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転生令嬢の生存戦略のすゝめ  作者: 草野宝湖
閑話集
147/152

16.文化発表会⑯

 ローズ・スプリングス伯爵令嬢は、震えていた。

 顔色は化粧でも誤魔化せないくらい真っ青であった。間もなく彼女の出番である。

(何なのよ、何なのよ!!)

 ローズは歌唱を披露する。幼いころから習っていた一番の特技。両親をはじめ親戚の前でも披露し、時には知り合いのパーティーでも歌った。皆、絶賛していくれていた。こうした経験からローズは歌唱に絶対の自信があった。

 ある日、彼女の婚約者が文化発表会に出ないか、と言ってきた。さらには、皇子の前で披露するチャンスだ、と言葉を重ねた。その言葉を聞いて、ローズは一にも二にもなく承諾し、本番まで練習を積み重ねた。一方で、自分の歌う曲と似ているものや、曲調が自分よりも目立ちそうなものは、婚約者を通じて変更してもらうよう依頼した。ローズの友人たちも出場予定だが、彼女らはローズよりも下手だ。彼女らは勝負相手にはならない。せいぜい引き立て役になってもらおうとほくそ笑む。

 リハーサルでも、ローズは自分が一番優れていると確信した。婚約者から贈られたドレスを身に着け、出番を待った。

(なのに!!)

 リハーサルで着ていた衣装をそのまま着用している出場者は誰もいなかった。ローズより上等で、豪奢で、そしてデザインも洗練された衣装ばかりだ。化粧も、髪型も、華やかだ。ローズはその中の数名が歌う曲を覚えていた。婚約者に変更を依頼してもらった女子生徒たちだったから。だから首を傾げた。曲と見た目が明らかにあっていない、と。

 だが。今、舞台に立っている女子生徒は曲と衣装が見事にマッチしている。申請している曲はもっと落ち着いた静かな曲だったはずだ。それだけではない。歌唱方法も全く違っている。声の張り方、強弱、声量。ありとあらゆる面でローズを上回っていた。

(噓でしょ、嘘でしょ!!)

 彼女たちは、失格になっても平気だというのか。

「ちょっと!あの人、違う曲歌ってるわ」

 ローズの前に発表する女子生徒に、ローズは話しかけた。その際、肩に手をかけた。

「そうね」

 女子生徒はそう言って、ローズの手を払いのけた。彼女は騎士の娘で、ローズは伯爵家の次女だ。不遜だというのは簡単だが、そうしたら会話が終わってしまう。見れば、彼女は全く困っていない。

「あなたも、するつもりなの?」

「だとしたら?」

「失格になるのよ!」

「別に欲しくないわ、こんな出来レースの賞なんて。あなたの引き立て役なんてまっぴらごめんよ」

「でも、それは・・・・・・」

「あなたも頑張ればいいじゃない。婚約者と皇子殿下の前で恥をかかない歌唱を披露すれば問題ないでしょう?」

 最初の演者が歌い終わった。拍手喝采が舞台の裾からでも十分聞こえる。観客が花束を演者に渡している。手を振り、歌い終わった女子生徒は舞台から降りた。

「じゃ、お先に」

 長いケープを翻し、次の出番の女子生徒が舞台へ向かう。彼女が終わったら、次はローズの番だ。

「あっ、あっ・・・・・・」

 ローズは頭を抱え、その場にしゃがみ込む。

(だって、お父様がプロのオペラ歌手にもひけをとらないって言ってくれた。お姉さまも、お兄様も。お母さまだって。音楽大学の教授が、毎週、教えてくれていたのよ?)

 ローズはこの発表が終われば、色々なサロンから声がかかると思っていた。うわさを聞き付けた皇帝陛下が父に目をかけてくれるかもしれない。称賛され、婚約者もローズのことを誇ってくれると思っていた。なのに――――。

「かっ、かはっ・・・・・・」

 呼吸が苦しい。息を吸っても、胸が苦しい。はっ、はっ、はっ、と自分の吐息に追い立てられるように呼吸をする。そのうち、頭がぼんやりしてきた。

(いやよ。こんなの、いや。ちょっと婚約者に融通してもらったくらいで、こんなひどい仕打ちするなんて)

