27.マクシミリアンの外遊とその影響
マクシミリアンは、デビュタント翌日から謹慎処分となった。そのまま夏季休暇に入り、外遊という形で帝都を出ることとなった。
デビュタントの一件について皇帝直々に叱咤を受けたことで、マクシミリアンは、外遊にバーネットを同行させることを言い出せなくなってしまった。もし、言えば、今度こそ謹慎では済まないかもしれない。
アレックスに相談したものの、バーネットの同行は止めた方がいい、と言われた。当初、アレックスはバーネットの同行を勧めていたはずだ。その件を言うと、「状況が変わった」とあっさり言われた。
あきらめきれなかったマクシミリアンは、秘密裏にバーネットの旅券を準備し、外遊先で落ち合うことにした。バーネットもこの騒動で帝都には居づらいだろうということで、両親も快く送り出してくれたらしい。
「すまなかったな、バーネット」
ようやく、ギギス王国のロザ帝国領事館に落ち着いたマクシミリアンは、バーネットと再会し、その喜びを分かち合っていた。領事館長および外交官には、エレノアの代わりにバーネットがマクシミリアンのサポートをすると伝えてある。マクシミリアンに付き従った官吏や侍従たちもマクシミリアンに忠実な者たちばかりを選んである。本国から特に連絡を受けていない外交官たちも、皇子に言いきられては否とは言えず、とりあえずバーネットは賓客扱いとなり、丁重にもてなされた。
「そんなこと言わないで、マックス。やっと会えた。えへへ・・・・・・」
そう言って、バーネットは静かに涙を流した。この場に実況・解説がいたならば、意見は一致していただろう。あざとい、と。しかしながら、マクシミリアンは客観的にはなれない。ただ、庇護欲をかきたてるだけであった。
「やだ。勝手に・・・」言って、バーネットは涙を袖口で拭う。そのいじましい姿に、マクシミリアンは反射的に抱き寄せた。
仮に、ラティエース、エレノア、アマリアが実況・解説だったならば、悶絶して、のたうち回っていたことだろう。
「済まなかった。本当に済まなかった。俺が不甲斐ないばかりに」
「もうマックスったら、謝ってばっかり。次、済まなかったとか言ったら怒るからね!」
上目遣いで微笑むバーネットに、「ああ、すま・・・・・・」マクシミリアンは慌てて口を噤んだ。お互いを見やって、同時に微笑んだ。
「これから公務なんだ。キギス王主催の交流会に出る。パートナーとしてバーネットに隣にいてほしい」
「でも、それは・・・・・・」
バーネットは戸惑う。さすがに婚約者でもない自分が海外の公式行事に出るのはやり過ぎだと思う。ただでさえ、バーネットがここにいることは秘密なのに。
「バーネットができるというところを皆に認めさせたい。君の評判を海外から聞けば、父上も考え直してくれると思うんだ。キギスでの公務が終われば、帝都に戻る。その途中で、俺の派閥と言われる貴族たちに会いに行く。そこで、バーネットを養女にしてくれるよう頼むつもりだ」
「養女、ですか?」
「帝室に嫁ぐ娘は、最低でも侯爵以上の娘でないと駄目なんだ。だから、バーネットが男爵令嬢のままだと結婚できない」
「マックス・・・・・・。そこまで考えてくれていたのね」
「ああ。本当はプロポーズが先なんだろうけど。バーネットの身の回りを整えたら改めてプロポーズするよ。まずは、バーネットがどこかの侯爵または公爵令嬢にならないと」
「そのために、海外公務が出来るという実績がいるのね?」
「ああ。バーネットは話が面白いから、きっと人気になる」
「分かったわ!頑張ってマックスの凄さをアピールするね。夫を立てるのが妻の務めだもの」
「頼むぞ」
短絡的で、自分に都合の良い未来しか描けない二人は、この後、更なる騒動を巻き起こし、やがて、ロザ帝国の根幹を揺るがす事態へと発展していくのであった。
