23.終業式
――――――帝国暦413年緋の月21日
この日は、ロザ学園の終業式が行われる。そして、待ちに待った2ヶ月の夏季休暇が始まるのだ。
大講堂に初等部から高等部までの生徒たちが集められ、集会が行われる。学園長が、心なしか浮ついている生徒たちに向けて、夏季休暇の心構えなどを交えつつ説話し、その後は生徒会からの報告、研究発表で優秀な成績を収めた生徒たちの表彰などが続く。初等部の少年少女たちが帝国主催の合唱コンクールに入賞したとかで、歌声を披露する様子は、上級生たちを和ませていた。
「やっぱり、生徒会長は出なかったわね」
生徒たちは、各学年各クラスごと2列縦隊で並ぶ。エレノアとラティエースは隣同士であった。身長順で並ぶため、アマリアは先頭である。生徒会からも学園長と同じように夏季休暇中の注意事項を述べていたが、それは生徒会長のマクシミリアンではなく、副会長のアレックスが務めていた。
「そりゃそうでしょ。このまま謹慎、夏季休暇でほとぼりを冷まして、新学期ってところでしょ」
教壇に立つアレックスの背後には、生徒会役員が並ぶ。ブルーノ、フリッツ、カスバート。この辺はいつものメンバーだ。そして、アレックスよりも注目された生徒会役員がいた。バーネットである。ただ、その姿はとても弱々しく見えた。
(まあ、これだけ嘲笑の的にされちゃあねぇ・・・・・・)
ラティエースは、小さじ一杯ほどの同情を抱く。
生徒間でバーネットのデビュタント事件は、一番ホットな話題だ。親や兄弟といった身内から聞いた者もいれば、その場に居合わせた者も多い。世間でも嘘か誠か面白おかしく話題になっているため、触れない方が難しい。
「帝室も、バーネットまでは守っていられないか・・・・・・」
「あの子が表に出ることで、皇子の風よけになるからね」
酷なことをする。確かに皇子と一介の男爵令嬢を同等に扱う方がおかしいか、とラティエースはそう思い直す。
(まあ、ちょっとは反省して欲しいものだね)
クスクス・・・・・・。クスクスクス・・・・・・。どこにいようともバーネットの耳には、嘲笑混じりの声が入ってくる。ふと正面を見れば、全員がバーネットを見ている気がする。その目に宿るものも侮蔑だったり、嘲りだったりで。
(どうして・・・・・・)
バーネットは唇を噛み、泣き出しそうなるのを必死にこらえる。両手でスカートの布を力強く掴んで、この時間をやり過ごそうとしていた。
(どうして、こんなことになるのよ・・・・・・)
ゲームでは、皇子がバーネットを「華の乙女」にしてくれる。そして、舞踏会で皇子はエレノアの手を振り払い、バーネットにダンスを申し込む。最初は驚いていた周囲もやがて、「お似合いだ」とか、「エレノアよりも美しい」などとバーネットを絶賛する。悔しがるエレノアをしり目に、ホールの中央で二人はダンスをして、周囲はそんな二人を暖かな目で見守るはずだった。
(華の乙女にもなれた。ダンスもゲーム通りだった。でも、でも・・・・・・)
注目は注目でも、思っていたものではなかった。気づけば、会場に残っていたのは、生徒会役員のメンバーとその関係者ぐらいで、有力諸侯はほとんど消えていた。肝心のエレノアもいつの間にか姿を消していた。それに、デビュタント後のこの騒動は何だ。新聞記者と称する大人たちが、カンゲル男爵邸に押し寄せて大変だったし、義父はデビュタントの影響なのか商売の件で、あの日以降帰ってこない。母は相変わらずだったが、皇子から借りたルビーの宝飾品を夜会で付けたいと言ってきたときはさすがに驚いた。すぐに返さなくてはいけないから、と何とか押しとどめたが。
バーネットも学校を休みたかった。しかし、帝室の配慮か何かで馬車が待機していて、問答無用で学園に送り届けられた。デビュタント翌日から今日まで毎日だ。
学園では、女子生徒からの嫌がらせが続いた。庇ってくれる男子生徒はいたが、やはり皇子たちのように強くは出られない。女子生徒たちもそれを知っていて、バーネットが一人の時を選んで、巧妙に嫌がらせをしてくる。アレックス、ブルーノに助けを求めようにも、彼らは生徒会の仕事で忙しく、フリッツも、カスバートも煮え切らない態度だ。
(前だったら、皇子がすかさず制裁してくれたのに・・・・・・)
