5.文化発表会⑤
オロオロしていた三人組はやがて、ラティエースとエレノアが対面し、お互いの手を掴み、額を突き付けて非難の応酬を繰り広げる展開となった。いがみ合う二人をアマリアが止め、別室に移動させる。
エレノアの淑女の仮面がポロリと取れかかった瞬間を見てしまった級友たちは、「幻だ」と結論付けて、作業に戻った。
ちなみに、ラティエースのとってつけたような令嬢スタイルは、皇子に反旗を翻すと教壇で宣った日に、疑惑から確信になっていた。やっぱり、そっちが本性か、と。
「大体、何でも私のせいっていうのがねー」
「うるさいわね!ちょこまか動き回って、こずるいことばかり考えてるから基本的なことを見落とすのよ!」
エレノアが噛みつくように言う。
「いや、同罪でしょ。すっかり自分たちのこと忘れてたよねー」
とあくまで中立を保つアマリア。
「とにかく、出席届に関してはテラン・ウィルター先輩にお願いしてみるわ。そもそもあっちがわたしたちに依頼してきたんだし、引き換えに出席届をごり押ししてもらうわ。実務は皇子じゃなくて、アレックス副会長でしょ?」
「ああ。副会長とテラン先輩はよく一緒にいるよね」とアマリア。
「中等部の生徒会役員でまともに話ができるのは彼だけだわ」
言って、エレノアはチラリとラティエースを見たが特に表情に変化はないし、特段コメントすることもなかった。
「でもさ。このまま退学になってもいいと思うんだけど」
そうポツリと呟いたのはアマリアであった。その意図はすぐに二人に伝わる。
「確かに」
「そうね」
退学になれば、入学予定のバーネットと接触することはなくなる。学園の騒動にも巻き込まれずにすむ。
「でも、却下よ」
「ええ!何で?」
「だって、仮に3人で退学となったら、皇子と関わるのは婚約者のわたしだけになっちゃうじゃない」
真面目な顔をして、エレノアは言った。うわっ、とラティエースとアマリアが顔を顰める。
「結局、自分のため・・・・・・」
「わたしだけが犠牲になれば二人は幸せになれるから我慢するくらい言えんのか」
「ラティ。あなたが自分の立場だったら?」
「絶対、二人を巻き込む!!抜け駆けは許さん!!」
3人はそれぞれを無言で見つめ、やがてエレノアが「あとでテラン先輩のところに行くわ」と言った。
二人は「はい、お願いします」と返した。
せっかく3人がそろっているので、進捗状況の確認や、今後のことを打ち合わせをすることにした。
ラティエースが「あっ」と小さく声を上げる。
「エレノア、頼みがあるんだけど」
「何よ?」
まだかすかにとげを含んだ口調でエレノアは言った。
「当日は、外部の関係者も入ってくる。搬入業者から保護者とか。だから、皇子の周囲もこの日は護衛もそうだが、警備も増えるだろ?普段、学園生活では護衛は置いていないが、さすがに外部の人間が出入りするイベントには護衛がつくと聞いたんだけど」
「ええ。まぁ、そうね」
「じゃ、エレノアはまずその護衛を買収。あとで回ってほしいルートを提示するから、それとなく誘導するよう頼んでくれないか?」
「・・・・・・分かったわ」
「あと皇子は生徒会役員を引き連れて巡回してるだろう?当日もそうするだろうし。でさ、奴らの立ち位置を知りたいんだ。これは生徒の誰かに探らせてくれないか?」
「なんで?」とアマリア。
「念のため」
エレノアはわずかに沈黙した後に、「わかったわ」と頷いた。
と、廊下を歩く生徒の影が空き教室の窓に映る。その一つがラティエースたちのいる空き教室の前で止まった。
「あの、ヴァレン・リックスです。ちょっと、いいかな?」
「どうぞ」
ラティエースが言って、エレノアはきっちりと令嬢の仮面を付けなおす。
少し気弱そうな男子生徒がドアから滑り込むようにして入ってきた。どうも誰かに見られたくないらしい。クラスでもあまり目立つ生徒ではない。むしろ真逆だ。
「どうかしました?」
「あの、実は、相談があって・・・・・・」
3人はヴァレンが続きを話すことを待つ。
「あの、当日、僕は音楽学校の発表会で演奏する予定なんだ。あそこには著名な音楽家が審査員としてくる予定で・・・・・・。自分の学校がこんな状態だから、僕、なんとか音楽学校の発表にねじ込んでもらって・・・・・・。親は音楽なんてやめろっていうけど、僕は音楽しかないし。高等部まで音楽を続けさせてもらえる保証もないんだ。だけど、審査員の目に留まれば次に繋げられる。本当に、最初で最後のチャンスなんだ!!」
言い切った後、ヴァレンはすがるような眼でラティエースたちを見る。
「どうする?」
「簡単だ。抜け出せばいい」
ラティエースはあっさりと言った。さらに続ける。
「発表の順番を考えると・・・・・・。そうだな、出席確認後に抜けだせばいい。途中、在籍確認があっても、材料が足りなくなって買い出しに行ったとでもしとけばいいでしょ」
「そうね。そうすればいいわ」
アマリアがパンッと両手を叩いて晴れやかな笑顔で賛成する。
「でも、僕は、マクシミリアン皇子たちに目を付けられたくない・・・・・・」
「安心しろ。あいつは小物に興味はない」
「ちょっと、言い方!!」
エレノアの叱咤に、ラティエースは続ける。
「仮に抜け出したことがばれても、そのときは怒っても長続きはしない」
言って、ヴァレンを見やる。だけど、とラティエースは続けた。
「将来、大成したときは、こう言ってやればいい」
ラティエースは口元に意地悪な微笑を浮かべる。
「あの時の皇子殿下のご配慮により、こうして大成することができました、と」
ヴァレンは瞬く。エレノアも、そしてアマリアも自然と口元を緩める。
「痛烈な皮肉ね」
「ああ。忘れ去られるか、それとも皮肉で一矢報いるか。どちらにせよ、君は最高の演奏をしてくるといい。きっと、文化発表会当日は、君の人生を決定付ける日になる」
数年後。ヴァレンはこう言う。
「あの時の皇子殿下のご配慮により、こうして大成することができました。そして、わたしの背中を押してくれたエレノア皇妃たちに最大限の感謝を」




