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転生令嬢の生存戦略のすゝめ  作者: 草野宝湖
第一編
36/152

36.報復者たち

 ――――――帝国暦414年紫の月初頭未明。

 ゼロエリアの中心、ベランジオ・カジノにアインスの部下たちが集まっていた。彼らはただの無頼者ではない。アインス・ファミリアの構成員であると同時に、ひとりひとりが優秀な兵士だ。彼らは、先の戦争で行き場を失った兵士たち。とある作戦に従事していた彼らは、その作戦の重要性から生きた痕跡をすべて抹消されていた。作戦立案者も、まさか彼らが作戦を成功させ、ましてや生還するとは思っていなかったらしい。その事実を知ったアインスは、出世の道も、勲章もすべてうち捨てて、ゼロエリアという場所に仲間を引き連れて逃げ込んだ。此処は、帝国の不都合がすべて詰まった場所だ。住人たちも、異国人、戸籍がないもの、もしくは過去の経歴を捨て、新しい人生を送る者と様々だ。当時、ミルドゥナ大公が庇護を申し出てくれたが、それを断り、アインスは彼らを養うために、アインス・ファミリアを作り上げたのだった。

 その子孫がアインスと彼らの辿った歴史を語り継ぎ、ある者は外へ飛び立ち、ある者はアインス・ファミリアの門を叩いた。

 ラティエースもまた、報復者としてカジノに集った者の一人であった。真っ黒な身体の線に沿ったミリタリー・スーツに、使い込まれたブーツ。腰には短刀を下げていた。その上から迷彩柄のジャケットを羽織っていた。主に、合宿で使っていた品だ。皆、ラティエースの命を守ってくれたものだ。

「で、何であんたたちもいるのよ」

 そう言って、ラティエースは横目で、目の前に立つ5人をねめつける。彼らもまたラティエースと同じような戦闘服に身を包んでいた。

 ラティエースの幼なじみ。あの特別な訓練を受けた仲間だ。

 レイナード・ラドナ・アルケイン。

 レン・ユーカス。

 カノト。

 ウィズ・クーファ。

 タニヤ・パーチェ。

「王子、聖職者、スパイ、研究員に、軍人見習い。なんつーラインナップだよ!」

「豪華じゃない」

 そう言ったのは、カノト。元共和国軍少尉で、現在はギルドの諜報員。いわゆる女の武器を最大限に生かして、諜報活動、工作活動にいそしんでいる。

「そうそう。友達のピンチには駆けつけなきゃ。ロフルト教典にも書かれているでしょう?」

 レン・ユーカスがおっとりした口調で言う。が、この中では一番強い。戦闘訓練では、笑顔で相手を空高く舞い上がらせていた。5人とも経験済みで、ラティエースが一番吹っ飛んでいた。それが、今やロフルト教皇最年少司祭なのだ。信者たちに見せたいものだ。笑顔で、自分の二倍以上の体格の男を、吹っ飛ばす彼を。ちなみにその男とはタニヤ・パーチェで、彼の涙の跡が弧を描き、虹を作ったとか作らなかったとか。

「俺の初めてはロゼリアさんに捧げるつもりで貯金もしていたんだ・・・・・・」

「煩せぇ、タニヤ(ばか)

「ラティさん。俺の名前にルビ振って、バカはないんじゃない?バカは」

 タニヤ・パーチェ。南方海洋連合海軍所属。まだ見習いのため、階級はないが見習い期間が終われば、少佐からそのキャリアをスタートさせる。連合の軍階級は他と違ってかなり特殊なのだ。彼の初恋は、絵姿のロゼリアである。

「まあ、こうしてお前のピンチに皆が駆けつけたわけだ」

 言って、レイナードがラティエースと肩を組む。

「王子。あんたが一番来ちゃいけないだろ」

「来るなって言われても駆けつけるさ」

 そう言ったのは、ロザ帝国魔工学研究員のウィズ・クーファであった。彼女は、元々、ロゼリアの妹であった。その優秀さを見込まれ、クーファ家の養子となり、海外留学を経験して帰国。ロザ帝国に貢献したいという思いで、研究員になった。

