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転生令嬢の生存戦略のすゝめ  作者: 草野宝湖
第一編
24/152

24.視察

 見事に何もない。

 ラティエースは、心中でそう評した。

 自身をホストとして、商会経由で集まった商人や投資家を招いてのメブロの案内を終えたところであった。招待客の質問にも丁寧に対応し、ラティエースでは手に余るものは、数日中に回答すると確約し、商人たちを納得させたところである。

 ラティエースは、メブロの山城の上、街を一望できる高台の上で、自身の務めの手応えを感じていた。

 デビュタントを無事(?)終わらせ、ラティエースは早速、祖父の命令の下、メブロの視察に赴いた。視察後、ミルドゥナ大公領へ報告と休養。そして、ラドナやいくつかの国を回り、夏季休暇終了の3日前に帝都に戻る予定だった。

「これはこれは。見事に何もありませんな」

 そう言ったのは、視察に同行している商人の一団、その長であるガリウスとかいう男だ。40代後半ぐらいの小太りの男だ。辛辣なことを言っているのに、なぜかそう聞こえないのは、丸顔とぱっちりとした目元、口調がとにかく柔らかいからだろうか。彼もラティエースと同じことを思ったらしい。単純だが、その正直な一言で、ラティエースは彼を気に入った。

「元々、遺跡の発掘を目的としていましたから」

 ラティエースは丁寧な口調で、ガリウスに答えた。

 20年前に、ロザ文明初期の霊廟跡が発見された。歴史的価値も高いと当時は賑わったが、一つ問題が浮上した。端的に言えば、金だ。発掘、研究費用がなかったのだ。当時、戦争集結直後で、文明研究よりもその日の生活の立て直しの方が重視されたのだから仕方がない。しかし、放置すればするほど、劣化し、復元が難しくなる。そこで、ミルドゥナ大公が、現状維持を約束して、メブロ一帯を買い取る形を取った。とりあえず、帝都まで続く道の補正と町を囲う城壁、大門を作り、宿場町というにはお粗末すぎる宿が数件建てられた。その他は、そのまま維持されることとなった。

 利用者も余程のことがない限り、メブロではなく帝都で宿を取る。メブロと帝都の距離はそう離れていないからだ。利便性を考えれば、メブロより帝都での滞在を選択するのが道理だ。

 そのミルドゥナ大公領の飛び地メブロを、整備すると計画が立ち上がったのが5年前。帝都の観光施設も収容限界を迎えようとしていたタイミングであった。ちょうど遺跡の発掘作業も一段落し、メブロに帝立博物館も建設されようとしていた。その収益はすべて帝室へ帰属し、その代わりメブロの観光施設やそれに伴う収益はすべてミルドゥナ大公のものとなる。博物館の建設、維持もミルドゥナ大公の負担となるので、帝室としては悪い話ではなかった。

「好き放題できるということで前向きに考えましょう。ガリウス殿」

「確かに、そうですな。既得権益がないこともありがたい。利益調整が面倒ですからな」

 今回の視察に、帝都の商人を同行させていた。その中にカスバートの父親も入っていたが、ラティエースは特に気にしていなかった。皇子派だからといって排除する気はない。このメブロを活性化させてくれる商売であれば歓迎する。

「観光産業は遺跡だけですが、何か目玉になるものを作る予定で?」

「港もなければ、名産品もこれといってない。大学を誘致してもいいと思いましたが、わざわざ此処に作る必要性はないので大型遊興施設が中心となるでしょうか」

「確かにそれが手っ取り早いようですなぁ。ある程度、広めに区画を取っているのはそのためのもので?」

「ええ。大公殿下のお力添えで、ロイヤル・M・ホテルの移転を打診しております。まだ色よい返事は頂いていませんが」

 ほう、とガリウスが目を瞬かせる。ラティエースがあっさり重要情報を口にした驚きもあった。

「では、帝都のホテルは取り壊しですか?」

「さて、どうでしょう?」

 さりげなく聞いて口を滑らせることを期待したが、ラティエースもそこまでサービス精神旺盛ではないらしい。

 ガリウスは、ラティエースとは初対面であった。17歳の小娘が、大商人たちを前に失態を冒すやも、と心配で気が気ではなかったが、それは杞憂に終わった。前評判は信用しないガリウスであったが、今回は良い意味で裏切られた。

 ラティエースが、ミルドゥナ大公のお気に入りで、本人も商才に秀でているということは、商人を中心に知れ渡っていた。いつ皇族と変わらない存在、大公女殿下になるか分からない娘だが、できれば公務に忙殺されるよりも、こうして商人と交わり、実務をこなすラティエースであってほしいと願う。

「南部商会だけでなく、北部、西部も名乗りを上げております。有力ギルドも興味を示しているようですし。この街は必ず発展するでしょう」

「ええ。開発資金の提供にも前向きになってくださっているようですし。そちらのとりまとめは、ガリウス殿に一任しても構いませんか?」

「ええ。意見を取りまとめ、ラティエース侯爵令嬢がお戻りになるころにはより具体的な要望書として提出いたしましょう」

「助かります、ガリウス殿。公園や区画間の大きな道路の整備はすぐにでも取り掛かりたいので、優先してください。ガリウス商会に入札から着工までお任せします」

「よっ、よろしいのですか?」

 こんな道端で大きなプロジェクト計画が進もうとしている。道路整備は大掛かりな工事だから大金が動くし、入札を取り仕切るだけでガリウスのところには大金が転がり込む。代わりに、入札から落ちた業者からの嫌がらせや妨害工作の対処もしなければならないが。

「構いません。どうぞ、大公殿下の許可証です」

「ははっ……」

 ガリウスは喉奥から乾いた笑いを出すしかなかった。

 この娘はどこまで先を読んでいたのだろうか。山城に呼び出されたときから、こうなることは決まっていたらしい。

 ガリウスは、橋や道路といったインフラ整備の仲介業で財を成した。各地から依頼を受け、人や資材を集め、派遣する。最近では数社を取りまとめ、入札業務にも手を出していた。自画自賛だが、利益が偏らないよう根回しする能力にはたけている方だ。だから、他の同業者よりも業者間のトラブルは圧倒的に少ないし、工事の出来の良さから、今度もガリウスに商談をお願いしたいと、村や町から褒められることも多い。ガリウスの仕切りだと問題が少ない、と、わざわざ遠方からガリウスに入札の采配を依頼してくる貴族もいる。

「期待しております、ガリウス殿」

「ラティエース侯爵令嬢。無事のお帰りをお待ち申し上げています」

 ガリウスはそう言って、深々と頭を下げた。


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