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転生令嬢の生存戦略のすゝめ  作者: 草野宝湖
第三編
122/152

122.わりと平和な三人組

 ―――――ラドナ王国

 レイナードは執務室で書類関係を決裁していた。

 数日前、レイナードは、カスバートから(ふみ)を受け取っていた。

 内容は、レイナードを通じてカノトに依頼していた推薦状の受け取りたいというものであった。確かに、レイナードは便宜を図ってやっていた。カノトも迅速に動いてくれたため、封蝋された推薦状が手元にある。

(カスバートも相変わらず飛び回ってるなぁ。魔法国、共和国、ロザにラドナ・・・・・・)

 それこそ観光や娯楽のための旅行ならば羨ましいの一言で済むが、彼の場合そうではない。すべて仕事に全振りしている。

 レイナードも一度、ラティエースたちが聖女がらみの案件に巻き込まれている際に、探りを入れてもらったことがある。その時は、これといった有益情報はなかったが、彼の立ち回りのうまさには感心した覚えがある。

「どうされますか?」

 そう問うたのは補佐官のキース・ブロンだ。その顔には、「俺が持っていきますよ」と顔に書いてある。カスバートが指定したのは、クレイの食堂だ。時間は閉店後の時間。すでにクレイに話を通しているのだろう。そして、カスバートはそうでもしてクレイの食堂で食事をしたかったに違いない。

(俺も久々にかつ丼食べたい)

 前回は、小皿にちょっぴりだった。その後、補佐官を引き連れてちゃんとした器で食したが、少し周囲が緊張気味で落ち着いて食べられなかったのだ。

「カスバートには、周辺諸国の近況も聞きたい。時間を作ってくれないか」

 我ながらそれらしい理由付けができたではないか。レイナードの後頭部に向かって疑いの目を一瞬だけ向けたもう一人の補佐官エント・タイラフは、すぐさま帳面を開いた。

「かしこまりました」

 キースはエントの視線を見届けて一礼して立ち去る。補佐官の返答に満足したレイナードは再び執務机に向かった。心なしか嬉しそうに。


「で、その時は俺は言ってやったんです。なら、俺も帰るって」

 そう言って、クレイはふふん、と鼻を鳴らした。

(あ、そう・・・・・・)

 クレイの食堂は閉店し、客はカスバートと店主しかいない。

 カスバートはテーブルの前のカツ丼に向かっているのに対し、クレイは椅子に座っているが、体を横向きにして座っている。通路に向かって組んだ足をプラプラさせ、カスバートに横顔を向けたまま、テーブルの端に肘をついていた。こうして、王子の来訪に備えているのだろう。

 カスバートはクレイにかつ丼を作ってもらった手前、心中で呟いた台詞を口に出すことを躊躇った。きっと彼はそういう反応を欲していないはずだ。しかし、アマリアとクレイのやりとりを聞けば聞くほど、「あっ、そう」としか思えないのだ。

(情けない味、って表現ないよな。でも、そんな味がする)

 いつもの絶品のカツ丼であるはずなのに。カツは大きめ、特別に二枚。卵も一つのところ二つ。ご飯も大盛にしてもらっているのに。

(何で今日に限って・・・・・・。俺は情けないカツ丼を食べてるんだろ)

「で、本当に帰るの?」

 行儀が悪いが、箸先をクレイの向けて問う。

「エレノア様に荷物を届けたときは、アマリアの体調を考えて連れて行かなかったんですけど。本人が行くって聞かないし・・・・・・。ただ、やっぱあいつも体力は落ちてるわけで。それにトワのこともあるし」

「じゃあ、船旅にすれば?メブロとラドナの直行便が出てるだろ」

「俺もそのルートが一番、体に負担にならないかな、と思っているんですけど。意外とチケットが高いのと、結構、人気みたいで席が取れないんですよ。だから、ミルドゥナ大公領まで陸で移動して、大公領の港からメブロか王都に向かおうかと。それなら、少しは安くなるんで。ただ、みんな考えていることは同じ気もするんですよ。大公領とメブロの乗合馬車の本数も大増加中ですし、商会も間に立って副業としたい人に職業指導みたいなこともやってるんで」

「確かに。今や、メブロ行きの方が船の往来は多いし、船賃もメブロ行きの方が高いのに、皆、そっちに殺到するよな。王都に行って、そこからメブロに移動するっていう民間の旅行ガイドブックには節約術が紹介されているくらいだ」

