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転生令嬢の生存戦略のすゝめ  作者: 草野宝湖
第三編
106/152

106.ディーンたちの推察

 アリッサは、いきなり飛び込んできたディーンに膝蹴りを喰らわせた後、場所を帝都中央街の酒場に移動した。寮から外に出る間、寮生からは注目されアリッサは居た堪れなかった。談話室のドアの縁に手をかけ、顔だけのぞかせた寮生がひしめき合っていた。目を合わせず、ディーンの背を押しながら、足早に寮を後にする。週明け、アリッサは注目の的となり、質問攻めにあうことは確定だ。想像するだけでうんざりする。

 途中、アリッサは手紙を出した。寮には緊急時に備えて、手紙を届ける配達員が常時控えている。その中には小遣いを稼ごうとする下町の少年も混じっている。アリッサはあえてきっちり制服を着た配達員ではなく、子どもに声をかけた。彼らに小銭と飴を握らせれば、よほど暇だったのか「すぐに届けます」と飛んで出て行った。

 酒場は、週末と言うこともあり随分と賑わっていた。陽気な歌が流れ、大きな笑い声と、ちょっとばかりの怒声と下品なジョークも響く。酒場はディーンの行きつけということもあり、給仕が隅の静かな席に案内してくれた。とりあえずエールと幾つか料理を注文する。

 ディーンは机に突っ伏し、「聞いてくれよ、アリッサー」とくぐもった声で言うが、アリッサはそのたびに、「もう少し待ってください」と押しとどめた。

 何があったかは知らないが、本能的に独りで聞かない方がいいと判断した。それゆえ手紙を出したのだ。

 一時間を過ぎた頃だろうか。アリッサはエールを半分ほど飲みすすめ、サラダをつついていた。

 目当ての人物は女性を連れて、やってきた。女性はアリッサに目を止めると花のように顔をほころばせ、ゆっくり両手を広げ抱きしめる。もちろんアリッサも同じように腰を浮かし両手を広げ、抱き留めた。

「お久しぶりっす、エンリエッタ先輩」

「うん。久しぶりね」

 エンリエッタ・カルスは優しく微笑んだ。

 かつては声も出せず、耳も聞こえず、そして自身の足で歩くこともかなわなかった。傷ついた心が原因であったが、政略結婚をもくろんでいた親族からは役立たずと切り捨てられ、絶望の淵に立ちながら学園に通っていた。テランが献身的に看病し、少しずつ回復したエンリエッタは、孤児院で働けるまでになった。元々美人であったエンリエッタは、回復すると性格も明るくなり、ますます美人ともてはやされるようになった。その羽虫どもをテランは必死に追い払っている。

