120.分岐点
アマネのはじめての魔法は、イーサムに捕縛されたことで失敗に終わった。
「なんで俺まで!!」
左脇に抱えられたネイサンが声を上げる。
「当番にあたったことを恨め」
右脇に抱えられたアマネが諭すようにゆっくり言う。
会議は、ウェンリーとリベルタが別室で話すことで解散となった。アマネとネイサンは耳を塞いだまま、全速力で退散したが、まずアマネがイーサムに捕まった。柱の陰に隠れていたネイサンを見つけたアマネは、「あそこにいます!!」と告げ口し、ネイサンも捕縛された。
「耳を塞いだところで、そのままなかったことにはならないでしょう。まあ、面白かったですけど」
ネイサンが苦笑交じりに言う間、両脇の二人は逃げ出そうと体を動かすが、二人をホールドした太い腕はビクともしない。
「わたしが、何でも禁忌や国の秘密、実はこうだったんだー、とかいう事象になんでも首を突っ込むと思ったら大間違いですよ!!」
「おや、そうなのですか?」
心から意外そうにイーサムが言う。ネイサンは意地悪そうに口角を上げる。
「すっごく心外!」とアマネは吐き捨てる。
「まあ、リベルタ様がお戻りになるまで、わが隊の宿舎でゆっくりされてください。ハチミツ入りの白湯くらいは出しますから」
そう言いながら、ノシノシと効果音が付きそうな足取りで、イーサムは二人の若者を両脇に抱えて移動した。
――――ラドナ王国
アマリアは出産後、子育てを中心に生活をしていた。食堂には時折立ち寄ったりもしたが、基本的には一人息子の面倒を見て過ごす。クレイも率先して子育てに参加してくれているおかげで、周囲の母親が苦労することの半分程度で済んでいる。
今日は、親子三人で丘の上の館、かつてラティエースたちと暮らしていた館の掃除をすることにしていた。月に2、3回は換気と掃き掃除程度は行っていた。アマリアが妊娠中は、クレイ独りで換気だけはしてくれていた。
エレノアには館は好きに使っていいと言われたが、「はい、ではそうします」と思えるわけがない。むしろこの館を現状維持のまま守り続けることが自分の使命のように感じていた。気負うアマリアに、維持するのはかまわないが気楽に、とクレイは声をかけ続けている。
「トワは初めてだよね」
クレイに抱っこされた赤ん坊はスウスウと寝息を立てている。アマリアはその様子を苦笑して見ていた。息子は大物になる予感がする。
「本当なら、ラティエースさんも、エレノアさんもあそこでトワと遊んでくれていたかもしれないな」
「孤児院の子どもたちもね」
エレノアが孤児院を立ち去るその瞬間まで、アマリアは思い描いていた。
ラティエースがひょっこり現れて「ただいま」なんて、さも昨日出て行ったかのような帰還の挨拶をして。
孤児院の子たちは相変わらず騒がしく、それでいて優しくて。きっとトワも年少の子の一人として、年長の子どもたちが遊んでくれて。
しかし、アマリアの想像とは真逆のことばかりが起こる。孤児院は閉鎖状態。エレノアは二度と孤児院の女主人なんてできないだろう。ラティエースに至っては魔法国にいるらしいが、何をしているのかさっぱりわからない。
(あの頃のように、学生時代の時のように、また三人でいることはもうできないのかしら)
しんみりとした面持ちでアマリアは歩みを進める。やがて、館に続く森に入った。
とっくに効力が切れていてもおかしくない聖方札は、不思議なことに今でも機能している。おかげで館に泥棒や妙な輩が居つくこともなかった。
アマリアたちはゆっくりとした足取りで坂道を登っていき、館に到着した。
アマリアは、エレノアから譲り受けた鍵束から玄関のカギを取り出し、鍵穴に差し入れる。クルリと鍵を一回転させてから鍵を抜き取り、ドアノブに手をかけた。
「さて、トワ。そのまま寝ててくれよ」
トワは返事の代わりに小さく欠伸し、再び寝息を立て始めた。
ドアを開け、玄関ホールに入ると、空気がこもっているのが分かる。埃が日の光にあてられて、浮遊している。
「さて。まずは、食堂から片っ端に窓を開けていってくれる?わたしは二階の子ども部屋から開けていくわ」
クレイは頷いて、食堂へ向かう。アマリアは階段を登っていく。奥まで進み、そこから階段を目指して窓やカーテンを開けていった方が効率が良い。そう考えて階段を登り切った。
(・・・・・・えっ?)
