13.文化発表会⑬
初等部のアリッサ・デュフォンは見てしまった。
(今、今・・・・・・。中等部の人が手際よく、そして鮮やかに拉致したっす)
しかも、自分よりも大きな男子生徒を。ジャンプして、ヘッドロックして、小柄な女子生徒はそのまま背負い投げの要領で男子生徒を廊下に叩きつけ、あっという間に無力化してしまった。どこから用意したのか荷台まであって、さるぐつわを噛ませ、縄で縛り、荷台にのせ、ファサッと大きな布をかぶせる。すべての動きに無駄も迷いもなく、流れるような手際であった。
腰を抜かし、目を丸くするアリッサに、誘拐未遂犯はグルリと首を巡らす。
(あっ、この人・・・・・・)
見覚えがある。確か、ラテイエース・ミルドゥナ侯爵令嬢だ。
そのラティエースが男子生徒をふんじばっている。
目撃者のアリッサには、口元に人差し指を当てて「シー」とポーズで伝えてくる。呆けるアリッサに悪戯っぽく微笑むと、そのまま台車でどこかに行ってしまった。
中等部の方を見に行きたいと友達4人でめったに訪れることのない中等部校舎に入った。初等部とは比べ物にならないくらい活気に満ちて、楽しそうだった。ルーデンスの菓子は買えなかったが、出店でできたてのスコーンと紅茶を楽しんだりして、その後アリッサだけトイレに行くと離れたのだ。そして、現場に遭遇してしまった。
(中等部、こえー!!いや、違う。通報?通報すべきか、これ?でも、どこへ?)
アリッサが頭を抱えていると、友人3人がやってくる。
「アリッサ。そろそろ講堂に集合だって」
「合唱発表、緊張するねー」
「でも、先輩たちの演奏が聴けるから、楽しみ」
(何を呑気な!!)
と思いつつも、3人は遭遇していないのだから、当たり前だ。
「アリッサ、大丈夫?」
「うっ、うん」
アリッサは友人の手を借りながら立ち上がる。「シーッ」と悪戯っ子のように微笑むラティエースが脳裏をかすめる。ただ、良心がチクリと痛む。考え抜いた結果、合唱発表が終わってから、先生に言おうと結論付けた。
その後、アリッサは合唱にのぞみ、見事に先生に言うことを忘れた。
当時のことを、アリッサは思い返す。
「初等部の子どもなんて、そんなもんすよね」
(ここは、どこだ?一体、何があった?)
真っ暗闇の中で、ジル・クラウセン伯爵令息は思った。
暗闇なのは、目隠しをされているからか。
動きが固定されているのは、縄で縛られているからか。
なぜ、自分がそういう状態なのか。
頭が沸騰しないように、冷静に状況を分析する。
自分は貴族の子どもで、常に誘拐の危険性はある。その際の対策は身に着けている。
(だが、学園で?)
文化発表会は招待制だ。ひょっとすると金持ちの子どもを誘拐するために、招待状を何とか手に入れて悪事を働く輩がいたとしてもおかしくない。
(いや、もっと身分の高い生徒でもいいだろう)
なにせ、ここにはマクシミリアン皇子がいるのだ。他にも公爵、侯爵の子弟もいる。なぜ、自分なのか。
そんなことを考えていると、ドサッと大きなの荷物が雑に置かれる音が響いた。自分の真横に何かが置かれた。
「あら、午前中は一人じゃなかったの?」
(この声・・・・・・)
「そうだったんだけど。ギブソン・モリ―が独りでうろちょろしてたから。どうせ午後には間引く予定だったから助かったよ。・・・・・・一人だとどうも効率が悪くって」
「お友達が誰一人来なかったものね」
「うっさい!」
(先の声は、エレノア・ダルウィン公爵令嬢。今のはラティエース・ミルドゥナ侯爵令嬢か)
「とにかく順調なのね」
「とりあえずはね」
衣擦れの音と共に、ジルの目隠しに手が触れる。予想通り、視界に入ったのはラティエースとエレノアであった。
「どういうつもりだ、ラティエース・ミルドゥナ侯爵令嬢!」
