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転生令嬢の生存戦略のすゝめ  作者: 草野宝湖
閑話集
133/152

2.文化発表会②

 ラテイエース・ミルドゥナは、学園のはずれ、鬱蒼とした森を抜けた先にいた。そこには、誰が建てたかわからないコテージがあり、そのコテージは長年、放置されていたようだった。そこでラティエースは、1年がかりで修繕し、最近はブランコまで設置するに至った。

(ふっ。DIYスキルがもう〇ロミレベルだぜ)

 この秘密基地をエレノア、アマリアと共有する気はさらさらなく、独り占めするつもりだ。よって、森にはいくつもの罠が仕掛けてあった。誰かが侵入すればすぐに分かる。

(わたしもたまには独りになりたいときもある)

 棒つきの飴を口に加え、ブランコを漕ぐ。少しだけ生暖かい風が、顔を撫でる。

(平和だー)

 フラグである。

(文化発表会の3日間は、不参加であるわたしたちは実質休み。少し遠出してみるのもいいかも)

 フラグである。

「ああ、風が気持ちー」

 今のうちである。


「テラン・ウィルタ―生徒会長から、それとなく皇子を排除するよう依頼されたわ」

「ついに、生徒からも暗殺を望まれるようになったのか?」

 エレノアの招集によって、アマリアとラティエースは彼女の私室に集合した。軽食を食べ終わった後、エレノアが前述の話題を口にした。

 ラティエースは椅子に座るエレノアの背後に立ち、肩を揉んでいた。それが終わると肘を使って、肩から首筋に沿ってなぞるようにして的確にツボを押さえていく。エレノアは気持ちよさそうに恍惚の息を吐く。

「ラティ、上達したじゃない」

「まあね。あとはホットタオルで温めるのと、腰から足にかけてマッサージしたいんだけど。さすがに床に転がれって言えないから、マットレスほしいんだよね」

「そこまで本格的にやるの?」

 とアマリアは言ったが、ふと我に返る。ラティエースは凝り性であり、また飽き性でもあった。今回は凝り性の方に向いているようだ。

「話を戻すけど、文化発表会での彼の横暴を止めてくれないかって、会長に打診されたのよ」

「皇子ってそこまで嫌われちゃってるの?」とアマリア。

「テラン・ウィルター高等部生徒会長の依頼?だったら、暗殺依頼と同義だ」

 ラティエースは祈るように両の手を組み、その手のひらをエレノアの肩に向けて軽く打つ。組んだ手の間はわざと空間を作っているからちょうどよい力で叩かれている。

「会長も中等部の催し物には呆れてるかも。プログラム見ても、これじゃあね」

 アマリアは苦笑して、文化祭のパンフレットをつまみ上げた。講堂での発表も参加人数は少ないので、一人の所要時間がやたら長い。そして、皇子の手下が一番になるように仕向けられているため、全体の質も比例して下がる。結果、お遊戯階以下の発表会となる。これならば、初等部の子どもたちの合唱の方がよほど洗練されている。

 他の催し物も皇子に遠慮してとりあえず並べただけのバザー、チャリティーオークションぐらいだ。家政同好会が焼き菓子を作って出店を出す。他の出店も中等部の場合、外注だ。あまりにも希望者が少ないため、アレックス副会長あたりが苦肉の策で呼び集めたらしい。

「皇子が生徒会長に就任してから、中等部は明らかに覇気がなくなっているというか、ことなかれ主義というか・・・・・・」

 エレノアは頬に手を当て、深いため息をついた。

 エレノアも何度かマクシミリアンには苦言を呈したのだが、余計炎上するだけで効果はなかった。アレックスがエレノアの味方をすれば、もう目も当てられない。最近は、エレノアがそれとなくアレックスに苦情を陳情し、アレックスが折を見てやんわり方針転換させるというやり方に落ち着いている。が、マクシミリアンのやらかしが多く、折を見る機会が少ないため、追いついていないのが現状だ。

 そもそも中等部の生徒たちは自分たちの能力を発揮できないと理解しているので、高等部の文化発表会に流れていくくらいだ。演奏が得意な生徒は、学園の文化発表会は欠席して、同時に行われる近隣の学校の方に参加するそうだ。