ロザーヌ・メーン伯爵令嬢は、ロザ学園を自主退学後、ロフルト教皇国にほど近いミンス公国のフィニッシングスクール(花嫁学校)への編入を控えていた。世界でも有数の名門校で、正直、ロザ学園の学園長、ダルウィン公爵、ミルドゥナ大公の推薦状がなければ試験すら受けられなかっただろう。花嫁学校は、マナー、社交、美容から家事全般といった結婚前に備えるべき教養を学ぶ場だが、この学校は、語学や歴史、社会学、政治学といった学術的分野に力を入れていた。退学からしばらくは領地で過ごしていたが、やがて向学心がむくむくと膨れ上がってきたのだ。しかし、ロザ帝国内の学校に編入しても、噂の的になるだろう。ロザーヌはロザ帝国の外に目を向けた。情報収集をして、数校に絞り込んでから、父に相談した。そのリストを奪うようにして父はどこかに行き、数日後、ミンス・フィニッシングスクールの入学願書と3通の推薦状を携えて戻ってきた。
「お父様!わたしはまだここと決めたわけではないのですよ!」
「しかし、お前が選んだ学校の中では、ミンスが一番レベルが高いんだろう?なら、そこにしなさい」
と、勝手に決められてしまった。こうなっては不合格はありえない。猛勉強の末、編入試験を受け、ロザーヌは合格を勝ち取った。来月、土の月よりロザーヌは再び学生生活を送る。
ミンスの学校は全寮制だが、当然、土の月にならないとロザーヌは寮には入れない。しかし、ミンス公国の雰囲気に慣れておきたいロザーヌは、緋の月に入るころには、ミンスに赴いた。幸い、親戚が滞在先を確保してくれたので、ロザーヌはそこを拠点に、図書館や生活雑貨を買い求めたりして過ごしていた。
ロザーヌの世話をしてくれているのが、ロザーヌ公国公王その人である。親戚が公王の妻の妹と婚姻しているという関係だけで、城の一室をロザーヌに提供してくれたのだ。しかも、公王の息子や娘たちも頻繁にロザーヌの部屋を訪れては気にかけてくれる。特に第二王子のカロスは、花や菓子を差し入れてくれたり、街へ連れ出してくれたりと細やかな気遣いを見せてくれていた。
「ロザーヌ、ちょっといいかい?」
今日もまたカロスは小さなブーケを片手に、ロザーヌのもとを訪れた。ロザーヌの部屋は連日、カロスが花を持ってきてくれるので花瓶が所狭しと並び、それでも足りないときは、ドライフラワーにして、壁にかけている状態だ。カロスに手土産を控えてくれ、と遠回しにお願いしたら、目に見えて落胆された。仕方なく、折衷案を出し、「手土産は週に1回」ということで落ち着いたのであった。
「ええ、どうぞ。カロス王子殿下」
「カロスでいいのに」
おなじみのやり取りだが、ロザーヌはこの一線は越えるつもりはなかった。カロスがとても良い人であることは分かっているし、おそらく自分に好意に近いものを抱いていると思う。しかし、ロザーヌは婚約破棄からまだ間もないし、やはりそれなりに傷ついていた。今も、急に手のひらを返すように、態度が急変したら、と思うと心臓がキュッと縮まる思いだ。フリッツの時もそうだった。急に人が変わったようにロザーヌを遠ざけ、悪辣な物言いをするようになった。それはエスカレートしていき、ついに、学園のカフェテリアでの騒動となったのだ。
「ねえ、隣国のギギス王国の交流会に招待されたんだ?一緒に行ってみない?」
「交流会、ですか?」
「うちを含めてこの辺りは小国が連なっているだろう?時折、こうやって同世代の王族や貴族の子息子女を集めて交流会をするんだよ。社交界と同じさ。君が来る前も、うちの城で同じようなことをやったんだよ?」
「そうなんですね」
ギギス王国やミンス公国も、ロザ帝国の20分の一ほどの領土しかない。ロザ帝国やロフルト教皇国とは、良好な関係を気付いているが、一転して関係が悪化し、侵攻されればひとたまりもないだろう。一応、この地域はロフルト教信者が多い地域で、庇護を受けている。ロフルト教皇国には、軍神と称えられるバッガス聖将軍率いる聖騎士団がいるが、あくまで信仰を迫害された場合のみに派遣されるので、国同士の戦争にはあまり積極的ではない。こうして、小国同士連携をとるのは当然の流れと言えた。建国の祖も、元をたどれば同じ人物に当たるし、文化的にも似ている。小さな国が合わさって緩やかな同盟を結び、大国をけん制しているのだろう。
「それに、今回の交流会に、ロザ帝国第一皇子と婚約者のエレノア公爵令嬢も来るそうなんだ」
「えっ?」
(二人そろって公務に?そんな馬鹿な……)
マクシミリアンとエレノアの不仲は公然の秘密であったし、その理由も知っている者は知っている。国内では、デビュタントの式典での余波が続いていると聞く。
(エレノア様が火消し役で公務に同道?そんなことするかしら?)
