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転生令嬢の生存戦略のすゝめ  作者: 草野宝湖
第三編
126/152

126.通告

 マクシミリアン・アークロッド伯爵夫妻と、アレックス皇太子、そしてブルーノ・ミルドゥナ侯爵の面談は、アレックスの執務室で行われた。

 かつて、備え付けだけの家具で、インテリアも何もない部屋だった彼の執務室は、皇太子になってからも変わらなかった。皇太子になったと同時にかつてマクシミリアンが使用していた部屋に移動するという話も合ったそうなのだが、彼はこのままでよい、とこの部屋を使い続けていた。

 バーネットが落ち着かない様子で部屋を見渡している。皇太子の地位と、この部屋の質素さに驚きを隠せていないようだった。

(そういえば、この女はアレックスに粉をかけていたな)

 みっともない所作だ。そして、残念ながらマクシミリアンの妻なのだ。一時はアーシアを視界に入れることさえ疎んでいた女が今は、悲劇のヒロインのように振舞っている。滑稽の一言である。

 すでに侍従に案内されていたマクシミリアン夫妻は、二人が現れるとソファーから腰を浮かす。

「アレックス!ブルーノ!」

「アレックス君、ブルーノ君!アーシアが、アーシアが・・・・・・!!」

 興奮して彼らの名を呼んだマクシミリアンたちに対し、二人は冷ややかだ。歩調を早めることこともなくゆっくりと対面のソファーに移動し、腰かける。メイド、侍従が一礼して部屋を立ち去ったのを見届けて、マクシミリアンは口を開いた。

「頼む!アーシアを助けてくれ」

「エレノア様が関わってるんじゃないの?」

「落ち着いてください、アークロッド伯爵、夫人もお静かに」

 ブルーノの突き放した物言いに、マクシミリアンは瞠目した。バーネットも面食らった顔で押し黙る。座るよう手で促すと、二人は聞き分けの良い子どものようにゆっくりと浮かせた腰をソファーに沈める。

「王都中に捜査命令を出している。もちろんゼロ・エリアも対象だ」

「ありがたい。だが、国外に連れ出されている可能性もあるんだ。アーシアは、アークロッド王朝の姫でもあるんだ。その利用価値は大きい。陛下、いや皇妃殿下の直筆で各国に捜査を依頼してほしい。この礼は必ずする」

「エレノア様は?今なら許すから、アーシアを返して!!」

「皇妃殿下の名をこれ以上貶めるのであれば、俺たちは捜査命令を撤回する」

 アレックスはバーネットを冷ややかな視線で一瞥して視線をマクシミリアンに戻して言う。

「すまない。バーネットは、その、混乱してるんだ」

「だったら、家で休ませた方がいい」

 ブルーノはそっけなく突き放すように言った。

「ひどいわ、二人とも!昔は、あんなに親切だったのに」

「黙れ、バーネット!!!」

 マクシミリアンが怒鳴りつける。

「でも・・・・・・」

 なおも何かを言おうとするバーネットに、マクシミリアンはにらみつけて黙らせた。

「王都だけでは心許ない。すでに王都外に出ている可能性も高い。どうか、親書を出してくれ」

「なぜ、自分の名で出さないんだ?」

 ブルーノが冷淡な声で問うた。バーネットはうるんだ瞳、震える唇をギュッと噛んで子ウサギのように睨んでいる。昔なら、庇護欲を掻き立てられていたかもしれないが、それはあくまで学園の生徒の時までだろう。それなりの年齢を重ねた女性の所作としてはあまりにも幼稚だ。

「それは・・・・・・」

 皇子時代、マクシミリアンは西方諸国や近隣の貴族を回り、バーネットを養子にするようあちこちに声をかけた。結果、大国の皇子からの要請に諸国は板ばさみになり、対応に苦慮した国々も多かった。勇気ある王族は、今後はお付き合いを遠慮したいと、王族同士の交流の断絶を通告した。もし、ロザ帝国が小国であれば、国交断絶も含まれていただろう。最近になって、エレノアが諸外国に結納式の招待状を直筆で出し、再び、王族同士の交流を再開させようとまとまったところであった。そんなさなかに、再び、マクシミリアンの案件を持ち込めば、門戸は閉じられることになる。

 それに、マクシミリアンを担ぎ上げている貴族たちが、親書の内容に手を加え、兵を招集するなんて真似をしかねない。応じる国はないだろうが、ロザの内紛の程度は露見してしまう。今、アレックスたちが一番恐れているのは共和国側の対応だ。マクシミリアンを取り込み、ロザに介入してくる可能性がある。傀儡の皇帝として祭り上げ、ロザの弱体化を進め、併合するかもしれない。