たとえ、それがバーネットが悪いと思われることでも、皇子は愚直なまで彼女の味方でいてくれた。その影響か、皇子が学園にいるときは、女子生徒たちの嫌がらせも少なかった。
「では、終業式を終了します。各学年、クラスごとに退出して下さい」
アレックスのかけ声で、初等部の生徒から順に大講堂を出て行く。生徒会の腕章を付けた役員たちは、退出路から外れないよう誘導するのが仕事だ。
「ブルーノ。君はバーネットを連れて生徒会室へ」
アレックスの指示に、「えっ」とブルーノは上ずった声を出す。
「今なら裏の渡り廊下から誰にも見られずに行ける。高等部生徒が退出する前に急げ」
「うっ、うん・・・・・・」言って、ブルーノはバーネットに向き直る。「行こう、バーネット」
「ありがとう、アレックス君」
そう言って、バーネットたちは講堂のステージ裏に回り、裏口に向かった。
「ほら、中等部2年。列を乱すな!」
アレックスはそう声を上げ、ステージを降りていった。
大講堂から高等部校舎に続く渡り廊下には、アレックスの言ったとおり誰もいなかった。この後は、SHRだけだから、ブルーノが戻って、言い訳すれば良い。バーネットがいるとクラスが落ち着かないから教員も強くは言うまい。
「どうして、止めてくれなかったの?」
バーネットが突如立ち止まり、呻くように言った。弾かれたように顔を上げ、「どうして、ドレスを仕立てるときに言ってくれなかったの!!」
ブルーノは、声を荒げたバーネットを至って冷静に見返していた。心のどこかで、そう言われるのではないかと思っていたからだ。言うと思った、と心中で呟く。
「君の希望通りにドレスを作るよう免状には書かれていたんでしょう?」
「でも、でも!!あの時、白が普通だって言ってくれれば・・・・・・」
(ああ、バーネットはどうして自身を見つめ直さないのだろう・・・・・・)
悪いことは、すべて他人のせい。己が招いた災いと認めようとしない。「こんなはずじゃない」、「こうなるなんて思っていなかった」と言って、その反省を生かそうともしない。
デビュタントのドレスにしたってそうだ。デザイナーは白の由来を説明したと言っていた。ドレスの仮縫いの時点で、「デザイナーは白を推奨したが、バーネット男爵令嬢の強い要望により赤のドレスを仕立てるものとする」と契約条項が足されていたし、契約書の署名は、皇子、バーネット、D-roseの責任者の三名が署名している。知らぬ存ぜぬが通用する段階はとうに過ぎているのだ。
ブルーノは自分の罪は自覚している。バーネットと共に仕立屋に行った時点で、皇子の側近として失格だ。
「そうやって何でも他人のせいにして、何か変わるか?」
えっ、とバーネットは瞠目する。
「自分がまいた種じゃないか」
「他人事みたいに言わないでよ。ブルーノ君だって同罪じゃない」
「そうだよ。僕は側近としてあるまじき行為をしたと思っているよ。皇子と君の仲を推しているいう時点でね」
ブルーノはそこで言葉を切り、バーネットを見据えた。
「ドレスの件もそうだけど、「華の乙女」の件は、どう考えても君と皇子殿下の失態だよね」
「わっ、わたしは、皇子に華の乙女にしてくださいね、と言っただけよ。ナタリア公爵令嬢からブーケを取ったり、列の最後尾に並ぶよう言ってないわ!」
「その割には、ノリノリで先頭を歩いていたじゃないか。陛下に返事までして」
「それは……」
はあ、とブルーノは嘆息した。
「もうここまで来ればいいよね。僕は教室に戻るよ。先生には君のことは体調不良とか言っておくから。鞄は後で生徒会室に持っていくよ」
そう言って、ブルーノはバーネットに背を向けた。
SHRを終えた生徒たちは、まっすぐ帰宅する者、部活動に向う者、そしてカフェテラスで昼食をとる者とそれぞれであった。
ラティエースたちは、カフェテリアで昼食を摂ってから帰宅することにした。受付をして、給仕の案内を待つ。
「お待たせいたしました。お席にご案内します」
「あら、今日はザックさんが担当して下さるのね」
言って、エレノアが微笑む。ザックは瞬時に頬を染める。
(スキ・・・・・・)
視線を感じ、我に返るとラティエースとアマリアがにやついた顔でザックを見ている。
「よかったねぇ、ザックくぅぅん」とラティエース。
「うんうん。存分に給仕すればいいよ」したり顔でアマリアが頷きながら言う。