明らかな違和感。眼前に広がる廊下。その廊下を中心にして、左には小窓が続き、右側には窓と同じように等間隔にドアがある。それぞれ、子ども部屋、アマリア、エレノア、ラティエースの私室に続くドアだ。そのドアの一つが開いていた。
(エレノアの部屋・・・・・・)
さて、ここで取って返すか、突き進むか。アマリアは一瞬だけ迷い、やはり夫と子どもの安全を優先した。急いで階段を降り、途中、玄関横の靴箱の下の引き出しを開ける。以前と同じように、バッドが収められていた。アマリアはそれを掴み、夫と子どもを探す。
クレイはキッチンにいた。アマリアの緊迫した表情にクレイはたじろいだ。
「どうした?そんな怖い顔をして」
「誰かが侵入したみたい。エレノアの部屋のドアが開いていた。勝手口から逃げて」
「バカ。お前も逃げるんだよ!」
クレイはアマリアの腕をつかむ。
「わたしは・・・・・・」
「犯人はまだいるかもしれないだろ?まさか一人で立ち向かう気か?頼むから、絶対にやめてくれ」
「そう、そうよね・・・・・・」
「とりあえずここから逃げて、腕の立つ連中何人かを連れて戻ろう。なっ?」
アマリアは戸惑いつつも頷いた。明日にしようと言われなかっただけありがたいと思わなければ、と自分を納得させる。
クレイは言った通り、すぐに商会から傭兵数名を手配した。アマリアも同行を願い出て、それはクレイが渋々承諾した。何か盗まれていたら、確認できるのはアマリアしかいないのだから。さすがにトワは留守番となり、再度、館に赴いた。
館中をくまなく捜索し倉庫も確認したが、誰かが潜んでいることはなかった。アマリアは安堵し、エレノアの部屋に入る。大きな本棚、そこに収められた書籍類。執務机もきちんと片づけられ、机には何も置かれていないが、ここにも小さな違和感があった。
埃の跡がくっきりと残っている。誰かが物を置いた跡だ。ちょうど書籍と同じサイズだ。アマリアは本棚を見渡すが、抜けている書籍はないように見える。
(やっぱり誰かが入った。でも誰?気持ち悪い・・・・・・)
スライド式の本棚を一応、確認してみる。右端の本棚の前面部スライドさせたら何かに引っかかった。
何だろう、とアマリアは本棚の溝を確かめるためにしゃがみこむ。奥にも書籍がぎっしりと押し込まれているが、一つだけ書籍が棚からはみ出していた。
それを押し戻すと、ほかの書籍と違ってさらに奥に本が進む。
(まだ奥があるのか)
アマリアは、その段の書籍をすべて取り出した。すると鈍色に光る金庫が現れた。
そして、その金庫は開いていた。
(エレノアの金庫。契約書とかそんなのが入っていると思ってたけど。犯人も目的ってそれ?)
だが、権利書や契約書類はすべて、エレノアがアマリアに鍵束を渡すときに渡している。金庫に残っていたのは、子どもたちが書いた絵や手紙の類だったが、一つだけ冊子が残っていた。
表紙には、日本語で「ラブラブ学園~恋しちゃったの~」【処刑回避攻略本】と記してある。これはラティエースの筆跡であった。
アマリアはパラパラと冊子をめくる。エレノアの記憶を基にしたイベントが時系列順に記載されている。付箋紙も付けられて、三人が処刑回避のためにとった行動計画も書かれていた。
「懐かしいな」
アマリアは思い出のアルバムを見ている気分で冊子をめくっていく。最後は「祝 処刑回避」と漢字で書かれている。これを書くためにラティエースがわざわざ毛筆をこしらえ、書道の経験者であるエレノアが書いたのであった。その下に日付と、それぞれの署名が記されていた。エレノアは流麗な文字、ラティエースは角ばった均等に揃った文字で、アマリアは少し丸く小さく書く癖があった。
そのページが最後だと思った。あっても白紙ページだろうと。
しかし、3人の文字とは似ても似つかない文字が次のページに書きこまれていた。
(何よ、これ・・・・・・)
しかし、物語は続く。
エレノア・ダルウィン公爵令嬢は、一度は皇妃の座に就いたものの、権力闘争に敗れ死去。
アマリア・クレイは、6人目の子どもの出産時に死亡。
ラティエース・ミルドゥナは、魔法国にて消息不明。
3人に追い落とされた者たちは、バーネットの元で再び返り咲く。
「なに、よ、これ・・・・・・」言ってアマリアはもう一度、今度はもっと大きな声で言う。「何よ、これ・・・・・・」
そう口にしても現実として受け入れられない。
忌まわしい呪いの書を叩き落として、アマリアは叫んだ。
「何なのよ、これ!!」




