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転生令嬢の生存戦略のすゝめ  作者: 草野宝湖
第三編
118/152

118.異臭

 アモンは、人がするように鼻をクンとひくつかせた。そうしてから自嘲した。随分とこの世界に、人間というものに感化されてしまったことに。

(妙な臭いが混ざっている・・・・・・。魂の数も合わない)

 広大な戦場を見渡しながら、アモンは目を細める。今の人と異形との戦いは、かつての人と神とのそれだ。その戦いに、神の幾人かは人に味方し、悪魔もまた人を唆し、悲惨な死地へ追いやった。

 愛すべき混沌の時代。アモンもまたその時代に身を投じ、この世界の移ろいを眺め、時には手を差し伸べて過ごした。やがて神々を天上に返した人は、世界を国ごとに分け、それぞれの特性でもって人が人を支配し始めた。そんなつまらない時代に飽きてきたころ、ラティエース・ミルドゥナという小娘と出会った。彼女はアモンにこの世界にはない転生者としての知識を与えた。それは、忘れかけていた高揚を取り戻し、人で言うなら生きる活力を与えてくれた。

(さながら聖ケイドン魔法国は、人と異形の最後の戦場なのかもしれない)

 そんなところに飛び込んだラティエースを、アモンは呆れていた。結局、彼女はどの過ぎたお人よしなのだ。それなりに冷徹な判断もできるし、時には慣習や法律を無視し、実益を求めるリアリストの側面もあるが、このお人よしのせいですべてが大ナシなる。

 ふと気配に気づいてアモンは、視線を下に向けた。異形の体液にまみれたアマネとその部下が自身の体を抱きしめるようにして震えながら歩いている。それでも喧々囂々と言い争いをしているから、まだそれなりに体力も気力も残っているようだ。

(今日の戦いはこれまでのようですね)

 アモンはアマネの部下の数が一人も減っていないことを確認し、姿を消した。


「がーはっ、はっ、はー!!今日も堕神をぶっ〇してやったぞー!!」

 誇らしげに胸を張った少女が豪快な笑い声とともに、勝利宣言をした。

「さすがでございます、レッカ様」

「そうだろう、そうだろう」

 レッカと呼ばれた少女は嬉しそうに従者の合いの手に頷いた。

 年のころは10歳前後の見た目だけは愛らしい少女だ。金色の髪をツインテイルにして、それは腰あたりまで伸びている。猫のような釣り目気味な翡翠の瞳をらんらんと輝かせた活発さが前面に出た娘だ。今回は初陣。子供らしい無邪気さは、この戦場で一切曇ることはない。劫火の魔法というレイモンド家の魔法を駆使し、子どもでありながらその威力は絶大だ。事実、レッカが魔法を放たなければ、アマネの部隊の数人は、ミズチの腹に収まっていただろう。

 そのアマネ率いる部隊員たちは、体を縮こまらせ、歯をがたがたを鳴らしている。その筆頭はもちろんアマネ・リアだ。薄緑色の体液まみれで、その体液は臭い。陣地に戻って、誰もがその異臭に逃げ出す始末だ。ちなみに、レッカは興奮冷めやらぬのか、臭いに対して特に気にしていないようだった。

「っざけんなよ!いきなりあんな魔法をぶっぱなしやがって・・・・・・」

「ん?ありんこのようにセコセコしているそなたらのおかげで、今日も大豊作じゃ!礼を言うぞ、魔力なしの奴隷ども」

 その言葉に、誰もが顔をしかめる。アマネはにっこり微笑んで、レッカの前に立った。すると、かばうようにして従者の青年、イノリが立ちはだかる。

「恐れ多くも七人の魔女(セブン・シスターズ)の筆頭、ターナ・レイモンドのご息女、レッカ・レイモンド様の前に、汚らしい姿をさらすな」

 自身の鼻をつまんで、イノリが言った。臭いには耐えられないらしい。

「これ、イノリ。こいつらは魔法が使えなくても堕神の討伐数だけ見れば、我らと引けを取らない。ありんこのように踏みつぶされようとも、その意気は認めねばならん。カーノスおじ様もこいつらの働きにを大いに褒めておられた。わたしも一族として、それなりの施しをしてやらなねばらん。何、隣を歩くぐらい許そうではないか」

「すばらしいっ!すばらしいですぞ、レッカ様!!」

 あくまで鼻をつまんだまま、もう片方の空いた手で鼻をつまんでいる手の甲を叩いて拍手する。

(この漫才、まだ見てなきゃいけないの?)

