32.果たして陰謀に巻き込まれているのか。それとも陰謀に巻き込んでいるのか。
ロザ帝国建国祭。一介の剣士であったロザ帝国初代皇帝サイオが、ロザの地に根を下ろし、バラバラになっていた民族を一つにまとめ上げ、神に戦いを挑んだ「天地戦争」。約五百年後の帝国暦元年、煌の月1日。長きにわたる戦いに勝利し、サイオはロザの建国を宣言したとされる。ロザ帝国の国民ならば、幼い頃から接するおとぎ話であり、ロザ帝国史の序章である。
サイオに味方した女神たちは、天地戦争を戦い抜く寿命を人々に「祝福」として与えた。その後、女神たちは人に堕とされ、サイオの妻となる。その子は、女神の名残か血が蒼かったという。これが、蒼の一族の始まりであり、今もその生ける伝説が今の帝室なのである。神々は戦争に終止符を打ったサイオたちに呪いを送った。「祝福」は無にされ、さらに魔法や聖法をロザの人々から奪った。だから今も、ロザ帝国では魔法や聖法が使えないなどと言われている。
毎年、ロザ帝国ではこの建国祭を大いに祝う。最も賑わうのはやはり、皇帝のおわす帝都であろう。この日はきまって、皇帝とその一家が、皇城のバルコニーに登場し、皇城前に集まった市民に手を振る。
皇帝は常に多忙であるが、建国祭前後は最も忙しくなる。建国祭二日前には、国内外の新聞社や雑誌記者を集めての会見が催される。皇帝自ら壇上に立ち、記者の質問に直言する珍しい機会だ。あと一ヶ月もすれば新年を迎えることもあり、今年の総括や来年の抱負などを語る場合が殆どだ。当日は早朝からロザ帝国最大のロフルト教皇国教会、ミッターマン寺院での礼拝を終えた後、バルコニーでのイベントを終えれば、帝都を馬車で一周するパレードがある。さらに、夜は国内外の重鎮を集めての晩餐会と舞踏会が催される。建国祭翌日からは、重要人物との会談が立て続けに行われる。ようやく息が付けると思ったら、年末のイベントと新年のイベントが続くのだ。この時期は、御殿医、薬師がつきっきりらしい。
意外かもしれないが、貴族子女たちにとっては、そう忙しくない祝日でもある。夜の晩餐会と舞踏会は、デビュタントと違って、子どもたちに参加義務はないからだ。忙しいのはあくまで大人たちというわけだ。
――――――ロイヤル・M・ホテル内2階カフェテラス
ラティエースは、ロイヤル・M・ホテルを買収した際、一部改装をした。その一つ帝都中央の大噴水が見下ろせ、皇城バルコニーも、オペラグラスを使えば皇帝の顔もはっきりと見える。その一画をテラスに改装させ、関係者以外立ち入り禁止としたことだ。夜になれば、花火が打ち上げられるのだが、それもここから見ると誰かの後頭部に邪魔されることなく満喫できるのだ。
「やはり・・・・・・」言って、エレノアはオペラグラスを、テーブルに置いた。「皇子はパレードに参加しないみたいね」
「バルコニーにも出てなかったね」とアマリア。
「やっぱ、前日の記者会見の影響だろうね」
前世のように生中継をされるわけでもないから実際に見た感想ではない。ただ、あらゆる情報を精査しても、会見は相当荒れたという結論になる。通常、ご用記者と呼ばれる帝室御用達の記者が質問し、皇帝が答える。その質問も事前に打ち合わせ済みで、簡単に言えば、お膳立て済み出来レースイベントなのだ。最後の五分程度に設けられる制限なしの質疑応答も、「飼い犬の様子についてお聞かせ願えますか?」や「作家賞を受賞した○○の作品は読まれましたか?」など俗世に関する質問が多い。皇帝も気軽に答え、今の皇帝像である「親しみやすく、庶民の文化にも理解・関心がある」皇帝を裏付けることが多いのだ。
ところが、である。今年の会見は、イレギュラーの連続であったという。
「仕込みの記者がいた?」