「ボクらの苦しみは、残りのメンバーで分かち合う。今回は、君の苦しみをボクらで分かち合う。そう約束して、2年前に別れたじゃないか」

 ったく、とラティエースは髪をかき上げる。

「どこでばれたんだか」

「あら?此処に優秀な諜報員がいることを忘れないでくれる?死にそうになりながら情報を掴んできたんだから」

 カノトが胸元に手をやって、言った。

「そうだった・・・・・・。っていうか、あんた、連邦で仕事してるって言ってなかったっけ?」とラティエース。

「そうよ。でも、スパイは連携も大事なの。お友達が教えてくれたから、すっ飛んできたのよ?」

「そりゃ、どうも」

 もう何を言っても無駄な気がしてきた。ラティエースは使い込まれたグローブを付け始める。

「そういや、今、思い出したんだけど、昔、あったわよね。ゼロエリアの掃除をしろって。覚えてない?」

 カノトが言って、ウィズが苦笑して「忘れるわけがないだろう」と言った。

「確か、5年前か。当時、ゼロエリアは今よりもずっと治安が悪くって。アインスさんが大公にお願いして、解決を依頼したんだったっけ」

「そうそう。子どもを寄越しやがってって、アインスさん、怒ってたっけ」とレンが苦笑交じりに言った。

「あの時、セキリエを通して、路地裏の子どもたちを海外に売ってたんだろ?しかも、売ってたってのが同じ子どもだったんだよな」

 タニヤが、短剣の刃先を確認しながら言う。

「首謀者は、ソウタとか言ったか。結局、そいつは見つけられなかったんだよな」

 レイナードが言って、ラティエースが肯首する。

「ソウタっていう名前までは分かったけど、それ以上は分からなかった。派手にぶつかったから死傷者も出たんだけど、肝心のボスを捕らえられなかった。ただ、あの件で、子どもの人身売買はピタリと止まった」

「まあ、それでよしってことで引き上げたんだよな」とタニヤ。

 消化不良ではあったものの、これ以上は動けないと判断し、アインスに事後を託して、ラティエースたちは引き上げたのだった。結局、アインスの方でも首謀者は見つけられなかった。

 ウィズは、それぞれ小集団に別れて、打ち合わせや武器の点検をしている人の中から、場違いな男を一人見つけた。「ちょっと、ごめん」と言い置いて、その男の元へ駆ける。

「何してるんですか、養父(とう)さん」

 ウィズの養父、ベン・クーファが居た。フルオーダーのグレイのスーツに、洒落たハットをかぶった紳士が特に用もないのかフラフラと辺りを歩き回っている。周囲も、ベンに何かしらの役割があるのだろうと、呼び止めもしない。一部は、ベンのことを知っていて、あえて声を掛けていないようだが。

「ケケケッ。久しぶりだな、ウィズ」

「お久しぶりです。まさか、あなたも参加するなんて言いませんよね?」

「それで親父を驚かせられるなら、してもいいけどな」

「もう若くないんですし、一応、衆民院議員なので大人しくしておいて下さい」

「まだまだ若いよ?」

 可愛らしく小首を傾げてみせるが、ウィズはときめきよりも苛立ちが胸に広がるだけだ。もう就職もしたし、養子縁組解消できないだろうか、と思ったりもする。ベンにとっても、ロゼリアの頼みでウィズを引き取ったのだ。彼女がいない今、ウィズを抱える必要性はない。

「ロゼリア姐さんの仇はボクが討ちますので。家で大人しく待っていてください。移民救済法の草稿がまだ途中だったでしょうが」

「あっ、バレてた?」

「いい加減、荒事から手を引いてください。衆民院議員連合の議長選挙も近いんですから。秘書さんたち泣いてましたよ?こんなメチャクチャな演説したら帝政批判に取られるって」