ザックは引きつった笑みを浮かべ、それを隠すようにテーブルに案内するため先頭に立つ。
(いかん、いかん。仕事中だ。でもスキ・・・・・・)
給仕は名札など下げていない。なのに、エレノアは名前を覚えてくれている。これで好きにならない方がおかしいだろう。ロイが近くにいれば、「いや、貴族令嬢だから。手出したら、頸と胴が離れるよ」と返していただろうが。
ちなみに、名前を覚えてくれる生徒はエレノアだけではない。それで一々好きになっていたらキリがない。単にザックは、エレノアが好みのタイプだというだけだ。名前云々はとってつけたようなものだ。
ザックは席に着いた三人に、それぞれメニューを手渡す。冷水をグラスに注ぎ、テーブルに置いていく。
「今日は、鱸の良いのが入ったと、料理長が申しておりました」
「そうなの?じゃあ、それをランチセットでいただくわ」
エレノアはメニューを開く前に、注文を決めた。
「じゃあ、わたしもそれで」
「わたしも」
ラティエース、アマリアも続く。かしこまりました、とザックは一礼して下がった。
楽だ。とてつもなく楽だ。メニューで迷うなとは言わないが、それでも長々決められないと、それだけ回転率が下がるからカフェテリアが混むのだ。その点、この三人は、給仕の意を汲んでごちゃごちゃ言わずに、オーダーしてくれる。今回、デザートまでザックに任せると言ってくれた。
(任せて下さい、エレノア公爵令嬢。最高のドリンクとデザートを給仕いたします!!)
ザックの心の声が、エレノア以外の二人に聞こえていたならば、「ぶー、ぶー」とシュプレヒコールを上げていたことだろう。
ザックがスキップせんばかりの軽い足取りで厨房へ消えていく。その背をあきれた様子でラティエースは見届け、視線をテーブルに戻す。
「ラティは、明日から大公領に向かうの?」
「そう。途中、メブロやおじい様と懇意の貴族のところに寄ったりするけど。エリーもすぐに公爵領に引っ込むの?」
「ええ。お父様は遅れて出発だけど、わたしとお母さまは数日中に出発予定よ」
「いいなー」頬杖をついたアマリアが言って、「うちはどうせ、土地持ち貴族じゃないですよーだっ」
「男爵の爵位で領土を持っている人は少ないわ。それに、領地経営なんて面倒なだけよ?」
「そうだけどさー」
「アマリアだって、新作菓子の試作やらで忙しいでしょう?」
「また太っちゃう……」
ううっ、アマリアが泣きまねをする。
「メブロの新商品も間に合わせてよ?」とラティエース。
「分かってるって。ラティが仕入れた香辛料を使って、定番メニューは決定してる。今は、お客さんの方でバンズ、パテ、ソースの種類を組み合わせられるよう考えているところ。サイドメニューもある程度は決まってるから」
「流行るかしら?」
エレノアが素朴な質問をする。食べ歩きを想定としているが、この国では歩きながら食べるという行為は下品と見なされる。
「メブロの中でなら許されるっていうのが浸透すればいけると踏んでるんだけど……。いきなり、帝都では無理だろうけどさ」
「そう、楽しみね」
エレノアが言ったところで、ワゴンを押したザックが現れた。メインはまだ時間がかかるだろうから、前菜を持ってきたのだろう。彼の登場により、3人はいったんこの話題を切り上げ、食事を楽しむことにした。
帝都中央街に位置するカフェテリア「ブラン」。手ごろな価格でお茶やデザート楽しめる落ち着いた雰囲気の喫茶店である。若者よりももう少し上の世代をターゲットにした店である。
カラン、とドアのベルが軽やかな音を鳴らす。
「ラティ!」
と、ラティエースが辺りを見回す前に、声が上がった。ドアからほど近い場所から、腰を浮かし手を振っている少女がいた。
「ウィズ」
ラティエースは微笑み、ウィズのいる席に近づく。
「久しぶり」
ウィズは、破顔する。
「ああ」
つられるように笑って、二人はテーブルをはさんで抱きしめあった。
ウィズ・クーファ。ラティエースより一つ上の18歳だ。彼女と知り合ったのは、ラティエースが10歳の頃。ラドナ王国で引き合わされた。ウィズはクーファ家の養女で、幼いころから優秀であった。その優秀さを見込まれて、クーファ家に引き取られ、海外留学を経験。2年前に海外の大学を卒業し、ロザ帝国ではマイナーな魔工学の研究員となった。
