14.文化発表会⑭
ギブソンとジルは、変わり果てた姿で生徒会役員たちの前に現れた。
「一体、何が・・・・・・」
「ふーん」
ベンは面白がるように言って、顔を両手で覆って恥ずかしそうにしている二人の前に立ち、マジマジと観察する。スーツの裾をつまんだり、グルリと二人の周囲を回ったりする。
「随分と仕立ての良いスーツだ。わたしも一着お願いしたくらいだね。もちろん、普通のね。背中の刺繍なんて見事だ」
背中には、「生徒会命」、「生徒会上等」と流麗な文字で刺繍されている。うわっ、と役員の数名はその悪目立ちする刺繍に顔を顰めた。
「あと、何されたんだ?」
気の毒そうにアレックスが問う。
「うつぶせに寝転がるよう言われました。そして、肩から足先まで揉み解されて・・・・・・」ジルは一拍ためて、「すっごく体が軽くなった気がします!!」
(ん?)
「そのあと、食事をとるように言われました。フルコースでした」ギブソンもまた一瞬の沈黙を置いて、「すっごくおいしかったです!」
(んん?)
「最後に、対価としてこのスーツを着るように言われました」
―――君たちが今食べたのは、レストラン・リーの最新作。価格にして10万ゼニーといったところだ。学割だと7万5千ゼニ―だな。
もちろん、反論した。食べさせたのは、そっちではないか、と。ラティエースはスッと承諾書を二人に突き付ける。食前にサインした書類だ。
―――いいや。わたしたちは、最初に聞いたぞ。お召し上がりになりますか?それとも、なりませんか?
ギブソンはチェスの試合で疲れていたし、ジルもまた巡回や雑用で走り回り、疲れていた。本当なら今頃、食堂で昼食を摂っていたはずだ。承諾書にサインした二人は、お願いの内容を聞くことなく香しい料理に飛びついた。
―――まぁ、一つだけお願いを聞いてくれたら、タダにしてやる。
「つまり、もてなされたってこと?」
ブルーノが眉根を寄せて、何とか考えを絞り出した。そう、そうとしか聞こえない。ブルーノの言葉にアレックスは「そう、それ」と指さす衝動を何とか押さえた。
「何がしたいんだ・・・・・・」
(そう、マックス!今日は、なんだか賢いな!!)
アレックスは心中で呟く。犯人はお互いの婚約者なのだ。なんだか仲間意識が芽生える。
「まあ、とにかくその恰好で見回りはできないな。生徒会室に予備の制服があるだろ。着替えて合流しろ」
アレックスの指示に二人は、顔を覆ったまま素直に頷いた。
一方、とある教室に噂の二人、プラス菓子販売を抜けてきたアマリアがいた。
「あんた、ホットタオルとマットまで用意するなんて」
呆れたといわんばかりにエレノアが言う。
「いやー。凝っちゃって、つい・・・・・・」
ラティエースがモジモジしながら言った。
「新作メニューの評価もよかったし、パパに教えてあげよ」
フルコースはすべて、リー男爵のレストランのものであった。しかもまだ店のメニューに載っていない新作である。
「菓子は完売?」とラティエース。
「午前中の分はね。今は、午後の分を並べてる。売り子はその間、自由時間なんだ。あのね、刺繍小物もすっごい人気でね、刺繍同好会の何人かは、ペネイド伯爵夫人の茶会に招待されたりしてたよ?」
「おっ、やったじゃん。それこそ、平民なんてお呼びじゃないっていうあの夫人がね」
「そうね。いい縁ができてよかったわ」とエレノア。
「さすがにさっきのスーツは派手すぎるけど。こっちのワンピースは流行りそうだね」
ハンガーラックにかけられた服を物色しながらアマリアが言った。これらはすべてエレノアが作ったものだ。昔からコツコツとデザインし、作り上げてきた。店を出せばいいのに、とあっさり言うラティエースにエレノアは頷けずにいた。
「生徒会室からはこうして制服も持ち出したし」
着替えることを見越して、ラティエースは先手を打っていた。後で返すから盗みじゃない、とラティエースは生徒会室のカギを針金で解錠して、数人の生徒を引き連れて制服を回収したのだった。その解錠の手さばきを目の当たりにした同行の生徒たちは、口を真一文字に結び、目をぱちくりさせていた。
(貴族令嬢は、こんなことまできるのか?)
「あっ、あの、ラティエース侯爵令嬢。その技術は・・・・・・」
ん-、とラティエースは鍵穴に針金を差し込み、上下左右に回しながらつぶやく。しばらくして、勇気ある男子生徒に向けてこう言った。
「貴族令嬢として仕込まれました」
にっこり、と擬音がつくほどの笑顔を浮かべた。そうなの?、と男子生徒が隣に立つ女子生徒に視線で問えば、女子生徒はブルブルと首を左右に振る。
やがて、カチャという軽い解錠音が響く。よっしゃ、とラティエースは小さく呟き、扉を開けた。
「じゃあ、とことんおちょくり倒しますかね」
ギブソンとジルは、生徒会室へ向かうまで、嘲笑と注目を浴びながら歩かねばならなかった。
―――なに、あれ。
―――仮装大会か何かか?
―――あれ、生徒会役員だろ?
―――いつもは偉そうに上向いて歩いているのにね。
羞恥に顔を真っ赤にして、二人はようやく生徒会室に到着した。アレックスから渡された鍵で生徒会室へ入り、続きの部屋になっている準備室の棚を探す。「制服予備」というラベルを探し当て、棚の引き出しを開けた。
確かに、制服は入っていた。しかし――――。
すべての制服に刺繍や細工が施され、それは今着ている衣装と変わりない様であった。
袖のない制服。代わりに小さな円錐、棘が袖まわりにびっしりとつけられている。どこぞの世紀末仕様である。
背中に射的の的が縫い付けられたジャケット。ついでにブラウスも同じであった。
別のジャケットの両肩部分に天使と悪魔の羽が対になって縫い付けられている。しかも真ん中には、「堕天使」と刺繍され、ルビ「ルシフェル」までついている凝り具合だ。
スラックスも同じである。スカートのプリーツやレースやが縫い付けられていた。
少なくとも装飾のない制服は一つもない。
ギブソンとジルは顔を見合わせたが、お互いの顔を見たところで答えが出るわけではなかった。
「・・・・・・お前、アレックス副会長を呼んで来いよ。今頃、講堂だろ?」
「はっ?何言ってんの?この服着て、講堂からここまで往復しろって?冗談だろ」
ただでさえ、生徒たちの厳しい目に晒されて精神はズタズタなのだ。
「どうする?」
「どうしよう・・・・・・」
答えが出ぬまま、時間だけが過ぎていった。