「そうか。大魔法使いの娘さんとその従者さん。危ないところをお助けいただきありがとうございます」

 ん、とイノリが気づいたときには遅かった。いつの間にか二人を囲うようにして、アマネの部下が輪を作っていたのだ。

「感謝の抱擁をお受け取りください」

 輪は小さくなり、やがて二人を包み込んだ。

「くっさー!!」

 レッカとイノリの悲鳴が木霊した。


 ―――2時間後

 アマネは湯を浴び、麻のブラウスと少しくたびれたスリムパンツ、そしてふくらはぎまであるブーツを履いて割り当てられたテントに出た。髪は若干、水気を帯びていたがタオルで乾かせるのはこれくらいが限度だ。

 外には、同じく身支度を整えたネイサンが待機していた。今日はネイサンにとっても、アマネにとっても厄日だ。帰還したと思ったら、緊急会議だとかで招集だ。会議には従者一名を連れて行くのが慣例のため、アマネはその従者を当番制で連れて行っていた。コロコロ従者を変えるアマネに、周囲は良い顔をしなかったが、決まった人間を連れてくることとは言われてはいない。今日の当番はネイサンだった。

「まだ、臭いが残ってるっすよ」

 ネイサンは開口一番で不平を口にした。

「ミズチってあんなに臭いんだな」

 アマネも袖口を鼻にあてながら応じる。なんだかまだ臭う気がする。

「いろんなもの腹に収めて消化してますから。そりゃ、すっげー臭いにもなりますよ」

 確かに、とアマネは短く応じた。そして、ふと気づく。

「ネイサン、GBワクチンは接種してる?」

「え?もちろんです。帰還後、すぐにしましたよ」

「そう。他の連中も、接種を怠ってないわよね」

「もちろんです、俺らは死に直結しますから。タブレットの携帯も必須ですし。他の人間に比べたら、汚染率は低いっすよ」

「そう。ならいいや」

 アマネもありがたいことに汚染率はゼロに近い。あれだけ堕神の死骸だらけの瘴気の立ち込める場所で、とりあえずの健康を維持できるのは僥倖と言えよう。ここは激戦地で、瘴気の濃さも他とはけた違いだ。他の部隊では、ベテランの魔法使いが瘴気に侵され、脱落しているところも出始めている。もちろん奴隷たちも同じだ。

(それで緊急会議、か)

「あと、イノリとかいけ好かない奴にも伝えておきました。レッカお嬢様の汚染率に注意しとけって」

「うん」

 イノリが、アマネたちの臭いに耐えかねて鼻をつまんだのに対し、レッカは何も感じていないようだった。つまり、それだけ瘴気に汚染され、感覚が麻痺しているということだ。汚染率が高いと心身ともに興奮し、普段使えないような威力ある魔法も使えるという一方で、一気に死に近づく。腐敗して朽ちる者もいれば、結晶化して砕け散る者と、その末路は様々だ。

(たぶん、一概に瘴気といっても種類があるんだろうな、きっと)

 この辺りは、ウィズが興味を持ちそうな分野だ。ただし、彼女が魔法国の真実に触れる機会があれば、だが。

「それにしても緊急会議って。ジア将軍の消息でも分かったんでしょうか」

「そんなところだろうね」

 罠の臭いがプンプンするが。

(でもまぁ、そろそろ決着をつけたい気もする)

「痛しかゆしだなぁ」

 アマネはひとりごちた。

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