ラティエースは隣の椅子に学生鞄を置いて、メニューを開く。エレノアと一緒に馬車に乗って帰るのを断り、学校帰りに徒歩で直接こちらに向ったのだ。
「呼び出してすまないね」
「別に構わないけど。この間まで海外研修だったんでしょう?魔法国だったよね」
アイスコーヒーとチーズケーキを注文し終えたラティエースが言った。
「まあね」
「その口ぶりだと成果なし?」
「ロザはやはり魔法に適さないことが分かった。そもそも、魔法のエネルギーたる魔素がこの土地に存在していない」
「魔素ねぇ……。魔素が結晶化した魔石があればひょっとするかもだけど、かなり純度の高いものじゃないと駄目だろうねぇ」
空気と同じように流れる魔素。これを元に、自己の生命力と掛け合わせることによって魔法が使えるらしい。ラティエースとしては転生前も今も、魔法とは縁のない生活なので、あれば便利だろうがなくても何とかなるという感覚だ。
「魔素を含んだ風が、北から流れてくる。その風の通り道である場所は魔法が使いやすい。でも、その季節風の出現地が分からない。ある日突然、魔法が使えるようになった地域があるっていう報告もあるんだ」
「北方の伝承には、龍の通り道なんていうんでしょ?龍王国に何かあるのかも」
「あんな秘境にどうやって行くんだい?まず生まれてこの方ボクは、龍人を見たことがない。聖ケイドン魔法国の三賢者の一人が龍人だって噂はあるけど。一介の研究者に会ってくれるわけないだろ」
「そりゃ、そうだ。……ロザ帝国は生まれたときから魔素と縁のない生活を送る。一生、魔法に触れることもなく死んでいく者も多い。ところが、魔法国圏内に入ったら魔法の才開花させたなんて話もあるんだろう?つまり、わたしたちの体内には魔法を使う何かが潜んでいる。それが、魔素に刺激されて使えるようになる。うーん、それぞれ人によって使える魔法が違うっていうし。濾過みたいなものか?」
「濾過?」
「ほら。泥水をザルでこしたらだんだん透明になるだろう?それと似ていて、魔素が体内をザル代わりにして、魔法として排出される。だから、使える魔法は人それぞれで違う」
ウィズの薄紫色の瞳が揺れる。
「その、発想はなかったな・・・・・・。君のいうザルにあたる器官は何だろう・・・・・・」
「さて。魂とかいうやつか・・・・・・。魔法の対極にある教会が使う聖法は、女神の加護による力なんだろう?これも、人によって使える種類がある。つまり・・・・・・」
「ザルの部分は共通している・・・・・・?」
「まあ、安易に飛びつくには危険な仮説だけど」
「いや、充分に検討に値するよ。魔法障壁の論文が完成したら、是非、取りかかりたいね。論文の共著者に君の名を載せたいくらいだ」
「遠慮しとくよ。適当に思いつきを並べただけだ」
「君は本当に・・・・・・」
そう言いかけて、ウィズは口を閉じた。
ラティエースは、本当に柔軟な考え方をしている。少なくともウィズは、ラティエースのような貴族令嬢を他に知らない。ロザ帝国の貴族は、選民思想に凝り固まっている者が多いが、ラティエースは初めて会ったときから、そんなそぶりを片鱗も見せなかった。
(まるで、この世界の人間ではないよう・・・・・・)
しばらく交流を続けるうちに、ウィズはそう思うようになった。ただ、口にすることはなかった。言ってしまえば、ラティエースはフラリと消えてしまいそうな気がしたからだ。
「何?」
いいや、とウィズは首を左右に振った。ラティエースは、少しだけ不思議そうにウィズを見ていたが、問い詰めることはなかった。
「魔法障壁か・・・・・・。一度、この目で見てみたいな」
「行ってみるかい?なかなか壮観だよ。国中を囲う障壁」
そうだなぁ、ラティエースは言って、窓の外に視線を向ける。大通りに面した窓からは、人が行き交っている様子が見て取れる。
「学園を無事、卒業できたら、それもいいかもねぇ」
頬杖をついたラティエースが苦笑交じりに言った。
「何だい?落第の危機なのか?」
「たぶん、大丈夫・・・・・・。たぶん・・・・・・」
「専科に進む気かい?」
「いいや。学園も貴族の習わしで通ってただけだし。専科で学びたい学問もない。ああ、でも連邦の大学には興味あるかも」
「いいんじゃないかい?卒業後、すぐに結婚しなきゃいけないわけじゃないんだろう?」
「結婚は、しないんじゃないかなぁ」