 帝都にある学校は何もロザ学園だけではない。語学習得に定評のあるロザ女学院や、身分に関係なく頭脳明晰な者たちが多く通うロザ技術大学付属学校、少し郊外になるがファーフレン音楽学校など、レベルの高い学校がいくつもある。それらの学校にも文化発表会に類するイベントはあり、活気にあふれているそうだ。

 つまり、ロザ学園の中等部の文化発表会だけが、閑古鳥がなっている状態である。そして、それを理解しても受け入れられないマクシミリアン中等部生徒会長なのであった。

「文化発表会には著名な音楽家、学者、声楽家なんて人を招待して、才能を発掘してもらうっていう側面もあるっていうのに。高等部の方は有名な作家が座談会したりするそうだけど、中等部はほとんどお断りされたそうよ」

「そりゃそうだ。だれも音階だけ鳴らすヴァイオリンなんて聞きたくない」

「それに新入生に対するオープンキャンパスも兼ねてるんでしょう?」

「そうよ。おかげさまでロザ学園中等部の入学希望者数は、今年、ガクッと下がったそうだわ」

「去年の文化発表会を見たまともな保護者がほかの学校に切り替えたんだろうな」

「今年も同じようなことになれば、来年はもっと減るでしょうね」


 ――――中等部生徒会室

 マクシミリアンは、執務用の机に積みあがった刷り上がったプログラムの冊子、そして生徒からの文化発表会参加申し込み書の束を左腕で薙ぎ払った。バサバサバサ、と用紙が虚しく絨毯に落ちていく。

「誰もかれも家の用事で不参加だと?舐めてるのか!!」

「前年の文化発表会を見て、出演を辞退した外部の団体も多い」

 アレックスは執務机を挟んだ正面に立ち、淡々と応じた。

「高等部の方には出て、中等部には出ない奴らも多いだろ。高等部生徒会に言って、出演許可を取り消しさせろ」

「無理だ。中等部と高等部の生徒混成チームだ。中等部の生徒だけならそれも言えるが、高等部生徒が主体で、中等部生徒はあくまでサポートと言われればそれまでだ。こちらから中等部生徒に出るなと強制はできない」

 くそっ、とマクシミリアンは吐き捨て、ふと「強制」という言葉を呟く。顎に手を当てしばらく思案し、ニヤリと口角を上げた。

 その間、アレックスは眉間にしわを寄せ、どんなとんでもないことを言い出すか身構えた。他数名は、気を使って床に散らばった書類を集め、脇の机に置く作業をしている。

「文化発表会も学園の大切な行事だ。ならば、学園長に要請しようではないか」


 翌日。

 いつものように登校していたエレノアとラティエースは、校舎の掲示板に人だかりができているのに目をとめた。

「何かあったのかしら」

「さぁ・・・・・・」

 二人も掲示板の方に足を向ける。掲示に目を通した者は、ひとり、またひとりと肩を落として校舎に向かっていく。そうやって列が前に進む中、二人を見つけたアマリアが声を上げた。

「二人とも、大変だよ!」

「どうしたん?」

「中等部生徒は文化発表会に絶対参加だって。生徒会が認めた理由以外の欠席は教養科目の必須単位を認めないって」

「なっ、何ー!!」

 ラティエースは目を見開く。

「もう、みんなてんやわんやだよ。しかも、生徒は必ず一つ、何か発表しろって。個人、有志でも構わないらしいんだけど・・・・・・」

「うわっ。中等部生徒による高等部文化発表会参加は参加とは認めないって。逃げ道塞いでくるねぇ」

「ホント、ろくなことしないわね」

 唐突な生徒会の発表は、中等部生徒を動揺させた。その喧騒は、HRクラスルームに入っても変わらなかった。どうしよう、どうする?、と生徒たちは小さなグループを作って動揺を分かち合う。

