10.文化発表会⑩
アレックスが見回りから戻るとすぐに学園長室から呼び出された。マクシミリアンの同行という形だ。生徒会室に集まっていた役員に幾つかの申し送りをして、マクシミリアンとアレックスは学園長室へ向かう。
「くそっ。朝から呼びつけやがって。まもなく本番で忙しいというのに」
「学園長もそれだけ気合が入っているということだ。本番開始前に生徒会長と話しておきたいんだろう」
忙しいと宣うマクシミリアンだが、今日は少しだけ早めに登校して、その後は生徒会室でふんぞり返っていただけだ。実務を請け負うアレックスの方が言いたいセリフだ。
「なら、学園長が生徒会室に来るべきだろう」
「そこは一応、学園という場だ。学園長が皇子殿下を表敬訪問するのはさすがにあり得ない。学園では、生徒は皆、平等だ」
「まぁ、仕方ないな。適当にいなしてすぐに戻るぞ」
「ああ」
招待客がやってくるまであと1時間弱。最終準備のために、廊下はごった返し、生徒たちが行きかっている。ここまで活気ある文化発表会は今までなかった。それはやはり、ずっと欠席していたエレノアたちが関わったからだ。生徒たちの笑顔や活気ある姿を見ると、己の無力さを痛感させられる。
(逆に、こいつの鈍感力はずば抜けているな)
この盛況な様子は、すべて自分の成果だと信じて疑わないマクシミリアン。満足気に廊下を挟んだ教室を見回している。生徒たちはサッと目をそらすのも、彼の目には映らないらしい。
「頑張っているようだなと、声でもかけてやるか」
「その前に学園長室だ」
馬鹿を言え、と口をつかなかっただけで上出来だ。今、ここでマクシミリアンが労いの言葉をかけても生徒たちは決して喜ばない。
「そうか?」
「声かけは帰りでもできるだろ」
そう言って、アレックスはマクシミリアンを急かした。
学園長室の重厚な扉をノックし、自身の名を告げる。すぐに「お入りください」という老人の声が返ってきた。
アレックスは扉を押し開き、マクシミリアンを先に入れる。そして、自身も入室し扉を閉めた。
学園長室は生徒会室の半分ほどの間取りで、煌びやかな装飾は全くない部屋であった。使い古した棚やテーブル、数々の家具は歴代の学園長によって使い込まれていることがうかがえる。
横長の執務机は扉の正面。その机の両脇には、ロザ帝国の国旗と、学園の紋章旗が飾られていた。ガラス戸付きの棚には、ファイルの他にメダルやトロフィーが飾られている。
足を踏み入れてすぐにローテーブルとソファーが据えられている。そこには文化発表会が始まっていないにも関わらず客が座っていた。優雅に茶をすすっていた。対する正面に学園長が座り、二人が入室するや否や立ち上がる。
「ベン・クーファ衆民院議長・・・・・・」
アレックスがうわごとのように呟く。
ベンは仕立ての良いツイードのスーツを着用し、長い足を組んでお茶を嗜んでいた。皇子の入室に腰を浮かす素振りすら見せない。
「お二人とも、いつぞやの式典以来ですな」
言って、ベンはすぐに視線を茶器に戻す。
「なぜ、こやつが此処にいる?」
マクシミリアンは学園長に問うた。
「それは・・・・・・」
苦り切った表情で学園長は言って、チラリとベンを見る。助けを求める初老の男にベンは「けけけっ」と笑い声をあげた。
「わたしから説明した方がよろしいか?」
ベンは分かり切ったことを学園長に問う。
「ええ。ええ、お願いします」
「実は、今日の文化発表会を見学したいと思いまして」
「招待状が必要だ」
マクシミリアンが嫌そうに言った。マクシミリアンはベンが苦手だ。何度か式典などで顔を合わせ、言葉も交わしているが、常に小ばかにされている気がするし、彼もそれを隠そうともしない。
「招待状はあります」
そう言って、ベンは真っ白な封筒に収められた招待状をローテ―ブルに滑らせた。招待主は『ラティエース・ミルドゥナ』となっていた。
「なら問題はない」
そっけなく言うマクシミリアンは腹の中では苛立っていた。ベンをこうして寄こしたのは自分の邪魔をするためなのでは、と。
「その案内役をぜひ、殿下にお願いしたい」
「なんで、俺が・・・・・・」
「来年、愛娘をこの学園の高等部に編入させるか考えております。わたしも娘も平民の扱いですが、わたしは国務を担う重要な職についております。娘にもそれなりの箔をつけさせろ、と周りがうるさいものでして」
(確か、ベン・クーファは見込んだが養女がいたという話だ)
アレックスは記憶を手繰り寄せて情報を頭に思い浮かべる。
(かなりの才女だという噂だけど・・・・・・)
「なら高等部を見学したらどうだ?」
「娘の友人になるであろう同級生たちの様子を拝見したいので。娘は大学を卒業していますが、社交や貴族のマナーについては初等部よりマシというレベル。もし編入するとなれば実年齢より少し下、殿下と同じ学年になるでしょう。・・・・・・と、学園長先生からお伺いしたもので」
ちなみにベンの養女、ウィズは夏合宿により社交もマナーも一通りは身に着けている。学園のカリキュラムも才女のウィズには退屈以外の何物でもないだろう。ただベン・クーファはそこらの下級貴族や商家よりも権力を有している政治家だ。皇帝の命により、ボディーガードも付けられている。ベンもウィズも自分の身は自分で守れると主張するが、それでも警護は付けられている。これは議会も譲れなかった。
結局、妥協策として、あくまで職務中だけ警護を受け入れるというもの。また、ウィズはベンの家族だが、警護を付ける必要はなしと無理やり押し通した。ミルドゥナ大公がその援護をしたという。
「その、あなたたちは中等部を見回りするでしょう。クーファ議長はぜひ、同行させてほしいということです」
気弱そうな声で学園長が言う。
「ぜひ、中等部の生徒を統べる皇子の様子を拝見させていただきたい。ついでに、わたしが個人で動き回ると警護が付いて物々しくなる。あなたと一緒なら、警護は最少人数で済むはずです」
「なるほど・・・・・・」
アレックスはベンの言い分を認めた。何より断る理由が見つからない。隣では怒気をはらんだマクシミリアンがベンを睨み据えている。
「ラティエース・ミルドゥナ侯爵令嬢の差し金か」
「いいえ。確かに招待状を融通していただきました。ですが彼女も大公閣下に指示されて、渋々というところでしょう」
ベンは何食わぬ顔でウソをつく。まさか馬鹿正直に娘の招待状をありがたく使わせてもらっているとは言わない。手紙は速攻で切り裂いていたが、招待状はこの通り机に放置されたままであった。ウィズは今日までは絶対に家には戻らないだろう。娘が使わないなら、使わせてもらうことにした。
(学園長もマクシミリアンへのお目付け役ということでベンを付けたいはずだ。彼に堂々と苦言を呈することができるのは大人であるベンだけだ)
「マックス、いいな?」
アレックスの問いに、舌打ちが返ってくる。
「では、中等部生徒会がご案内させてただきます。改めてお迎えに上がりますので、こちらでお待ちいただいてもよろしいですか?」
アレックスは学園長とベンに了解を取った。退室した後もマクシミリアンはむっつり黙ったままであった。
(さーて。皇子様の中等部を検分させていただこうかね)
ベンは心中で呟き、学園長にはお茶のお代わりを所望した。




