3.皇子たち
午後の講義開始を告げる鐘が鳴った。この十五分後に、講義が開始する。人によっては移動に10分以上を要するので、生徒たちは大体、この鐘を合図に移動を開始する。
「さて、わたしたちも移動しましょうか」
言って、エレノアが立ち上がる。
「長居して済まなかったね」
椅子を引くために待機していた給仕のロイに言って、ラティエースも立ち上がる。アマリアはロイが椅子を引く前に立ち上がった。
今日は、いつも以上に混み合い、三人が席に着くのも遅く、料理が来るのも遅かった。長居したとは言えないだろう。それでも詫びるのがこの三人なのだ。
「ごちそうさま。コックさんたちにもよろしくね」
「はい。ありがとうございました。明日も、お待ちしております」
ロイは、礼をして三人の令嬢を見送った。皿を片付け、テーブルを整えたら、次に中等部の生徒たちがやってくる。ロイの仕事はまだまだ続くのだ。それでもエレノアたちの給仕を終えたロイは達成感で満たされていた。
「ラティ。今日、ウチに来る?」
エレノアから尋ねられ、ラティエースは「うーん・・・・・・」と間延びした声で思案する。
「そうだなぁ。仕立屋と南部商会に寄るから遅くなるだろうし。今日は、家に帰るよ」
「そう?じゃあ、夕食の準備はしないように伝えるからね」
「うん、ありがと」
出入り口に向かって歩く三人は、必然的に皇子たちのテーブルを横切らなければならない。皇子たちは未だ立ち上がるそぶりも見せていない。いつも通り、休憩を延長するようだ。
「きゃあ!」
まさに、見計らったタイミングで、一人の女子生徒の悲鳴が上がる。同時にエレノアの肩に飛沫が飛ぶ。緑色の液体が、肩口を濡らした。
「ちょっと!」
反射的に、ラティエースがエレノアの前に出て、かばうように立つ。すぐに驚きから立ち戻ったアマリアはハンカチを取り出し、エレノアの肩口に付いた液体を拭き始めた。ラティエースの前には、皇子たちではなく、悲鳴を上げたであろう女子生徒がいた。肩をふるわせ、頭から緑の液体をかぶっている。
「何だ、ミルドゥナ侯爵令嬢!」
声を上げたのは、ロザ帝国第一皇子、マクシミリアン皇子である。容姿は極めて美しく、金髪と緋色の瞳を持つ美丈夫だ。スラリとした体つきで、細身ながら筋肉もあり、一部の女子生徒からの人気も高い。幼少期から彼を知る高位貴族からは、ぶっちぎりの不人気だが。
ラティエースは内心で舌打ちする。一瞬で視線をやり、事態を把握する。子鹿のように震えるバーネット。それをかばうように立つ三人の男子生徒。うち一人は弟のブルーノだ。
さて、形式上、地位の高い者への声かけは厳禁だ。では、どうすればいいか。
「大丈夫ですか?メーン伯爵令嬢。これをどうぞ」
皇子を見なかったことにして、液体をかけられたロザーヌ・メーン伯爵令嬢に、ハンカチを差し出す。
「あっ、ありがとうございます」
「これはいけませんね。やけどをしていないといいのですが。念のため、保健室へ参りましょう」
さあ、と肩を抱くようにして歩くよう促す。
「待て!まだ、この女との話は終わっていない!」
「止めて、マックス。わたしが悪いの!」
すかさず、形式をすっ飛ばしてバーネットが言う。
「そんなことないよ、バーネット。悪いのはこの女さ」
婚約者をこの女呼ばわりしたのは、騎士団長の息子、フリッツ・ローエン伯爵令息。騎士団長ウォルフの三男だ。短く刈り上げた茶髪、やんちゃ坊主という表現がぴったりな勝ち気そうな顔立ち。幼い頃から剣術をたたき込まれ、血筋からの才能なのか、剣術でかなう者はこの学園にはいない。大柄な体つきで身長も180㎝は超え、皇子からも「不敬だからこれ以上伸びるな」と言われる始末だ。
「お話は放課後にでも。今は、彼女にやけどがないか確認と手当を」
エレノアが怒りを押し殺して、あくまで冷静に言う。
「何だ、お前も俺に刃向かうのか?」
椅子にどっかりと座り、小馬鹿にした目つきで見やるマクシミリアンに、エレノアも、侮蔑を込めた双眸を向ける。こちらも婚約者同士である。
(ああ、今猛烈にバカップルって言われるカップルを見て、バランスをとりたい。ヨハンとオリビエが、今すぐ登場しないかな・・・・・・)
学園でも仲睦まじいと言われるヨハン・メル伯爵令息とオリビエ・オーベル子爵令嬢。あまりの仲の良さに苦言を呈されることもあるが、今は、彼らの存在を強く所望してしまう。
「殿下、これくらいで」
もう一人、席に座ったままの男子生徒が言った。マクシミリアンとは従兄弟の関係にあるためか、よく似た色の金髪をしている。アイスブルーの瞳を有し、彼もまた端整な顔立ちをしていた。
アレッックス・リース公爵令息。
ラティエースの婚約者である。