エレノアがラティエースに問えば「わたしは何もしてない」と不服そうに言った。
ただし、会見内容を一部始終見届けるスパイは送り込んでいたが。
「でも、まあ・・・・・・。誰かが仕込んだんだろうなぁ。帝室ブランドを貶めるために」
効果は絶大であった。会見は大荒れで、結局、皇帝は護衛に押し出されるようにして会場を後にしたという。
「いよいよ皇子派と反皇子派の対立が表面化してきたってことね」
丸テーブルの上には、本日発行された新聞がいくつも重ねられていた。会見の内容よりもその荒れ具合を報じる内容が殆どだ。
ラティエースは、記者会見を見届けた諜報員の報告書をその新聞の束の上に置いた。すかさずエレノアが目を通し始める。
最初の三十分は毎年の光景と変わらなかったらしい。アルクム地方の小麦の不作については、国民には見舞いの言葉を、減税についても明言し、対外公務についても引き続き精力的に行っていくということを語っていたという。
「次の質問をどうそ。・・・・・・はい、帝国新聞さん」
司会者の帝室報道官も、慣れた様子で場を回していたそうだ。
「帝国新聞記者のマイヤーです。今年、マクシミリアン皇子殿下は御用邸での静養ではなく、学園の第一期(一学期)終業式を待つことなく外遊にお出になられました。これは、その前のデビュタントの一件と関わりがあるのでしょうか」
「ノーコメントです!」
皇帝の側にいた秘書官、ダルム・エン子爵が反射的に答えた。ダルムは、会見場の後方に控えていた兵士に視線で合図を送り、この記者を外に出すよう促す。それを察してか、マイヤーは早口で続けた。
「外遊先で、皇子がバーネット男爵令嬢の養子先を探していたというのは本当ですか?」
最初の質問にはポーカーフェイスを崩さなかったケイオス一世も、この質問には虚を突かれた。ざわざわと会場がざわつき始める。マイナーの両脇を兵士が固め、引きずるようにして彼を連れ出す。周囲は、顔面を蒼白にした皇帝を見るべきか、引きずり出されるマイヤーを追うべきか迷っている。
「エレノア・ダルウィン公爵令嬢との婚約破棄または婚約解消の段階に入ったということでしょうか!!」
「おい、黙らんか」
兵士がマイヤーに強く言う。それで黙るなら記者などやっていない。マイヤーは叩き上げだ。ご用記者のようなぬるま湯につかった記者たちと一緒にされては困る。マイヤーは外に放り出されるまで、質問を繰り返したという。
これで嵐は去った。そう思った矢先である。
「ダルウィン公爵家からの支度金の納入が止まったことも関係があるのでしょうか」
すでに司会者は機能していなかった。所属先も言わず、とある記者が勝手に発言した。「おおっ!」と何に対する感嘆か知らぬが、そんな声があちらこちらから聞こえてくる。記者が記者にネタを提供してもらっている状態とも言えよう。
「その支度金を、バーネット・カンゲル男爵令嬢に流用されていたという噂については?」
「西方諸国の王家からは、領事館を通じて正式な抗議が届いているそうですが?そのことについて一言!」
「順番に!勝手に質問しないで下さい」
広報官がたしなめても、会場はヒートアップしていく一方である。
「帝室コレクションの貸与問題についても正式な発表はありませんよね!このまま有耶無耶にしておくおつもりですか?」
「陛下!陛下、何かお言葉を!」
今にも壇上まで迫ってきそうな記者たちに、護衛兵はレッドラインを超えたと判じる。演台に立つケイオス一世の前に身を盾にし、ダムルは皇帝を抱えるようにして、壇上横の出入り口へ急ぐ。
「逃げるんですか?国民に答える義務があるのでは?」
「マクシミリアン皇子殿下を、このまま帝位に就けるおつもりでしょうか?」
「側妃制度の復活を議会に提出するのですか?その場合、側妃は、ダルウィン公爵令嬢ですか?」
