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転生令嬢の生存戦略のすゝめ  作者: 草野宝湖
閑話集
150/152

19.文化発表会⑲

 結局、生徒会はラティエースたちを発見することはできなかった。多勢に無勢。木を隠すには森。役員が脅しても、「見たものは見た」と言い張る生徒にそれ以上のことはできない。

 ラティエース相手に負傷した生徒会役員もいたし、その場所を重点的にしぼったのだが、結局、捕まえられなかった。

 マクシミリアンは周囲に当たり散らしているが、それに構うアレックスではない。すでに二人は決裂してしまっている。戻ってきた伝令役のブルーノは、その異様な雰囲気に目を丸くするだけだ。

「何があった?」

 隣に立つ役員に問うが要領を得ない。首を左右に巡らせば、ベンの姿がないことに気づいた。

「ベン・クーファ議員は?」

「なんか、娘の入学の件で理事長室に行ったって」

 そうだ。そもそもベンは娘の代わりにこの学園を見学に来たのだった。

「そうか・・・・・・」

 言って、ブルーノはブツブツ怨嗟を呟き、親指の爪を噛むマクシミリアンの方へ体を向ける。

「あの、生徒たちの下校が始まりました。校門に役員を配置しています。そこであの3人を捕まえます」

 ブルーノは感情をこめずに淡々と報告する。

「ほかの連中も行け!捕まえなければ、どうなるか分かっているな?」

 マクシミリアンが怒声交じりに指示を出す。

(何だ?皇子殿下が急に・・・・・・)

 怒るのは分かるが、マクシミリアンの怒りはあの三人の件だけではないような感じがある。それが、アレックスが起因であることも分かる。

(何があった?)

 バタバタとこの場から逃げるように生徒会役員は生徒会室を後にする。残ったのは、マクシミリアン、アレックス、ブルーノだけになった。

「アレックス、何があった?」

 ブルーノの問いにアレックスは顔をそらしたまま、何も言わない。マクシミリアンに同じ質問をすることもできなかった。

「俺も門に行く」とアレックス。

「大体、この後、後夜祭があるだろう!なぜ、皆、さっさと帰ってる」

 生徒会主催の後夜祭では、参加した生徒を労うものである。軽食を用意し、初等部から高等部まで自由に参加できるイベントであった。マクシミリアンは「多少の施しは必要だ」と言っていたが、その施しを生徒たちはいらぬと意思表示しているのだろう。当然である。ラティエースたちの慰労会の方がよほど魅力的だ。

「後夜祭は自由参加です」

 ブルーノの分かり切った答えに、マクシミリアンはギロリと睨みつける。

「つまり、それが生徒会に対する愚民共の意思表示か」

「それは・・・・・・」

 ブルーノの戸惑いを無視しして、「どいつもこいつも・・・・・・。バカにしやがって」とブツブツと呟いている。

(いつもならアレックスがフォローをするんだけど・・・・・・)

 それをしないということは、ブルーノがいない間に何かがあったということだ。代役は自分だとうすうす気づいているが、さすがに難易度が高すぎる。ブルーノは生徒会役員になってまだ日が浅いのだ。

「ブルーノ。門を閉鎖して、3人を出さない限り帰れないと命令しろ。どうせ誰かがかくまってるんだろうからな」

「殿下。もう半数以上が下校しています。今のところ、3人は発見されていないようですが」

「いいから言うとおりにしろ!!」

 マクシミリアンの一喝にブルーノは目を見開く。

「しなくていい。どうせ見つからない」

 アレックスが静かに言った。正直、ブルーノも同じ意見だ。ましてや生徒を人質のような扱いをする生徒会に誰が言うことを聞くのか。すでに生徒会の権力は地に落ちたにも等しい。たった一日で、姉たちは徹底的に生徒会のプライドをへし折った。明日から生徒会は「いざとなれば生徒は生徒会に対して反旗を翻す」ということを念頭に置いて動かなければならない。これはマクシミリアンにとって敗北だ。それまで生徒たちははっきりと口にすることも、態度で示すこともなかった。一定の敬意を皇族に払っていたからだ。歴史的に、皇族はそれなりの振る舞いをし、畏敬を集めていたのだ。

