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転生令嬢の生存戦略のすゝめ  作者: 草野宝湖
第三編
117/152

117.前哨(後編)

 エレノアは晩餐会に向けての支度を終え、小さな来客を待ち望んでいた。

 ようやく先ぶれから弟(+おまけ)の到着を聞き、ゆっくりと腰を上げる。

「姉上!!」

 ウィルが晴れやかな笑顔で、エレノアに駆け寄る。

「いらっしゃい」

 エレノアは鷹揚にそれを受け止める。抱き着こうとするウィルの首根っこを摑まえたのは、ブルーノであった。親猫が子猫の首を咥えるような情景に似ていた。

「こら、ウィル。まずはご挨拶だろ」

「はーい」

 ブルーノに言われ、ウィルは渋々、臣下の礼を取る。何度も練習した寿ぎの言葉を述べた。

「ありがとう、ウィル。立派な紳士の礼よ」

「本当ですか?」

「ええ」言って、エレノアは側に控えるブレンナード伯爵夫人に「こちらが呼ぶまで下がって」と冷たく言い放つ。

「しかし・・・・・・」

 ブレンナード伯爵夫人の筆頭女官としての矜持が、また一つ傷つく。

「ここはサリーと、エン子爵夫人だけでいいわ」

 エレノアは明らかにブレンナード伯爵夫人を煙たがり、代わりに温和なエン子爵夫人に目をかけている。そのことをエレノアは隠しもせず、ブレンナードの怒りを鎮めることもしなかった。

「・・・・・・はい」

 ふり絞るように言って、ブレンナード伯爵夫人は部屋を出て行った。

「わたくしは次の間に控えておりますね。何かございましたらお呼びくださいまし」

 エン子爵はそう言って、さっさと隣の部屋に移動する。この気遣いがエレノアの気に入るところであった。

「ああっと、エレノア公爵令嬢。一つ、謝らなきゃいけないことがあるんだが」

 ブルーノは来客用のソファーに座るとすぐにくだけた口調で切り出した。隣のウィルはサリーが用意したケーキに目を輝かせている。

「どうしたの?」

「さっきさ、アーシア伯爵令嬢と鉢合わせた。ウィルと言葉を交わしたわけじゃないけど、接触させたくない人間の一人だったろ?」

「ええ、まあ。そうね・・・・・・」

 マクシミリアン夫妻が、子どもを控室まで連れてきているという話はすでに耳に入っていた。まさかウィルに会わせるためとは思わなかったが、やはり近づけたい人間ではない。

(だのに、この偶然。嫌になるわね)

「まぁ、いいわ。あちら側の人間と付き合うつもりはないし。それはダルウィン公爵家の総意よ」

「ああ。僕も気を付けておく。すまない、今回は僕の失態だ」

「あなたのお姉さんはこういう時、ジャンピング土下座してたけどね」

「ジャ・・・・・・?どっげざー?」

「こう、高くジャンプして空中で膝を折って、そのまま着地。床に額をこすり付けて「すんませんでしたー」って謝るの。最近も別の人間がしたのを目の当たりにしたわ」

「そう、ですか・・・・・・」

(僕にやれってか?)