目隠しと猿轡は取られたが、肝心の縄はそのままで、ジルは後ろ手で縛られたまま声を上げた。ラティエースはその問いに答えず、スカートを埃を祓う仕草で軽くたたき、立ち上がる。隣のギブソンの目隠しと猿轡を取ってやった。
「こんなことをしてただで済むと思うなよ!」
「そうだ。すぐに皇子殿下が助けに来てくれる」
「どうかなぁ?チェスで負けた君に皇子が興味を持つかなぁ」
ラティエースがにやにやした表情で言えば、ギブソンはグッと押し黙る。
「まぁ、楽しんでいってよ。わたしたちの出し物」
ラティエースが悪役令嬢さながらの微笑を浮かべる。
「ええ。きっと満足いただけると思うわ」
エレノアもまた微笑を浮かべる。カーテンの向こう側から数名の人影が躍り出る。荒々しい足音と共に車輪が回る音、何かが運び込まれてくる音だ。
彼らはなにがしかの道具を手にもって、二人を取り囲む。マスクとスモッグ姿の不気味な人間が、ジワリジワリとにじり寄る。
「なんだ!こんなことをしてっ・・・・・・」
「そうだぞ。俺らは生徒会役員だぞ!!」
いくら脅しても、距離は縮まるばかり。ひっ、と二人は恐怖で顔を引きつらせる。
悲鳴を上げそうになる二人の男子生徒視界は、また暗闇に戻されたのであった。
「あれ、ギブソンは?」
食堂にやってきたアレックスは開口一番にそう言った。
「いや、来てないけど。一緒じゃなかったの?」
午前中は、講堂で仕事をしていたブルーノが答えた。
食堂のテーブルをいくつか独占し、生徒会役員は昼食を摂っていた。その中の一つは、マクシミリアンとベンの二人だけの席であった。マクシミリアンは黙々と食事を口に運び、ベンも気にせず食事を進めている。
「それに、いつの間にかジルもいなくなってるんだよ」
そう言ったのは、ブルーノの正面に座っていた男子生徒であった。
「午後から婚約者がヴァイオリンを演奏するだろ?今、練習室にいるんじゃないか?その応援とか」
「なら、一言位あってもいいと思うんだけど」
アレックスはそのやりとりを聞いて、マクシミリアンのテーブルへ赴く。
「皇子、ただいま戻りました」
「ああ。その、ご苦労だったな」
珍しい。マクシミリアンがねぎらいの言葉をかけるなんて。いつもおざなりに言われるが、今のは心からの言葉であった気がした。
(さては、ベン・クーファから何か言われたか?)
「お前も試合で疲れただろ。しっかり食べろ」
そう言って、マクシミリアンは自ら給仕を呼びつける。誰かに呼ばせることはあっても、自ら誰かのために動くことなど今までなかった。アレックスは呆ける。一体、どんな荒治療をされたのだ。
「いやー。ここの食堂は噂通り美味しいですねぇ。これが毎日食べられるなんて。娘も聞いたら興味を示すでしょう」
元凶であるベンはマイペースを保ったまま、相変わらず何を考えているかわからない様子だ。これは探るのは野暮というもの。少なくとも今聞くことでもないだろう。
「テラス席も人気ですよ」
アレックスはそう言いながら席をについた。
「で、試合はどうでした?」
「ギブソンは俺に勝ちました。で、その後、俺とチェス研究会の会長と対戦したんですが、やはり彼は強い。せめて引き分けにもっていきたかったんですが、負けました」
「いやいや。でもこんな時間まで持ちこたえたということは、接戦だったのでは?」
「何とか食らいついたというのが正しいですね。ただ、会長からはいい勝負だったとお互い健闘したとし握手を交わせましたし、今度、リース公爵邸でチェスの指導をしてもらえることになりました。筋が良いと褒めてくれましたよ」
「そうですか、そうですか」
アレックスは決して嬉しそうにはしていない。だが、何とか生徒会役員の面目を、首の皮一枚のところでつないだと安堵はしていた。
やがて、牛肉のパン粉焼き、サラダ、スープ、パンがテーブルに並べられる。マクシミリアンとベンの前には紅茶が給仕された。
「いやー。そもそも、相手の実力と己の実力をきちんと見定めていれば、どれも起こらない問題だったとは思いますけどねー」
