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転生令嬢の生存戦略のすゝめ  作者: 草野宝湖
閑話集
143/152

12.文化発表会⑫

 アレックスは菓子販売している教室を出た。すでに皇子たちはいなかったがルートは把握しているので問題はない。

(歴史研究会、チェス研究会、昼食をはさんで講堂だな)

 演奏・歌唱コンテストでは皇子が審査員を務めることになっている。これは急遽、アレックスがねじ込んだ。こうすれば、申請した出し物を当日になって変更するという暴挙を躊躇う生徒がいるのではないか、と踏んだからだ。

(少なくとも同級生は躊躇うはず)

 今後、彼らの学園生活は続くのだ。皇子に目を付けられては学園生活に支障がでる。ならば、無難にやり過ごそうと考える生徒がいてもおかしくない。

「ふざけるなっ!!」

 怒声が廊下の向こうから響く。

(ああ、次から次へと・・・・・・)

 人だかりができている場所が、その発信源だろう。アレックスはげんなりしつつも向かわないわけにはいかない。重い足取りで「チェス研究会」の教室へ向かった。

 チェス研究会の教室では、対戦できるように整然と並んだ机と向かい合わせの二脚の椅子。そして、その机にはチェス盤と駒。サイドテーブルには持ち時間を図る砂時計が置かれていた。

 初等部から高等部、ひいては大人たちがそれぞれの机に座りチェスを楽しんでいた。試合をしている机もあれば、数人が集まって講評しているところもある。

 怒声の主はすぐに分かった。同じ生徒会役員、先輩でもある三年のギブソン・モリ―伯爵令息。モリー伯爵の次男だ。ひょろりとした体躯、面長で眼光がやたら鋭い。黒のフレーム眼鏡をかけ、どこか蛇のようなイメージを持ってしまう。

「いかさまだ」

「ではもう一局」

 かみつくギブソンに、対戦相手は冷静に返す。対戦相手はチェス研究会の会長だ。アマチュアのチェスリーグでも名の知れた存在だ。アガーエル・ブラウンという名で、中等部3年。親が金持ちというわけでもないいたって普通の平民だ。

(彼は確か、何度かギブソンに負けてたみたいだけど)

 準備期間中に、ギブソンはしきりにチェス研究会に行きたがった。そして、立ち寄っては試合を申し込んでいた。初日にぼろ負けしてからは、陰湿な嫌がらせしていたようだ。特に用もないのに生徒会室に呼びつけては備品の数を執拗に尋ねたり、ルールの確認をわざわざしたり、と。

 アガーエルはそれから文化発表会当日までは勝ちを譲っていたようだった。

「次は何人かに見てもらいましょう」さらにアガーエルは続ける。「何ならハンデを付けましょうか?」

 ギブソンはチェスには多少の自信があったので、これはかなりプライドを傷つける言葉であった。

(ああ、菓子販売の二の舞・・・・・・)

 結末を予知したアレックスだが、何もしないわけにはいかない。

「待て待て。まず俺がギブソンの相手をする」

 アレックスは強引に割って入り、アガーエルに席を譲らせた。

「なんで副会長が・・・・・・」

「実は、俺、ギブソンと一度対戦してみたかったんだ」

 我ながら苦しい言い訳だが、ここで下がるわけにはいかない。皇子は負けたギブソンに冷めた視線を送っていたが、言葉を発することはなかった。

(おそらく対戦前に皇子に大口をたたいてぼろ負け。恥をかかされたギブソンが噛みついた、と)

 ギブソンはどうしても皇子の前で体面を守らなければならないから必死だ。

「マックス、いいよな?」

「好きにしろ。だが、対戦が終わるまで俺たちはこのままか?」

「食堂で昼食を摂ってきてくれ。俺たちも対戦が終わったら合流する」

「ああ、そうしてくれ」

 つまらなそうに言って、マクシミリアンは教室を後にする。ギブソンは何か言いかけたが、アレックスがポーンの駒を動かして、無理やり試合開始とした。

 その後、割と早いペースで試合は進み、ギブソンが勝利した。

「さすがだな」

「ああ、まあ・・・・・・」

 まんざらでもない様子でギブソンが頭を掻きながら言う。

「じゃあ、次は会長、君が相手をしてくれ」

 会長と呼ばれた男子生徒は眉を吊り上げる。ギブソンに負けるアレックスと自分が試合をすることに不満があるようだ。だが、彼は思考を切り替えた。ここでギブソンとアレックスの二人を負かせば、溜飲が下がる、と。

「・・・・・・。ええ、分かりました」

 リース公爵令息とアマチュアで名をはせる生徒の対戦はほかの興味を引き、あっという間に彼らの周りには人だかりができた。

「ハンデは?」

「いらないよ、アガーエル君」

「では、せめてあなたが先攻で」

「じゃあ、そのハンデはいただくよ」

 そう言って、アレックスはポーンの駒を取った。


 アレックスとギブソンを置いて、食堂に向かうマクシミリアンの隣にベンがやってきた。ぎょっとしたマクシミリアンに構わず、ベンは口を開く。

「随分と臣下に冷たいですね、皇子様」

「何だと?」

「誰のためにアレックス君が、チェスの試合に割り込んだか。まさかギブソン君のためとか思ってないですよね?」

 違うのか、とマクシミリアンの目が言っている。

「ありゃ、生徒会の面目、ひいてはあんたのためだ。イキったギブソン君をぶった切ったチェス天才少年。ギブソン君はあなたの前で恥をかかされた。悔しさのあまり、文化発表会が終わったらどんな報復をするか分からない。かと言って、平民を直接擁護すれば、あなたの庇護下にあるギブソン君の考えを否定することになる。そこで、アレックス君とギブソン君が対決する。おそらく、アレックス君はギブソン君に勝ちを譲るでしょう。そして、天才少年と勝負し、アレックス君は少なくとも引き分けにもっていかなければならない。そうすりゃ、天才少年といい勝負をしたアレックス君に勝ったギブソン君はすごいっ、っていう図式ができる。きっと、アレックス君は公衆の面前で明言するでしょう」

 言って、ベンはマクシミリアンがどういう表情をするか口角を上げながら見やる。マクシミリアンは視線をさまよわせ、動揺の色を濃くする。

「そんなあなたは腹が減ったと頑張るアレックス君を置いて食堂へ。―――随分と、臣下にお厳しい皇子様だ。自分にもそれだけ厳しいといいんだがね」

 後半の声色は鋼鉄の固さを持った口調であった。側にいた屈強の護衛ですら寒気がするような。と、次の瞬間、ベンはがらりと纏う空気を換えた。

「さーてと。楽しみだなー。イバニス料理長の飯」

 ベンは後方に下がりながら、呑気な口調で言う。

 その一方で、チラリと背後の角、廊下の突き当りを一瞥する。ラティエースが顔を半分だけだし、顔の正面に垂直に立てた手をやり軽く下ろす仕草をする。感謝の意だ。

(けけけっ。楽しくなってきたじゃないか)

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