「まったく。恋人たちの週末に割り込むなんて、良い度胸してますね、アリッサ」

 そうぼやいたのは、テラン・ウィルターであった。

「悪いのは、ディーン先輩っすよ」

 アリッサは悪びれずそう言って座りなおす。その隣にエンリエッタが座った。テランは机に突っ伏すディーンの隣に座る。

「手紙が届いたときは驚きましたが。一体、どうしたんですか?君、財務省勤務でしょう。しかも今は結納式関連の行事で家にも帰れないと聞きましたが?」

 ディーンは机に突っ伏したまま首を巡らせ、その姿勢のまま口を開く。

「そういうお前だって、法科省で毎日、遅くまで残業だろ?今は儀典局と法律のすり合わせで忙しいはずだぜ?」

「そうなんですけどね・・・・・・。君が定時退社できた理由と同じ理由ですよ。まあ、わたしはここ最近はずっと定時退社です」

 理由は言わなくても分かる。対面に座るエンリエッタが帝都に戻っているからだ。

「なんかあったんすか?」

 エールの追加注文を終えたアリッサが言った。

「今、緊急の議会が開かれています。貴族院が終われば、続いて衆民院が召集される予定です」

「ええっ!!こんな時間から?」

「ええ。議会は明け方まで続くでしょう」

「議題はなんすか?」

 そこで、ディーンが「ううっ」と呻く。なるほど、こいつが絡んでいるのか、とアリッサはディーンの頭頂部を見やる。やはり手紙を出してよかった、と改めて思う。

「まあ、とりあえずエールも来たことですし。エンリエッタ、此処の料理はなかなかのものですよ」

「はい。とてもおいしそうです」

「じゃあ、再会を祝して」

 テランが酒器を掲げると、アリッサたちも同じように倣う。ディーンも徐に体を起こし、酒器を持った。

「乾杯!!」


 料理をとりわけ、二杯目のエールを飲み干したところで、ようやくディーンは重い口を開いた。

「俺は利用されただけだ」

「でしょうね」

「そうっすか」

「あら、まあ」

 テラン、アリッサ、エンリエッタがそれぞれ返答し、料理を口に運ぶ。エンリエッタは意外にも健啖家で、どの料理もとてもおいしそうに食べる。

「エンリエッタ先輩、このネギと豚肉の炒め物、おいしそうっすよ」

「こっちも。こっちのカルパッチョも食べてみたいわ」

 メニューを真ん中にアリッサとエンリエッタがはしゃぐ。その様子をテランが満足そうに眺め、エールを口に運ぶ。こんなとろけた表情のテランを学園ですら見たことなかった。

「ああ、お酒がいつもの何倍もおいしい」

「そうですか」

 ディーンはやさぐれた様子で返す。

 やれやれ、とテランが肩を竦め、酒器を置いた。

「あなたに非はありません。あなたの言った通り、あなたは利用されただけです。あの邪悪三人組はずっと前からこうなるよう画策していたんですよ。そもそも帝室と財務省の試算表など、メモ程度のやり取りで、それを議会にかけるなどあってはならないこと。内密のメモですし、そんなんでいちいち上げ足を取っていては政務は進みません。陛下が財務大臣に頭を下げれば収まる問題だったんですよ、そもそも」

 そう言って、テランは酒器の取っ手を掴み、酒をあおった。

「落としどころはどこだ?」

「おそらく‥‥‥。各省庁の大臣、副大臣は9割がた貴族です。それをせめて6割まで下げたいというのが元々彼らの狙いでした。今回の件で、財務省の大臣とはいかなくても高位官僚を罷免できたら御の字でしょう。彼らに強烈な挑戦状をたたきつけることになる。衆民院が可決すればなおさらです。貴族院は却下する可能性はありますが」

「そうすると、皇帝は衆民院の支持を取り込むことになるか。貴族院も3分の一くらいは皇帝に流れるだろ」

「でしょうね」

「あの人ら、権益の多い省庁の大臣、副大臣は、アレックス派が占めているから削りたかったのか?」

「・・・・・・。元々、衆民院議長も大臣、副大臣の権限で法案が潰されていることを苦々しく思っていましたから。合法的にあいつらを抹〇できないか、とよくベン・クーファ議長がうちの上司の処に遊びに来ていました」

「衆民院は、どちらかというとリートリッヒ派か?」

「そうですね。リートリッヒ一世の方がマシといったところでしょう。エレノア嬢が皇妃として立ってさらに信奉者が増えたと聞きますし。正直、エレノア様以外の女性を皇妃に立てていたら、こうまで支持者は集まらなかったでしょう」

「さすがは、救国の令嬢たちの一角か」

「一人は公爵令嬢。もう一人は大公女にもなりうる元侯爵令嬢。一応、嫌疑も晴れたみたいですし。アマリア様はお子様が生まれて、今のご様子だとラドナに定住するようですが。ただ彼女の旦那様はなかなかに頭の回る商人のようですよ?食堂の主でありながら、商会所属の商人とても頭角を現している聞きます。義理の父親はリー男爵で娘夫婦の後ろ盾です」

「一人は有力貴族の令嬢。もう一人は準皇帝とまで言われた大公の孫娘。商人の人脈を有する元男爵令嬢。どれも魅力的だよな。特に最近落ち目のマクシミリアン派は全部とは言わずともどれかを取り込みたいけど無理だ」

「ええ、そうです。なら、取り込めないなら消すしかない。だからラティエースの皇帝暗殺なんて話がでっち上げられたのでしょう」

「でっち上げか?さすがにちょっとは根拠があったんじゃないか?」

「少なくとも居合わせたのは事実でしょう。その後のストーリーは見事としか言いようがありません。あっという間に世論に浸透してしまった。あれは、あのぼんくら貴族の他に他国の介入があったからこそできたのでしょう」

「俺もラティエースが皇帝暗殺なんてするとは思ってないさ。むしろその逆だと思っている。何でか居合わせて、助けようとしたってね」

「そうですね。わたしもそう思います」

「んで、話を戻すけど。救国の令嬢たちへの民衆の支持は馬鹿にできない。マクシミリアン派としては、ラティエースをどうしても皇帝暗殺犯にしておきたいよな」

「ええ、そうです」

「ですので、エレノア嬢も連座してロザに強制送還させたのです。ですが、それもベン・クーファの割り込みで失敗。この時点で皇帝と衆民院の密約があったのかも。陛下とダルウィン公爵の思惑通り皇妃になっては尋問もましてや裁判なんてできません。法科省大臣もマクシミリアン派がごり押ししてきた裁判開廷を却下しました。そもそも伝聞だけで、証拠は何一つありませんから」

「目撃した護衛兵ってのは?」

「結局、殺されてしまったようです。ブルーノ君が匿っていたにもかかわらず。敵も中々やりますね。陛下がすでにラティエースが犯人ではないという声明を発表した後だったからよかったですが」