「俺、技術大学の文化祭に行こうとしてたのに」

「わたしだって、女学院の友達と歌う約束があったのに」

「しかも何か一つ発表って。どうせ、皇子の取り巻きより良いものを作ったら制裁かもしくはこれは認められないって却下されるんだろ?」

「でも下手なものを作って、自分に不名誉なことになるのもなぁ・・・・・・」

「下手なもの出したら、おばあ様に叱られる」

「親にいくら説明しても理解してくれないし。間違っていることはちゃんと諫言するのが臣下の務めって。それができたらこうなってないよ」

(そうなるよなぁ・・・・・・)

 そんなやりとりをラティエースは少し離れた席で聞いていた。アマリアはラティエースの隣で机に突っ伏して寝ていた。

 頬杖をついて耳を澄ませていたラティエースは息を吐いた。今、エレノアが職員室に行っているが、適当にいなされて帰ってくるだろう。

(実際、学園としても参加者が増えるのはいいことだし。その辺は、アレックスが学園長あたりを言いくるめたんだろうな・・・・・・)

 適当な出品、もしくは発表は、自身の評価を落とすことなる。かと言って、生徒会が難癖をつけてくることも考慮しなければならない。生徒、特に貴族の生徒たちは板挟みになっている。そして、さらにマクシミリアン率いる生徒会を嫌悪する。

(将来的に恨まれて謀反を起こされるとか考えないのかね、あのバカ共は)

「あの、ラティエース侯爵令嬢?」

 おそるおそる話しかけてきたのは、ジブリー子爵令嬢であった。ジブリー・ロインストンは、朗らかな性格でこのHRクラスでも友人が多く、いつも誰かと楽し気にしている。ラティエースたちも気軽に挨拶や会話をする仲であった。

「あなた方はどうするの?」

 ジブリー子爵令嬢は、ラティエースの対面の空席に座った。二人の間には、生徒がふたりほど通り抜けられる空間がある。

「どうしたものか。いきなり生徒会があんな手に出てくるとは。しかも強制参加で、自分たちよりレベルの低い発表をせよ、ですものね」

「ええ。生徒の成長を邪魔する生徒会なんて聞いたことありません。いくら皇帝陛下の唯一の皇子だとしても横暴すぎます」

 ジブリーは珍しく怒っていた。ラティエースも同意しようとしたときであった。

 クラスルームのドアが開く音が響く。両扉が開き、横柄な態度で入ってきたのは、マクシミリアンたちであった。皆、いっせいに彼らを見やり、その半数以上がサッと目をそらす。

 マクシミリアンは口角を上げた。足を教卓の前に向け、黒板を背に、皆を見渡せる位置に立つ。

「皆、今朝の掲示は見たな?あの通りだ。中等部の生徒として恥ずかしくない作品を出してくれ。生徒会も助力は惜しまない」

 その言葉に、数人が顔を顰める。助力ではなく妨害の間違いだろう、と。

 ラティエースは端から話を聞く態度ではなく、自身の髪をつまみ、枝毛探しに没頭していた。マクシミリアンはその後も演説を続けていたが、誰も真剣に聞く者はなく、ただ早く去ってくれないだろうか、もしくは教師が来てくれないだろうか、と祈るだけだった。

「ラティエース・ミルドゥナ侯爵令嬢!」

 シン、とあたりが静まり返る。ジブリーもゴクリと唾をのみ、ラティエースとマクシミリアンを交互に見やる。

「貴様も、今年は参加だ。侯爵令嬢としてまたミルドゥナ大公の孫娘として弁えて行動したまえ」

 ラティエースは頬杖をついた姿勢を崩さず、髪を触る手だけを止め、視線をマクシミリアンに合わせる。その表情は無であった。しばらくにらみ合いが続き。

「御意」

 と頬杖を突いたまま、不敵な微笑を浮かべてラティエースは言った。

 背後に控えていたアレックスが視線を下に向ける。作戦通りだが、煽られたラティエースが何をしでかすか正直不安だ。それでも、この文化発表会を無事に終わらせるためには、彼女らを巻き込むしかないのだ。

 たとえ、それが諸刃の剣であっても。

(ああ、胃が痛てぇ・・・・・・)

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