「国内の諸侯からもマクシミリアン皇子殿下の資質について疑問視の声が続出しているようですが」
記者たちの質問は、ケイオス一世が立ち去るまで続いた。
翌日から発行された新聞は、会見の様子を報じ、帝室の曖昧な態度を断じる論説、ついにはマクシミリアンやバーネットの学園での様子を報じるゴシップ記事までもが載るようになった。さすがにデビュタントを終えたとはいえ、法律的には未成年なので、報道を規制するよう帝室は声明を出した。
「仕込んだの、エレノアのお父さんじゃないの?」
ラティエースの言葉に、エレノアは即座に否定できない。その可能性はある。父がエレノアに言わずにことを起こすことも多い。それについて、文句を言える立場ではない。
「で、バルコニーもパレードにも出なければ、そりゃ、皇子が何かしらやらかしたと暗に認めているようなもんだ」
現に養子先の打診は事実である。それを把握していなかった帝室には、やはり落ち度があったと言わざるを得ない。
「皇子、バーネットちゃんとの結婚、諦めてなかったんだね」
アマリアが感心したように言う。
「諦めないでしょ。まあ、とにかくこれで皇子ルートは確実だ」
「ゲームではこんなに障害は多くなかったけど」
「やたら現実的で困るな」とラティエースは言って、茶器に口を付ける。
「実際、皇子派の中で、バーネットを養女にする家はあると思うか?」
「どうかしら?勢いのある貴族はほとんど反皇子派か中立だもの。純血主義とか蒼の一族(帝室の血が蒼いことからそう呼ばれる)を妄信する貴族もいるにはいるけど・・・・・・。喜んでバーネットを養女にする家は思いつかないわね」
「だとすると、皇子はどんな手に出るのか」
ラティエースは言って、考えを巡らす。自分ならどうするか、と置き換えて考えてみる。
(やっぱ、クーデターかな?)
皇帝を排し、己が帝位に就く。そうすれば、勅命を使ってバーネットを皇妃に迎えることが出来る。が、今の帝室では貴族の反発を抑えられない。明智光秀ではないが、三日天下で終わるだろう。すると、どうなるか。さらなる争いが勃発し、やがて内乱にまで発展するだろう。
現在、マクシミリアン・ロザ・ケイオス・アークロッドが皇位継承権第一位。第二位がレオナルド・ミルドゥナ大公。ただしレオナルドはすでに高齢であることや、皇族とは一線を画していることからも、たとえ皇位が転がり込んできても辞退するだろうというのが大方の見方だ。その後、数名の皇族の名が続き、アレックス・リース公爵令息、ブルーノ・ダルウィン侯爵令息、そしてラティエース・ミルドゥナ侯爵令嬢と続く。意外にもラティエースも皇位継承権がある。
「物騒な方法しか考えつかないわ」
エレノアも考えてみたらしい。そして、ラティエースと同じような結論しか出ないようだった。
「帝位までわたしたちが気にしても仕方がない。どうせ、出て行くんだし」
ラティエースはやや強引な結論を口にした。
「それもそうだわね」
「ねえ、暗い話はそれくらいにして、街に出てみようよ!屋台とか出てて楽しそうだよ」
アマリアが明るい声で言った。
「そうね」
と、エレノアが少しだけ申し訳なさそうに笑う。
「わたし、パス。行かなきゃ行けないところがある。あっ、此処は好きに出入りしていいから。マーディンさんにも伝えておく。アマリア、家族と一緒にここで花火を見たらいいよ」
「本当?クレイも呼ぼうかな」
「そうしな、そうしな。ああ、この試作品、昼ご飯代わりに持って行って良い?これから会う人に感想を聞いてみるよ」
ラティエースたちの前には、アマリアが試作したクラブサンドや、ポテトフライ、ハンバーガー、焼きそばパン等、片手で食べられる物、食べ歩きできる物が並んでいる。ちなみに、焼きそばパンの商品化は、ラティエースの強い要望であった。