「王都も痛しかゆしでしょうね。メブロに集中させて入国の身体検査をさせてから王都に来てもらえば安全面は担保されますが、商機はメブロに傾きますから。どうしても王都は二番手に甘んじることになる」

「いっそ、メブロは商業の街、王都は官公庁中心の町とした方がいいのかもしれない。けど、そうなるとゼロエリアの問題が出てくるわけでぇ・・・・・・」

 カツ丼の付け合わせの浅漬けをつつきながらカスバートが言った。日本人にはなじみのある漬物は、少し洋風にアレンジされ、ピクルスのような風味もする。

「ゼロエリアの商売は、観光客の落とす金と貴族の落とす金で成り立っていますから、両輪のうち、一つを失うときついでしょうね」

 セキリエは、共和国の手先で外貨集めの任を帯びている。アインスも元々は傭兵稼業から商売の手を広げたが、だからこそ簡単には店じまいできない。メブロにはアインスの店があるが、ゼロエリアの連中まるごと引き受けることはできないし、大公も認めまい。ゼロエリアはあくまで「ゴミ箱」なのだ。

 会話が終わったタイミングで、ドアの叩音が割ってい入った。クレイは立ち上がり、ドアの施錠を開けて、レイナードとキースを招き入れる。

「すまない、少し遅かったか?」

「いえいえ、問題ないですよ。キース殿もこんばんは」

「夜分にお邪魔します。こちら、王子からです」

 紙袋に入っていたのは、子ども用の玩具と高級果実酒であった。

(どっちも、王家の紋が入ってるんですけど・・・・・・)

 果実酒は消費されるが、玩具は果実酒に比べれば数年単位で遊ぶ。恐れ多くて使わせられないとクレイは思うが、アマリアとトワはそんなこと気にしなさそうだ。

「ありがとうございます」クレイは言って厨房の方へ足を向ける。「お二人とも夕食は?」

「それがまだなんだ」

 わざと、食べなかったのだ。なので二人とも空腹で限界であった。

「何か作りますよ?」

「カツ丼大盛!」

 王子と補佐官は声をそろえてオーダーした。


 王子とキースがカツ丼を頬張る姿を、カスバートは遠い目をして見る。

(情けない味じゃないんだろーなー)

 王子たちの本来の目的は、カスバートに推薦状を渡すことであってカツ丼を食べに来たわけではない。が、そんな野暮なことをレイナード王子の顔を見て言えるわけがない。

(まーまー、おいしそうな、嬉しそうな顔しちゃって)

 毒気が抜かれるというかなんというか。少なくとも食事が終わるまで自分の要件を棚上げしても悪くないと思ってしまう。

(あっ、そういえば)

 カスバートは、ふと思い出した。それは、ウィズと会話したときのこと。相変わらず会うなり「〇ぞ」と言われ、仕事の話をし終えたちょうどその時、レイナードの話題になったのだ。

「お前らのリーダーってやっぱ王子?こう、カリスマ性とお兄ちゃん属性で皆をまとめるみたいな」

 はっ?、とウィズがここ最近で一番といっていいほど顔をゆがめる。端正な顔立ちだからこそ、周囲の視線も気にせず表情を歪めた。ザワリ、と周囲の空気が揺らめいたのは気のせいではないはずだ。

 魔法国の研究員との信頼もようやく築けた頃だというのに、この顔を見たらもう一度、最初から関係を構築しなければならないと思わせるほどの豹変ぶりだ。

「ち、違うの?」

 話題を振った当人が逃げ出したくなるほどの態度だったが、ここで話題をぶった切るほどの甲斐性はカスバートにはない。早々に話を決着させて次の話題に移動して、目の前の表情を元に戻さなければ。

「そうだね・・・・・・。あいつは、姫よ、姫」

「姫?」

「逆に聞くけど、ボクとラティ、カノトの女性陣の中で誰がそのポジションだと思うんだい?」

「違うね、全員」

 血筋だけ言えば、ラティエースだが本性を知っている手前、姫とは言えない。

「でしょ?6人でいるとさ、やはり意見の違いが出てきて対立する。レイナードと意見が対立する場合、ほとんどが、負けるの。奴に」

「そうなの?レイナード王子が正しいとかではなく?」

「正誤の判断で意見が対立する場合って、意外と少ないね。それよりもくだらないこと。好みの問題とかかな」

「食べ物とか?行先とか?」

「まさにそう。レイナードが魚を食べたい。ラティが肉を食べたいとする。残り4人はどう別れると思う?」

「司祭レンは、なんとなくレイナード王子に味方しそうだな。かわいそうだし、とか言って。あんたもそのタイプかな?」

「まぁ、概ねそうかな。すると残りは、タニヤとカノトが残る。タニヤが一番、自分に忠実だね。肉が食べたいなら肉ってためらいなく言える。料理は量が多く、美味しいもの。作業は単純作業が多いもの。道のりは作戦行動をするうえで最短で終えられるルート。タニヤは自分の芯に忠実だ。だから、意外と姫には騙されない」