 ローズは、身勝手な考えを捨てきれない。自分が彼女たちの立場だったら、という想像力が全く働かない。

 ローズが実力を出し切っても、彼女たちには足元にも及ばない。拍手なんて、一つも湧き起らないだろう。

 婚約者は愕然とし、皇子の不興を買い、最悪は婚約破棄だ。

 絶望的な未来に、ローズは失神した。


「ハイレベルだな」

 マクシミリアンはポツリと言った。審査員席に座っているものの、不遜な態度は変わらない。ひじ掛けに肘を置き、背もたれにどっしりともたれている。マクシミリアンはプログラムを眺めはしたが、隅々まで見たわけではない。よって、彼女らが事前申請したものと違う歌を歌ったことなど気づいていない。ただ、違和感はあった。

「ええ。素晴らしい歌声です」

 審査員の一人が興奮気味に言った。彼は楽団の指揮者を務めている。去年も参加していたため、全く期待していなかった。だからこそ、感動もひとしおであった。

「次はわたしの後輩の婚約者の番だ」

 意図することは、はっきりとわかる。お前たち、誰に得点を入れるか分かっているな、と。しかし、いつまでたってもローズ・スプリングス伯爵令嬢は登壇しない。観客席も戸惑っている。舞台裏もどこか落ち着かない。

「どうしたんでしょうね?」

 元オペラ歌手の審査員が困惑顔で言った。

 やがて、制服姿の裏方スタッフたちが観客席の階段を駆け上がる。生徒会役員の主要メンバーはマクシミリアンの後ろに席をとっていた。その集団の中からアレックスの姿を見つけると、何事かを必死にまくし立てていた。アレックスは一度、大きくうなずき、スタッフと一緒に舞台へ向かう。

「観客席の皆さま。申し訳ありませんが、ローズ・スプリングス伯爵令嬢は体調不良により辞退となりました。ご家族の皆様は保健室へご案内しますのでお申し出ください」

 アレックスが張りのある声で観客席に向けて言った。えっ、とマクシミリアンの背後に控えていたローズの婚約者が息をのむ。

「ここはよい。行け」

 マクシミリアンは許可を出す。一礼して、彼は駆け出した。

 結局、ローズは過呼吸を起こし、家族と婚約者に伴われて病院へ向かった。その後も、皇子の関係者とそうでない者たちの実力差は大きく、皇子のバックアップを受けた生徒は己の実力を痛感したのだった。彼女らは二度と歌唱での発表をすることはないだろう。

 ピアノ、ヴァイオリン演奏も似たような展開であった。もちろん、皇子寄りの貴族の子弟も健闘したが、一番になることはなかった。歌唱の出場者のような散々たる結果にはならなかったが、それでも自分の思い上がりを痛感することはできた。特に皇子に目をかけられていた生徒会役員は、チェロで出場予定であったが、彼は出場する前に逃亡した。おそらく彼はもう二度と学園自体に戻ることはないだろう。

 表彰式は皇子寄りの出場者が独占したが、誰もがこれが公正な審査による結果とは思わなかった。生徒会長兼審査員長のマクシミリアンからトロフィーと賞状を受け取った生徒の誰もが複雑そうな表情で受け取っていた。今やこのトロフィーを受け取ることは「恥」となっていた。

 急遽、審査員特別賞ということで申請と違う曲を披露した生徒にも賞が贈られることになったが、選ばれた生徒は皆、辞退した。それどころか、自分の出番が終わったらすぐに講堂を後にした者も多かった。こうして、お通夜のような表彰式が終わったのであった。

 表彰式の場よりも講堂の出入り口、そのホールの方がにぎわっていた。お通夜表彰が行われている間、調査員は観客に誰の演奏がよかったかインタビューをしていた。不公平な審査に辟易していた観客は、喜んで調査員の質問に答えた。こうして、皇子たちが行動を出る前に調査員はある程度の票を集計し、覆面審査員の票と合わせて、公正な審査を行った。


 彼らの表彰式は、本日の夜、ロイヤル・M・ホテルで執り行われることも同時に伝えられた。その日、ロイヤル・M・ホテルの大広間はラティエース・ミルドゥナ侯爵令嬢の名で予約されていた。使用用途は慰労会となっていて、二百人前後の席と料理、飲み物を注文していた。

「打ち上げは必須でしょ」

 とは、ラティエース・ミルドゥナ侯爵令嬢の言葉である。

 ちなみに生徒会も後夜祭を企画していたが、こちらは自由参加となっていた。どちらに参加するかを決めるのはもちろん生徒たちである。さらに言えば、生徒会はラティエースたちが秘密の慰労会を開くことを知らなかった。

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