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転生令嬢の生存戦略のすゝめ  作者: 草野宝湖
閑話集
149/152

18.文化発表会⑱

 アレックスは、一度、生徒会役員を生徒会室に集めた。

 現代のように放送で集合をかけることはできない。よって、中等部校舎の窓から必ず見ることができる運動場の旗を掲揚するポールを利用する。色ごとに指示が決まっていて、緑の旗は「生徒会室集合」を意味する。

 集めた生徒会役員に、アレックスは細かな指示を与えた。区画を分け、生徒からの聞き取りもメモさせ、ある程度たまったらアレックスに報告させる。使用していない教室を重点的に探させ、いない場合は閉鎖する。それを目撃情報と合わせて構内図に書き込み、ラティエースたちがいる場所を絞り込む。好き勝手動いていた生徒会役員が司令塔の指示のもとに動く様は今までと違っていた。

 ラティエースは、その様子を使用していない校舎の一角、その柱からのぞき込んでいた。

「おお。ようやく狩られる側が狩る側に回ったか」

 ラティエースが不敵な微笑を浮かべた。

「じゃあ、わたしたちは先に行ってるわよ」とエレノア。

「ああ」

(戦闘力皆無の人間を遠ざけるのは当然。にしたって、荒事を一人で請け負うのはしんどいなぁ。一人くらい手伝いに来てくれたっていいのに)

 ブツブツと独り言を口にしながら、屋上へ続く階段を昇っていく。

 制服から動きやすい乗馬服に着替え、一応、乗馬用のヘルメットも被っている。腰には鞭を下げて、これが今回の武器である。

(さすがに短剣は持ち込めなかったからなぁ。殺傷沙汰でさすがに退学(アウト)だ)

 退学は構わないが、家門を傷つける理由はさすがにまずい。

「いたぞ!!」

「捕まえろ!」

「副会長に報告だ!!」

 怒声にひかれるように振り返ると、階段の踊り場に4人の男子生徒がラティエースを指さしていた。

「いいねぇ。ようやくチームで動くようになったか」

 口角をあげる様は、獲物のそれではない。狩人の微笑だ。

「うるさい!おとなしく捕まれ!!」

「はいって、いうわけないだろ」

 言い切ると同時に、ラティエースは階段を蹴った。バク転の要領で彼らの背後に回り、そのまま一目散に逃げるつもりだった。が、瞬時にその判断を捨てた。視界の端に一瞬だけ映った光。咄嗟に体をひねり、一人目を蹴り上げる。やけどしそうな熱と鋭い痛みに、ラティエースは顔を顰めた。

 鼻血を飛ばし、ひっくり返る男子生徒に、残りの生徒はギョッと目をむく。その男子生徒の手からカラン、と硬質な音が響く。鋭利な短剣であった。

 一歩間違っていたら深く切りつけられて、その場で勝負が決まっていた。それでも判断が遅れたため、下腹に痛みが走る。

(おいおい。丸腰相手に短剣かよ。やっぱ、無理やりにでも短剣を取り寄せておけばよかった)

 開き直ったのか、残り3名も短剣の剣先をラティエースに向ける。

「それ、切っ先向ける方向、間違ってない?今ならまだ間に合うけど?」

(ありゃ、護衛騎士のものか?)

 大方、護衛騎士の武器を生徒会役員に持たせたのだろう。それにしても護衛騎士もよく武器を手渡したものだ。文化発表会で仰々しい護衛は本人も、そして来賓も嫌がるから最低限の武器携帯であったはずだ。それもマントで隠していた。

(いよいよなりふり構わなくなったか・・・・・・)

 アレックスあたりが止めてもいいくらいの案件なのに。さすがに、大公の孫娘に武器を向けたら学園だけの問題にしておけないと分かっているはずだ。

「じゃあ、もう遠慮はいらないな?」

 ラティエースは呟く。ラティエースはもんどりを打って倒れた男子生徒が握っていた短剣を掴む。手になじまず、力が通らない。これでは加減ができない。

「あんたたち、生きて帰れると思わないでね」


「これで保健室送りは3名か」

 アレックスは地図を注視しながら呟く。横に立つマクシミリアンは急に協力的になったアレックスに不信を抱きながらも黙って見守っていた。

 一人は壁に激突。もう一人は腹部に掌底食らって気絶。三人目は顔面蹴り。最後は鞭で尻を打たれて戦意喪失、だ。どれも微妙に加減されて後遺症もしくは痕にならない仕様だ。4人目の心の傷に関してはこの際考慮しない。