「へいへい、分かりましたよ。お前も、無理すんな。レンを前衛において、適当に走っとけ」

 ええ、と言って、ウィズは視線をラティエースたちに向ける。5人が輪になって話している様子から、フォーメーションの最終確認をしているようだった。

「じゃ、親父にちょっと挨拶してくらぁ」

 言って、ベンは軽い足取りでカジノの奥に消えていった。


 闇夜を縫うように、報復者たちがジャンス・ファミリアの支配地域、東を目指した。ベンの養女、ウィズもその一人だ。ベンがもう少し若ければ、あの列に並んでいたことだろう。今も鍛錬は欠かしていないし、正規軍の誰かと時折打ち合いもしている。だから、復讐者の葬列に加わろうと思ったのだ。いや、直前まで本気でそのつもりでいた。ウィズに押しとどめられるまでは。

 薄闇が開け、日が昇れば、ゼロエリアは血に染まり、その血があの小川を流れていくのだ。そしてまた、あの黒く濁った色に立ち戻る。ゼロエリアはこうして何度も壊れては戻りを繰り返してきたのだ。あの小川は、ゼロエリアが出来た当時から流れていたという。人に例えたら、ゼロエリアの生き字引とでも呼べばいいか。

「行ったか?」

 後ろから声を掛けられたベンは、振り返った。

「ああ。行ったぜ」

 アインスはベンの隣に並んだ。

「ふつーさ、出発前に決起集会的にして、一声掛けるもんじゃねーの?」

 言って、ベンは葉巻をくわえた。

「そんなことしたら、隠密行動の意味がなくなるだろ」

「それもそうか」

 フッ、と紫煙が天井に向けて立ち上る。

「俺さ。あんたのことだから、日中でもド派手に衝突するかと思ったんだけどね。そりゃ、ゼロエリアは封鎖されて、それこそエリア自体が抹消されるかもしれないけど・・・・・・。少なくとも決着が付くまでなら、俺の力で帝都側は黙らせることができたと思うぜ」

 帝都では、貴族よりも民衆から選抜された議員、衆民院の方が幅をきかせていることもある。帝都は皇帝の直轄地、天領とされ、その支配は貴族ではなく皇帝が行う。帝都で一部の貴族が幅をきかせれば、天領の意味がないため、その代理を衆民院が行うというわけだ。あくまで建前であるが。帝都の治安維持に関する権限の一切は、衆民院議員が掌握していた。ベンと治安維持警吏総長は昵懇の仲だ。

「それも悪くないと思ったんだがな」言って、アインスも葉巻をくわえた。「あいつは、血なまぐさいのも、騒がしいのも嫌いだったからな」

(あいつ、ね・・・・・・)

 ベンも、そしてアインスも、一人の女性を思い浮かべている。それまでの娼館のルールを無視し、姉妹制度なんてものを持ち込んだ変わった女を。

「あんた、ヴァルドマン家の墓に入らないって言ったんだって?あそこにはお袋も眠ってるってのに。近くに墓石を作って、そこにロゼリアを埋葬したって聞いたぜ?あんたもそこに入るんだろ?よくもまあ、身内が許したな」

「まあ、そこは黙らせた」

 どう黙らせたか明言しない辺り、アインスは自分の強引さを理解している。

「死んでから一緒になるってのは皮肉だねぇ」

「お前こそ、結局、ロゼリアを落とせなかったじゃねーか。ウィズなんて娘まで引き取ったのに」

「そうなんだよなー」とベンはガシガシ頭をかいて、「俺、もてあそばれちゃって終わりよ?」

「その割に、子育て楽しんでたじゃねーか。まあ、ウィズは聡い娘で、手がかからなかったがな」

「・・・・・・。ロゼリアは分かってたんじゃねーかな。足かせ代わりにウィズを引き取らせて、俺に迷うことを選ばせた。そうじゃなかったら、俺、もう死んでるよ」

「親不孝な奴だな」

 アインスの息子はもうベンしかいない。他は、戦死したり、ゼロエリアの抗争の中で命を落とした息子もいる。幸い、娘たちは結婚して、家庭を築き、まずまず幸せな生活を送っているが。

「俺も自分自身が信じられないよ。今じゃ、孫の顔を見るまで死ねないなんて思うんだぜ?どう?やばくない?あんたのひ孫だぜ?」

「実に親らしいじゃないか」

 アインスは微苦笑を落とした。確かに、血気盛んだった頃のベンからは、信じられない言葉の数々である。

「結婚はしてくれなかったけど、親にしてもらっちゃったなぁ・・・・・・」

 言って、ベンは曇天の空を見上げる。その横顔に、ツ、と一筋の涙が流れる。アインスは黙って、紫煙を薫らせていた。

(雪が降るかもしれねぇな・・・・・・)

 ――――――アインス様、雪ですよ。春までもうすぐです。来春はどこに行きましょう?


