127.続・わりと平和な三人組
アーシアの誘拐事件まで話し終えたレイナードは、カスバートとクレイをみやった。二人とも表情は暗い。
「それで、か。オレが入国審査受ける前に外門までエントさんが迎えに来てくれたのは」
「ああ。一応、君はお尋ね者だからね。今更だけど」
今回、カスバートは正規の入国手続きを踏まずに、いわゆる、裏口入国を果たしている。一応、偽名で登録はしているのだが、目ざとい入国管理官に探られると面倒になるため、今回は審査自体を免除とした。エントが勅許状を片手にカスバートを出迎えた。
「うーん。そういう状況の中、里帰りはしたくないなぁ・・・・・・」
胸元あたりで腕を組んだクレイが唸るように呟く。
「殿下、その話はどこ経由の話ですか?信憑性を疑っているのではなく・・・・・・」
商人の間ではちっとも話題になっていない。とすると、意図的に貴族側が黙っているということだ。レイナードはクレイに気にするな、と意味を込めて口角を上げて口を開いた。
「大公経由でその話が回ってきた。一応、ラドナ全土に尋ね人の触れは出したが、正直、見つかるとは思えないな」
しかし、大っぴらにマクシミリアンの娘だと触れ回ることはできないから、特徴だけを書き出している状態だ。無下にもできないから協力的なポーズだけとっているに過ぎない。
「商会経由ではそういった話はまだ回ってきていません」
それどころか、明朝、クレイがこの話をラドナ支部に伝えに行こうと考えていた。
「ロザ皇家としてもあまり触れ回りたくなのだろうな。良くも悪くもマクシミリアンを有名にしてしまう。ようやく奴の名が薄れつつあるところにまた降ってわいた話題だ。今更、同情を得ることはないと思うが、それでもマクシミリアンに興味を持つ人間は現れる。それでもロザの商会上層部はすでに把握しているだろう。ただ根回しを終わらせてから通達するだけじゃないのか?」
確かに、今の支部長ならば情報の鮮度よりも根回しを重視するだろう。クレイはそう納得した。
「狂言と思う人間も多いでしょうし?」とクレイ。
「ああ。だからこそ、ロザ皇家もロザの貴族も、そして俺たちのようなロザと友好的な関係を持っている国々も対処に苦慮している」
「レイナード王子が大公経由で知ったということは、他国はまだ知らないところが多いということですか?」
「そうだろう。早文にも、とりあえずは国内を徹底的に洗う。大公領とラドナ国境線は閉鎖はしないが、規制はさせてもらうと書いてあった」
「それでも探せなかったら?」
「国外に焦点を移すべきだろうが、そのころには手遅れとなっているだろう。誘拐事件はスピード勝負だ。国境線を閉鎖して一気に探すのがいい。だが、皇家はそうしなかった」
言い換えれば、誘拐犯は国内にいると焦点を定めているのだろう。正直、マクシミリアンの派閥は、晩餐会の扱いをもってしても弱い立場だ。自分たちの権力を強めるより、敵に汚点をかぶせて権力を弱める手段の方が容易い。そのためのアーシア誘拐事件だ。
(ただ、ブルーノたちが犯人を突き止め、それがマクシミリアン側の人間だった場合、マクシミリアンは完全に終わる)
それこそ、そういう犯人を仕立て上げてることだってできる。
(あいつらそこんとこ分かってるのか?)
カスバートはそう思案する。
「ブルーノたちも狂言である可能性を捨てきれていない。いや、狂言に重きを置いている?」
カスバートの言葉に、レイナードは苦笑を落とした。
「さてね。ただ皇家は生易しくない。カスバートもそれは分かっているだろう?」
「ええ。エレノア様もあの頃の甘さはないでしょう」
あの頃。そう、ラティエースがいなくなり、そして生存していると希望を持てたあの日。
エレノアはラティエースのためにロザに戻った。ラティエースの障害になりうるものはすべて排除していくのだろう。
カスバートは何度かエレノアにラティエースのことを伝えようとも思った。泥まみれになりつつ、ダークファンタ―ジーの世界で戦っています、とでも。
しかし、今、エレノアにラティエースが無事であることを伝えれば、せっかくの決意が折れる。それは、相手に与える隙となり、エレノア陣営の全滅を意味するのでは、と危惧した。それならば、黙っていた方がいい。カスバートはそう決意してからエレノアとの連絡を絶った。それまでは年に二回以上は、短信程度の連絡は取っていたのだ。
すべてが解決したとき、どういったしっぺ返しがくるか想像したくないが、その時はラティエースに盾になってもらおうと考えている。が、ラティエース自身も盾を必要とする立場になるやもしれない。
(その時はあいつが折檻されている間に俺が逃げる!!順番的に、あいつが先にお仕置きされるはず)
カスバートがそんなことを考えている側で、レイナードたちは今後について話を続けていた。
「アマリアが言っていたのですが、容赦ないのはラティエース様よりエレノア様だそうですよ」
「ああ、なんとなく分かるかも」とカスバート。
「それと、ラティエース様は最初から容赦がなくて、エレノア様は段階があるそうです」
「段階?」
レイナードが不思議そうに首をかしげる。
「第一段階は、張っ倒スイッチ。第二段階はぶっとばスイッチ。最終段階がぶっ〇スイッチ。だそうです。スイッチって何でしょうね?」
「ああ、そうなー」
カスバートはエレノアたちと同じ転生者であるためスイッチの意味は十分承知している。そして、うまい表現だ、とアマリアに感心していた。3人の中で一番目立たない令嬢だったが、やはり仲間である。よく二人のことを見ているし、理解している。
「ラティエース様は烈火のごとく怒っても、結局はぶっ倒す程度で済むことが多いそうです。ですが、エレノア様は違います。最終段階に入ったらラティエース様でも止められないそうです」
(つまるところ、学園時代ではまだ第二段階だったわけか)
それはそれで複雑な思いがする。
「今のところ、エレノア様は第二段階でとどまっている、というのは希望的観測がすぎるか?」
「どうでしょうね・・・・・・」
「バーネットもいるからな。あいつはなんでもバーネット様のせいだ」
カスバートが敵の特異点であるバーネットの存在を口にする。その単語に、二人は「ああ、そうだった。バーネットがいた」と失念していた大きな懸念に嘆息する。
「そうだった。あれは何をやらかすか分からんらしいな」
「ますます里帰りはできないな」
アマリアが怒るだろうが、仕方がない。家族の無事を確保するのも夫の務めだ。八つ当たりはしかと受け止めよう。
「うん。少し様子を見てからの方がいいだろう。大公との連絡は絶やさないから、何かあれば知らせるようにする」
「よろしくお願いいたします」
クレイはそう言って、頭を下げた。