「少人数で戦うな。4人以上で組め。見つけた場合は距離を取って名を呼び、追いかける。伝えたポイントに追い込め。それぞれに人をすでにやっている。ブルーノ、各班長に伝えろ」

「わっ、分かった」

 有無を言わせない口調に、ブルーノは頷いた。いつものアレックスとは違う雰囲気を指摘する余裕はなく、ブルーノは生徒会室を後にする。

「ラティエース嬢たちは護身術でも習ってるんですかねぇ」

「護身術のレベルを超えています」

 アレックスはため息交じりに返す。少なくともラティエースは剣の心得もあったはずだ。騎士の剣技ではなく、体格に合わせた短剣格闘を集中的に習っていた。

 相手の力を流し、いなし、そして逆に利用するのがラティエースの戦い方だ。

婚約者殿(アレックス)はそこまでは知らないだろうけど)

 ベンは構内図を眺めながら心中で呟く。

「生徒の証言はあてになりませんね」

 どれも一貫性がなく、逆に翻弄されてしまっている。これも前もって準備していたのだろう。

 アレックスは顎に手をやり、思案する。さて、あの3人は何処にいるのか。ふと、マクシミリアンを見ると、護衛騎士と何やら言い合いをしている。

「殿下、いい加減にしてください」

「そうです。さすがに陛下に報告せざるを得ません」

「うるさい!いいから寄こせ!!」

「何をしているんだ?」

 尋常ではない空気に、アレックスはたまらず口を挟んだ。

「それが・・・・・・」

「お前たち!主人が誰か分かってるのか!」言って、アレックスに向き直り「お前はとっとと3人を俺の前に連れてこい」

「今やってるだろ。まさか、護衛騎士まで捜索に参加させる気か?」

 ヒステリックに言い放つマクシミリアンに、アレックスはつとめて冷淡な声で返す。同じトーンで返事をしてはただただ炎上してしまうからだ。

「おやー?護衛騎士さんの短剣がありませんねー?」

 そう言ったのは、アレックスの両肩に両手を置いて、のぞき込むようしているベンであった。

「はっ・・・・・・?」

 アレックスは弾かれたように振り返り、ベンを見やる。そして、護衛騎士の腰をにはいた剣を見つめる。確かに長剣はあるが、短剣がなくなっている。

「おい、マックス!まさか・・・・・・!!」

「相手はすばしっこいサルだ。武器の一つや二つ持たせなくてどうする!」

「バカ野郎!!」

 アレックスは声を張り上げた。

「お前、いくらなんでもそれはやりすぎだ!!万が一、令嬢たちに怪我をさせてみろ。学校のお遊びでは済まないんだぞ」

「あくまで脅しで使うだけだ」

「本当にそう命じたのか?お前のことだ。少し痛い目に合わせろと言ったんじゃないか?」

 あっさり見透かされてマクシミリアンは頬を紅潮させる。

「ああ、そうだよ!ここまで馬鹿にされたんだぞ!皇族である、次期皇帝であるこの俺が!!命を取らないだけありがたく思うべきだろ!!」

「お前という奴は・・・・・・!!」

 さすがに我慢がならなかったアレックスはマクシミリアンに大股で詰め寄り、胸ぐらをつかむ。

「お前も俺に逆らうのか!!」

「間違ったことを正すのも臣下の務めだ」

「違う!皇帝の命令を忠実に叶えるのが臣下の務めだ!!」

「ろくに褒章を与えられない皇帝が何を言ってる」

「貴様!!」

「はーい、そこまで」

 マクシミリアンがこぶしを振り上げると同時に、ベンが割って入る。マクシミリアンの腕を掴んでいた。

「若者の青春の一ページを邪魔するのは野暮だって分かってるんだけど、さすがに大人としては、ね」

「手をは放せ、似非貴族」

「正直に、貧民上がりと言っていただいて結構ですよ、ダメ皇子」

 ベンはにやにやとした顔を変えないまま言う。マクシミリアンが振りほどこうとしても微動だにしない。抵抗をやめたのを認めて、ベンは手を放した。

「さーて。もう間もなく文化発表会もフィナーレだ。わたしは理事長先生に、かわいい娘の転入についてお話してこようかね」


(うー・・・・・・。紙で指を切った10倍くらい痛い・・・・・・)