噂では、ダルウィン公爵はすでにマクシミリアンを含めた帝室に見切りをつけているというし、それに追随する貴族も増える一方と聞く。
「カロス王子殿下、招待状を見せて頂けますか?」
ん、とカロルは気にする風でもなく手元の羊毛紙をロザーヌに手渡す。ギギス王国の王太子とは気安い仲なのだろう。招待状の空欄部分に近況と「マクシミリアン皇子とエレノア公爵令嬢が来るぞ」と書いてあった。
「本当にエレノア様なんでしょうか?」
「違うの?えっ、婚約者だよね?」
「エレノア様は、確かに婚約者ですが、マクシミリアン皇子と二人での公務は今までもございません。新年のあいさつのときに皇城のバルコニーで帝室の皆様が一堂に会して並ぶのですが、そのときにも同席されたことはございません。ですので、単独の公務は分かるのですが、こういった交流会でお二人で出るというのは考えにくいのです」
「じゃあ、誰が来るんだろう」
「一人だけ心当たりがあります」
そう。まさかとは思うが、そのまさかをやってのける女がいる。もし、ロザーヌの予想が当たっているならば、この交流会は危険だ。たとえ知らなかったとしても、マクシミリアンがバーネットを婚約者として交流会出席者に紹介してしまえば、どんな理由があろうとも、交流会に出席した時点で、バーネットが婚約者であるということを認めてしまうことになる。大国の皇子の手前、途中退席などもってのほかだし、異議を唱えるのも悪手だ。
眉根を寄せ、難しい顔で考え込むロザーヌに、カロスは不思議そうに様子をうかがう。
「出ない方がいい?」
「・・・・・・ええ。少なくとも本当にエレノア様が出席するかどうか確認されてからの方がいいかと」
――――――帝国暦413年緋の月十八日。ギギス王宮内大ホール
この日、ギギス王国王太子サルマンの呼びかけにより、近隣諸国の若者を招待しての交流会が執り行われようとしていた。主にサルマンと同世代の友人たちを招待しており、招待状を受け取った友人がまた同世代の友人を連れてくるという形を取っていた。格式張った儀式というより、顔つなぎ、縁結びの要素が強い集まりであった。
そんな中、ホール手前の柱にしがみつく青年と、その柱から剥ぎ取ろうと腰を掴んで引っ張る少女の姿があった。
「いーやーだー!絶対、いーやー!」
青年が顔を上げて、拒否の声を上げる。
「そんなこと言わないで!!あたしだって自分で出来るなら、そうしてるってば!」
「カノトの仕事だろう?大体、何で僕が付き合わなきゃいけないのさ。君、一流のスパイを自称してるなら、他人の力を借りずにやりとげなよ。僕は先にラドナに行ってるから」
「しょうがないでしょ。ターゲットが美少女より美少年の方が好きなんだから。それに自称じゃない!わたしは自他共に認める一流スパイよ」
「僕、一応、聖職者なんだけど!?」
「法服脱げば、ただの人よ」
「いや、駄目でしょ。ってか、何でこんなときまでギルドの仕事を引き受けるわけ?」
「本来引き受ける子が、毒の訓練をしている最中に飲み合わせが悪くて、上も下も、ジャージャーになっちゃって」
「くっそ、くだらねぇぇぇぇ!」
レン・ユーカスは吐き捨てた。
「ターゲットのサルマン王太子が来月開かれるギルドのオークションで、何の絵画を落とすかつもりなのか探りをいれないと駄目なのよ」
「そのために、僕をけしかけるって?お断りだねっ!」
カノトは、レンに巻き付けていた腕をほどき、嘆息した。
「あのねー。これはあんたのためでもあるのよ?」言って、胸元で腕を組んだカノトがレンを見据える。「あんた、このままラドナに行っていいと思ってるの?」
「どっ、どういうことさ」
真剣な表情のカノトに、レンは息をのむ。この任務とラドナがどう関わるか。レンには想像も付かない。
「ここで、スベらない話の一つや二つ仕込んでおかないと、飲み会が盛り上がらないでしょう?」
「は?」
「その点・・・・・・」カノトは、胸を張り、胸元に手をやって、「わたしは、この一年、死にかけたり、死にかけたりで。一年中死にかけてたわ!きっと、あたしの冒険譚にあんたたちも満足するはずよ?」
ふふん、と鼻を鳴らす。この一年は、カノトにとって誇らしい一年だったようだ。果たして、酒場の話題作りのために、死にかけるほどの任務をこなしていたのか。カノトという人物評から、「こいつならやりかねない」という思いが消えない。
「・・・・・・で?」
もはや、レンの心中は、虚無に近かった。そもそも、カノトの意見を真剣に聞こうとしたこと自体が間違いであった。
(それにしても・・・・・・)
レンは、カノトから意識を移し周囲を確認する。
ギギス王国はダイヤモンド鉱山をはじめとした資源物資が豊かな国で、端的に言えば、金持ちだ。レンがしがみついていた柱も、オリエンタル調のツタが彫刻され、金箔で柱の縁が張られている豪奢なものだ。そんなサルマン皇太子の呼びかけに対し、少し活気がないと思うのは気のせいだろうか。
「それにしても、招待客が少ないわね・・・・・・」
カノトも同じことを感じたらしい。
「サルマン皇太子って、この辺じゃ、一番、発言力のある人だろう?」
「そうよ?去年なんて、会場に入りきらないくらい盛況だったわ」
二人は顔を見合わせ、首を傾げる。
その答えは、やがて、判明することとなる。