「何だい、それ?婚約者とうまくいっていないのかい?」
ラティエースは、「うーん」と視線を窓に向けたまま言った。
「まあ、いいよ。君が言いたくないならね」ウィズは肩をすくめ、「それに、ボクの研究のこと聞いてもらうために呼んだんじゃないんだ」
ラティエースは頬杖を止め、ウィズに向き直った。
「実はさ、さっきまでラキシスに行っていたんだ」
「あら。ロゼリアさんに会いに?」
「それもあるけど。休日、ボクは娼館の子たちに、読み書きを教えているからね」
ウィズは元々、娼婦として親から売られてきた子どもだ。売られてきた時から読み書きができ、歌や踊りよりも本が好きだった。ウィズが研究員になれたのは、姐であるロゼリアのおかげだ。
「それでさ。ボクと同じ時期に売られてきたキャロルって子がいるんだ。年齢もボクと同じだったから。18歳。このまま娼婦になるみたいだから、国の免状を申請するころだと思うんだ」
娼婦として商売するには、国から年齢制限付きの許可を得なければならない。
「そう。でもロゼリア姐さんの妹なら、よい客がつくんじゃないか?」
「別にキャロルが娼婦になろうがなるまいが興味はないさ。ただ、ラキシスの行く道すがら、キャロルが男と一緒にいるところ見かけたんだ。背中しか見えなかったけど、ロザ学園の制服を着ていた」
「彼氏?それか誰かのお客?いや、でもロザの学生で娼館通いって・・・・・・」
「それも問題だろうけど、ボクが気になったのは、二人は大通りを曲がって第一街区に入っていったんだ。あそこはジャンス・ファミリーの縄張りだろ?尾行できればよかったんだろうけど、さすがにボクも一人であそこの路地を歩く勇気はないよ」
「ジャンスのところは特に物騒だからね」
「もし、キャロルの恋人がジャンス・ファミリーの関係者だったら、大問題だよ。それで、まずはロザ学園の制服を着た男の方を特定した方がいいんじゃないかなって思って」
「後ろ姿だけでしょ?他に特徴はあった?」
「慣れた足取りだった。あとは、中背中肉。髪は茶色」
「それだけじゃ絞り込むのは、ちょっと無理だと思うけど・・・・・・」
「やっぱりそうだよね・・・・・・。マダムかロゼリア姐さんに伝えた方がよかったのかなぁ。そうなったら、キャロルはマダムからはこってり絞られそうだよねぇ」
「まあ、見習いの時点で男を作るってのは、あまり良いとは言えないね・・・・・・。キャロルって子は、結婚を約束した幼なじみとか、そういう想い人はいたの?そのロザ学園の学生が、昔ながらの幼なじみとか?」
「それはないと思う。ボクらの出身地はひどい寒村で貴族なんて寄りつかなかった。徴税官が税を取り立てるために年に一回来るぐらいだったよ。もちろんロザ学園に通えるような人はいなかったよ。ボクの印象だとキャロルは、小さいながらに娼婦っていう仕事を受け入れていた気もする。村にいたら餓死確定だったことに比べたら、衣食住は補償されていたし。娼婦が客に本気になって悲惨な末路を迎えるところも何度も見てる」
うーん、とラティエースは頬杖をついて考え込む。
「明日から夏季休暇なんだけどさ。お祖父様のところに行ったりして、時間がとれるのは夏季休暇の終わり頃かな。ロゼリアさん同席の上でキャロルに聞くのが最善じゃない?」
「そうだね。それが、一番無難かもね・・・・・・」
「ウィズは、ラドナには行かないの?カノトやタニヤも来るらしいよ?何だったら、一緒に行こうよ」
「行きたいのは山々なんだけど、論文作成がたまっているし、また出張が続くから。皆によろしく言っておいて。これ、皆宛の手紙」
そう言って、ウィズは4通の封筒をテーブルに滑らせた。
「言っておくけど、君の分はないよ。欲しかったかい?」
おどけて言うウィズに、ラティエースは苦笑で返す。
「別に良いよ。あいつらと違って、わたしはその気になればいつでも会える」
「そうだね。じゃあ、夏季休暇が終わったら、ラキシスに付き合ってくれるかい?」
「分かった。戻ったら連絡する」
「ボクも単発的な出張さえ除けば、研究所に詰めていると思うから。ボクがいなくても研究所の誰かに言付けてもらえば大丈夫」
「了解」
言って、ラティエースは注文したチーズケーキにフォークを入れた。中にラズベリーソースが入っていたのか、真っ白な皿に、真っ赤なソースがドロリと広がった。