「うん、もちろんだよ」
やりっ!、とラティエースは試作品をペーパータオルやナプキンで包んでいく。その作業を、アマリアもなんとなく手伝った。
「どこ行くの?」
エレノアが紙袋をラティエースに手渡しながら、純粋な疑問を口にする。
「ん?ちょっと悪巧みしてくる」
ブルーノ・ミルドゥナ侯爵令息は、ゼロエリアの大通りを歩いていた。その隣には、カスバート・ケトルもいる。
「悪いな、付き合わせて」
ブルーノが詫びれば、カスバートは苦笑する。
二人とも上等なシャツとズボンを履いているが、あくまで町歩き用の簡素な出で立ちであった。二人連れだって歓楽街で羽目を外しに来たわけではない。ブルーノはとある御仁に呼び出された帰り、カスバートは案内役であった。
「気にすんな。此処は最近、物騒だから。オレが一緒の方が安全だ。貴族のお坊ちゃんが一人でうろちょろしていい場所じゃない」
「そうだけど・・・・・・。ちょっと前までこんな荒れてなかったろ」
「ジャンスとアインスの抗争があってな。あのラキシスが壊滅だ」
「ああ、聞いたよ。生き残りがゼロだったって」
ラキシスの惨劇と呼ばれる一連の事件は、ラキシスの娼婦たちは全員死亡。犯人はジャンス・ファミリーの一員ということだが、あくまでゼロエリアのもめ事に警吏が介入することはない。下手人が上がることもなく、ただ不気味な静寂の元、日々が過ぎていった。
「去年だったら、帝都の中央街よりも賑わってたゼロエリアが、今じゃ、この通りだ。大通りには、アインス・ファミリア傘下の高級レストランやブランド店に客が殺到して、大金が飛び交っていた。それこそ、ラキシスの前には長蛇の列が出来てたって言うし。ああ、エロ親父たちがソレ目的で並んでいたわけじゃないぜ?昼は文化的交流会を開いて、著名な文化人、詩人、学者がサロン的なものを催していた」
「やけに詳しいな」
今度はブルーノが苦笑する番であった。
(そういえば、カスバートと初めて会ったのもゼロエリアだったっけ)
ゼロエリアでトラブルに巻き込まれた皇子とバーネットを助けたのが縁で、生徒会入りしたのがカスバートだった。最初はとっつきにくそうで、あまり良い評判も耳に入ってこなかったから、苦手意識が先行していたが、アレックスを挟んで交流を重ねるうちに、ブルーノはカスバートに気を許すようになった。それはカスバートも同じだったようで、二人で遊びに行くことも多かった。特に、定期テストの勉強を見てやるようになってからは、カスバートはブルーノに頭が上がらないようであった。荒事の面ではカスバートに頼り切りだから、気にしないでいいのに、お互い様だと思うのだが。
「まあ、昔から出入りしてるしな。ブルーノは、小綺麗だったゼロエリアしか知らないだろ?5年くらい前は、どっちかっていうと今の状態に近かったんだぜ?大通りには物乞いや、どこにも所属してない娼婦が並んでは、ギャングにみかじめ料を脅されたり。ガキどもも、スリやギャングの使いっ走りで小銭を稼いだりしてさ。毎日のように、そこの小川に遺体が浮かんでたよ」
ゼロエリアを南北に走る人工の小川。このまま流れれば、それぞれの帝都外の用水路に行き着く。その先には共同墓地があり、ゼロエリアで亡くなった者たちが多く埋葬されていた。
その小川からは僅かながら悪臭が漂っていた。それこそ、つい最近までは水は濁っていてもここまで澱んではいなかったのだが。
「そうか・・・・・・」
5年前というと、ブルーノは11歳。姉のラティエースは12歳。すでに姉弟の間には隔意が生じ、両親もラティエースを疎んじていた。ゼロエリアなんて言う場所があることも、ブルーノは知らなかった。
「人さらいも多くってな。その頃、新規参入してきたセキリエっていうギャングが、子どもを使って、子どもを売ってたんだよ」