 そう考えるとマクシミリアンとその一派の始末は、早急につけて国内を落ち着けたほうがいいのかもしれない。ブルーノとアレックスはそう考える。今、この二人にあるのは、ほんのわずかな同情だけだ。それすら消えれば、マクシミリアンとバーネットの運命は決まる。彼らにとって最悪な運命だ。

「一介の伯爵では、他国に影響力はない」

 我ながら苦しい言い訳だとマクシミリアン自身が一番わかっていた。アーシアに利用価値があると言っている一方で、自分は伯爵だと言う。矛盾しているのは、明らかだった。二人の顔を見れば、そう思っているのは当然で、ただ口にしない優しさがあるだけだった。

「陛下ならびに皇妃殿下は王都以外の捜査に関しては、今のところ動くつもりはないと仰せだ」

「つまり、あとは自分たちで探せ、と?」

 うわごとのようにマクシミリアンが言う。

「誘拐だった場合、犯人は身代金といった何かを要求してくるはずだ。やみくもに動かずそれを待つのも一つの手だ」

「もし、殺されたらお前たちはどう責任を取るつもりだっ!!」

 そうよ、とバーネットが待ってましたとばかりに声を上げようとしたが、それはできなかった。アレックスが即答したからだ。

「責任は皇族がとるんじゃない。お前が取るんだ」

 アレックスが強い口調で言い返す。それでもマクシミリアンのように声は荒げなかった。

「まずは己の身近な人物から疑ってみるんだな」

「これが自作自演だといいたいのか?」

 怒りをためたマクシミリアンが憎悪の目でブルーノを睨む。ブルーノはひるまず、漆黒の双眸で見つめ返した。

「あなたが知らなくても、他が勝手に動いていることもある。あなたも気づいているでしょう?派閥の者たちを御せていますか?逆に操られているんじゃないですか?」

「ブルーノ、貴様!!」

 激高したマクシミリアンが身を乗り出す。ローテーブルを土足のまままたいで、ブルーノの胸ぐらをつかんだ。ブルーノは鼻息の荒いマクシミリアンを睨み据えただけで、抵抗もしない。

「この事態は中途半端に復権を夢見たあんたの失態だ」

「俺は別に、ただ、アーシアに幸せになってほしくて・・・・・・」

「それでグリーニッジと縁続きになると?そのグリーニッジの少年は巻き添えを食らって〇されたんだぞ!姫の犠牲になって名誉だとでもいうのか?あんたは伯爵領から出ちゃいけなかったんだ」

 それは、と上ずった声に、ブルーノは胸ぐらをつかむマクシミリアンの手を払い、襟を整えた。棒立ちになったマクシミリアンの肩に、アレックスの手が置かれる。

「俺たちは別にアーシア嬢の死を願っているわけでもない。だが、あなたの過去の暴挙が響いて動けないのも事実だ。王都全土の捜査も本来なら、侯爵以上の上位貴族を対象に行われるものだ。ブルーノも、メブロに早馬を送って全域を捜査するよう、出入りする船舶も確認するよう命令してくれている」

(だから、感謝でもしろっていうのか)

 それからも、軽挙は慎むように、などといろいろ諭されたが、マクシミリアンの頭には全く入っていなかった。うつろな足取りで部屋を後にする。見送りも、付き従う侍従も、今の彼にはない。かつては嫌というほど自分の後から誰かがついてきたというのに。

 仮に自身が皇子ならば、国を挙げてアーシアを探すだろう。

 しかし、その地位は奪われた。

 アレックスに。ブルーノに。そして、エレノアに。

 昨日の一件にしてもそうだ。バーネットにも落ち度はあっただろうか、ぼろ雑巾のようだドレスを纏わせ、帰らせた。エン子爵夫人がいなければ、もっとひどい形で衆目にさらされていただろう。

(そうか、こいつらは敵なんだ。俺の敵だ)

 あの時の甘さはない。マクシミリアンは帰城するまで態度を顔には出さなかった。馬車に乗り込んで初めて顔を歪め、愛娘を探すための協力者や金策を考え、同時に、リートリッヒ一世の派閥を完膚なきまで叩き潰す算段を立てることを夢想した。

(あいつらを必ず処刑台に送ってやる。俺はそれを玉座から見届けてみせる)

「ひどいわ、二人とも!どうして、あんなに冷たいの?エレノア様が怖いからって・・・・・・」

 大げさな手ぶりと口調で嘆くバーネットをマクシミリアンは意識の外にやるよう努める。

 彼にとってバーネットはすでにどうやって始末するか考える対象になっていた。

(同じ失敗はしない。俺の失敗の要因の一つはこの女だから)

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