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転生令嬢の生存戦略のすゝめ  作者: 草野宝湖
第一編
26/152

26.ラドナ王国②

 チッ、とレイナードの左側から舌打ちが聞こえる。

 チッ、とレイナードの右側から舌打ちが聞こえる。

(何で、俺は舌打ちされるのだろう・・・・・・)

 麗らかな午後である。

 ラドナ王国は年中穏やかな気候で、今日も柔らか陽光が降り注ぐ。庭園の緑が風に揺れ、きらめく陽光の間の影も同じように揺れている。茶会にうってつけの上天気だ。

(なのに、何で俺は舌打ちされるんだ・・・・・・)

 王宮の庭園では、ミルカがラティエースを歓待するために、茶会の準備を整えていた。彼女がラドナ王国を訪問する前から、好みの茶葉や菓子をレイナードに何度も確認し、試食にも付き合わされた。

 テーブルの上には、ラティエースが好む焼き菓子やフルーツが並べられ、飲み物も冷たいものから温かい飲み物まで用意されている。ミルカ曰く「死角なし」である。

 招待客はもちろんラティエースだ。ミルカはラティースの来訪をとにかく楽しみにいていた。それはいいのだが、今回の茶会にレイナードも同席するよう強く言われた。

 ――――――来てくれなかったら、わたくしは、兄上の秘密をうっかりドジっ子のようにラティエース様にばらしてしまうかもしれません。そう、ドジっ子のように。

 そう言われては、出ないわけにはいかない。元々、ラティエースの訪問にあわせて執務は最低限に抑えてある。あと数日もすれば、苦楽をともにした友人たちが次々と訪れる予定だ。レイナードも久しぶりに摂政という職務を忘れて同世代の友人たちと過ごしたいと思っていたのだ。

 指定された時間に行ってみれば、ミルカと、そして療養中の母、フレイア・ラドナ・アルケインがテーブルを囲っていた。ラティエースの姿はなかった。

(聞いてないぞ)

 補佐官の二人に目配せで問えば、二人とも首を左右に振り、「知らぬ」と応じる。ということは、本当に突発的にやってきたということか。

 病状を聞く前に座るように言われ、問答無用で水の入ったグラスが眼前に置かれる。時候の挨拶もなく、親子の会話がスタートしたのであった。

「ったく、我が息子ながら情けないぞよ」

 左側の席から舌打ちをした張本人、レイヴァンを膝の上にのせたフレイアが嘆かわしいといった表情で言った。そのレイヴァンは大人しくフレイアの膝の上に収まっている。幼子ながら、場の空気が読めるらしい。

 フレイア・ラドナ・アルケイン。レイナードの母であり、現ラドナ王国女王である。

 子どもたちの髪の色はフレイアの銀髪を受け継いだ。陽光に当たると新雪のように煌めき、髪と同じ色の細めの眉はくっきりとした優美な線を描き、その下には深紅の瞳。小作りの鼻に、柔らかな唇。雪の女王の異名を取るフレイアの美貌は、3人の子にしっかりと受け継がれていた。

「まったくですわ、お母様」

 そう言ったのは、レイナードの右側の席に座した妹、ミルカである。

「深夜、二人きりでしたのに兄上ときたら。ヘタレですわ!」ミルカは、「ああ・・・・・・」と嘆いて、「へたれ兄貴・・・・・・」と頭を抱えたまま呟く。

 レイナードは見なかったことにした。代わりに、エントを振り返れば、エントはフレイアの時と同じく、高速で首を左右に振った。

「まったくじゃ!てっきり、朝には同衾した二人をメイドたちが見つけると思うて、その報告を妾は今か今かと離宮で待っておったものを。いつまで経っても報告が来ぬから、こっちから来てやったわ」

(ああ、俺、何から脳内処理したらいいんだろ。深夜、俺がラティと話し合ったことを妹が知ってること?母親が既成事実を待っていたこと?)