 だが、皇帝の次の権力者である大公の孫娘がそれを否定した。敬意に胡坐をかいたマクシミリアンに、鉄槌を食らわせたのだ。

 背を丸め、爪を噛むマクシミリアンを、ブルーノは憐みの目で見つめる。

(それでも僕は殿下を支えなければいけない)

 両親の厳命だ。特に父のオットーは当代皇帝の腹心だ。子どもたちも同じ関係なることを願っている。

 アレックスも同じ気持ちだと信じたい。

「俺の、次期皇帝の命令が聞けないのか!!」

「命令を聞きたくなる皇帝になってくれよ!!お前の命令は全部、自分の欲を満たすものばかりじゃないかっ!!民は、お前の自己顕示欲を満たす道具じゃないぞ!」

 マクシミリアンは瞠目し、ブルーノも息をのんだ。誰もはっきりと口にしなったことをついに、マクシミリアンが最も信頼するアレックスの口から発せられた。ここにいるのが三人だけでよかった。ブルーノは心からそう思った。

「なっ、なっ・・・・・・!!」

 マクシミリアンは顔を真っ赤にし、言葉を紡ごうとするができないらしい。アレックスはおびえることなくマクシミリアンを見据えていた。ブルーノもどうしていいかわからない。その時であった。

 生徒会室のドアをノックする音が響く。

「高等部のテラン・ウィルタ―です。入室しても?」

 一拍置いて、アレックスが「どうぞ」と応じる。テランはドアを開けたが、その先に足を踏み入れようとしない。

「会長、副会長。理事長がお呼びです」


 一方。ベンはまっすぐ理事長室に向かわず、壁の目印を辿っていた。何度か角を曲がり階段を降りると保健室の前にたどり着いた。色で危険度を示し、傷の数で次に曲がる地点での距離が分かる。

(これをつけたのは、レイナードか・・・・・・)

 ベンは喉を鳴らす。お人好し王子様。あの母親から生まれた息子とは思えない。あのバカな手紙で釣れるのはあの中でレイナードくらいだろうが。

「おーい、いるか?」

 少しだけ声を潜ませて、ベンは保健室へ入った。

「ベン先生」

 ベッドを囲うカーテンを払って、現れたのは予想通りレイナードであった。旅装姿のレイナードは苦笑しながらベッドを指し示す。ベッドにはラティエースが横になっていた。シーツの上に投げ出された腕には包帯が巻いてあった。

「かすり傷ですよ」

 レイナードが先んじて言った。

「斬り合ったのか?」

「ええ、まぁ・・・・・・」

 そう言って、レイナードはカーテンを閉めて近くのテーブルに置いていた布袋を手に取る。そこから取り出したのは、くの字に曲がった短剣であった。柄の紋章から護衛兵のものと分かる。

 ベンは眉根をひそめる。

「ちょいとやりすぎだな」

 わかりやすく不快感を込めてベンは言った。

「普段ならラティももっとうまく躱せるんでしょうけど。寝不足と疲労でどうも動きが鈍ったようで。空き教室でぶっ倒れていました」

「次の合宿では、いくら疲れていてもぶっ倒れるのはおうちに帰ってから、っていう訓練にしような?」

 はははっ、とレイナードはから笑いする。

「で、お前はこの後どうすんの?」

「今、ミルドゥナ大公が皇都にいらっしゃっています」

「ああ、知ってる」

 正直、驚いてほしかったのだが、さすがベンは知っていたようだ。なぜ等と問うことは我慢した。

「なので、とりあえずラティを大公の元へ届けようかと」

「だな。お前、大公の馬車で来たのか?」

「はい」

「じゃ、その馬車を使ってラティエースを大公のタウンハウスまで送り届けろ」

 今、校門や車止めの前で生徒会役員が検問のまねごとをしているが、大公の紋章旗を掲げた大公の馬車の中を調べたり、止めたりする強者はいないだろう。レイナードなら、誰にも見つからず眠り込むラティエースを背負って大公の馬車にたどり着くことなどわけないだろう。

「わかりました」

「終わったら、俺も大公の元へ向かうから」

 レイナードは「わかりました。お伝えしておきます」と頷く。

「ちょーっと、お灸を据えようかね」

 ベンは両手を組んで、ベキベキと関節を鳴らす。

(これ、結構怒ってる・・・・・・)

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