「ひどいな、それ」
「だろ?」とカスバートは言って、「事態を重く見たアインスが、大掃除を始めた」
「大掃除?」
「そう。ガキを売っていたグループを狩りはじめたのさ。結果、そのグループは壊滅し、生き残ったガキどもは、セキリエがしていたように海外に売り飛ばされたっていう。まあ、自業自得かもしれんがな」
「だからって・・・・・・。そいつらも生きるためだったんだろう?そりゃ、罪を償わせる必要はあるけど、そんなんじゃ、此処の貧困問題は解決しないだろ」
「まあ、そうなんだけどさ。オレは、そいつらの行方を捜した。そんで、見つけた。そいつらは、聖ケイドン魔法国の実験体にされていた。オレもさ、セキリエにガキどもを売ってたけど、まさか魔法国とはね」
ブルーノは、カスバートがいつの間にか、伝聞のような言い方から、自身の経験を語る口調に変化したことに気づいた。つまり、この話はカスバートの実体験ということか。だとしても、ブルーノはカスバートを責める気はなかった。もう、充分、報いを受けているように思えたからだ。そう考えることすら間違っているのかもしれないけれど。
「ロザのガキは魔法国では高値で取引されるんだ。何でも魔法耐性が強いらしくて、実験にちょうどいいらしい。オレはさ、確かに人身売買をしてたけど、ゼロエリアよりましな生活ができるからって、セキリエの連中を信じて加担したんだ。ゼロエリアの子どもが成人できる確率なんて50%にも満たない。なら、より確率が上がる方に賭けるのは当然だろ」
――――――ソウタ!逃げて!!
――――――逃げろ、ソウタ!
5年前、ラティエースとその仲間たちがゼロエリアに降り立った。あっという間に、追い詰められ、仲間たちは次々と倒れていった。
あの時は、体も小さく、壁の穴に体をねじ込むようにして向こう側へ逃げた。カスバートをかばうように穴の前に、親友が一人立って。切り刻まれようとも、親友はその場から離れなかった。絶叫から逃れるように疾走し、カスバートはゼロエリアから逃げ出したのだ。
ソウタの名を捨て、カスバート・ケトルとして生きることを選んだ。水面下で生き残りがいないかと探し、ついに、その足取りを掴んだ。聖ケイドン魔法国魔法研究所に、ソウタの仲間が生きているという情報を掴んだのだ。憧れていた魔法の国。カスバートは父を説き伏せて、聖ケイドン魔法国へ赴いた。
地獄が、そこにあった。
光の差さないだだっ広い地下牢獄。
小枝のような手足と、骨と皮だけの身体。生気ではなく死臭を漂わせたかつての仲間。
かろうじて息をしているだけのかつての仲間。
カスバートに抱き起こされ、乾いた唇で呟いた「死なせて」の一言。
カスバートは、アインスと彼らの仲間を生きた死人にした一味に報復することを誓った。
手始めにセキリエのボスを暗殺した。すぐにユエとかいう新しいボスが配属されたが、セキリエの報復は終えた。そのボスこそ、ソウタの取引相手であり、裕福な金持ちの養子にすると言って、ソウタたちを騙した相手だったのだから。
キャロルに対しての扱いも、カスバートは罪悪感など抱いていない。あれも、アインスに対する報復の一つだ。
「カスバート、大丈夫か?顔色が悪いぞ?」
物思いにふけっていたカスバートが我に返る。
「あっ、ああ。悪い、悪い。ちょっと、熱中しすぎた」
「今日は建国祭でどこも混んでるだろうけど、中央街まで出たらどこかで休もうぜ」
いやいや、とカスバートは首を振って、ブルーノが下げ持つ書類ケースに目をやる。
「それ。親父さんに見せなくていいのか?」
ブルーノは顔をしかめる。この書類ケースが、本日、人目を憚るようにして呼び出された原因だ。
そして、この書類をそのまま素直に父に手渡して良いものか。頭の痛い問題であった。