「ラティエースなら申し分ないぞ、レイナード」

 言って、フレイアは口元に優美な曲線を描いた。この流し目、この蠱惑的な唇で、各国の外交官が幾度となく翻弄され、惑わされ、煙に巻かれたことか。

「それは王妃として迎えよということですか?」

「レオは良い顔はせぬだろうが、なーに、初夜を済ませ、教会に新床(にいどこ)のシーツを提出してしまえば、後はどうとでもなる」

(やり方がえげつないな・・・・・・)

「ラティエースには婚約者がいます」

 我ながらずるい言い方だと思った。が、この百戦錬磨の母には、そう言い返すのが精一杯であった。

 ラティエースをラドナに閉じ込めるなど容易いことだ。が、それは、彼女の身体は手に入っても心は手に入らないということだ。レイナードが欲しいのは、心と体の両方だ。

(全部。俺はラティースの全部が欲しいんだ)

「ふんっ。リース公爵令息であったか。あんなものレオの気まぐれであろう。本気で婚姻させるとは思えんな」

 フレイアの言葉に、レイナードも確かに、と心中で同意する。ラティエースも、婚約者とこのまま結婚するとは思っていないようだった。

「欲を言えば侯爵令嬢としてではなく、大公女としてラドナに嫁いでくれると助かる。レオにとってもラドナ王家と縁続きになることは悪いことではないであろ」

 レオの愛称を呼ぶことを許される者は少ない。その数少ない特権を得ているのが、フレイアである。レオナルド・ミルドゥナ大公ことレオ。実の息子よりも孫のラティエースを溺愛し、ロザ帝国では皇帝の次に権力を有する貴族の筆頭を担う人物だ。一部では準皇帝とまで呼ばれるロザ帝国の重鎮。かつては、帝位に最も近い皇子として名をはせていたそうだ。その孫娘を手中に収めれば、ロザ帝国に影響力という名の楔を打ち込める。

(大公が、ラティエースに婚約者をあてがったのは、そういう牽制もあるんだろうな)

 ラティエースの立場は本人が思っている以上に複雑で、価値のあるものだ。特に小国の王家は、エレノア公爵令嬢よりもラティエースを欲するだろう。

「とにかく!家族一丸となって、今日の茶会を成功させましょう!」

 ミルカがカップを掲げ持てば、「うむ」とフレイアも娘に倣う。両脇からねめつけられ、レイナードも渋々カップを掲げる。

「ラドナ王国の繁栄のために、ラティ姉さまをがっつり囲いましょう!!」


 穏やかな午後とは、こういうことを言うのだろう。テラスに出たラティエースは思い切り、鼻から新鮮な空気を吸い込んだ。

 ラドナ王国は、年中穏やかな気候で、前世で体験したような猛暑になることは少ない。ロザ帝国では、猛暑とまではいかないが、前世の夏に当たる緋の月は、気温が上がり、寝苦しい季節になる。よって、帝都の人間は避暑地に避難する者も多い。

 ラドナ滞在二日目。今日は、ミルカ王女の招待で茶会に出席する予定だ。ごくごく内輪のものだ、と招待状に記されていたので、ミルカとレイナード、ひょっとすると末弟のレイヴァンも出席するかもしれない。

 レイナードの気遣いか、ラティエースは昼過ぎまで惰眠を貪っていた。遅めの朝食兼昼食を頂き、ミルカの茶会まで自室で待機。実に楽なスケジュールである。昨日の深夜に大体の打ち合わせを終えているから、気も楽だ。

(店の引き継ぎも済ませたし・・・・・・。これで、大手を振って帰れるなぁ)

 油断すると口元が緩んで、ニマニマしてしまう。

 我ながら良い仕事をした、と思う。

(そろそろ時間だな・・・・・・)

 と、タイミング良くドアがノックされた。控えていたリリがドアを開け、補佐官のキース・ブロンを招き入れた。

「お迎えに上がりました、ラティエース・ミルドゥナ侯爵令嬢」

「うん。ありがとう」

 ラティエースの服装はドレスではなく、真っ白な丸襟に水玉模様のワンピース、腹のあたりには太めのベルトをしていた。丈も膝下までのもので、白いヒールを履いている。スラウチ・ハットと呼ばれるつばの広い麦わら帽には、ワンピースと同じ水玉模様のリボンが巻き付けられていた。