 ラティエースは例の四人組をまいて人気のない教室へ逃げ込んだ。まさか短剣をもちこむとは、ラティエースでも予想できなかった。

 一応、あの4人組は、最初の一人を除いて、拳と蹴りで制圧できたが無傷とは言えなかった。腹の傷とは別に腕と太ももにも軽傷を負ってしまった。

(あの短剣だと殺してしまってたからな)

 短剣はその場で壁に押し付けて曲げて放り出しておいた。これで短剣を持って暴れる役員はいなくなったはずだ。

(護衛騎士は4人で、4本の短剣。長剣持ち出されると困るけど、校舎内では使えないだろう。振り回すと壁や窓に引っかかるからな)

「あの、大丈夫っすか?」

 くぐもった声が教室のドア越しに響く。

「うわっ。びっくりしたぁ・・・・・・」

 敵意がなかったせいか、こんなに近くにいるのに気づかなかった。声は幼い少女のもの。

「ああ、大丈夫、大丈夫。でも入ってこないでね」

 ご令嬢に血はあまり見せたくない。

「さっき、3階を全速力で走っていましたよね。あたしもそれを見て。ケガしてるんでしょ?」

「ああ、ちょっとだけね。大丈夫よ、かすり傷だから」

 ドアがこぶし一つ分スライドされ、そこからドリンクの入ったコップと包帯、タオル、傷薬の瓶が差し込まれる。

「あの、今日の文化発表会、すごく楽しかったです。皆、ラティエース侯爵令嬢たちのおかげだって言ってます」

「そりゃ、どうも」

 ラティエースは遠慮なくタオルを取って、汗をぬぐう。ついでに包帯と傷薬も使わせてもらう。

「あたし、時々、学校に行くのが嫌だなって思う時があって。勉強が嫌とかそんなんじゃなくて、居心地がちょっと悪いっていうか、クラスメイトとちょっと話が合わないときとか、無意味な仲間外れを楽しむ人たちが気持ち悪くて・・・・・・」

「人間はマウントしたがるからねぇ・・・・・・」

(やばい、ろれつがちょっと回らなくなってきたかも・・・・・・)

「あの、本当に大丈夫っすか?」

 少女があせった声で言う。

「だいじょうぶ。でも、話を続けてくれると助かるかも・・・・・・」

「えっと、あの・・・・・・」

「もし、本当に、耐え切れなくなったら、中等部と高等部の間にある渡り廊下の先に、使われていない、四阿があるでしょ?そこの森を抜けておいで・・・・・・」

 息が少し上がっている。短剣に毒の類は塗られていなかったはずだが。

「もう、行きな・・・・・・・」

「でも、あの、誰か呼んできましょうか?」

「いいから。少し、休んだら、わたしも行く。邪魔だから行って」

「はい」

 きっとドアの向こうではしょんぼりした姿の少女がいるはずだ。だが、それを詫びることも、どこの誰と問う気力はなかった。やがて小さな足音が遠ざかっていく。

(あー、やばい・・・・・・)

 ラティエースはドアにもたれた状態で、ズルズルと下がっていく。裂傷から熱が出たようだ。それに気づかず暴れまわってたから立ち止まったときに、ドッとあふれ出たのだろう。あとは文化発表会の準備に加え、日ごろの仕事もこなしていた疲れも加味されている。

(かすり傷だと思って舐めてた・・・・・・。今度から、かすり傷を嘗めるべからず、だな)

 視界がゆっくりと狭まる。抗おうとするとさらに闇が降りてくる。

(ちょっと、休憩・・・・・・)

 少なくとも死ぬことはないだろう。そう諦めて、ラティエースは目を閉じた。ゆっくりと近づく足音に気づくことなく、ラティエースは意識を手放した。


「・・・・・・。あんなふざけた手紙出すなよ。素直に手伝ってって言ってくれれば、いいのに。本当に素直じゃないな、君は」

 そう言って、青年はラティエースを抱き上げた。

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