ベンはあっさり指摘した。アレックスは無作法にも口に運びかけた一切れをポロリとさらに落としてしまう。
周囲の役員は、自覚があるのか軽く俯いている。自分の実力が分かったうえで、努力するのではなく、妨害という形で相手の実力を発揮させないように動いていた。
(そういう意味じゃ、ラティたちは逆に動いていたんだよな)
彼女たちは彼らの実力を思いきり発揮できるように、当日まで奔走していた。菓子販売ひとつとってもそうだ。生徒会が提示した条件を破ってはいない。こちら側が本気で妨害するならば、セット販売禁止や小物も事前申請したもののみ、など詳細な規約を作ればよかっただけだ。アレックスはその方法に気づいていたが率先して進言する気もなかったし、マクシミリアンは気に入らないものを却下するだけで満足していた。彼らがそれで諦めると侮っていたからだ。
しかし、彼らは諦めなかった。菓子販売と銘打って、却下されたハンドメイド小物をセット売りにし、体験コーナーも設けていた。一緒に楽しめるように工夫が凝らされ、訪れた客は皆、楽しそうであった。
小教室を借り切り、自己顕示欲の塊を展示したレイチェルの方が、いい場所を確保していたし、展示用の機材も優遇されていた。パンフレットの枠も大きく割いていた。にも拘わらず、天と地ほどの差が出た。ルーデンスの菓子というアドバンテージがあっても、小物がよくなくては、体験コーナーはあそこまで盛り上がらないだろう。
「皇子の統治は、生徒の頭を押さえつけるもののようですねー」
「なんのための身分制度だ。出過ぎた真似をする連中を罰するのは当然だ」
茶器を音もなく置いて、マクシミリアンは言った。
「つまり、あんたらはいつまでたっても進化を拒み、他国に置いていかれるわけだ」
「弱小国がいくら技術発展しようとも、大国ロザにかなうわけがない。実際、俺はむやみやたらに押さえつけているわけではない。皇族、いや皇帝に益するものならば止めやしない。むしろ、後押ししてやるつもりだ」
マクシミリアンが珍しくベンに向かって臆するおとなく答えている。その意見は欠点はあるが、彼なりの思いをきちんと論理立てて述べている。
「つまりあなたが頭脳。そして、手足が貴族だ。だが、頭の指示をきちんと手足は理解して動きますかね?何せ、その手足は自分の意志を持ち、皇族の利益をちょろまかそうとする」
「確かに、そういう奴もいるにはいるだろう」
マクシミリアンは素直に認めた。
「そして、平民を罰する法律は、貴族を罰する法律よりも厳しい。別の言い方をすれば、貴族びいきの法律ばかりだ」
だからこそ、とベンは続けた。「議会があるんですけどね」
その議会、衆民院は平民代表の集団だが、貴族、貴族院、皇族の前では弱者だ。もちろん、貴族の中には衆民院寄りの貴族のいるのはいるが。最終的に皇帝が採決権を持つため、いつだって有利なのは貴族側だ。
(さて、どこで止めた方がいいのか)
アレックスはすでに食事を終え、二人の様子を伺っていた。できればこの貴重な授業をマクシミリアンに最後まで受講していほしいのだが。いかんせんスケジュールが押している。
「お、おい」
と、その時、素っ頓狂な声が上がった。その声の元へ引き寄せられるように、アレックスたちは首を巡らせる。
「その恰好・・・・・・」
行方不明になっていた二人がいた。が、その姿はあまりにも変わっていた。
「なっ、何があった・・・・・・」
「おやおや、随分と・・・・・・」
二人はウルっと目じりに涙をためた。
ジルもギブソンも制服ではなく、スーツを着ていた。それも随分と奇抜なスーツだ。ジルはラメ入りの金色の上下。ギブソンは真っ赤なスーツに、黄色のネクタイ。そして、髪型はオールバックになっている。
「エレノア公爵令嬢とラティエースミルドゥナ侯爵令嬢にやられましたー!!」
二人は情けない声で、報告した。