「騙されないって・・・・・・」

 カスバートは苦笑するにとどめる。そして、まだ見ぬタニヤという人に、カスバートは尊敬の念を抱いた。あの強烈なキャラの5人を前に自分を保てる人がいるなんて、と。

 それはタニヤもキャラがそれなりに強烈だからだよ、とカスバートの心の声に答えてくれる人はいない。

「となると最後はカノトさんか」

「レイナードが「カノトも魚食べたくない?」って小首をかしげれば一発よ」

「うわっ・・・・・・・嫌な感じの姫だ」

「そう。で、レイナードVSラティ以外だった場合、ラティもタニヤ寄りだけど、やっぱりレイナードに甘い部分もある」

「最強じゃん王子。じゃなくて、姫。いや、王子」

 カスバートはやや混乱したまま口にした。

「そして、ラドナ女王も、ミルカ王女も備えている、姫属性を」

「・・・・・・ラドナ王国。ぱねぇ・・・・・・」

(なーんて、会話を思い出したけど)

 カスバートは現実に戻り、レイナード姫を見やる。半分ほど食べ終えて、今は汁物に手を付けている。その視線に気づいたレイナードが不思議そうに首をかしげる。

「俺は騙されませんよ、王子」

「何が?」

 カースバートはその問いに無言を貫いた。


 食事を終えた王子たちとカスバートは率先して食器を自ら運び、皿洗いも手伝う。手の空いている者はテーブルを拭いて、食後の白湯を用意していく。ようやく場が整い、本題に入ることになった。といっても、推薦状の受け渡しだけだが。

「遅くなったな。これはカノトからの推薦状だ」

 そう言って、封書をカスバートに手渡す。表書きにはご丁寧にキスマークが映っている。

(ベタだなぁ。っていうか昭和かよ・・・・・・)

「カノト様に何をお願いされたのですか?」

 キース、とレイナードは軽く叱咤するが、補佐官としてはダメもとで聞いておきたいことだった。何よりもラドナに悪影響があっては困る。もちろん、それはレイナードを含めた全員が迷惑はかけないという信用あってのことではあるのだが。部外者だからこそ、キースはその信用を口に出してくぎを刺しておくのだ。

「あっ。共和国のとある研究所の所長さんとの面会要請です」

 カスバートはキースの真意を分かってかあっさり答えた。クレイは明らかに場違いと自覚し、アマリアよろしく口を閉じている。

「カノト様が関わるということは秘密組織ですか?」

「ええ。国のトップシークレット機関です。元々は魔法国から亡命した方々が起源となって組織された研究所で。そのノウハウでいろいろなものを開発しているそうです」

「なるほど。最近、頻繁に魔法国に出入りしている関係ですか。ウィズ様も魔法国に滞在しているとか」

「よくご存じで」

 カスバートはロザで裏家業をしていたころの片鱗を見せるかのように、口角を上げた。

「高かっただろ?一体、いくら要求された?」

 レイナードが緊迫した雰囲気を和らげるように軽口を叩いた。

「口にも出せないくらいですよ」

 ――――今度わたしが帰国したとき、〇そうだった話、36連発をお見舞いしてやるわ!

 以上が、彼女の要求である。安いか高いかは人それぞれだろう。

「で、クレイ。ロザはどうだった?」

「特に問題なく納品できました。落ち着いたら定期的にD-roseやサブリナの服を納品してほしいとのことでしたが、少なくとも半年先でしょう」

「そうか。実はな、晩餐会も舞踏会も会自体は無事に終わったそうなんだが、今、ロザは大問題に直面しているそうなんだ」

「えっ?」

 クレイが思わず声を上げた。内容次第では帰国を諦めなければならない。

「ひょっとして、その大問題の中心は、バーネットですか?」

 ああ、とレイナードは低い声で頷いた。

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