「涼しげな格好ですね」

「内輪のものだと聞いたので。同じものをミルカ王女にプレゼントしたいのだが、問題ないだろうか」

 言って、テーブルの上の白い箱に視線をやる。紅いリボンで装飾された横長の箱であった。

「ございません。きっとお喜びになります」

 その喜びようは、その場で着替えかねない勢いだろう。

「良かった」

 ラティエースは微苦笑と共に、安堵の息を吐いた。

「わたくしめが運びましょう」

「ありがとう」

 キースの申し出にありがたく礼を言って、ラティエースは自室を後にした。


 ラティエースが茶会の場に姿を現すと、ミルカが駆け寄ってきた。

「いらっしゃいませ、ラティお姉様」

「ご招待ありがとうございます、ミルカ王女殿下。また、背が伸びましたか?晩餐会の時もあまりお話しできませんでしたね」

「はいっ、背はまだ伸びますよ。あっ、お土産もありがとうございます。昨日、お兄様から受け取りました」

「それはよかった。今日もお招きいただいたお礼になれば、と」

 言って、キースから横長の白い箱を受け取った。

「わたしと同じドレスです。公式の場では着れないでしょうが、普段着にしていただければ」

「お揃いなんですか?」

「ええ。帽子も入れておきました」

「きゃあああああ!」

 ミルカが歓喜の声を上げる。ラティエースもさすがに面食らう。こんなに喜んでもらえるとは思わなかった。

「これ、ミルカ。そんなところでいつまでも話しているでない」

 そう声を掛けたのは、フレイアであった。

「女王陛下。いらっしゃるとは知らず・・・・・・」

 そう言って、ラティエースは膝を折ろうとする。それを、フレイアは手のひらを正面に向けることで、押しとどめた。

「今日はお忍びでな。できればただの母親として同席させてほしい」

 数十分前まで、ラティエースをラドナ王国王妃として迎え入れた場合の政治的見地を大いに語っていたはずだが。そんな不服を心中で呟き、レイナードも居住まいを正す。

「そういうことだ、ラティ。堅苦しい挨拶は抜きにして座ってくれ」

 ミルカに手を引かれ、テーブルに近づいてみれば、すでに茶器や食器が並んでいた。

 おや、とラティエースは小首を傾げた。普通、茶会の席では丸テーブルを使うことが多い。しかし、目の前のテーブルは角形。ラティエースの席はレイナードの隣に用意されていた。対面はフレイアである。不思議に思いながらもラティエースは席に着いた。

「お母様!お姉様がプレゼントして下さったワンピースに着替えてきてもよろしいですか?今、お姉様が着ているものと同じなんですよ!」

「ふむ。生地も薄く、軽そうだな。ドレスなぞ重いだけじゃし。わたしも民と同じもう少し簡素な衣装にしたいのだが・・・・・・」

「ご不快ですか?」

「そんなことはない。これから女性はもっと活動範囲が広がるだろう。重たいドレスでは機敏に動けまい。こういう衣装が貴族にも浸透するであろう。ミルカ、着替えたければ好きにするが良い。しかし、茶会の主催者はそなたであろう。わらわが代わりを務めるのか?」

「すぐに戻ります!それまで母上に任せます」

 そう言って、箱を抱きしめたミルカは駆けていく。あわてて侍女も追いかけていった。

「あの者、迷わず務めを放棄したぞよ」

 フレイアはあきれかえった表情で言った。

「よほど嬉しかったのでしょう。ラティ、紅茶で良いか?冷たいのもあるぞ」

「じゃあ、アイスティーで」

「妾は、先ほどと同じものを」

(先ほど?)