(速い・・・・・・)

 アインス・ファミリアの一員、オルガ・デニスは前を行く一団を追うように駆けた。オルガは元々、ミルドゥナ大公領の軍人であった。といっても実戦らしい実戦は経験をしたことはなく、農村を襲う夜盗や盗賊とやりあったことがあるくらいだ。前を行く10代後半の男女混成グループの動きは、正規兵のそれよりも統率がとれていた。足運びは特殊部隊のそれだ。何よりも、彼らは敵に対する攻撃に躊躇がない。慣れているのだ。

 先頭を行くのは、レンとか言う小柄な青年で、一足飛びに駆けだし、抜刀する。レンの身体が一瞬沈んだ。

(まさか、やられたか?)

 オルガがそう思った瞬間、三人の男が吹っ飛んだ。さらに、ウィズが飛び込む。弓をつがえ、連射していく。

「走れ!前衛は俺たちが潰す!!」

 タニヤが声を上げ、襲いかかる男たちを投げ飛ばす。最後尾を走っていたラティエースが、オルガの前に出て、槍を構えた男たちと切り結び、穂先を叩き折った。

「行って下さい」

「すまないっ!」

 オルガは言って、部下を引き連れて裏通りを駆けていく。物音に気づいたジャンスの部下たちが表に出れば、ヒュッと風を切る音が耳に入る。その次の瞬間には、声を上げるまもなく首筋を掻き切られていた。

「敵襲!敵襲だ!!」

 ようやく、ジャンス側も事態を把握したようで、ポツポツと危険を知らせる怒鳴り声が響き渡る。血迷った誰かが燭台を落として火事になりかけたが、それもアインスの後続部隊が火を消し、ついでに居住者も始末する。

 レイナードは、奇声を上げながら襲いかかる敵を払いのけ、刃先のこぼれたナイフを遠くに放る。戦意喪失して逃げ出す者たちは、あえて追うことはせず、後続に任せることにした。

 ラティエースはぞんざいに血の付いた頬を拭い、顔を上げる。

「ジャンスは?」

「逃げてはいないと思う。この奥にジャンスの邸宅があるんでしょ?」とカノト。

 邸宅と呼ぶような建物でもないのだが。アインスの方は、場違いなほど貴族街にこそふさわしい邸宅を構えていたが。

「いや、西の広場に逃げた可能性もある。あそこから壁伝いに行けば、抜け道があったろう」とタニヤ。

「雪も降ってきたし、視界がますます悪くなるわ。急ぎましょう」

 と、サーベルを振りかぶった敵が駆け寄ってきた。ラティエースは、レイナードを蹴り飛ばし、その斬撃をもう一本の短刀を抜いて、交差させて受け止める。ズン、と全体重で押さえ込まれ、膝を折りそうになる前に、擦り上げて受け流した。下がった相手は、そのまま背後からタニヤに突き刺され、絶命した。

「サンキュ、タニヤ」

 タニヤに助け起こされたラティエースが言った。

「すまん。気づくのが遅れた」

「いや。あのままだったら、レイナードも怪我をしていた」

「しねーよ。ってか、庇わなくても何とか出来てた!」

 ラティエースに守られる形になったことがよほど恥だったのだろう。レイナードは顔を真っ赤にして抗議している。今、その抗議に対し反論する余裕も、そのつもりもない。

「二手に分かれる。タニヤ、ウィズ、レンはジャンスの本拠地を強襲。残りはわたしと一緒に来て」

 ラティエースの指示に異議は出ない。返事の代わりに路地をそれぞれ折れ、二手に分かれて、夜の街を駆け抜けた。

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