出す。

 レイナードも、カノトも目を丸くする。ついでに、カスバートの涙も引っ込んだ。

 ラティエースが、ブルーノの2撃目の拳を躱し、素早く両手を地面につき、頭をギリギリまで下げる。そのまま遠心力を使って片足を大きく回して蹴りを繰り出し、地面に引き倒す。素早く身体を翻し、馬乗りになって、胸ぐらを掴んだ。

「上等だ!偉大なお姉様に逆らったら、どうなるか思い知らせたらぁぁ!」

「姉さんだって、僕のことを丸無視して、「弟なんていない」なんて平気で言って!そんなに僕が気に入らなかったのかよ」

(はて?)

 ラティエースには覚えがなかった。その隙をついて、ブルーノが身体を入れ替えようとする。ラティエースは掌底で打つ。今、ブルーノは軽い脳しんとうを起こしているはずだ。ここで一気にたたみかける。ブルーノの裏拳をギリギリのところで躱し、膝をブルーノの腹にぶち込む。同時に、ブルーノも立てた膝をラティエースの腹に入れる。

「上等だよ!昔っから、物言いたげな目でこっちを見て、気持ち悪いったら!文句があるなら、最初から、そうやって殴りかかってくればよかったんでしょうが!!」

 タニヤたちが合流したことにも気づかず、二人は激しい殴り合いの応酬をはじめる。

「えー、えー」と口元に手をやって、それでもどこか楽しげな表情で目の前の光景を理解しようとするレンに、やや混乱しているレイナードが身振り手振り説明している。カノトはとりあえず、カスバートが変なことをしないように見張っているが、目の前の喧嘩にはどう対処したらいいか分からずにいた。

 タニヤとウィズは、周囲に危険がないと確認してから、手持ちの水筒で喉を潤したり、干し肉をかじり始めて、姉弟を眺めていた。

 ラティエースは転がり、やがてムクリと起き上がる。

「こんなかわいげのない弟、いるかぁぁぁ!」

 口の中の血をペッと吐き出し、大きく吠えた。


 ――――――ああ、わたしに弟はいませんので。

 晩餐会か何かの交流会の時に、ラティエースが放った一言を、ブルーノは今も覚えている。頭が真っ白になり、とにかくその場を走り去った。だから、ラティエースのその後の言葉を聴けずにいた。

 ――――――ああ、そうだ。いや、います、います。すいません、ちょっと前世・・・・・・。いや、何でもありません。弟のブルーノは、姉のわたしが言うのも何ですが、大変優秀です。きっと、父の後を継いで立派な当主になります。

 時折、前世の家族構成と混同することがあった。それ故の最初の発言なのである。しかし、ブルーノにとっては強烈な言葉で、自分に対するラティエースの本音を知った気になってしまった。

「何だよ、そんなに僕のことが・・・・・・」

 そこでフッ、と回想が途切れる。

(ああ、そうだ。僕、カスバートを追って、それで・・・・・・)

 靄がかかったような視界と思考がだんだんと鮮明さを取り戻していく。見覚えのない天井が視界に広がっている。

「ん?」

 どこだ、此処は。横たえている身体が冷たさできしみを上げそうだ。申し訳程度にかかっている毛布。体中が痛いが、顔も痛い。そっと頭部に触れてみると、そこには治療した後なのか、包帯が巻き付けてあった。

「起きたか?」

 隣から声がかかる。しゃがみ込んだラティエースが、それはそれは不機嫌そうな顔で言った。

「あっ、ああ、うん・・・・・・」

 ゆっくりと身を起こせば、そこは治療院のような状態で、次々と負傷者が運び込まれている。ラティエースも頭に包帯、頬にガーゼが貼り付けられている。

「そうだ!カスバート!姉さん、カスバートは・・・・・・?」

 ゴンッ、と頭に衝撃が走り、視界がチカチカする。なんだかクラクラして、脚に力も入らない。ようやく、頭を殴られたと理解する。

「今回はこれで許してやる」

 ふん、と鼻を鳴らして、ラティエースは大股で歩き去る。追いかけようにも、ブルーノは立ち上がることも出来ない。そこに、フッと人影が落ちる。

 ラティエースと行動を共にしていた人たちだ。レイやカノトなどと呼び合い、姉ともずいぶんと親しそうにしていた5人だった。

「良かったな、ブルーノ」とレイナード。

「へー。弟君やるじゃない」とカノトが言って、「あれだけで許してもらえるなんて、弟って得なんだなー。いいなー」とタニヤが心底羨ましそうに言う。

「なるほど、なるほど・・・・・・」ニヤニヤと顔が緩むのが止まらないレンと、「是非仲良くしようじゃないか、弟君」とウィズがにこやかに言う。

「あの・・・・・・」

 皆が、にこやかな顔で、ブルーノの顔をのぞき込む。

「仲良くしようか?お兄さんたちと」と、レイナード、タニヤ、レンが微笑を深くし、「お姉さんたちと」と、カノト、ウィズが更に顔を近づける。まさしく全員が有無を言わさない笑顔を浮かべていた。

(カスバートは?)

 結局、カスバートのことは教えてもらえなかった。

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