 ラティエースが来る前にも茶会があったのだろうか。レイナードは席を立ち、テーブル側の簡易机に並べられた茶器類を選び、手慣れた様子で飲み物の準備をする。

「陛下。お加減はいかがですか?実は、この後に離宮にお伺いしようかと思っていたんです」

「そうか。今日は調子がよいのでな。ミルカの茶会に乱入した次第だ。そうそう、そなたの贈ってくれた薬草、あとは調剤方法を記載した帳面。それぞれ薬師に渡したが、皆、歓喜しておったぞ。すぐに試せないのが残念だがな」

「慎重になるのは当然です。問題なければ、薬師と相談して、少しずつ服用して、効果を確認して下さい」

「ありがとう」

 ミルカが戻るまで3人は雑談をして過ごした。明日やってくる友人たちの話が主で、フレイアも合宿時の子どもたちの本音を聞いて、コロコロと笑った。

「ほほほっ。そうか、そのときにそんなことが・・・・・・」

「笑いごとじゃないですよ。ウィズとカノトがつかみ合いの喧嘩をするし、レンは教典第一章第一節から暗唱を始めるし・・・・・・」

「あった、あった」

 ラティエースも目じりの涙をぬぐいながら、笑い声をあげる。ちょうど、その時、着替え終わったミルカが戻ってきた。

「おお……」

「ほう……」

 兄、母の感想もおおむね良好らしい。

「サイズはどうですか?」

 腰回りや丈を確認しながらラティエースが確認する。

「問題ないです。着心地もすっごくよくて。ありがとうございます、ラティ姉さま」

「気に入っていただけたら何よりです」

「こうしてみると、実の姉妹のようよのぉ」

「ああ、お母さま。実の姉妹にはなれませんわ。義理の姉妹ならなれますけど」

 ふふふっ、うふふふふっ、と母と娘は上品な笑い声をあげるのだが、ラティエースはなぜか一緒に笑うことができない。言葉以上に何か危険な要素が含まれている気がしてならないからだ。

 レイナードは卑怯にも、明後日の方向を向いてやり過ごした。


「ところでラティ嬢は、卒業後はすぐにリース公爵家に輿入れするのか?」

 フレイアの言に呼応するかのように、ガチャン、と茶器が音を立てる。レイナードが手を滑らし、ソーサーに置いた茶器から紅茶が零れている。

「レイナード?」

「いや、なんでもない。気にしないでくれ」

 フレイアの眼が言う。「こんなことで動揺してどうする。未熟者め」と。

「そうですね。すぐ、ということはないでしょう。アレックス公爵令息は、高等部卒業後、専科に進むかもしれませんので」

「そうか」

「お姉さま!前から聞いてみたかったんですが、お姉さまの好みって何ですの?」

「好み?」

「男性の、です。仮に、身分など関係なく結婚できるとしたらどのような殿方がよろしいのですか?」

 そうですね、とラティエースは言ってしばらく思案する。

「王族、貴族以外ですかね」

 言ったとたん、シン、と場が静まり返った。フレイア、ミルカ、そして、レイナードにレイヴァンまでもががっくり肩を落としている。

「えっと……?いや、あなた方がいやというわけではなく、最近、貴族や王族のしがらみに辟易しておりまして。失言でした。お詫び申し上げます」

 ラティエースは慌てて両手を振って、弁解する。

「いや、よい。そうか、そなたもしがらみに苦労しておるか」

「そうですね・・・・・・。最近、やたら突っかかられたり、巻き込まれたりと・・・・・・」

「先日も第一皇子がやらかしたそうだな。デビュタントで一悶着あった、と」

「ええ。その皇子は、夏季休暇を待たずに外遊に出ました。実際は皇子を支持する貴族に対してのお詫び行脚ですね」

「エレノア公爵令嬢には同情するわい」

「ええ、本当に」

(まあ、このまま無事に外遊が終わるとは思えないね・・・・・・)

 何せ、外遊にはあのバーネットを帯同するというのだから。

(頼むからこれ以上、面倒ごとを増やしてくれるなよ、皇子様)

 悪い意味で期待を裏切る。それが、マクシミリアン・ロザ・ケイオス・アークロッドである。

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