 男性陣が二人で話していても対面の女性陣は気にしていない。今は、帝都近くに出来たカフェについて盛り上がっている。明日、行こう、とアリッサが誘い、エンリエッタが大きく頷いていた。アリッサならば問題ない。快く送り出すつもりだ。

「でもよ、この流れって不味くないのか?」

「ええ、今は良くても、いずれ彼らは自分が何を引き込んだか理解するはずです。おそらく、将来的に帝政は破綻するでしょう」

「だよな。ベン・クーファはそれを見越していると思うか?」

「当然でしょう。彼の父親は切り捨てられた秘密部隊の兵士だったそうです。帝政に恨みがあってもおかしくない。今は、エレノア嬢、ブルーノ君、アレックス皇太子殿下に加え、彼らの父親や祖父が絶大な権力を握っていますから、問題ないですが、天秤が衆民院に傾き、貴族が力を失ったとき、それは悲惨な結末になるでしょう。貴族制は崩壊し、国民主体の共和制に移行する。帝政崩壊の象徴として、皇族の処刑というのが基本的な手順です」

「おっそろしい未来予測してんじゃねーよ」

「ええ、確かに。ですが、いずれ起こりうる未来です」

(問題は、彼らがそのことを踏まえた上で行動しているか、だ)

 もし、リスクを考慮した上で衆民院と手を組んだならば、帝政はあと三百年は続くだろう。しかし、その逆なら帝政は僅か百年足らずで崩壊することになる。

 どちらにせよ百年先だろうが、三百年先だろうが、テランはその頃には生きてはいまい。未来の子孫には幸せになって欲しいが、土台となる国が崩壊寸前では、幸せになれと言っても無理な話だ。

「おい、テラン。自分の世界に入るなよ」

「ああ、すいません」

「俺、親への反抗で官僚入りしたけど、誤ったかも」

「今更ですか」

 テランは失笑と共に言って、手羽先の甘辛煮にかぶりつく。甘いタレが口に広がり、エールが進む。

「で?今回の件で、お父上の爵位を受け継ぐ気になりましたか?」

「どうかな。皇城勤めしても、俺が庶子ってことは知れ渡ってるし、それなりの覚悟をして入省したけどよ。やっぱ、俺は学生気分が抜けてなかったのか、覚悟が足りてなかったよ」

「それはわたしも同じです。平民だと何かと不便です。貴族のボンボン、お嬢ちゃんの尻拭いがわたしの仕事ではないと何度言おうとしたか分かりません。幸い、上司には恵まれましたが」

「俺は上司にも恵まれてない」

 ディーノは口を尖らせる。

「おや、法科省に来ますか?君なら歓迎しますよ」

「止めとく。お前を含め、天才と秀才と変人しかいない法の猛者共だろ?」

「ええ。ですが、法も権力の前では無意味です。わたしは何度もそれを目の当たりにしてきました。そして、貴族、皇帝の越権をいさめる法の制定に尽力しようと決意しました」

「そりゃ、こっちも同じっての。税金っていう公的な金が、どんだけ貴族の私利私欲に流れたことか。平気で承認印を押す上司、分け前を計算するその部下。その金が、庶民が生活を切り詰めて収めた金だってことを理解しない奴らに、何度も失望した。だからこそ、俺は途中で逃げ出せない」

「あなたの専科卒業論文は「税金と帝国、国民への還流」でしたっけ」

「何で知ってるんだよ」

「そりゃ、後輩のことですから。・・・・・・あれは良い論文でした。疚しいことのある貴族の圧力で賞は受賞できませんでしたが、一部の官僚は絶賛していましたよ。改めて自分の勤めを理解した、と背中を押された人も多くいました」

「そりゃ、どうも」

 顔を背けたディーンの耳は真っ赤であった。

「とにかくまずは議会の推移を見守りましょう。今回は、あの人たちの独壇場ですが、次はそうならないようわたしたちが抑止になれるくらい出世をすればいいのです。皇族、貴族の行き過ぎを止め、国民の代表である衆民院の暴走を抑える。お互いが対立してしまっては国は立ちゆかない」

「果てしなく難易度高くない?」

「だとしても、やらなくては。・・・・・・独りじゃ寂しいので、付き合ってください」


 やがて。ロザ帝国の熟成期と呼ばれる時代、テラン・ウィルターは宰相まで上り詰めるが、皇帝との関係は常に緊張関係にあった。国の繁栄という一点でのみ協力関係にあり、それ以外は常に好敵手という関係を続けた。また、財務省を退職し、ロザ学園理事長に就任したディーン・ヴァルリアは、それまでの教育理念を廃止し、「自立、共生、そして国民の義務」という新しい理念を打ち立て、貴族の子女だけでなく、平民出身者に対しても幅広く、貴族階級への疑問、愛国心を問い続ける教育を施した。これは物議を醸し、ディーンは数年のうちに退任に追いやられるが、この理念は残り、共和制に移行した以後も学園は優秀な傑物を輩出し続けるのである。

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