「まあ、あなたは裏方を全部引き受けてくれているもの。それこそ昼夜問わずね。感謝しているわ。たとえそれがわたしのためでなくともね」

「確かにあなたのためだけじゃない」

 思いのほかスルリとその言葉は発せられた。エレノアはわずかに瞠目し、そして、ブルーノの正直さに微苦笑を落とす。

「いいのよ、それで」

 わずかな沈黙がおりる。その二人をウィルが小首をかしげて眺め、サリーは銅像のように動かずにいた。

「じゃ、じゃあ、僕はそろそろ会場に。ウィルには後で迎えを寄こします」

「ええ、お願いね」

 ブルーノは軽く会釈する。ウィルの金色の髪をくしゃりと撫でて、「ウィル、またな」と告げて部屋を後にした。

「さて、ウィル。お姉さまにお話しして頂戴。ウィルはパレードをどこから見ていたの?隣に座って教えて頂戴な」

 はいっ、とウィルは嬉しそうに返事をして、エレノアの横に座るべく走り寄り、小さな足を上げてソファーによじ登った。


 雪と泥が交じり合った泥の上に、鮮血が飛び散った。それに構わず、アマネは駆け、鎌を振り上げた堕神を真っ二つに裂き、そのままスライディングで塹壕に滑り込んだ。

 塹壕のべっとりとした土壁に背を押し付け、視線は斜め上に向ける。

(あーあ。こんなドンパチに巻き込まれるくらいなら、宮中でうふふ、おほほ、と言いながら権力争いの片隅に身を置いていた方がマシだったか)

「何、考えてるんすか?」

 ひそやかな声で問うたのは、アマネと同じように身をひそめるネイサンであった。

「いや、昔が懐かしいなと思って。デビュタントやら学園のトラブルなんてかわいらしいレベルだったんだな、と」

「つまり走馬灯っすか?」

「〇ぬやつじゃん、それ」とアマネは苦笑した。

「それにしても、すっごい攻勢っすね。これじゃあ、ジア・ブラウン准将の籠城もいつまでもつか」

「それ、なんだよね」

(どうも胡散臭いというか。なんというか・・・・・・)

 数日前にさかのぼる。アマネがようやくミズ州に到着した頃、集合信号を受信した。指定場所に向かえば、それはそれは大規模なジア将軍救出部隊の拠点が築かれていた。

 アマネやウェルチカのような素人部隊の参加を認める一方で、大規模な軍事拠点と軍隊。軍隊を構成する兵士も第一線で活躍するエリート部隊も少なくない。アマネが知らぬ間に、ジア・ブラウン准将の命の価値が跳ね上がったということだ。

 アマネたちがえっちらおっちら行軍している間に、魔法国は総力を挙げて転移魔法を乱発し、拠点を築き上げたときく。できるならしろよ等々の暴言が口元から爆発しそうになったが、疲労困憊での到着だったので、風呂と寝床があるというニュースにあっさりと沈黙することとなった。

(政治屋さんたちの方で何かがあったというわけか)

 あいにく、その分野に強い情報提供者、カーノス・ジェルマンと連絡を取る手段がない。さりとて、この場で奮戦している軍隊のトップが政治側の知っているとも限らない。

 素人部隊を持て余している正規軍のお偉いさんたちは、アマネの功績は耳にしているらしく、軍事会議の末席の参加を認めた。副官とともに一応、顔を出しているが、やはりジアが籠城している城を囲うようにして堕神が猛攻をかけてきている。ジアの消息も分からない。

 堕神はジアとジア救出部隊の両方を相手取って戦っているようだ、というのが救出軍の見解であった。ただし挟撃できるほどの戦力をこちら側も持っていない。ならば、救出軍が突破口となるしかない。結局、やることは同じだとアマネはそう結論付け、略称で左翼軍と呼ばれる軍の遊撃部隊として作戦に参加していた。

 ドンっという地響きでアマネは我に返る。

「ミズチですっ!!ミズチ5体が現れました」

 ミズチ。一見、透明なチューブのように見えるそれは、蛇のような動きをする。チューブと形容できるのは、輪郭が淡い金色に光っているからだ。透明だから、飲み込んだものがそのまま透けて見える。つまりスプラッター状態の物体がミズチの体内で浮遊しているのだ。

「なんていうか、組織だってるなぁ。ミズチを出すタイミングもばっちりだし、この後土蜘蛛を出せば、散り散りになった連中もからめとれる」

 アマネが言うと同時に「土蜘蛛ですっ!!土蜘蛛も現れました!!」と怒声が響き渡る。

「ミズチと土蜘蛛が同時に現れるだとっ!!」

「火の魔法使いはどうした!!」

「先ほどの傀儡で魔力切れ多数です!」

 悲惨な報告が連続する。

「ありゃ」

 ネイサンが眉根を寄せて、アマネをねめつける。

「もう黙っててくれないっすか、隊長」

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